後編 少しHな女子の勇気ある青春
続きです。
この話は時間軸ほぼ同じで、神園はるか視点の物語となります。
やってしまった。
夕暮れの教室の中、私の前で西宮優也君がぼーっとした顔で立ち尽くしている。
渾身の催眠術が炸裂して、大成功。そのため西宮君は今、完全トランス状態に入っている。
そう、何を隠そう私、神園はるかは催眠術師なのである!
昔ゴミ捨て場に放置されていた、綺麗な装丁の本を思わず拾い、そこに書いてあったのを読んで覚えたのがこの催眠術である。
とはいっても、全然大したことはできない。今までかけられたのは私の弟のみ。
それも、手を振ってとか単純な命令だけで、「冷蔵庫からお茶とってきて」とか「お風呂掃除の当番代わって」と指示したら、「はぁ?やだよ。って、あれ?何してたんだっけ?」とあっさり解除された。
他にも試したが、10秒放置したり、少しでも反感を覚える指示をすると従うどころか、あっさり目が覚める。そもそも感情が高ぶっている時は利かず、リラックスしている時しか効かないのだ。
もっとしっかり学ぼうにも、その肝心な本はお母さんが古紙回収で捨ててしまい、トイレットペーパーに化けてしまったので、どうにもならない。
とまぁ、そんな程度の能力なのだ。そもそも、何名か試したとはいえ、かかるかどうか確認しただけで人の心を弄るなんて真似はするつもりなど微塵もなかった。
だが、何故か西宮君には思い切り効いてしまったのだ。
今日は偶然が重なった。
友達の手伝い、先生からの用事、委員会関連の雑用、諸々あり、最後に鞄を取りに夕方遅く教室に戻ったところ、何か用事があったのか教室にいた西宮君と遭遇。時間が時間なだけに他には誰もいない。そこで思わず話しかけたのだ。普段いない時間帯で完全に2人きりの空間。
熱中しすぎて“時間を忘れるほど”世間話をして、いざお別れとなった時に“チャンスだよ!頑張るんだ!”という思いが強く沸き起こり、衝動に駆られ思わず西宮君に催眠術をかけて・・・今に至った。
心臓がバクバクする。憧れの相手が目の前で自分の言いなりになる状態にあるのだ。興奮しない方がおかしい。
そう、私は西宮優也君のことが好きなのだ。“昔”から。
彼は覚えてもいないだろう。
昔、子供の頃、引っ込み思案でころころ太ってたことから「デブ」「肉ダルマ」と他の子供たちにいじめられていた私に仲良くしてくれて、「かわいいよね」とたくさん褒めちぎって、自分ですら可愛げもないと思っていたあの頃の自分を猫可愛がりしてくれたことを。
思えばあの時から私は彼に惚れていた。
しばらくして、親の都合で急に引っ越して、思いを告げるタイミングや勇気もないまま、一方的に別れ、高校に入学する頃、またこちらに舞い戻り、高校でしかも同じクラスで彼と再会した時は運命だと思った。
時間が空いていたが、それすらも超越して好きだと実感させるきゅんとなる私の乙女心。
だが、残念なことに彼は私に気が付いていないようだった。
それは仕方がない。まぁ、家族の都合で苗字変わりましたし?痩せましたし?なのに胸は痩せずぽよんぽよんですし?背も伸びましたし?髪も伸ばして、美容に気を使い、お洒落さんになりましたし?
でも、同じ高校になったんだし、きっと気づいてくれて昔みたいに仲良くできるよね!
・・・と、そう期待に胸が膨らんでいた時期が・・・私にもありました。
私は目立ちすぎた。高校デビューで張り切り過ぎた結果、良くも悪くも顔はいいけど、軽い人達が集まり、あれやこれやという間に西宮君と程遠いグループに所属してしまった。
なお、西宮君は私の所属するグループと異なりどちらかというと暗い感じ(皆が言うだけで、私は思ってないけど)のするグループと付き合っている。
昔いじめられたこともあり、人に迎合するのがうまくなった私。それが皮肉にも今のグループを築き、そのグループの違いのせいで西宮君との接点ができず、「お久しぶり!昔一緒に遊んだはるかだよ。また仲良くしてね!」とカミングアウトをすることもできない程の距離を生んでしまったのだ。
とはいえ、今更グループを抜けるというのも人間関係を崩し、一からスタートする勇気もない。
ああ、折角だし。彼から思い出してドラマティックな再会してほしいなぁ、わくわく♪なんて思って待ってるんじゃなかった。と間抜けな上、人間関係を崩すのが怖い臆病な私は他の人のコイバナを聞くたびに、自分もそんな恋したいなーと落ち込んでいた。
そんな思い出が一瞬走馬灯のように頭に流れたが、でもそれも今日まで!思い詰めて催眠なんて卑劣な手段に頼ったけど、私は今日ここで勇気を出す!そして、彼との関係を変えるんのよ!
そして今に至る。
・・・で、何すればいいのかしら?
何もできないまま、しばし、私は半べそのまま、夕暮れの教室で立ち尽くしていた。
エッチなことをする?きゃっ♪
・・・私馬鹿?漫画じゃないのよ。もちろん西宮君とそういうことするの嫌じゃないよ。興味あるよ!でも校内には人気がいないとはいえ、先生もいる。部活が終わった人もいるだろう。普通に見つかる。そうしたら見つかったら彼諸共人生の終わりだ。それ以前に意識が無い状態を襲う犯罪じみた真似など、そんな極悪非道な真似できるわけがない!
えーっと、それじゃぁ・・・キ、キスでもする?
・・・でも、今のままでやるのなんかやだなぁ。私も女の子だ。好きな人との初めてのキスくらい、お互いにムードある状態でやりたいな。というか、意識が無い人にキスなんてなんか悪い気がする。
わ、私のことを好きになるように命令する?
それは絶対にダメ!人の心を捻じ曲げる行為は絶対にしてはいけないと心に誓っているのだ。催眠はかけても決して相手に後々影響を与えない。それが私の絶対ルールなのだ。何より、そんなことで好きになってもらっても嬉しくもなんともない。そもそも、そんな最低以下のふるまいなんて絶対ダメだよ!
は、裸になってもらう?
これいいんじゃない!?西宮君のあれを観れる!お返しに私もおっぱい見せたらおあいこだよね!えへへ!・・・って、何がおあいこよ!ただの変態じゃない!そもそも万一誰かに見つかったら、私だけでなく西宮君に迷惑かけるよ!
・・・じゃぁ、何をしよう。
勢いで催眠をかけたものの何も思い浮かばない私。
ナニカせねばと思うが、わからない。立ち尽くす西宮君の傍をちょろちょろする私。いけない、いくらなんでもこれ以上時間が経ったら目が覚めてしまう。何かしなくちゃ何かしなくちゃ何かしなくちゃ・・・そうだ!
「神園・・・ううん。はるか大好きって心を込めて言ってみて!」
ぐるぐる考えて出た命令がこれ。その反応は即座に帰ってきた。
「はるか、大好きだよ」
「おっほぉん!?」
その瞬間、私の口から変な声が漏れた。
やばいやばいやばい!何これ、好きな人に告白されるとこんな気分になるの?ああ、西宮君の優しさが響く、心にダイレクトアタックだよ。
そして全身に西宮君の名残がある中、頭がピンクに茹った私はとんでもない命令を言ってしまった。
「そ、それじゃぁ!私を優しく抱きしめて」
まぁ、これくらいならば、海外でも普通だもんね?ハグだもん。普通普通。だからいいよね?と、思って出した命令に従いむぎゅっと強く優しく私を抱きしめる西宮君。それは想像以上の幸福感を生んだ。
「あっふぅん!?」
私の口からさらに変な声が漏れた。
やばいやばい!何これ何これ!?まじやばいんですけど!?男の人なのにすっごいいい匂いする。いつも一緒にいる男子はワックスや香水みたいなきっつい香りというか臭いするのに、西宮君はやばい。よくわからないのにすっごい良い匂い!そんでもって全身西宮君の温もりと優しさで包まれてる。私西宮ロールになってる!私具材になってるよー!私食べられちゃうの!?あひぃぃ!?温かい吐息耳にあたってますぅ!?ふにゃっちゃうぅぅ。こりぇすごいのっぉぉぉぉぉ!
「はぁぁはぁぁぁ・・・これ以上はいけないわね」
快楽と幸福の海に溺死寸前のところを、これ以上はやばくない!?という危機感から何とか抜け出した私。
あっ、いけない涎垂れてきた。
ずずっと、はしたなく口をハンカチで拭ったものの・・・ここから先は何も思いつかない。いやしたいことはあるんだよ?だけど、催眠でそんな真似するのはリスクが高いし、何より恥ずかしいよ・・・。
悶々悩んでいると、うめき声を上げる西宮君。まずい!流石に時間がかかり、催眠解けかかってる!どうしようこんなチャンス他にないし・・・そうだ!
「西宮君は・・・す、好きな人はいるの?」
ついに聞いてしまった。怖くて名前を聞くことすらできないのが我ながら情けないな。
「・・・はい。います」
そんなチキンな私を西宮君の言葉が貫いた。
「あ・・・そ・・・そうなんだ・・・付き合ってるのかな?」
胸に穴が空いたような感覚になりつつも、私は震えながら質問をする。もし、付き合ってると言われたら・・・どうしよう・・・怖い・・・。
「いいえ、片思いです。相手は人気者で相手にされていないです。それに怖いので自分から何もしていません。」
そうか・・・最悪の事態は免れたのか。って情けない。片思いってだけなのに、それが私かも、なんて都合のいい想像をしてしまった。私のことを忘れて、接点もなく会話もなく、(主に森岡のせいで)小ばかにしたような態度をとっているグループのメンバーの私が好かれているはずもない。
本当、私何やってんだろう?
好きな人相手に勇気を出して、禁断の力まで使ったのに、やったことはセクハラじみた命令と馬鹿な言動だけ。こんな変態で、言い訳ばかりして行動に移れない臆病者の自分がみじめで泣きたくなるような切なさを感じる。
“頑張って”
また、脳裏にその言葉が響く。そうだよね・・・今日のはちょっとしたきっかけ。これから勇気を出して、少しずつでもいいから西宮君に近づこう。
私は目覚めかけの西宮君にその想いを伝える。
「西宮優也君。私は貴方が好きです。覚えていないだろうけど、昔会った時から好きでした。今はまだ臆病な私だけど、きっと・・・きっと勇気を出してこんな力に頼らずお付き合いできるよう頑張るからね!それじゃ、今の言葉は忘れて。手を叩いたら目を覚ましてください。そして時間が経ったことは気にしないでくださいね。はい」
そして、感情と色が西宮君に戻ってきた。
うん、これでいいんだ。恋愛は催眠術なんかじゃない。自分の力で勝ち取るんだ。名も知らないライバルさんには負けないんだから。
・
・・
・・・
・・・・
・・・・・
「あれ?えっと」
「どうしたの?ぼーっとして。もう遅いし帰ろう」
若干、ぼーっとした西宮優也は神園はるかの声で覚醒した。前後の記憶があやふやな感じがしたが、
「えっと、僕」
「ん?」
小首をかしげる神園はるかの仕草に、思わずどきりとした西宮優也は眼を背け、そのまま2人は歩いて、ドアを開け、茜色の教室に背を向けて出て行った。
「じ、じゃぁ、僕こっちに用事あるから」
「そう、じゃぁ、また明日ね」
廊下に出た瞬間、気まずさから西宮は架空の用事を理由に別れようとする。その瞬間2人の脳裏に何か“頑張れ”という心の声が聞こえたような気がした。ほんのわずかの時間、立ちつくした2人は
「あの!」「あの!」
2人同時に声を出した。
「え?」「え?」
きょとんとした2人だが、次の瞬間2人は若干慌てた様子で話しかけた。
「え、ええと!実は用事と言ってもたいしたことないこと思い出したんだ・・・折角だし途中まで一緒にか、帰らない?」
「あ、あぁ、そうなんだ!私は西宮君の用事が大変そうなら手伝おうか?って思っただけで・・・そ、それじゃ・・・帰ろうか?」
ぎこちない言動と裏腹に、内心は『何、この幸運!?』と小躍りするほど歓喜の2人。こうして2人の未熟な催眠術師は2人揃って帰路に着いた。ただの世間話だけで、踏み込んだ話はしなかったが、この帰宅の時間は入学してから今に至るまでよりも、長く話をした。
これは互いに思い合いながら、すれ違い、何もできない臆病な2人が催眠術という異能を使うも大それたことを考えもしないどころか、ほとんど利用もせず、ただ、ようやく小さな小さな一歩を踏み出した。これはただそれだけのお話である。
この2人がその後どうなるかはまた別のお話・・・。
お読みいただきありがとうございます。
この後編のHはヘタレと変態の頭文字のHでした。
少しでも面白いと思っていただければ幸いです。