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第24話 女神

「え!? 私がマコトさんの事業を!?」


 出立する前に、俺はヴィオラと共にアンの屋敷を訪れた。

 俺たちが引っ越したのと同時に、アンも拠点を首都に移していたのだ。


 デイヴィス家の妨害が無くなった今、アンは共和国における生鮮食品市場の殆どを手がける大商人となっていた。


「ええ。所用で少しばかりヴィオラと旅に出ることになりましてね。その間、レイゾウコとエアコンの販売事業をアンさんに引き継いで欲しいんです。もちろんマージンはお支払いします」


 アンは俺の裏の顔も知っていて、付き合いも長く、商才もある。


 信用ではなく、彼女であれば任せても問題ないだろうという計算から、俺はアンに話を持ちかけることにした。


「頼っていただけるのは嬉しいのですが……期間はどの程度になるのでしょうか?」


「それは分かりかねますね……最低でも一ヶ月以上はかかるかと思います」


 俺はアンの淹れてくれた紅茶を口に含みながら答える。


「マコトさん、所用というのは、まさか王国と帝国の戦線に介入しに……?」


 アンが見事に俺の思惑を言い当てた。

 相変わらず勘の鋭い女だ。


「……どうやら隠す必要は無いようですね。その通りです。少しばかり王国に恩を売りに行こうと思いまして」


「共和国を手中に収めたかと思えば、今度は国家間の戦争に参戦するとは……相変わらず豪胆なお人ですね」


 アンが俺をからかうようにクスクスと笑った。


「滅相もない。言ったでしょう? 私はただのしがない商人です。王国に行くのも商売のためですよ」


「……まあ確かに、あのユースティア様に完勝したヴィオラさんがいれば、マコトさんにとっては戦場ですら商談の場でしかないのでしょうね」


 アンはふーっとため息をつくと、笑顔で答えた。


「分かりました。マコトさんが共和国に戻ってくるまでの間、事業は私に任せてください!」


「ありがとうございます。旅から帰った際には吉報を持ち帰ることをお約束しますよ」


「ふふっ、それは楽しみですね……」


 俺とアンは互いに顔を見合わせ、ニヤリと笑みを浮かべる。


 隣に座るヴィオラは、ただ俺たちの話を黙って聞いていた。

 一人だけ話に置いていかれているのが退屈なのか、俺の顔をじーっと見つめながら、アンに差し出されたりんごジュースに口をつけていた。


 ◇


 それから一週間後、俺とヴィオラ、そしてエレアノールは共和国を出て、王国と帝国の国境付近の荒野に足を踏み入れていた。


「私は早く戦場に行きたいのに……なんで馬車なんかに乗らなくちゃいけなかったのよ! 飛んでいったほうが早いじゃない!」


 俺の隣を歩くエレアノールが癇癪を起こした。


「そんな目立つ方法で首都からここまで行く気だったのか? そんなことしたら共和国にお前の存在がバレちまうだろうが」


「マコト様のおっしゃる通りです。貴様は犬並みの知能しか持ち合わせていないのですか?」


「誰が犬並みよ! この気狂い女! ……まあ確かに、私の存在が共和国にバレるのは困るけど……」


 アンから話を聞いて知ったことだが、かつて王国と共和国との間に起こった戦争で、エレアノール(こいつ)はとんでもない大虐殺(大活躍)をしたらしい。


 おかげで、共和国で『魔女』といえば恐怖と怨嗟の象徴になっているようだ。

 俺たちがエレアノールを匿っていることは今後も絶対に隠し通さなければならない。


 俺たちが荒野を歩き続けていると、やがて小高い丘が見えてきた。

 丘の上から景色を見渡すと、そこはまさに戦場の真っ只中だった。


 王国と帝国、両軍の歩兵が槍を構えながら激突し、騎兵が互いの陣地を荒らし回っている。


 両陣営の後方には、大きな杖を持った軽装の兵士たちの姿も見える。

 奴らは魔術師(メイジ)なのだろう。

 炎や雷など、杖から様々な魔法を敵陣目がけて放っている。


 戦況はどうやら帝国軍の方が優勢のようだ。

 王国軍は帝国兵の数や勢いに押され、陣形をじわじわと後退させている。


「帝国の奴ら、こんなところまで攻め込んできてるなんて……私がいれば一瞬で片がつくのに! ああもうじれったい! マコト! 早く戦わせなさいよ!」


「マコト『様』でしょうが。この劣等種の腐れエルフ風情が……!」


 ヴィオラが怒気と殺意のこもった声と共に、人差し指をエレアノールに向けた。

 エレアノールに埋め込んだ闇の鎖を起動させるサインだ。


「ガアアアアアッ!!!」


 エレアノールは体内を蝕む闇の魔力に悶絶し、地面をのた打ち回っている。


「そのくらいにしてやれ、ヴィオラ。別に俺は気にしてない」


「かしこまりました。……マコト様の深く寛大な御心に感謝することですね」


 ヴィオラが指を下ろすと、エレアノールは苦痛から解放された。

 立ち上がり、服に付いた土汚れを払うと、ゼエゼエと息を荒げながら呼吸を整えている。


「クソが……本当に忌々しいわね、お前の魔力は……!」


 エレアノールは涙目になりながらも、ヴィオラをギロリと睨みつけている。


「じゃれ合うのもこのくらいにして、早速一肌脱いでやろうじゃないか。懐かしの王国のためにな──」 


 俺は眼下に広がる広大な戦場を見下ろしながら呟いた。


「ヴィオラ、エレアノール。これは戦争だ。加減は必要ない。存分に暴れてこい」


「かしこまりました! マコト様の計画のためにも、この力を存分に振るわせて頂きます!」


「フンッ、ようやく本気で戦えるのね。見てなさいよ帝国の人間共。人の国を土足で踏み荒らしたことを後悔させてやるわ」


 ヴィオラとエレアノールの身体から、莫大な魔力のオーラが発生した。


 全てを飲み込む漆黒の闇と、全てを焼き尽くす紅蓮の業火。

 二つの規格外のオーラが戦場へと飛び立った。


「【ファイアボール・シンフォニア】!」


 ドドドドドド!!!!!!!


 エレアノールが帝国軍目がけ、上空から無数の火球の雨を降らせる。


「グアアアアッ!!!」

「なんだ!? 何が起きて──ガアアアアッ!!!」


 火球は一瞬にして帝国軍の先陣を焼き尽くし、直撃した兵士たちを一人残らず灰に変えた。


 その光景を目の当たりにした帝国兵たちの間に驚愕と動揺が広がっていく。


 片や、エレアノールの姿を見た王国兵たちは大歓声をあげている。


「あの宙に浮く高貴な御姿、そしてこの規格外の炎魔法……間違いない! 『聖炎の女神』様だ! 『女神』アインワーズ様が我らを救うべくご帰還なさったのだ!」


 ウオオオオオオ!!!!!


 王国兵たちの歓声と雄叫びが戦場に轟いた。


「……『聖炎の女神』? あいつの二つ名は『魔女』じゃなかったか?」


 俺は戦場を見下ろしながら、そんなことを考えていた。

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