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45:encounter the fairy

ここから時間の流れを少し早くする予定です。

時系列は、前話から二ヶ月半程後。

 そよかぜの中に、微かな暖かみが帯びるようになったのは果たしていつからか。

 獣と呼ぶには脆弱過ぎる小動物たちもひょこひょこと辺りを駆けるようになり、寒風を耐え抜いた木々は活力を得て、緑の衣を纏う準備を始めた。

 春が、やってこようとしている。




「流石にもう雪も残ってないなぁ……なんか寂しい」


 樹木の狭間をゆっくりと進む。

 ある時は獣道、ある時は踏み慣れぬ未開拓の路。

 ここを狩場としてそれなりの年月が経つ。大規模な森林であるが故、狙わなければまず他の冒険者に鉢合わせすることもなく、自分のペースで()れる。集団の効率性には敵わないけれど、別に荒稼ぎしたいわけでもなし。マイペースだと自負する私には一人が大変稼ぎやすい殺り方だった。


「にしたって、そろそろ弓矢くらい使えるようになりたいなぁ……ナイフ投げなら得意なのに」


 一人ぼやく。

 何度練習しても的を外す私は、店主さん曰く適正ゼロだとか。むしろ何でそれだけやって一回もまともに射てないんだと笑われた。思い出すだけで無銭飲食してやりたくなる。


 ––––なんか今日、獲物少ないし。


 不自然だ。少し前、『取りこぼし』が大量に湧いていた時もそうだけれど、最近この森のモンスターの生態が狂いつつある。

 ここに棲み始めた『何か』が、影響を及ぼしているというのが昨今の噂だった。


 黄緑色に光る何か。輝く何か。羽の生えた何か。遠目に見た主な目撃情報がそれで、近づくと消えるように逃げ出してしまうらしい。


 それがモンスターであるなら正直迷惑以外の何者でもないので、出会ったら即刻討伐してしまいたかった。



****



 普段のノルマほど獲物を狩ることが出来ず、私は普段の狩場よりずっと奥地へ踏み入っていた。

 やはり今日はモンスターの数が少ない。もし見かけても、こちらに見向きもせず、奥地の方へと走っていってしまう個体が多かった。そんなこと今まで一度たりともなかったのに。


「––––ぃ、ぁ––––!」


「……人の、声?」


 不意に鼓膜が何らかの音を捉える。

 叫ぶような、許しを請うような、そんな––––、


「––––やめて、ほしいのですよぉ……! ゆるし、ゆるしてほしいのです……!!」


「!?」


 怯えた子供の声だ。それも幼い。

 こんな森の奥深くに子供がいることに一瞬違和感を覚えたが、そんな思考は御構い無しに、体が叫び声のした方向へ駆け出していた。


「誰っ……大丈夫!?」


 入り組む木々の隙間を潜ってショートカットしつつ、跳んで越えてと縦横無尽に走り抜ける。

 刹那、何か空気がブレたような感覚が全身に走り、周囲の景色が切り替わった。


「っ……魔法が、使われた……!?」


 そんな気配は無かった。あたかも当たり前のように、瞬きの最中に転移は行われていた。


 足を止める。

 そこは大きな泉のある、広場のような空間だった。

 神秘的な輝きを放つ不思議な澄んだ水面。根元まで浸かった、樹齢数百年は予想される巨木が泉の中央より生えており、捻れたような形で広範囲に伸びた太い枝は頭上からの日光を阻んでいた。これでは太陽の位置もわからない。

 こんな場所は見覚えがまるで無かったが、丸っ切り遠くへ飛ばされたわけではないらしい。空気感は先程までとまるで変わらないし、広場周囲に生える樹木の種類は森のそれと同じだった。


「わっ、わーっ! ダメなのですっ! 入ってきてはいけないのです! ここは神聖な泉なのですよぉ! ひぃっ!」


 先程聴こえた声がした。とするとやはり、私は然程遠くへ飛ばされたわけではないということだろうか。


「……もしかして、幻惑魔法?」


 もはや少し齧ったとは言えない程度には魔法を嗜み始めた私だ。

 考えられるのは、ここが幻惑系の魔法の施された結界であるという可能性。

 それならば結界の壁を越える者が現れるまで、誰かにこの場所の存在を知られることもない。

 結界を根城に隠れ棲む何かが、ここにいるのかもしれない。


 とにかくそれらの考察は後にして、声のした巨木の裏へ回ると、水面を踏み荒らし波紋を生み出す緑色の一団がいた。


「ゴブリン……!」


「ま、また侵入者なのですか……!? いえっ、その声には聞き覚えが……もしや、ニンゲンさんなのですか!? どうしてこんな深くまでっ……こ、来ないで!! ニンゲンさん、こっちは危ないから来てはいけないのです!! ひぎぃっ!」


「っ!」


 『危ないから来てはいけない』。自分こそが窮地に立たされているというのに、他人を気遣う言い草だ。

 許しを請う声、苦痛に歪んだ声を最初に聴こえてしまったら、助けないなんて選択肢は無くなるに決まっているのに。


「––––死ね」


 そう小さく口の中だけで呟くと、私は足音は消し、群れの元へ素早く足を進める。

 そのうちの一体の首筋に、背後からナイフを突き立てた。


「ブワッ––––!?」


 断末魔も満足に上げられず、その個体は生き絶える。

 仲間の異変に遅れて気づいて、他のゴブリンたちは一斉に振り返ってきた。

 奴らの敵意は、仲間を殺めたこちらに向いた。そこからはもう簡単だ。

 一度後方へ跳んで距離を置く。飛びかかってくるなら胸部を突いて、突進してくるなら横に斬り払う。それらが複数匹による同時のものならより近い者の頭めがけて予備のナイフを投擲して、遠い方はリーチが届くならそのまま剣で相手する。


 十数体程度なら、あっという間に殲滅できる。伊達に三年近く同じ狩場で同種類の獲物と同じ戦法で殺し合ってはいない。


 戦いとも言えない軽くあしらうような蹂躙が終わり、そのうち辺りは血の海になった。服にあまり跳ねなくて良かった、レーナちゃんの仕事を無駄に増やしたくはない。


 ––––でも、折角の綺麗な水を濁らせちゃったな。


 神秘的だった泉の水面は、赤黒い液体が混ざり、穢れた色彩と化してしまっている。

 死体をいつまでも浸しておくのもよろしくない。

 それから結局のところ、ゴブリンを惹きつけていた存在は何者なのか、確かなければならなくて––––。


「あ、あの……ころ、殺さないで……」


 再三聴いた声がする。

 先程まで小鬼たちに囲われていたその存在は、全身を黄緑色の光で覆われた、未知の生命体だった。

 幼子と言って差し支えない体つき。ともすればソフィちゃんより小柄で、背中には蝶のような美しい羽が一対生えていた。

 何より奇妙かつ異様なのは、その容貌がのっぺらぼうであることだ。まだ何者にも染まっていないかのような、善悪を知らぬ無垢さがあった。

 腰が抜けて、動けなくなっている様子で。その体の震えは、私への明らかな恐怖を表していた。


「……ごめんね、怖かったよね」


「……ぇ」


「君を傷つけるつもりはないの。それは、本当だから」


 信じられないものを見たような様子の彼女あるいは彼。表情なんて無いのに、何故か抱く感情の幾らかが伝わってくる。

 少し間を置き、冷静になる時間を与えてから、私は訊ねた。


「……君、モンスター?」


「えっ……ち、ちがうのです! ヨウセイは……この森の、妖精なのです!」


「……妖精族?」


「っ、っ」


必死にコクコクと頷いてみせる妖精さん(暫定)。

妖精というより妖怪チックな見た目であるが、真剣な様子であり、正体に関して嘘はついていないと思われた。


「うん、信じる」


「……え」


「妖精さん、その様子なら大丈夫だと思うけど、怪我とかしてない? してたら見せて」


「……え、あ。は、はいなのです!」


 おずおずと、左腕をこちらへ差し出す。

 見れば二の腕に、ゴブリンにやられたと思われる一筋の引っ掻き傷があり、そこから小さな光が勢いよく溶け出していた。


「え、え!? ちょ、これ大丈夫なの!? なんかやばそうなの迸ってるよっ!」


「は、はい……痛いのですけど、多分そのうち勝手に治ると思うのです」


「声に似合わず案外逞しいな……まあいいや、聞くかわからないけど一応治癒魔法かけるね」


「そ、そういえば(・・・・・)魔法が使える(・・・・・・)のでしたね(・・・・・)……あ、ありがとうなのです……」


「?」


 一瞬変な事を言われた気がした。

 魔力を流し終えると、傷口は塞がる。すると妖精さんは躊躇いがちに口を開いた。


「……あ、あの、ニンゲンさん」


「なぁに、妖精さん」


 互いに種族名で呼び合うのも、なんか新鮮で面白いなと思ったり。


「貴女はヨウセイを、殺そうとしないのですね」


「なんで私が君を殺さなきゃいけないの?」


「え……だって、ヨウセイは他種族なのですよ。ニンゲンさんは、ヨウセイのことが嫌いではないのですか?」


「……あぁ、またそういう話なのか」


 やれ他種族は穢らわしいだの、忌み嫌われる存在だの、この国に来てから聞き飽きた中傷だ。過去の遺恨はどうあれ、現代に生きる彼らに罪は無いだろうに。

 歴史も何も聞き齧りで、考えだったまだガキンチョな私は少なくともそう考えるけど、そんな一筋縄な問題ではないことも、無い頭なりに知っているつもりであって。


「あっ、あの……えと、えっと……」


 目の前で、小さな羽を懸命に動かしぷかぷか浮いてる可愛い生き物を、どうして憎めよう。

 君に敵意は無いのだと、精一杯の愛想笑いと言葉で示した。


「私、この国の人間じゃないから。その辺りの線引きはしてないよ」


「そ、そうなのですね……よかったのです……」


「妖精さん?」


 不意に、妖精さんの体がふらつく。

 咄嗟に受け止めると、意識を失いつつあることに気づいた。今にも瞼を閉じそうになっている。


「あ、あれ……なんだか、視界が、ぼんやりと……」


「妖精さん!?」


「あん、しんして……つかれた、のです……」


 やがて、ガクリと体から力が抜けた。


「妖精さんっ! ちょっと、妖精さん大丈夫!?」


 疲労困憊による昏倒か、或いは別の要因による失神か。

 どんなに呼んでも、その場で妖精さんが目覚めることは無かった。









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