リハビリ
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翌日から、落ちた筋肉を戻すためのリハビリが始まった。ベッドから出ると、翼だけでなく、体のあちこちが動かなくなっているのが分かる。
その中でも、やはり翼を動かす筋肉を付けるのが急務だ。何故なら、この世界のあらゆる物は、飛べる事前提の作りになっているからである。
「ではまず、翼の付け根を意識して動かしてみようか」
笑顔で話す美人に、照れて仕方ない。
リハビリは、セレスティナ先生、カイン様、アルベティウス様が行ってくれている。セレスティナ先生は手習いや御遣い様のお仕事があるので、私にずっと付いていられない。カイン様もセレスティナ先生の侍従なので、先生が手習いの時くらいしか来てもらえない。
となると、必然的に私のリハビリを担うのは、大体アルベティウス様となる。アルベティウス様は、研究員だが、今研究している事は、次に進むまで暫くあるらしく、
「今は時間があるので気にしないで。ティナと仲良くなれて嬉しいよ」
と、心臓破りの笑顔で宣う。
セレスティナ先生も美人だが、アルベティウス様の様に現実離れはしてない上、既に親しんでいる。カイン様はイケオジだけど、緊張する程ではない。美男美女の多いこの世界においても、アルベティウス様は次元が違う。前世を足して66年になるけど、こんな人にはお目にかかった事はない。
…あの、キラースマイルを向けられると、眩しくて目を開けてられない…リハビリに身が入らん…無だ。無になるしかない。
全ての感情を押し殺し、リハビリに集中した。
…トイレに行きたいな…
「トゥアレタに行きたいのですが…」
トゥアレタとはトイレの事だ。残念な事に、トイレも飛べないと行けない。いつも、侍女のメルシェレーラ様に連れて行って貰っている。
因みに、身の回りの世話をしてくれる人は、全ての事実を知っていて、信用できる人をと、メルシェレーラ様を付けてくれた。なんと、メルシェレーラ様はカイン様の娘だ。まだ16歳だけど、この春結婚したばかりだそうだ。この世界では女性は16で成人して、高貴な人程、成人と共に結婚するんだって。
「僕が運ぼうか?」
「けけけ結構です。メル様にお願いしますので」
私が赤面しながら言うが、アルベティウス様はふふふと笑っている。
…サラッと揶揄ってくるので、侮れない。
「ティナ様、お運びします」
メルシェレーラ様は、笑いを堪えて、私を抱えてくれる。華奢な見た目にそぐわず、力持ちだ。メルシェレーラ様曰く、何処の王族の侍女となっても恥ずかしく無いように、日々の鍛錬を欠かさないらしい。
平民の私の事は呼び捨ててくれと言ったけど、『平民だろうが、自分が仕える方を呼び捨てには出来ません』と、取り合ってくれなかった。寧ろ、自分を呼び捨てにしろと強固に主張されたので、『メル様』で勘弁してもらった。
メル様は、橙色の髪と瞳で、翼は朱色。小柄で可愛らしい印象だ。旦那さんは首都の裁判所で働いている。貴族には珍しく恋愛結婚で、旦那さんも上位伯爵だったので、身分に問題も無かった為すんなり認められたらしい。メル様から聞いたが、カイン様も恋愛結婚なんだと。感情を出さないタイプだから、どんな出会いをして結婚まで至ったのか、非常に気になる。本人に聞いても絶対に教えてくれないだろうから、セレスティナ先生に聞こうかな。
トイレからでて、部屋に戻ろうとした時だった。
「あれ?メル?如何してここに?」
後から声を掛けられた。
「デイン様、お久しぶりです」
メル様は私を抱えているので、信徒の礼ができない為、代わりに頭を下げる。
「メル、その子は?」
メル様が、言葉に詰まっている。
―私の事を話す訳にはいかんだろう。幸い翼が見えてるから、平民だとは思われてないようだ。よし。
「お初にお目に掛かります。私の事はティナとお呼びください。訳あって病の療養の為に、暫くここに滞在しております。私から詳細を語る事は許されておりませぬ故、これ以上はご容赦ください。お尋ねになりたい事がございましたら、セレスティナ様へお願い致します」
どう見ても子供の私から、大人びた発言が出た為か、面食らっている。
「初めまして。僕はデインベルク・アトワーフ・ベレナルフだ。君は大人が子供になってしまう病なのかい?」
本気なのか、冗談なのか微妙な顔付きで聞いてくる。
「…いえ、その様な病では…」
「デイン様、急ぎますので、失礼致します。アルベティウス様はまだ暫くは戻りません」
メル様が、デイン様に向き合って言う。
「ああ、引き止めて悪かったね。エルが君に会いたがっていたよ。また家にも顔を出してくれ。ティナもまたね」
「近いうちに是非。では失礼致します」
メル様が頭を下げたので、私も下げた。
デイン様から離れたので、メル様に聞いてみる。
「さっきの方はどういった方ですか?」
「デイン様は、セレスティナ様のご子息です」
「えっ!」
…そうか、セレスティナ先生と同じ家名だもんね。って事は、未来の私のお兄様って事??
「デイン様にはまだ、ティナ様のお話はされていない筈です。この離宮にはアルベティウス様しかお住いではなく、時折セレスティナ様がいらっしゃるだけなのです。ですので、事情を知らない者に会うことは無いと考えていたのですが…」
表情は見えないが、メル様の声は固い。
部屋に戻ると、何かを感じたアルベティウス様が尋ねて来た。
「何かあったのかい?」
「トゥアレタを出た辺りで、デイン様にお会いしました」
メル様は私をベッドに、下ろしながら言う。
「デインに?」
「恐らく、アルベティウス様をお訪ねになったのかと。それか、セレスティナ様をお探しにいらしたのではないでしょうか」
「…どうしてこんな時間に。当然ティナの事を聞かれたよね?」
「一応、ティナ様がご挨拶されましたが、詳しくはセレスティナ様に尋ねる様にと…」
「ああ、それでいいよ。ちょっと追い返してくるから、休んでて」
アルベティウス様は私にキラーウインクすると、部屋を出ていった。
メル様の淹れるお茶を飲んでいると、アルベティウス様が戻ってきた。
「お待たせ。デインは帰ったよ」
「有り難うございます」
「ただ…ちょっと困ったことになるかもしれない」
「どうしたのですか?」
「…師匠が戻ったら相談するよ。今は君の回復が先だ」
その後は、デイン様の事には触れられず、只管リハビリを頑張った。
「僕がいいと言うまで、翼を動かして」
「片足で立って、両手を広げて。そのまま」
「翼を縮めて思いっきり開いて。其れを100回ね」
「両手を広げたまま片足だけで屈伸これも、100ね」
「これを100回やったら休憩しようね。早く回復してご両親の元へ戻りたいんだよね?なら頑張らないとね。ティナなら出来るよ」
…天使の顔で、鬼教官だなこの人…
へとへとである。アルベティウス様は、ドSだ。
「…ティナは頑張り屋さんで、飲み込みが早いから、明日から魔術の訓練も同時にやろうか」
―?!この人は鬼だ。人間ではない
「ティナなら大丈夫だよ」
天使の様な悪魔の微笑みを恨みがましく見つめるが、私には頷く以外の選択肢はない。
―お家に帰りたいよ〜
ぐっと涙を堪えるしかないのだった。




