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#5 幸せの電話帳 V

 あの次の日。土曜日。

 いつも通り、まるで平日の休みを取ることが出来ずに過労死した父がいて、その敵を取るように昼過ぎまで寝ていた――わけではなかった。

 今日は家になっちゃんが来ていたからだ。来たと言うか、呼んだ。一度部活を頭から無くすのも悪くないと思ったから。なっちゃんは私の本棚から勝手に漫画を取り出して読んでいる。こら、その漫画何故そこにあるとわかった? まあ読み終わってないから隠しておいたのに。



 頭を切り替えようという名目でなっちゃんを家に呼んだのに、肝心の呼んだ側の私は学園通信の存亡の危機から頭が離れられない。それくらいこの部に入るときにかけた意気込みは大きいんだけど。

「なんだ、この『幸せの電話帳』って」

 私の本棚に少女漫画の一つを指差していった。

「なんかよくわからないけど、その電話帳に書いてある人に電話をかけると幸せになれるんだって。付き合うことになったり、結婚することになったり」

「ふーん」

 なっちゃんがそれに手を伸ばす。こいつがそんな非常識なことに文句を言わなかったのが珍しい。さすがにそこは漫画、と割り切る能力が付いたのかな。

 それから私はテレビを見て、なっちゃんはその『幸せの電話帳』を読んでいた。

 ようやく読み終わると、時差のように今頃文句を言い始めた。

「なんで電話帳ごときで、幸せになれるんだバカヤロー」

 だったら最初から読むな。分厚い黄色い電話帳で殴るぞ。

「試しに電話帳持ってこい。幸せにできるもんならしてみろってんだ」

 誰に喧嘩売ってるの? 私? 作者?

「いいから」

 よくわからないけど、仰せの通りに私は黄色い電話帳を持ってきてなっちゃんに渡した。しばらく無表情にページをペラペラめくっていたが、次第にそのペースが速くなっていく。どうしたんだろう? そう思っていた私に突然なっちゃんは言った。

「『幸せの電話帳』……か。なるほど、面白い」

 といって少し笑った。何がおかしいんだろう。これが幸せ?

「ちょっと用事ができた。失礼する」

 ちょっと待った。どこ行くのよ?

「商店街」

 何かある。楽しい予感を胸に私も着替えてついていくことにした。



 うちの街には商店街が3つある。中央通り、蓮華通り、撫子通りの3つだ。私達の学園通信の印刷を頼んでいる「片側印刷」は撫子通りにある。なっちゃんは撫子通りへ行き、片側印刷に入った。

「すいません」

 印刷所に入ると、なっちゃんが受付に声をかける。

「なんでしょうか」

「僕はここの印刷所に学園通信の印刷を頼んでいるんですが」

「七麦学園さんですね。日頃のご愛顧感謝しております」

「そこでなんですが、折り入ってお願いが」

「なんでしょう」

「印刷代を安くして欲しいんですよ」

 当然の頼みが出てくる。声がきのせいか、少しひそひそ声っぽい。

「そう言われても……」

 そりゃあそうだ。そんなことを言っていては今度は印刷所の立場がない。なっちゃんはどうやって抗戦する気なのだろう。

「もちろんタダでとは言いません。代わりにうちの学園通信に広告を載せましょう」

「どれどれ、何だって」

 途中から受付の後に主人らしき人が立った。

「七麦学園はここの地元ですから、広告により印刷所があることを知れば部活によってはここに印刷を頼むようになるかもしれません」

「ほう。なかなか面白いね。で広告料は?」

「『広告料』は貴社の場合取りません。そのかわりですが、うちの部の印刷出版費用をおさえていただきたいんですよ」

「ふむ。すごい考えだな。高校生とは思えない」

 なるほど。電話帳にある広告を見て、そんなことを思いついたんだ。

「よし! じゃあその広告作戦にのってみよう。じゃあ3割引でどうだい」

「ありがとうございます。それでは後日どのような文面・デザインをするかを聞きに参りますので、お気軽にご相談ください。デザインが思い浮かばなければこちら編集部のほうで考えさせていただきますよ」

「うん、よろしく頼むよ」

「失礼します」

 そう、それは本当に幸せの電話帳だった。



 それから、なっちゃんと一緒に3つの商店街の店に片っ端から向かい、広告を募集した。受けてくれる店とくれない店は半々で、だいたい2人合わせて10店舗くらい見つかった。

 その帰り道、私となっちゃんは目が合うと、嬉しさのあまり笑ってしまった。やっぱり無表情ななっちゃんよりも、こうやって笑っているなっちゃんの方がいい。



 月曜日。私達はやる気に満ちていた。

 早速広告の準備に、なっちゃんは商店街を回っていく。その間私は編集長代理と一担当記者として、ゆかりと自分に編集を指示していた。期末の勉強もしたいから締め切りギリギリにはなりたくない。そして今度は利益を絶対出すんだ。生徒達が作った学園通信は全校的には高評価だった。でもそれじゃ、満足しない。なっちゃんの喜びの顔が見られなきゃ、私も妥協はしていられないんだ。



 それはなっちゃんが戻ってくる直前のことだった。突然の来客だった。

「やあ、君達精が出るねえ。今度はボロ儲けかな? そろそろ備品の片付けでもしたらどうかな?」

 そして大きな笑い声を上げたのは、紛れもなく嫌味を言いにきた教頭だった。うるさいです。編集の邪魔です。

「すまない、すまない。でも聞くところによると6月号は赤字だったそうじゃないか。当たり前だ。十年前の課外活動としての編集部と違って、校外製本だからだよ。するとどうしても高くつく。そういう宿命なんだよ。ホッチキスと製本テープを持ってきてあげようか」

「それは不要です」

 入ってきたのはなっちゃん。暑い中巡回お疲れ様。

「7月号では圧倒的な利益で教員方を驚かせて見せましょう。そして街中でこの学園通信は知れ渡ることになるでしょう」

「君の自信は知らないが、街中に知れ渡ることはあるまい」

「あります」

 なっちゃんの強い自信とまなざし。それから逃げるように教頭は、

「まあせいぜい頑張ればいい」

 と言って立ち去った。



 また全ての原稿が集まり、7月号の発行時期。また宅急便で届いた。なっちゃんは伝票を見て勝利を確信した笑みを浮かべて、

「勝った」

 と言った。もちろん私も嬉しかったんだけど、まだ発売してもないのにそんなに喜んでいいのだろうか?



 一週間後、学園通信編集部は生き残っているのか?

学園通信編集部の存亡をかけた戦いの火蓋が切られました。

次回もお楽しみに。

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