44.3:年を越えて
去年の夏から始まったこの作品。今年もどうか、よろしくお願いします。
「今年も終わりかぁ、寂しいねぇ」
年末。十二の月、三十一日の今日。
もうまもなく来年が、訪れようとしていた。
「はっぴぃにゅーいやー! でしたっけ!」
片腕を高く振り上げて、レーナちゃんは意気込む。可愛い。
「そうそう……っていうか、別にそれ言わなくてもいいんだよ?」
「えっ……ご主人様、私のこと騙していたんですか」
「あんまり熱心に聞くもんだからついふざけてね」
「……ご主人様のそういうところ、嫌いです」
「あ! ご、ごめんって! 嫌わないでっ」
「……誰もご主人様自身が嫌いだなんて言ってないですよ……」
拗ねた様子のレーナちゃん。折角の年越しなのに、そんな状態で新年を迎えて欲しくない。
「一つだけ、何でも言うこと聞くから機嫌なおしてっ」
「……何でも、ですか?」
「おうっ!」
「……じゃあその権利を三回に増やして下さい」
「ベタな願い事だ!?」
しかし言ってしまった以上私に拒否権は無い。
しぶしぶ、というよりどんな要求をされるのか楽しみで、私は頷いた。
「いいよ、何して欲しいの?」
「じゃあ、一つ目です」
「ん」
「……だ、抱きしめて下さい」
「えぇっ、普通にご褒美じゃん……」
「な、何を期待してたんですか……」
––––オシオキ、ですかねぇ。
とりあえず側により、肩に手を置いて、引き寄せる。
この動作も、共に過ごした日々の中で手馴れたものだった。気持ちだけは、募っていくのに。
レーナちゃんの体は暖炉に当たるよりずっと私を暖めてくれて、その感触は柔らかくて、少し力を込めるだけで壊れてしまいそうなくらい、脆くて。
さらさらとした髪の毛は、この世のものとは思えないくらい、美し––––、
「––––つ、次、二つ目ですよっ」
その急かすような言葉が、私を我に帰らせた。
そうだ、これはレーナちゃんの要求。私ばかりが堪能していてはいけない。
「……お、おう」
「一つ目の要求を継続したまま……頭、撫でて下さい」
「それもいつも通りだ!」
てか上目遣い可愛い。背がちっちゃいからこそできる自然な上目遣い……強い。
「あっ……」
髪の毛先に手をかけ、そこから辿るように根元へ、頭へと向かっていく。
それにしても頭皮まで柔らかいってどういう事なのか。好感度による補正がかかって錯覚しているのかもしれないけれど、ふわっふわだ。撫でるマシュマロだ……撫でるマシュマロってなんだよ。
「……あの、ご主人様」
「……は、はいっ」
「三つ目の要求……やっぱり、三つに増やしてもいいですか」
「……そうやって、永遠に要求増やし続ける感じ?」
制限つけなきゃ、このまま私レーナちゃんの奴隷に……あれ、でもそれ普通に天職じゃん! なるよ、レーナちゃんの奴隷なら喜んでなるよ! 踏んづけていいよ!
「い、いえ、これで最後ですからっ!」
「……ん、ならいいや。要求どうぞ」
内心、少しがっかりしたのは流石に引かれるだろうから口にしない。被虐願望とか、普通に変態だし。
さて、残り三つはどんな要求か。今まで通りな気がしないでもないが……増やしたからには、きっと特別な要求なのだろう。私を踏んづけたいとか、殴りたいとか、今まで溜めた鬱憤の分蹴りたいとか……あれ、割と本気で残りの三つそれじゃない? 私、ボコボコにされるんじゃ……嬉しいなぁ。
「まず一つ……きっ……キス、しましょう」
「やっぱりいつも通りだ!?」
あ、でもレーナちゃんがしたいって言ってるんだからいつも通りでもないか。大抵私からするもんね。
「どっちがするの?」
「わ、たしからっ……します。ご主人様は、動かないでください」
「うんっ!!」
嬉しいな嬉しいな……と思いながら、私は目を瞑る。
そうして十数秒待ってみるが……そのまま唇に柔らかい感触が来ることもない。
「……あ、あれ、レーナちゃん……?」
「ご主人様の……目を閉じて待って下さってる顔……可愛いです……」
「悶えてる……!?」
頰に手を当て、半ば俯きつつ、もじもじしている彼女。その仕草してるレーナちゃんのが可愛いと私は思いますよ。
「……早くしないと、年変わっちゃうよ」
「! そ、そうでした……大丈夫です。今度こそ、しますから……」
「お、おう」
リテイク、目を瞑る。
今度はすぐに、そっとその感触がやってきたので、吃驚した。
普段いきなり私にキスされてるレーナちゃんも、こんな風に感じてるのかな、なんて思いつつ、その熱を受け止める。
「……ん、ふっ……」
「はふ……む、ふ……」
「……っ、は……ふぅ……すき、だよ」
「わたしも……私も、大好きです……」
心臓が焼けるように熱く、血液を全身に送り出している。
私の瞳は彼女だけを映していて、彼女の瞳には私だけが映っている。彼女の心を独占しているかのように錯覚する。
「私の心は、とっくにご主人様のもの、ですよ……?」
「……エスパーかよ」
「いらないって言ったって、返品は受け付けてません」
「……いらないわけないんだよなぁ」
「そ、そうです。ご主人様は、私のこと、大好きなんですもんね」
よくわかってらっしゃる。むしろ、ここまで私の好意を自覚させるのに、時間がかかり過ぎた。
これ以上仲を進展させるのも、これまた骨の折れる苦労と、年単位の時間がかかるのだろう。
でもそんなゆったりした日々の繰り返しも––––中々どうして、楽しみな未来だ。
「……残り二つは?」
要求の提示を求める。
「じゃあ、次の一つ」
「うん」
レーナちゃんは、大きく深呼吸して、
「私のことを、一生好きでいて、くださいっ……」
と、言った。
「––––うん」
正直、その願いが一番拍子抜けだった。
「……え。えっ、そんなあっさり……」
「あっさりじゃないよ。その決心は、もうとっくに済ませてる。……若気の至りとか、そのうち冷めるとか、そういうこと言われたら反論のしようがないけどね」
レーナちゃんがいなければ、今私はこの世界にも、地球にもいなかったかもしれない。
生き物をこの手で殺める冒険者稼業、大きな住処に一人きりの生活。日本でぬくぬくとロクに苦労も孤独も味わわずに育った私では、そんな些細なことにさえ耐えきれなくなって自ら命すら絶ったかもしれない。
生きる原動力、なんて言ったら重いかもしれないけど。
「君は、私の生きる意味だから」
「っ……」
「君が、私を生かしてくれてるんだよ。本当は、"好き"でも"愛してる"でも足りないくらい、レーナちゃんのこと、想ってるの」
家族は好きだ。妹は愛している、両親も愛している。
ソフィちゃんは良い子で、大好きだ。店主さんだって何だかんだ優しくて好きだし、冒険者のおじさんたちも悪人ヅラに似合わない不器用な優しさが好ましいし、八百屋のご夫婦も、お医者さんも、村の人たち、みんなみんな。
だけどその全員と天秤にかけても。それでも私は、レーナちゃんを選んでしまう。それくらいには、彼女が大事。
たかだか十九年と少しの人生。結論を出すのは早過ぎるかもしれないけど、後悔だけはしないから。
「何があっても、この先も一生、君が私のお嫁さんなのは決定事項なんだからね!」
「……はいっ」
破顔して首肯するレーナちゃん。てっきり涙ぐんでくれるかと思ったけど、これは成長ととるべきか。
私に愛されてるって、自信たっぷりなレーナちゃんもまた、魅力的だ。
「じゃあ、最後の要求を呑もうか。もう時間も無いよっ」
「––––はい」
表情から笑みが鳴りを潜めた。
真剣に真っ直ぐに、私を見つめ返す琥珀色の瞳。
「例え何があっても、貴女と、別れることになっても。私が一生、ご主人様を好きなままでいることを、許してください」
「––––」
それは、私に願うことなのだろうか。
誰かを愛するのも、好きで居続けるのも本人の権利のはずだ。許可を求めることじゃない。
奴隷時代の癖が戻ってきてしまったのかと一瞬不安になったが、見つめ続けた瞳に何ら変化がないことで、それは杞憂だと分かった。
そして、その言葉の意味を尋ねようとするのを拒んでいることも。
「––––ん、わかった。いいよ」
「ありがとうございますっ」
結果から言えば、私がこの返事を後悔することは、この先一生無かった。
私の一生の中では、その機会は訪れなかった。
さて、間も無く今年は終わりを告げる。
一年を綴った三百六十五の日々は終幕を迎え、真っさらな三百六十五の頁が開く。
「そろそろだね!」
「はい!」
無事、レーナちゃんの機嫌は直った。いや、むしろ上機嫌になったかもしれない。
互いに抱擁を交わす体勢へと変わり、私たちはその時を待った。
そして––––、
「「はっぴーにゅーいやー!!」」
来年が、今年へと変わった。
「あははっ、レーナちゃん結局言ってんじゃん!」
「ご主人様だって……!」
年を越えたくらいで、私たちのやり取りは変わらない。
今まで通り下らないやり取りをして、一緒に年を重ねる。
「あけまして、おめでとう」
「おめでとうございます、ご主人様」
また、今年が始まるのだった。
もう一本投稿しています。




