08:才能なし、悪魔になる
翌朝。
狭い宿のベッドで目を覚ますと、すぐ隣から聞き慣れた声がした。
「アルトゥル様、おはようございます」
今日も俺の天使は最高に可愛い。
「おはよう。じゃあ、今日も俺たち綺麗になろうな」
俺は強化された『クリーン』を発動する。
本来なら……数分かけて詠唱した結果、
雑巾で軽く拭いた程度に綺麗になるだけの魔法だ。
それが今では、ウルが都合よく強化してくれたおかげで、
全身がピカピカになるだけじゃなく、服までもクリーニングされる超便利魔法に化けていた。
……ウルの『補助魔法』って本当に何でもありだな。
***
朝食を済ませると、俺とウルは宿の前で別れる。
「アルトゥル様!今日も頑張ってきます!」
「ああ、無理はするなよ」
元気よく駆け出していく銀髪の背中を見送りながら、俺は別の方向へ歩き出した。
まず向かったのは宿の受付だ。
「三日間、延長で」
とりあえずの寝床は確保した。
せっかく稼ぎがあるなら、もう少し快適な場所を探したいところだ。
条件は二つ。
まず、お湯が使えること。
『クリーン』で身体は綺麗になるが、それとこれとは話が別だ。
せめて温かいお湯で身体を拭きたい。日本人ならわかるだろう?
そしてもう一つは、飯がうまいこと。
他力本願ライフにおいて、これは極めて重要な条件だった。
***
悲しいかな、人間の胃袋には限界がある。
しかし、俺には現代日本の知恵があった。
「このおすすめ料理、一人前じゃなくて四分の一くらいの量で頼めないか?」
「はあ? 別に構いませんが……お代はそのままですよ?」
「問題ない」
店員に思い切り怪訝そうな顔をされたが、気にしない。
こうして俺は、ちっぽけな贅沢生活を始めた。
……まあ、厳密にはウルが稼いできた金なんだけど。
色々な店を回り、名物料理を少しずつ味わう。
そうして美味い店を探しつつ、宿の情報を集めて回る。
「他力本願で食う飯は、なんでこんなに美味いんだろうな」
路地裏で買い食いした串焼きを頬張りながら、俺はささやかな幸せを感じていた。
***
空いた時間には、奴隷商の店にも顔を出した。
もちろん、俺の鑑定能力の検証を続けるためだ。
街中で知らない人間に触りまくれば犯罪だが、
奴隷商なら『品定め』という大義名分で通る。
ついでに鑑定のレベルが上がれば一石二鳥だ。
だが、成果はさっぱりだった。
「うーん……いいのはいねぇな……」
何人見ても、平凡な才能ばかり。
ウルの【信仰S】という規格外を見た後では、どれも平凡に見える。
やはり、あれほどの逸材はそう簡単に見つからないらしい。
***
そうして、気づけば夜になっていた。
腹の限界まで美味いものを詰め込んだ俺は、満足げに宿へ戻る。
だが――
「……あれ?」
部屋の中は静まり返っていた。
いつもなら、俺の姿を見た瞬間に飛びついてくる銀髪の少女の姿がない。
「まだ戻ってないのか」
最初は、大して気にしていなかった。
採取に夢中になって時間を忘れているのだろう、と。
しかし、夜の帳が完全に下りても、ウルは一向に帰ってこない。
じわじわと嫌な予感が胸をよぎる。
その時、俺は昼間の自分の言葉を思い出していた。
『ウル、これは神の試練ってやつだ』
……あの適当に言った言葉を。
あの狂信者気味の少女が、それをどう解釈したのか。
「まさか……!」
もし、夜の魔物が出る森にまで一人で残っていたら。
「クソッ!」
俺は全速力で宿を飛び出した。
***
冒険者ギルドの扉を勢いよく開く。
騒がしい人混みの中に、よく目立つあの物騒な鉄塊が見えた。
「ウル!」
銀色の髪を揺らし、ウルが不思議そうにこちらを振り返る。
無事だった。怪我もしていない。
ほっと胸を撫で下ろしかけて――
俺は、彼女が背負っている凄まじい違和感に気づいた。
「……なんだ、その袋?」
ウルは巨大な鉄塊メイスを肩に担いでいた。
そこまではいい。
その凶悪なメイスの先端に、いくつもの布袋がこれでもかと括り付けられていた。
物干し竿のようにメイスを使うその姿は、もはやシスターというより世紀末の山賊である。
「これですか?」
ウルは嬉しそうに微笑んだ。
「ギルドの人に『神様からの試練なんです』ってお話ししながら、
素材を何度も何度も納品していたら、この袋をもらいました!」
「……そうか」
俺はそっと周囲を見回した。
目が合った瞬間、荒くれ者の冒険者たちが一斉に目を逸らす。
受付嬢も、ものすごく気まずそうに視線を外した。
なんだろう。もの凄く嫌な予感がする。
どうやら俺は知らないうちに……
『幼女を限界まで酷使する、外道悪魔』
みたいな扱いをされている気がして、非常に居心地が悪い。
だが、誰もその「悪魔」に文句を言ってこない。
俺の着ている貴族服のせいなのか。
それとも、ウルが嬉々として担いでいる世紀末メイスのせいなのか。
……深く考えるのはやめた。
***
「その袋、かなり重そうだな」
「たくさん採れました!」
「そうか。じゃあ、先に納品してきなさい」
「はい!」
ウルは元気よく受付へ向かう。
しばらく待っていると、今度は俺が受付へ呼ばれた。
「奴隷の方は直接報酬を受け取れませんので……」
そう言って渡されたのは、ずっしり重い金袋だった。
予想以上に重い。
おいおい、ただの採取依頼だけでこんな額になるか?
……ウルが今日何往復したのかは、精神衛生上のために考えないことにした。
***
ギルドからの帰り道は夜風が心地よい。
街灯なんて上等なものがない異世界の夜道は、
ところどころが、文字通り一寸先も見えないほどに真っ暗だった。
普段は気にならない側溝とか段差程度ですら命を落としかねない暗黒世界。
だが、俺たちの周囲だけは、ほんのりと明るいので安全だ。
「アルトゥル様、足元お気をつけくださいね」
「ああ、ありがとな……」
なぜなら俺の斜め後ろを歩くウルが、全身から微かに銀色のオーラを放っていた。
……人間ランプだな。
俺はウルの小さな手を引きながら歩いていた。
それにしても今回の件は、結果的には問題なかったが、心臓には悪すぎる。
「ウル」
「はい!」
足を止め、
真面目な声を出すと、ウルもピシッと姿勢を正した。
ええと……時計はないから、暗くなる前に帰ってこさせるには……鐘の音か。
「日の入りの鐘が鳴ったら、その日の依頼は終わりだ。約束な」
「はい」
「夜の森は――」
危険だから。
そう言いかけて、俺は言葉を飲み込んだ。
この狂信者は「神の試練を乗り越えます!」とか言って、逆に夜の森へ突撃しかねない。
だから、言い方を変える。
「俺はな、ウルと一緒に晩ご飯を食べたいんだ」
ウルがぱちくりと目を丸くする。
「一人で食べる飯は寂しいからな。わかるだろう?」
しばらく沈黙。
そして――ウルはハッと目を見開いた。
「アルトゥル様……!」
みるみるうちに、その綺麗な瞳に涙が溜まっていく。
「私もです……!私も、アルトゥル様と一緒に食べたいです……!」
「よし、いい子だ。じゃあ帰ろう」
「はい!」
手を軽く引くと、
ぎゅっと手を握り返してくる。
ふっ、だんだんウルの扱いが分かってきたぞ。
『神様モード』の使いどころがだんだん分かってきた。
それと同時に、ウルの感情が高ぶったせいか、
彼女から溢れる銀色の光が一段と強くなり、夜道をパァッと優しく照らし出す。
……うん、やっぱりちょっと眩しい気もするが、超便利だからヨシとしよう。松明代も浮くしな。
他力本願ライフを安全かつ平穏に続けるためにも、今後は上手く手綱を握っていかなければならない。
そう胸に誓いながら、俺たちは静かな夜道を歩いて帰るのだった。




