第1話 転生
──寒い。
真冬の極寒の冷気が薄いジャージの上から俺の肌を直接突き刺し、容赦なく体温を奪っていく。
骨の髄まで凍りつきそうな寒さだ。
全身が震え、歯がガチガチと音を立てる。
『もう諦めろ、証拠はあるんだぞ? お前の言うことなんか、誰も信じないんだよ──』
ただ普通に働き、生きてきただけなのに、突如として俺は信じていたもの全てに裏切られ、社会から殺された。
絶望の果てに、俺は死を選んだ。
真冬の公園のベンチで一人、睡眠薬を安酒で流し込んで。
俺の心は壊れてしまった。
この世界で孤独に生き続ける苦痛に耐えられなくなったのだ。
時刻は深夜。夜空には星一つ見えない。
俺はこんな闇の中で死ぬのか。
「俺の人生に、最初から希望なんて無かったんだな……」
夜空はまるで俺の人生を象徴しているかのように、暗澹に塗りつぶされていた。
アルコールと睡眠薬が効いてきたのか、全身から感覚が失われていく。
もはや寒さすら感じない。
やがて、視界が真っ黒に染まった。
ああ、俺は本当に死ぬのか……
死の訪れを意識したその途端、俺の心を恐怖が支配した。
嫌だ、死にたくない。
一人は嫌だ、誰か、誰か俺を助けてくれ──
◇
『――願いを』
薄れゆく意識の中、どこからともなく声が聞こえた。
頭の中に直接響くような奇妙な声だ。
走馬灯か、はたまた幻聴か。
どちらでもいい。どうせ俺は死ぬのだから。
『あなたの願いを一つだけ叶えてあげましょう』
願いを叶える……だと?
俺の願い。
それは、喉から手が出るほど渇望し、結局一度も手に入らなかったもの──
(俺はただ、誰かに愛されたかった……決して俺を裏切らず、味方でいてくれる誰かが欲しかった……)
それだけでいい。
たとえ世界中が敵に回っても、その一人さえ俺の味方でいてくれるのなら、それ以上は何も望まない。
『よろしい。あなたの願いは聞き届けられました――』
◇
……暖かい。
しっとりと柔らかい感触が、俺の後頭部を優しく包み込んでいる。
俺はゆっくりと重い瞼を開けた。
木漏れ日が眩しい。
鮮やかな緑の葉が風に揺れている。
ここはどこだ?
俺は真夜中の公園で凍死したはずでは……
「目を覚まされましたか、マコト様」
頭上から俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
優しく、深い慈愛に満ちた少女の声だ。
俺が声の先に視線を向けると、この世のものとは思えない絶世の美少女が、俺の顔を覗き込んでいた。
短く整えられた艶やかな黒髪。
漆黒のロングスカートのメイド服。
アメジストのように輝く、美しい紫の瞳。
その瞳の奥には、俺に対する深い情念が渦巻いているように感じられた。
「……え?」
どうやら俺は、この見知らぬ少女の太ももの上で寝ていたらしい。
少女は呆気にとられている俺を優しく起こし、優雅な所作で立ち上がった。
そして俺に向かい、恭しく一礼する。
「はじめまして、ご主人様。私の名はヴィオラ。マコト様の願いによって創造された従僕にしてメイド。クラスは暗黒騎士でございます」
ヴィオラと名乗ったその少女は、まるで俺との出会いを心待ちにしていたかのように、顔をほころばせながら自己紹介をした。
――願い。
死の間際、俺は確かに謎の声に願った。
『決して裏切らない味方が欲しい』と。
その願いの産物が目の前の少女――ヴィオラだというのか?
状況は未だ何一つ理解できていないが、なぜだか俺はヴィオラの言葉をすんなりと受け入れていた。
そしてふと、俺は自分の身体に違和感を感じた。
「なぁ……ヴィオラ。俺の身体、おかしくないか?」
「と、おっしゃいますと?」
「気のせいかもしれないが、心臓が動いてないんだが……」
「はい。動いておりません」
ヴィオラは俺の疑念をあっさりと肯定した。
「はぁ!? どういうことだ!? 心臓が止まってるのになんで俺は生きてるんだ!?」
パニックに陥った俺を見てか、ヴィオラは安心させるように優しく微笑んだ。
「ご安心くださいマコト様。マコト様のお命は、私の闇の魔力で維持されております」
「闇の魔力……?」
「はい。マコト様と繋がっている私の魔力が体内を巡り、お身体を動かしているのです」
そう言われて目を凝らすと、確かに俺の体内を漆黒のオーラのようなものが循環している。
そしてそのオーラは、目の前のヴィオラと太い管のように繋がっていた。
「つまり俺は……動く死体ってことか? じゃあ、お前が傍にいなくなったら俺はどうなる?」
「ご心配には及びません。私がマコト様のお傍を離れることは、決してございませんので」
そう力強く言い切るヴィオラの瞳には、一点の曇りもなかった。
確かにヴィオラの近くにいると全身が温もり、陽だまりのような安心感を覚える。
俺はヴィオラとの繋がりを、頭よりも先に身体で理解した。
文字通り、一心同体ということか……
そして、見知らぬ景色に謎の少女、暗黒騎士という不穏な言葉や魔力という概念。
間違いない。
俺は異世界に、死体として転生したのだ。
まるで化け物にでもなった気分だが、俺はあの日からずっと、生きながら死んでいたようなものだ。
今更本物の死人になったところで、大して変わらないか……
だが、俺にはもう一つ解せないことがあった。
「ヴィオラ、一つ聞いていいか?」
「はい、マコト様。なんなりと」
「どうして俺のことを主人と呼ぶんだ? お前は俺の願いから生まれたから……それが理由なのか?」
ヴィオラは一瞬、きょとんとした表情を浮かべた。
なぜそんな当たり前のことを聞くのかとでも言いたげな顔をしている。
だが、すぐに表情を引き締めると、ヴィオラは真っ直ぐに俺の目を見て答えた。
「確かに私はマコト様の願いから生まれました。ですが、私がマコト様に仕える理由はそれだけではありません」
ヴィオラは自分の胸に手を当て、言葉を続ける。
「マコト様は私に、生きる意味を与えてくださったのです」
「生きる意味……?」
「はい。『決して裏切らない味方が欲しい』──マコト様のその願いこそが、私の全てです。
マコト様をお守りすること。マコト様の味方であり続けること。
それこそが、私がこの世界に存在する唯一絶対の意義」
ヴィオラは静かに、落ち着いた口調で語る。
しかしその言葉は絶対的な自信に満ちていた。
「故に私は、この身も心も、全てをあなた様に捧げるのです。私に生きる意味を与えてくださった崇高なる創造主、マコト様に――」
そう力強く言い切ると、ヴィオラは俺に向かって深々と頭を下げた。
それを聞いた俺は、しばらく言葉を失っていた。
生きる意味、か……
それは、俺がかつての人生で最期まで見つけられなかったものだ。
その果てに死を選んだ俺の絶望が、ヴィオラに生きる意味を与えたのか……
「……分かった。じゃあ存分に俺に尽くしてくれ、ヴィオラ」
「はいっ! もちろんでございます、マコト様!」
ヴィオラは満面の笑みを浮かべながら顔を上げ、晴れやかに答えた。
俺はかつて世界の全てに絶望し、人を信じることをやめた。
だが、ヴィオラの瞳と言葉には嘘を感じなかった。
ハッキリとした理由は分からないが、なぜだかヴィオラのことなら信じられる──そんな気がした。
「とりあえず、この森を抜けて人のいるところを探そう。この世界の情報や物資が必要だ」
「かしこまりました! なんと迅速で聡明なご判断……さすがは我が主、マコト様です!」
ヴィオラは頬を染め、恍惚とした表情で俺を見つめている。
この先に何が待ち受けているのか、俺はまだ何も分からない。
ただ、隣を歩くヴィオラの温もりだけが、この世界で唯一確かな感覚だった。
ここまで読んでいただいて、ありがとうございます!
2話まで読んでいただければ、この作品の真髄を味わうことができます!
ぜひ2話も続けて読んでください!
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本作は私の前作、『暗黒騎士メイドは平穏を許さない〜最底辺から始まる、望まぬ異世界蹂躙〜』のリメイクですが、本作から読んで頂いてもまったく問題ありません!
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