06:才能なし、少女より弱かった
翌日。
俺たちは冒険者ギルドへ来ていた。
昨日買ったベージュのワンピースを着たウルは、
きょろきょろと周囲を見回している。
完全にお上りさんだ。まあ俺も似たようなものだけど。
「すごいです……!」
「ギルドくらいで感動するなよ」
「アルトゥル様と一緒だからです!」
「……はいはい、わかったから」
重い。愛情が重いよ。
***
ウルの購入証明もある。
それに俺は追放されたとはいえ元貴族。
それだからか、登録自体はすぐ終わり、
すぐに冒険者証が発行された。
これで晴れて冒険者である。
なりたくてなったわけではないが。
「よし。まずは初心者向けの採取依頼だな」
俺は掲示板を眺める。
薬草採取。
キノコ採取。
木の実集め。
どれも平和そうだ。最高である。
命がけの討伐依頼なんて絶対に嫌だからな。
***
その後。
街を出る前に露店へ寄った。
「アルトゥル様?」
「護身用にな」
俺は露店に並んでいた鍋の蓋を手に取った。
今回、ウルを戦わせるつもりはない。最低限、一発でも攻撃が防げればいい。
それでいて安くて、軽くて、頑丈。完璧じゃないか。
「森に行く以上、何か持っておいた方がいい」
「武器ですか?」
「いや、念のためな」
鍋の蓋を渡すと、ウルは嬉しそうに受け取った。
「ありがとうございます!」
なんでそんなに喜ぶんだ。鍋の蓋だぞ。
***
街の近くにある森へ到着した。
初心者向けの採取場所だけあって、人も多い。
他の冒険者たちも薬草を摘んでいる。
危険な雰囲気はない。これなら安心だ。
「いいかウル」
俺は薬草を一本摘みながら言った。
「薬草は根を傷つけないように――」
「なるほどです!」
「葉の状態を確認して――」
「なるほどです!」
素直だ。実に教えがいがある。
よし。今日は先輩風を吹かせてやろう。
***
――十分後。
やることがなくなった。
「……」
暇だ。ものすごく暇だ。
少し離れた場所では、ウルが黙々と薬草を採取している。
早い。とにかく早い。
しかも綺麗だ。俺より圧倒的に上手い。
「いや」
俺は首を振る。
違う。俺が下手なんじゃない。ウルが上手すぎるだけだ。
そういうことにしておこう。
そういえば孤児院育ちだったな。
生活のために似たようなことをやっていたのかもしれない。
うん。きっとそうだ。
***
気付けば俺たちは森の少し奥まで来ていた。
その時。
ガサリと近くの茂みが揺れる。
「ん?」
視線を向けると、
そこにいたのは半透明の緑色の球体だった。
スライム。
冒険者入門の定番モンスターである。
「ウル!」
俺は即座に前へ出た。
「モンスターだ!後ろに下がれ!」
「えっ……」
ウルが何か言いかける。
だが聞いている暇はない。
スライムは弱い。弱いが……
俺も弱い。そこを忘れてはいけない。
***
初等部で習った知識を思い出す。
スライムは物理攻撃が効きにくい。
ただし……衝撃を与えて動きを止めた瞬間なら、内部のコアを狙える。
理論上は。
「よし……!」
俺は腰のショートソードを抜き、地面を蹴った。
「おらぁっ!」
剣の腹でスライムを叩き飛ばすと、スライムが大きく歪む。
狙い通りだ。中心の魔核が見えた。
(いける!)
と思ったのだが――
「っ!?」
悲しいことに、俺の戦闘技能レベル1程度では、
急に動き出したスライムの反撃に反応できなかった。
(やべ……!)
スライムの体当たりが迫る。
まあ、痛いだけだ。死にはしないから、あとで『回復魔法』を使えば――
そう思った瞬間だった。
「アルトゥル様ーーーっ!!」
銀色の閃光が視界を横切った。
次の瞬間。
ドゴォォォォン!!!
鼓膜が震えた。いや、森そのものが悲鳴を上げた。
衝撃波で木々が揺れる。砂ぼこりと葉が舞う。
スライムがいたはずの場所には、深さ1メートルほどのクレーター。
その中心で、銀色に輝くウルが立っていた。
「……物理耐性、どこ行った?」
衝撃波でなぎ倒された周囲の木々を見ながら、俺は引きつった笑いを浮かべるしかなかった。
「アルトゥル様!」
ウルが駆け寄ってくる。
涙目だった。
「お怪我はありませんか!?」
「いや、それより……」
俺は彼女に与えたはずの『鍋の蓋』を探す。
それは、もはや原型が分からない、鉄の破片になって散らばっていた。
「何したの?」
「え?」
本人は本気で分かっていない顔だった。
余計に怖い。
***
スライムとは物理耐性がある、初心者向けモンスター。
それが常識である。
だが今、その常識は粉々になった。
それは鍋の蓋で、地面ごと消し飛んだ。
「……」
俺はウルを見る。
小柄な少女の細腕。
どう見ても戦士には見えない。
なのに、俺より圧倒的に強い。
というか、比較にならないほどに。
「おかしいだろ……」
思わず呟いた。
ウルの才能は、こうだったはずだ。
【上位才能:信仰 S / 精神 B】
【上位適性:補助魔法 / 神託】
どう見ても後衛向きである。
なのに今のは何だ?銀色に光っていた気もするが。
『補助魔法』っぽく見えなくもない。
見えなくもないが。
それだけでスライムが地面ごと消し飛ぶものなのか?
俺の知識では説明できない。
***
「アルトゥル様……?」
不安そうな声。
見るとウルがこちらを見上げていた。
さっきまで怪獣みたいな攻撃をしていた人物とは思えない。
ただの可愛い少女だ。
「あの……せっかく買ってもらった鍋の蓋……ごめんなさい……」
まずは安心させてやらないとな。
頭に手を置く。
「いや、いいんだ。助かったよ。ありがとうな」
そう言うと、ウルの顔がぱあっと明るくなった。
「はい!」
嬉しそうだ。本当に嬉しそうだ。
その笑顔を見ながら、俺は確信した。
やっぱり俺が強くなる必要はない。
才能のある人間に頑張ってもらおう。
それが正しい。間違いない。
……だが同時に。ちょっとだけ身の危険を感じた。




