#7 ナツ編集部室の夏 I
存在が絶対的なものとなった学園通信編集部と編集長なっちゃん。
七麦学園学園通信編集部としての初めての夏が始まる。
「合宿……ねぇ」
なっちゃんは乗り気じゃなかった。そう、合宿である。
「いいじゃん! 行こうよ行こうよ。予約しておくね」
待ちなさい。誰も行くなんか言ってません。
ゆかりの暴走の元凶は今日の部活の始まりから見ないといけない。あの教頭の顔をもう一度見なきゃいけないのか……。
それではもう一度終業式の日へ、ワープ。
普段すごい面倒くさそうに学校へ行く人も、今日と言う日はイキイキして見える。そう、今日は1学期の終業式なのだ。まあこういう生徒はまだいい方で、終業式の日からもう夏休みだと考えている人もいる。通学中の私の隣に。
「あ? どうせ40日間の夏休みを有意義に過ごしましょう、チャンチャン♪だろ? わざわざ連れ出しやがって」
いいから終業式は行くの。入学式サボったことも「終わりよければ全てよし」ってことでね。まあ私の記憶からは絶対過ぎ去らないけど。
終業式はつつがなく終わった。確かになっちゃんの言ったとおり「40日間の夏休みを計画的に有意義に過ごしましょう。1学期不本意な成績だった人はこの夏に克服しましょう」と言うテンプレートが校長から読み上げられた。
教室でのホームルームでは生活についてのプリントが配られて、通知表が配られた。個人的には高校の勉強も健闘したと思う。クラスでもまあまあの順位だろう。でもなっちゃんには勝てない。そんな通知表を机に置いておいたら、誰かに盗まれて名前書き換えられるよ?
教室内でも学園通信をチラホラ読んでいる人がいた。ホームルーム中に読むのは良くないけど、でもやっぱり嬉しい心持がする。そんなこんなで私達のごたごたした1学期はようやくエンディングテーマが流れ始め、夏休みが待っていた。
誰だ、エンディングテーマを中断してもう一本お話を入れたのは。
それはゆかりだった。
「奈津君、話があるんだー」
ホームルーム終了後のC組の教室、間延びした声でB組から来たのはゆかりだった。
「なんだ」
入部してきたときから、なっちゃんはあまりゆかりの話を快く思っていないのだろうか。
「部室行かない? ここよりも話しやすいし。リンも来て」
私も嫌な予感がしてきた。3人で部室へ向かう。
部室の鍵を開けるのは私。二人はスタートダッシュの準備をしている。スタートダッシュというのは夏の時期、うちの部で恒例となり始めた扇風機の取り合いである。私がいつも負けるのは鍵を開けるからかな。あ、開いた開いた。
「取った!」
大人気ない声を上げて、なっちゃんが扇風機を自分の席に向けてスイッチを入れる。
「涼風だなぁ」
この野郎、こっちはサバンナだぞ。
「で、話なんだけどね」
ゆかりの話が始まった。
「合宿行かない?」
え? 合宿?
「うん、合宿。私中学は陸上部だったから合宿があったんだけど、合宿ってすごい楽しいのよ。部活と関係無いことしても楽しいんだから!」
なっちゃんの顔は扇風機の風を受けているはずなのに、暑そうな顔になっている。
「合宿……ねぇ」
これで冒頭部分に戻るのだ。
「いいじゃん! 行こうよ行こうよ。予約しておくね」
待ちなさい。誰も行くなんか言ってません。
「うちの部は学園通信編集部なんだから、夏は9月特集の高校野球取材しか予定は無いだろう」
高校野球の話はまた今度。とにかく、夏は予定が無い。
「いいじゃん! みんなで遊んで仲良くなろーよ!」
「たった3人で遊んでどうするんだ」
正論だ。ゆかりも敗れたかと思ったら、
「じゃあ奈津君の家の別荘はどうかな」
「おいこら、勝手に使って言い訳がないだろう」
「昨日奈津君のお父さんに許可を取っておいたけど?」
「親父……だから昨日の晩飯の時に『合宿するのか?』なんて聞かれたのか……」
「肝試しとかいいんじゃない?」
「え」
部室が凍った。なっちゃんに肝試しは禁句であることを知っている。こう見えて結構怖がりなのだ。といっても最後に肝試しに行ったのは私の記憶の中では小学2年生のはず。
「怖いの?」
ゆかりのほうが怖いです。誰かこの幽霊を止めて。
「いや、別に行ってもいいんだが」
「じゃあ、決定♪ 8月の始めのほうね。高校野球が始める前にしたほうがいいでしょう?はばないすさま〜♪」
ゆかりは帰っていった。ある意味なっちゃんより実権持ってるのかな。
「やれやれ」
私達も帰ることにしますか。
なっちゃんの別荘は伊豆にある。伊豆も結構幽霊が多いと聞く。まあ、そんなことはどうでもいいんだけど。
私もそんなに乗り気じゃなかった。首都近郊のここでは、伊豆なんてのはそこまで珍しいものでもなく、高校生にもなれば北海道にでも行ってみたいもんなのだ。でもなっちゃんは北海道には別荘は持っていないし、子供達だけで北海道に行くのも大変だ。子供でもないけど。
そんなわけで、私もなっちゃんも8月1日が大雨になることを必死に願った。そんなことを思っていると、台風が3つ発生した。気象予報士も「明日は日本上陸」と言っているし間違いない!
合宿は中止になるという前提のもと、私は夏休みを過ごしていた。




