第4話 戦わなきゃ現実と!
よろしくお願いします。
2人はタクシーに揺られていた。
俺は先程起こった出来事が一体全体何なのか気になって気になってしょうがなかったが、平然とした顔で隣に座っている神崎さんに何をどう質問すれば良いか解らなくて何も言えずにいた。
これ、質問の出来ない教育係――社会人とかいかんでしょ。
「先輩。着きましたよ。降りないんですか?」
その声に俺は我に返る。
タクシーはとっくに俺のアパートの前で停車していた。
「あ、すみません。降ります降ります」
俺は慌ててタクシーの運ちゃんにお金を払って車から降りる。
もちろん領収書などもらっても経費で落ちるはずもないので気にしない。
自腹よ自腹。
明日……じゃなくて今日も仕事だし、さっさと寝ようと自分の部屋に行こうとすると、違和感を覚えて立ち止まる。
「あれッ? 神崎さんなんでここで降りるん?」
ボーッとしていてすぐには気が付かなかったが、何故か彼女も俺のアパートの前でタクシーから降りていたのだ。
神崎さんと言えば、特段動じる事もなく平然と言ってのけた。
「私の家もここなので」
俺はそれが意味する事にすぐには気付けない。
ワタシノイエモココ。
え? なんだって?
普通に驚いたね。
意味が分かった時には既に神崎さんは俺の近くまで来ていた。
しかし、このセキュリティもガバガバな今時あるか?ってほどボロい――もとい古いアパートで本当に暮らしているのかね?
疑っても意味がないので取り敢えずは現実を受け入れるしかあるまい。
と言うより未だに頭が着いて行っていないので、取り敢えず自分の部屋へ行こうと錆びついた手すりの階段を上って二〇五号室――俺の部屋の前までやってくる。
後ろからギシギシと金属の軋むような音がするので振り返ると、酔って少しふらついている俺の後ろから彼女がついてくるのが分かった。
「んじゃ、俺ここだから……」
「はい。私は隣なので。ではお休みなさい」
そう言って眩しい程の満面の笑みを見せた神崎さんは、本当に何事もなかったかのように平然と部屋に入っていった。
ええ……隣って確か若い兄ちゃんが住んでたような気がするんだけど?
偶然にしては出来過ぎじゃないか?
俺はそんな事を思いながら、鍵を開けて自室に入るとネクタイを緩めるとベッドに倒れ込む。
「意味分かんねー」
実際、さっき起こった出来事は訳が分からない。
あの場で何が起こったのか理解などできるはずもなく、それを収めた神崎さんは一体何者なのかなど疑問は尽きない。
俺はベッドから身を起こすと冷蔵庫からペットボトルに入ったお茶を取り出してマグカップに注ぎいれた。それを一口だけ口に含むと、スーツから部屋着へと着替えを済ませ、ベッドに腰を掛ける。
明日も早いのですぐに寝たいところなのだが、生憎、まったく眠たくない。俺はテレビをつけてザッピングを始めた。深夜にやっている番組と言えばこれだろう。自然の風景の映像が延々と流れる番組にチャンネルを合わせると、ボーッと眺めながら、先程起こったことを思い出そうとする。
――あれは、確かに生物だった。
額には角が数本生えており、筋肉の鎧を身に纏った2、3メートルはあろうかという巨体。日本人がアレを見て思い浮かべるのは鬼……という言葉しかないだろう。
神崎さんはアレを虚無と羅刹と呼んでいた。そして、あの化物の出現にも顔色一つ変える事なく冷静に対応していた。
それどころか、何やら特撮映画のノリで変身までして見せたのだ。
流石に周囲にカメラがないか探したわ。
その背中には光り輝く2枚の翼を生やし、頭上には光の輪がちょこんと乗っかっていた。あれは俗に言う天使と呼ばれている存在ではないか?
彼女に聞いたらどう言うんだろうなぁ……。
「『天使なんかじゃない!』とか言うんかな……」
ああ、もう頭がぐちゃぐちゃだ。
そうだ。受け止めよう現実として。
昔、『戦わなきゃ現実と!』ってなCMもあったしな。
この世のどこにあんな存在が今まで隠れていたのか疑問は尽きないが、出会ってしまったものは仕方がない。今まで俺が遭遇しなかったのは単なる幸運すぎなかっただけなのかも知れないし。
また新しい朝がやってきて、倦怠感に襲われながらも薬を飲んで無理やり会社に行く日常が戻ってくるはずだ。
俺は考えるのを止めた。
※ ※ ※
結局、ほとんど眠れぬままいつも通りの時間に、いつも通りの電車に乗って出社した。まぁ、眠れようが眠れまいが変わらないんだけどね。どうせ精神を何とかするお薬は飲まなきゃいかんし。
カードキーに社員証をかざして事務所に入ると、既に神崎さんは出社していた。
特に様子に変わったところなどない。
普段と変わらぬ様子で俺の隣の席に着き、ノートPCをいじっている。
神崎さんは、俺が出社してきたことに気づくと、にっこりとほほ笑んで元気よく挨拶をしてくれる。
「おはようございます! 昨日はありがとうございました!」
「ああ、おはよう……」
傍から見たら、きっと俺は呆けた顔をしていたに違いなかった。
あんな出来事があったのにどうしてこんな顔ができるのかさっぱり分からない。
何考えてんだろうね? 彼女。
ますます疑念は深くなるばかりである。
後で詳しく聞いてみようか、それとも完全にスルーしてしまおうか、色々考えているうちに午前中が終わってしまった。
仕事は全然進んでいない。
まったく……進捗悪いよ何やってんの!
などと自分を茶化してみてもどうにもならない。
そんなことは分かってはいるんだけど……。
神崎さんは先週から頼んでいた作業に取り組んでいたのだろう。
順調なのか、教育係の俺に質問はなかった。
いかん。このままでは全く仕事にならない。
ここは思い切って彼女に昨夜の事を聞いてみよう。
そう心に決めた俺は勇気を出して彼女に問いかけた。
あかん。新入社員が上司に質問するくらいに緊張するわ。
トラウマが心に影を落とす。
「神崎さん、昨夜のことだけど……」
「はい?」
彼女はキョトンとした顔をして、俺の顔をまじまじと見つめてくる。
その純真無垢なまでの瞳に気圧されてしまうが怯んでなどいられない。
「昨日、変な化物……ってか鬼?みたいなのに襲われたよね? その時、神崎さんが天使になって……」
「ふふ……ッ、先輩ってば何言ってんですか? 酔っぱらってたから夢でも見たんじゃないですか?」
彼女は俺の言葉に全く取り合おうとせずに、いつもの笑顔を見せる。
「夢? あれが夢だって……?」
「もう大変だったんですよ。ぐでんぐでんになった先輩をタクシーに乗せるの」
「え? そんなにひどかった?」
俺は自分の記憶と彼女の話との乖離のひどさに頭痛がしながらも、これ以上の追及は止めておとなしくお昼ご飯を食べる事にした。
「っかしーなー。昨日の改竄の術式、効果なかったのかなー」
自分の席で菓子パンを袋から取り出して、コーヒーを飲みながら昼食を摂ろうとしていると、隣の彼女が何やらぼそぼそっと呟いた気がした。
まぁよく聞こえなかったので、気にしなかったけど。
午後からは意味があるのか分からない会議に出席し、彼女に仕事の指示をしつつ、今月に納期を迎える案件をこなしていく。
今日も今日とて残業である。
彼女はまだ新人なので早くあがらせてやらねばなるまい。
そう気遣って、何度も帰宅するよう促すのだが、彼女の返事は決まってこうだった。
「大丈夫です。先輩の仕事が終わるまで、私も働きます」
何という社畜精神!
俺は彼女が傑物であることを確信した。
大物のブラック闘士になることは間違いない。
ほとんど寝ていなかったせいもあって、俺は妙なテンションで残業に励むのであった。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きお付き合い下さいませ。




