80話 課外実習を攻略せよ~伯爵令嬢の我がままに振り回される
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実習開始からおよそ一時間。
ラングたちはTP3で腰を下ろし、情報の確認と今後の行動について話し合っていた。
先頭グループは既に前へ進み、ラングたちは後ろから数えた方が早い位置。
最後尾というほどではないが、多少の出遅れ感は否めない。
――けれど、そこまで慌てる必要ある?
他のグループの必死さを見ると、課外実習の特性を本当に理解しているのか疑わしく思えてしまう。
当初の予定通り、ここで一度情報を整理してから動き出しても、時間は十分足りるはずだ。
今の段階で特に気をつけなければならないのは、「先着順」の課題くらい。
どの課題も一筋縄ではいかないが、とりわけTP5からTP10にかけては性質が悪い。
到着してからでは手遅れで、事前準備がなければクリアはまず不可能だ。
(TP9だけは例外だが)
情報を出し合い、攻略法を吟味した一行は、再び動き出した。
『TP1』は既にウルマの奮闘でクリア済み。タグは一つ確保できている。
『TP2』と『TP3』は、どちらも素材集めだ。
・TP2:状態異常「麻痺」「毒」の治療薬となる素材を集め、提出しなさい
・TP3:ポーションの素材を集め、提出しなさい
これら二つに関しては、ほぼ完了済みだった。
ラングが希と共にエリアを一周している間に、合流した三人が手分けして素材を集めてくれていたのだ。
結論から言えば、TP2の状態異常治療薬は「麻痺回復薬」一択。
この一帯の植生では、毒やその他の異常を回復する薬の素材は揃えられない――とウルマが断言した。
TP3の「ポーション素材」については、低級ポーションならすでに揃っている。
だが、エマルシアが鳥たちから集めた情報によれば、中級ポーションに使える素材も演習地内には存在するらしい。
もちろん、鳥たちに運んできてもらうわけにはいかない。
結局のところ、全課題を並行して進めるしかなさそうだ。
「低級ポーションと中級ポーションの素材は、基本は同じです。
ただ、中級ポーションにはさらに二つの素材が必要になります。
そのうち一つ――《セイブ草》はすでに採取済み。
問題は残りの一つです。
TP6とTP7を分断する崖に、《クリフジャイヤントビー》という蜂の魔物が巣を作っていて……。
どうやら職員の間引き作業もそこまでは及ばなかったらしく、まだ残っているようなんです。
ただ……崖にあるとなると登れませんし……。あれ? ラングさんたち、登ってましたよね?
なら採取できるかも! けど、やっぱり足場の悪い場所で魔物と戦うとなれば危険ですし……やっぱり無理ですよね」
ウルマが採取状況を説明しながら、一人問答をしていた。
どうやら彼女の結論は「危険を冒す必要なし」。
安全第一が彼女の判断基準らしい。
「つかぬことをお聞きしますが……その巣って、もしかしてこれのことかな?」
ラングは道具袋から、ごそりと大きな塊を取り出した。
希が崖を登りながら手当たり次第にパクパク食べていたもので、
「希、残りは後にしなさい」
と叱りつけたあと、いくつか袋に放り込んでおいたものだ。
「そ、それです! なんで持ってるんですか!?」
「通りがかりのついでに拾いました」
「どうせ希が食べ歩きしてたんでしょ? ハチミツ大好きなクモって……笑える」
アリッサが愉快そうに言った。
……クモとクマをかけたんだろうか?
ラングの前世の知識を知らないのだから、偶然の産物だろうが。
「はい、その通りです」
「希ちゃんグッジョブ! 後で私たちにもハチミツ分けてね」
「はい、差し上げます」
「……あの、エマさん? 今回の素材ってそのハチミツなんで、食べ過ぎないでくださいね」
「「はい」」
なぜかアリッサまで元気よく返事をした。
こうして図らずもTP2~3の達成条件を満たした一行は途中タグを回収し、TP4へと向かうことになった。
そして、ここでとうとう我慢しきれなくなったのか――ラングに話しかける者がいた。
「ちょっといいかしら。――そこのあなた。そのクモに私を乗せなさい」
「……はい? どういうことでしょうか?」
「いいから、その蜘蛛を大きくして私を乗せなさいって言ってるのよ」
「……え? いきなりどうしてですか?」
「そんなの、乗りたいからに決まってるじゃない」
これまで黙って随行していた上級生からの、突然の無茶ぶり。
ラングはあっけにとられた。
「エマさんや、あのお方はどなたでしょう?」
「付き添いの上級生ですね……」
「アリッサさんや、元々のお知り合いですか?」
「今日初めて会ったばかりよ」
「ウルマさんや、あの命令には従わないといけませんかね?」
「えっと……断りにくいオーラがダダ洩れしてますからね。従った方が無難かと」
いかにも上流階級のご令嬢といった雰囲気を漂わせる上級生。
希は最初こそ「ラング以外は絶対に乗せたくない」と断ったが、説得の末、ラングと一緒に乗るならという条件付きで渋々了承した。
エマルシアたちとしても、今は味方が一人でも欲しいところ。
ぞんざいに扱うわけにはいかない――そうラングは判断した。
「まあ、いい眺め。あの大きな木に登ったら、さぞ素敵でしょうね」
「……はい、登りましょう」
希はするすると大木を登り始めた。
「ねぇ、木から木に飛び移ったら、さぞ痛快でしょうね」
「……はい、飛び移りましょう」
希はそのまま、勢いよく目の前の木へと飛び移る。
ジェットコースターさながらのアクロバティックな動きに、
ご令嬢はきゃあきゃあと声をあげて――大いに楽しんでいた。
その後もご令嬢は、実習とはまるで関係のないオーダーを次々と口にした。
挙句には鼻歌まで歌いながら上機嫌である。
「ねぇあなた、この蜘蛛、おいくらなら譲ってくださるかしら?」
「いえ……お譲りはできません」
「まあ、そんな意地悪をおっしゃらないで。譲ってくださらない?」
「それだけは、お断りします」
令嬢のわがままも、ここに極まる。
よりによって希を“買いたい”などと言うとは、暴言も甚だしい。
家族同然の従者を軽々しく扱うその態度に、ラングは思わず怒りを覚えた。
だが、中身が大人であるがゆえに、ぐっと堪える。
まだまだ年少者にムキになるほど、ラングは子どもではなかった。
彼は、希がどれほど大切な存在かを静かに語り聞かせた。
やがてご令嬢も心を動かされたのか、最後には素直に頷いた。
「大変失礼いたしました。……希、と仰いましたね。あまりに美しく気品のある佇まい、それでいて力強さを備えた姿。その神々しさに惹かれるあまり、あなたの気分を害してしまったこと、謝罪いたしますわ」
深々と頭を垂れる姿には、確かな反省の色が見えた。
「いえ、こちらこそ無礼をお許しください。おわかりいただけて、よかったです」
「私はフォルンコート伯爵家の次女、レイチェル=フォルンコート。以後お見知りおきを。……あなたのお名前を伺っても?」
「名乗り遅れて失礼しました。私はカイエイン商会に所属するラングと申します。本日はエマルシアお嬢様の従者として随行しております。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
「希はもちろんですが……これだけの従者を従えるあなたにも興味がありますわ。ぜひ今度、うちに遊びにいらして」
「はい、喜んで! その際はぜひ、こちらのエマルシアお嬢様とご一緒させてください」
「もちろんよ。エマルシア、それにご学友も、ぜひ遊びにいらしてね」
「「「はい、喜んで!」」」
三人は声を揃え、笑顔を弾けさせた。
かくして、わがまま令嬢とのやり取りは丸く収まった。
だが、このご令嬢が後の展開の“カギ”を握ることになるとは、まだ誰も知らない。
そしてこの先も――事あるごとにラングと深く関わっていくことになるのだ。
確かに我がままではある。
だが、自らの非を潔く認め、素直に謝罪できる姿には不思議と好感が持てる。
希の背中で揺られながら、ラングはわだかまりが解けた喜びをかみしめていた。




