救出作戦にもスライムを連れて行ってね
要塞の裏手へとたどり着いた俺は、逃走経路を考えつつ周囲の警備を確認した。
「……あれ?誰も居ない?」
人質を収容している建物の周囲にはプレイヤーも居なければ操られた鬼人族の人もいなかった。
普通、ある程度人を置いておくと思うんだけど、それだけ逃げられる心配が無いってことか?
念のため罠も警戒しつつ収容所の扉の鍵を破壊して中を確認した。
「これは……確かに死人は出てないかもだけど、酷過ぎるな」
中は老人と子供が座ることも儘ならないぐらいぎゅうぎゅう詰めで押し込められていた。
ゲームじゃなければ恐らく臭いとかも相当なものがあっただろう。
扉を開けたのにこっちに反応する人もほとんどいない。
虚ろな目にふらつく体。意識を失わないギリギリのところで何とか踏みとどまっているような状態だった。
あとで摘発のための証拠写真とかは撮っておくか。
「スライム。
手前の子から順に、そっと担ぎ上げて部屋の外に出しつつ、回復薬を与えて睡眠薬で寝かせてあげて」
「すらっ」
俺の指示で慎重に、かつ素早く子供たちを担ぎ出していくスライムたち。
子供の中にはまだ1歳くらいの小さい子まで混じってやがった。
年長の子が必死に守ってくれてたけど、もう泣く事すら出来ないくらい衰弱していた。
これ1日遅れてたら相当数の子供が死んでたんじゃないだろうか。
そして子供の後は老人たちだ。
「とうとうお迎えかの?」
「残念ながらあの世には連れていきません。
救助に来たんです」
「なんと……神はまだ我々を見放してはいなかったという事か」
「さぁ、神様に感謝するのは無事に生き延びた後に。
皆さんにはこれから北にある海賊のアジト跡に避難してもらいます」
「おぉあそこか。若い頃によく探検に行ったものだ」
「場所に詳しいなら道案内もお願いしますね。
といってもお疲れでしょうから、うちのスライムに乗っていってください」
「おぉこれは。なんとも不思議な乗り心地ですの」
老人たちは意外と元気な人が多かった。
それでも半数は歩けないほど衰弱していたので、スライムベッドで搬送することにした。
ここにいたのが500人程。
残りの村人1500人は労働力として働かされているのだろう。
「皆さん。よく聞いてください。
皆さんにはここで2時間待機してもらい、その後、島の北側に避難してもらいます。
皆さんの後を追う形で、他の村人たちも順次避難してきますので、元気な方はスライムと一緒に受け入れの準備をお願いします。
明日1日で必ず奴らを島から追い出して2度と朝日を拝めなくさせてやりますので、協力して1日なんとか耐えてください」
俺がそうみんなに伝えると、起きている老人たちが俺に向かって土下座し始めた。
「この度は我々をお救い下さりありがとうございます。
貴方様はもしや神の御使い様でいらしゃいますか?
もしご無礼でなければお名前を教えて頂いてもよろしいでしょうか」
「あの、頭を上げてください。
俺は神の御使いでも何でもないですから。
東の果てはスライム教国から来た、シュージ・フルイムです。
この度は南の村長の依頼で皆さんの救出に来ました。
だからお礼なら南の村長にしてあげてください」
やんわり言ったつもりだったが、しかし何故か更に平伏されてしまう。
一体どうしたものだろう?
「他国の使者様でしたか。
このような辺鄙なところに、何の義理もないはずなのに単身命懸けで来てくださった。
その行為だけでも、我々は深く感謝させて頂きたい。
それに貴方様のお陰で子供たちが救われました。
このお礼は我ら身命を賭してでも返させて頂きます」
先頭に居る老人だけがこうなのかと思ったけど、どうやら全員気持ちは同じらしい。
中には涙を流しながら喜んでいる人も何人も居た。
こういうのを見せられるとね、奴らに対する怒りが一周回って俺を冷静にさせてくれる。
「さぁ、これ以上の礼は無事にみんなが助かった後で。
今は脱出開始までに少しでも体力を回復していてください。
スライム、みんなを頼むな」
「すらっ」
ここに居たら延々と拝まれそうだし、逃げることにした。
特に今夜中にやらないといけないことはまだまだ山積みだし。
俺はいったん外に出て、スライムたちに働かされている村人の状況を確認した。
村人の配置は大まかに言うと、3か所の浜辺にそれぞれ200人ずつ。島の内部に設置された関所に各50~100人。要塞内で働かされているのが100人。後は畑の維持などに最低限の人員が残されているという。
そして普段なら各所に数人居るプレイヤーも今日は建国記念で全員要塞に集まっているようだ。
この分なら睡眠薬の効果も相まって明日の朝まで見つかる心配は無さそうだ。
「じゃあ、要塞の北側から順次開放していくぞ」
「すらっ」
俺のやることと言ったら基本一緒だ。
村人の居るところに向かって隷属の首輪を解除しつつ、避難指示を出していく。それだけだ。
特に大きな音を立てたところで見つかる心配はほぼ無い。
途中から俺の代わりに解放した村人にスライムと一緒に各所を回ってもらい、説明をお願いすることで深夜になる頃には島全体を解放することに成功した。
要塞に戻ってみれば、無事にプレイヤー達は睡眠状態に陥っていて動く気配はない。
きっと今頃最期のいい夢を見ていることだろう。
要塞内の脱出順は、まずは人質になっていた老人と子供たち。
続いて要塞内で働かされている人たちの順だ。
これにも厨房で働いていた人たちに他の人の解放を手伝ってもらうことで順調に事が進んでいった。
しかし。
何事もトラブルは起きるようだ。
スライムの1体から要塞内で敵と遭遇の報せに慌てて現場に急行した。
「おいおい、こりゃどうしたんだ?
てめぇらに付けてやった隷属の首輪が外れてんじゃねぇか。
えぇ?おい、どうなってんだか説明してくれよ」
「うぐっ」
そこには鬼人族の女性の髪を掴んで詰問しているプレイヤーが1人。
顔が赤くなっているところを見ると酒は飲んでいるんだろうけど、睡眠に耐性があったのか、意識はしっかりしてる。
ってそうか。状態異常耐性の有無まで考えてなかった。
完全に俺のミスだな。
「彼女の首輪を外したのは俺だよ」
「誰だっ!?」
通路の向こうから来た俺に慌てて振り返るプレイヤー。
俺の顔を見て、続いて右腕を見た後、改めて俺を睨みつけた。
「てめぇ、紋章を付けてねぇってことは俺のクランの人間じゃねぇな?」
「俺の?という事はお前が徳川か」
「オダだ!!」
という事は、目の前にいるこいつが今回の首謀者ってことか。
服装は悪の総統っぽい黒を基調とした感じで武器も黒い鞘に入った剣を腰に下げていた。
形から入るタイプかな?
ただ、国王っていうより、悪の帝王って言ったほうがしっくりくる。
まぁまずは彼女をうまく解放させないと。その為にちょっと挑発してみるか。
「うーん」
「なんだ?」
「いや、服装は頑張ってるなって思うんだけど、顔が普通だな」
「やかましいわ!!
てめぇ俺をここまでコケにしてタダで帰れると思ってねぇだろうな!」
なんだろうね、こいつ。
言葉の端々がドラマに出てくるヤクザの下っ端っぽいんだけど。
「はぁ~~。そんな荷物持ったお前に捕まるとも思えないけど?」
「あ”ぁ!?」
言われて今まで忘れてたんだろう。右手で掴んでいた女性を後ろに投げ捨てやがった。
スライム、保護よろしく。
「へっ。これでもう逃げられねぇぞ、覚悟しやがれ」
得意げに宣言するオダ。
でも別に退路を断たれた訳でもないんだけど。
色々酔ってて現実が見えてないタイプか。
「ちなみにさ。俺がこうして無傷でここにいるのに不審に思わないのか?」
「あん?」
「他の奴ら。全員睡眠薬で眠らせてあるから」
「なっ、貴様!」
「そのうえで、はいこれ」
< クランバトル【攻城戦】を申し込みました。
申請者:シュージ・フルイム(スライム教国)
申請先:ポンシュ島要塞(バイキング)
開始時刻は明朝10:00 >
「昼の放送では来るもの拒まず、だったよな。
本当は問答無用で攻め込もうと思ってたんだけど、ちょうどお前に会えたからな。
正式に申請を出しておくよ」
俺の送った申請を見て、さっきまで怒りに任せていたのが残忍な笑いに変わった。
その思考からはもう、さっきの女性のことはすっかり抜けていそうだ。
「そうか。お前が例のスライム教とかいうイカれた宗教を広めてる奴か」
「いや、俺は何もしてないぞ」
「面白れぇ。俺はあの偽善者共が気に食わなかったんだ。
いいぜ。折角だから完膚なきまでに叩き潰してやるよ。
今後二度とスライム教の奴らが表を歩けねぇようにしてやる!」
「ふーん、そう。
じゃあ、明日のバトル楽しみにしてるよ。じゃあな」
「ああ。……って逃がすかよ!!」
「すらっ」
今日のところはこのまま穏便に帰ろうと思ったのに、背中を見せた瞬間切りかかってきたオダ。
しかし、その1撃はうちのスライムに白刃取りされていた。
「なん……だと……」
まさかスライムに止められるとは思ってなかったんだろう。
あり得ない光景にプルプルと震えていた。
「はぁ」
何か殺す気も失せたので、これ見よがしに呆れたため息を残して俺はその場を去った。
あんなのに構っている場合じゃないしな。
後ろから何か暴れている騒音が聞こえるけど知らん。
俺は急いで残っている村人が居ないか確認した後、スライムたちと要塞を後にした。
攻城戦が始まるタイミングで要塞内部には残していけないからな。
そして島の北側へ。
そこでは避難してきた村人たちがお互いの無事を喜びあっていた。
「皆さん、行方が分からない人はいませんか?」
俺がそう声を掛けると、大丈夫という声が幾つも聞こえてきた。
よかった。全員無事だな。そう安堵したとき。
「うちの宿六がおらん」
そういうおばさんがいた。
「おばさん、その人の名前は?」
「ゴンベだよ」
ゴンベ……あれ、どこかで聞いたような……ああ!
「その人なら無事です。
隣の島に救助を求めてきた人が確かそんな名前の人でした」
「本当かい。よかったよ。あんなんでも私の息子だからね」
ほうっと安堵の息を吐くおばさん。
どこで何が幸いするかわからないからな。
多分襲撃があった時も村からひとり離れていたから捕まらずに逃げてこれたとかそんな感じなんだろう。
仕事をしてないのは褒められたことじゃないけど。
後書き掲示板:
No.128 通りすがりの冒険者
ぶふっ
No.129 通りすがりの冒険者
ちょ、教主なにやってるの!?
No.130 通りすがりの冒険者
てか、あの人、魔界に行ってるんじゃなかったのか?
イベントにも参加してなかったのにいつの間に西の海渡ってたんだよw
No.131 通りすがりの冒険者
なんでも海の掃除に向かったらしい
ソースは北の龍巫女
No.132 通りすがりの冒険者
それって俺らの尻ぬぐい?
No.133 通りすがりの冒険者
だな。それでどうやって向かったのかは謎だが
No.134 通りすがりの冒険者
まぁこの際、移動方法は置いておこう
重大なのは教主が正式にクランバトルを申し込んだって点だろ
No.135 通りすがりの冒険者
え、教主っていつの間にかクラン立ち上げてたの?
No.136 通りすがりの冒険者
いやよく見ろって
スライム教国。教主も国として申し込んでる。
No.137 通りすがりの冒険者
つまり教主もいつの間にか建国してたってことか
ほんといつの間にって感じだな
No.138 通りすがりの冒険者
相手の方は国名じゃないのな
No.139 通りすがりの冒険者
その辺りに扱いの差がうかがえる
No.140 通りすがりの冒険者
むしろバイキング側は国として認められていない可能性もあるんじゃね?
No.141 通りすがりの冒険者
ありうるな。
建国に必要なものって言ったらなんだ?
No.142 通りすがりの冒険者
領土と国民と法律?
No.143 通りすがりの冒険者
麒麟かな?この世界だと新光鳥?
No.144 通りすがりの冒険者
いや、その前に他国の承認が無ければ国際社会としては国と認められないんじゃない?
先日の宣言もプレイヤーのみが対象のものだし。
No.145 通りすがりの冒険者
あーつまり、この世界から見たらバイキングは文字通り海賊国家みたいなものか
No.146 通りすがりの冒険者
え、じゃあなんか現地民を支配下に置いたみたいに言ってたのって、
文字通り力ずく?
No.147 通りすがりの冒険者
独裁軍事国家。完全に悪ですね。
これでスライム教国が敗れたらけっこう悲惨な未来が待ってる気がする
No.148 通りすがりの冒険者
かといって俺達に出来ることは無いぞ?
No.149 通りすがりの冒険者
強いて言えばスライム教の教会で祈るとか寄付するとか?
No.150 通りすがりの冒険者
やらないよりはましかもな。




