勇者の剣
王都へ向かうことを決めた俺だが、その前にもう少し大魔王城の中を調べることにした。
頭に焼きついた情報の中には、大魔王城内部の地図もある。
一番気になるのは、地下にあるらしい宝物庫だ。
♢
コツ……コツ……
宝物庫へ続く階段を降りていくと、そこには6畳ほどのスペースが空いているだけで、行き止まりだった。
「ん、どういう事だ?」
脳内に浮かぶ地図には、ここから先に宝物庫があると示されている。
とりあえず、突き当たりの壁を調べようと右手で触れる。
すると、壁一面に巨大な漆黒の魔法陣が浮かび上がり、光を放った。
光が収束すると、そこにあったはずの壁が忽然と消え、その奥に20畳ほどの広さの空間が広がっていた。
所狭しと並べられた、大小様々な宝箱。俺は、子供の頃にハマったゲームに入り込んだような興奮を覚えた。
「なるほど、この宝物庫の鍵は俺自身。つまり、俺の魔力を通さないと入れない仕組みか!」
神様が用意してくれたのであろう俺の住処は、なかなか楽しい仕掛けになっているようだ。
♢
プレゼントを開けるようなワクワク感を感じながら、次々と宝箱を開けていく。
宝箱の中身を検分していると、貴重な薬草、便利なアイテム、強力な装備など、様々なものが入っていた。
中でも一際、存在感を放っていたのは、ひと振りの剣だ。
白銀に輝く刀身には、一点の曇りもなく。
草花をモチーフにした細やかな装飾。
持ち手にはオパールのように、神秘的な輝きを放つ宝玉がはめ込まれている。
俺は吸い込まれるように、剣の柄に触れた。
【白龍銀と呼ばれる、魔力と親和性の高い希少金属で造られた剣。意匠を凝らした究極の逸品。使用する者の魔力、特に光属性の魔力を増幅させる効果がある。】
触れた瞬間、脳内へ剣に関する情報が浮かぶ。
「なんていうか……勇者の剣にピッタリだな。勇者選定にはこれを使おうか。」
俺は同じく宝物庫で見つけた、容量無制限のマジックバッグに剣を仕舞い、宝物庫をあとにした。
♢
最初に居た部屋まで戻った俺は、玉座の肘掛けに付いた拳大の球体に触れる。
この球体が、複合魔法【テレポート】を使う時の、地点登録をするアイテムになっているのだ。
【テレポート】は、最高難度の魔法のひとつである。基本属性全てと、光か闇どちらかの特殊属性を持っていないと発動できない。
しかも、魔力の強さによってテレポートできる距離が大きく異なるため、長距離の移動には不向きである。
しかし、俺は発動条件を満たしており、魔力も突出して高いため、大魔王城からおよそ600キロメートル南東に位置する王都へも、一瞬で【テレポート】できる。
俺は、王都の座標を確認し、魔法を発動させた。
♢
500年で異世界一の大国に上りつめたパッヘルベルンの心臓部、王都ベルリナ。他のどの都市よりも、魔法が発達した大型都市だ。
王国の中心に位置するこの都市は、北にある大きな川から水路が引かれ、食料の生産も盛んに行われている。
穏やかな気候と豊富な水源がもたらす恵みは、民の心身をともに豊かにした。
そのおかげか、民の多くが強い魔力を持ち、その魔力を使い、都市をさらに発展させてきた。
ベルリナには、国中の人々が集まってくる時期がある。毎年春に行われる建国祭の期間だ。
丁度、今の時期が建国祭シーズンであり、王都は多くの人で賑わっている。
♢
難なく王都へと【テレポート】した俺は、闇魔法【影渡り】により影の中に隠れ、辺りの様子を窺っていた。
どこを見てもほとんど人でごった返していたが、一箇所だけ人の間に大きなスペースが空いているところを見つけた。
「さぁさぁ!我こそは力自慢という者は名乗りを上げろ!この大岩を一人で持ち上げたら金貨10枚だ!!」
どうやら、祭りのイベントらしい。道化のような格好をした中年の男が、高さ1m、幅と奥行5m程の大きな岩の前で声を張り上げている。そこから、少し距離をとって人垣が出来ていた。
「……アレは、丁度いいな。」
俺は口の端をあげると、影の中から魔法を発動させた。
突如、大岩の真上に展開される漆黒の巨大な魔法陣。そこから、ひと振りの剣が現れ、大岩に深く突き刺さった。
「ッなんだ!?」
客寄せをしていた男が叫ぶ。
驚きと動揺があっという間に辺りに伝播していく。
俺は影に潜んだまま、風魔法【伝達】を使って、人々に声を伝えた。
「愚かなる人間共よ。もうすぐ我ら魔の者が、この世を支配する時がやってくる。抗いたくば、その剣を引き抜いて見せろ。脆弱なお前達には、無理だろうがな!」
俺は闇魔法【幻影】で、魔物が王都へ攻め入り、蹂躙する幻覚を空へ映し出した。
そこかしこから、人々の悲鳴が上がる。俺は胸に小さな痛みを覚えながら、こう締めくくる。
「我は魔の者を統べる大魔王。我等に支配されたくなければ、剣を手に取り、我が元へやってくるがいい!フハハハハハ!」
ブツっと、空に映し出された映像が消える。人々は暫く動きを止めていたが、段々とざわめき始め、パニック状態に陥った。
♢
そんな時、一人の男性が声を上げた。
「我が国民よ、鎮まるのだ!」
風魔法で王都全体に響き渡るよう拡張された声の主は、この国の現国王、ギルフォード・ベルリナだった。
王城のバルコニーに立つその姿は、荘厳そのものであり、老齢とは思えない迫力があった。
「大魔王と名乗る者が、この世界に出現したのは事実だ。魔物の動きが活発になりつつあることもな。」
前を見据えて、国王は言葉を続けた。
「しかし、我等は脆弱などではない。魔の者を打ち倒す力を持っている。それを忘れるな!」
国王の呼び掛けに、国民は水を打ったように静まり返った。パニックに陥っていたのが嘘かのように、人々は皆落ち着き、国王の言葉に耳を傾けている。
「それでこそ、我が国民だ。我等が魔の者に屈することは無い!それを証明して見せようぞ!」
ウォーーーー!!!
人々は歓声をあげ、国王の言葉に応えるのだった。
♢
それから、国王先導のもと、勇者選定が行われた。国王は、王国全体で守りを固め、勇者を大魔王の討伐へ送り出すことにしたようだ。
大魔王討伐への道のりは険しいと思われたが、それでも国民の多くが勇者選定の剣を引き抜こうと試みた。
そして、勇者選定が始まってから5日目。遂に、勇者の剣を引き抜いてみせた青年がいた。
青年の名前はレイル。王都から少し離れた村の出身で、年齢は19歳。美しい銀髪と翡翠色の瞳を持った、優しげな青年だった。
♢
「レイルよ、今この時をもってお前は勇者となり、これから大魔王討伐を目指し旅をしてもらうことになる。覚悟はよいな?」
「はい、国王様!必ずや大魔王を打ち倒し、この国の平和を守ってみせます!」
片膝をつき、国王を見上げるレイルの目には、一際力強い輝きが宿っている。その腰には、白銀の光を放つ勇者の剣が携えられていた。
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