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第93話 予期せぬ共闘

唐突に、何の予兆もなく、その怪物は姿を見せた。

大魔獣すら遥かに凌ぐ巨木がミレイアに出現したのだ。

まるでミレイア城と擦り変わるようにして。

慌てて馳せ参じたアンノンとノーマッドも、いまだに事態の把握すら出来ていないようだった。



「エレナリオより報告致します。国境防衛線を最南端の村にまで下げております」


「ディスティナは、ミレイア北東砦を放棄。同様に防衛線を退かせておりますぞ」



2国の判断は妥当な所だろう。

あの化け物がどう動くのか、そもそも悪しきものなのか判別がつかない以上、距離をとるしかないのだ。



「ありゃあ何モンだよ。聖なる木……じゃなさそうだがよ」


ーーあぁ、ダメっすわ。こりゃアカンパターンですわ。


「アリア、何か知ってるなら教えてくれ」


ーーお答えいたします。あれはかつて大陸を滅亡寸前にまで追いやった『集魔の法』を体現したものです。


「集魔の法? 聞かねぇ単語だな」


ーー周囲の生命を蝕む事により無限の力を得るという、おぞましき術法にございます。凄惨な破壊をもたらす事から厳に封じられておりましたが、何らかの手違いにより陽の目を見ることとなりました。


「何だか危険な香りしかしねぇな。だったらあれは敵なんだな?」


ーーまさしく。不運な事に、術者に事前知識が足りなかったようです。そのため効果範囲は無限、侵食対象は無差別。この世のあらゆる命を吸い付くし、その後自死するまで止まる事はありません。


「クソッ! だったらボヤボヤしてらんねぇな!」



急ぎヘラクレスに跨がり、空へ昇っていった。

足元からはみんなからの、悲痛な叫びにも似た声がする。



「ミノル! どこへ行くの!?」


「オレはヤツを止める! レジーヌは住民の安全、オッサンはレジーヌの護衛を頼んだぞ!」


「任されよ!」


「アンノン、ノーマッド! 不測の事態に備え、国境付近の住民を各都に避難させろ! 終わったら重要拠点の守備だ!」


「承知しました、御武運を!」


「承りましたぞ!」


「よし! 行くぞヘラクレス!」



最低限の指示は出した。

レジーヌの呼び止める声が微かに耳元に届く。

後ろ髪を引かれる様な想いだったが、オレはミレイアへと向かった。


中天に差し掛かった太陽が敵を照らす。

その姿は寄れば寄るほどに判明するが、すべてが醜悪なものだった。

幹は枯れ木のようだが、時おり柔軟な動きを見せる。

枝は木の葉1枚すら付いていないが、自在に動かせるらしく、辺りの建物を無差別に破壊している。

葉は濃紫色をしており、頂点にのみ展開していた。


たまに聞こえるゴゥゴゥという耳障りな音は風によるものではなく、この化け物が発している呻き声だった。

かといって、どこかに顔があるわけではない。

巨大な人型のようなシワが、幹の上部に刻まれているだけだ。


そんな化け物がミレイア城に成り代わり、名所になろうと企んでいる。

スカイツリーやらビッグベンが自律し、破壊活動し始めるようなもんだ。

早急に止めなくてはならない。



「よし、そろそろ射程範囲内だな」


ーーミノル様。くれぐれも接近しすぎないようお気をつけください。集魔の法により魔力を吸われてしまいます。


「近づくなって言われてもな。どれだけ距離を取れば良い? 漠然としすぎてわかんねぇよ」


ーーご心配には及びません。本来は禁忌でありますが、一時的に私の能力をミノル様に貸与たいよします。緊急事態ゆえの超法規的措置です。



「お前の能力……うおっ! なんじゃこりゃ!?」



右目がかゆくなったかと思えば、すぐに治まった。

そして世界の景色が一変した。

例の大木の周りに薄紫の霧のような物が見えだしたのだ。

太陽も、足元に広がる森林も、色こそ違えど

霧にまみれて輪郭がぼやけている。



ーーこれにて魔力や術の類いが視覚的に感知出来るようになりました。対象は右目のみですので、状況に応じてご活用ください。


「おもしれぇー。サーモグラフィみたいな感じだな」



左目をつむると、その効力がより強く現れる。

巨木の体が透けて、内部を走る魔力の流れすら把握できるのだ。

霧の動向に気を配りつつ、じっくりと観察してみる。


根や枝には毛細血管のように管が分岐していて、その全てが幹の中央部分に走る太い管へ繋がっている。

そしてその大きな管は、人型のシワが終着点となっているようだ。

この事実は覚えておいた方が良いかもしれない。



「まずは小手調べに、一発かましてみるか……」



温存気味に炎龍を放ってみたが、黒煙とともに幹の手前で消えてしまった。

やはり魔力の壁によって守られている。

そこに着弾した箇所だけ瞬時に白色に輝き、そして消えた。


敵に怯んだ様子は無い。

それどころか濃紫の霧は徐々に範囲を広げ、

更に力を吸い上げているようだった。

到着時点では城周辺を染める程度だったものが、いつの間にか城下町を覆い尽くすまでになっていた。



「アリア。これで街の人たちはどうなる? 霧に触れたら即死なのか?!」


ーーいいえ。術下においては小一時間で意識混濁。それから半日ほどかけて、ゆっくりと死に至ります。


「そうか、少しは猶予があるんだな。そうなるとコイツを倒すのが先か、それとも避難誘導か……、うん?」


ーーおや。本拠で震えているかと思えば、あのメスガキも役に立ちそうですね。己の力の使い所をよく理解しているようです。


「あれはレジーヌ! どうしてここに!」



東門には逃げる人の群れが殺到している。

その流れに向かうようにして、100騎ほどの騎兵隊が城下町に留まっていた。

遠目からでもレジーヌの姿や、オッサンの巨体はよく目立った。

馬首を巡らせ、急ぎそちらへと向かう。



「おい! 何やってんだ、早く村に戻れ!」



強めに怒鳴ったつもりだが、全員がどこ吹く風といった様子だ。

オッサンとメイファンは何も聞こえなかったように、騎乗したまま臨戦態勢をとっている。

トガリは砲兵隊とともに組み立て作業を始めた。


そしてレジーヌ。

非戦闘員であるにも関わらず、地面に降り立つなりオレの顔を真っ直ぐ見上げた。

真剣であり、少し怒りを混ぜたような、初めて見せる表情だった。



「戻れって? お断りよ。あなた独りに危険な目に遭わせておいて、自分だけ安穏となんかしてられないわ」


「お前には見えないだろ。命を奪う術ほどのが発動してるんだ。ここに長居したら殺されちまうぞ!」


「大丈夫。私なら……ううん。私じゃなきゃダメなの」


「レジーヌ?」



彼女はそう言うなり、その場に膝を着き、祈りを捧げた。

その体は、命の輝きを思わせるような深緑の光に包まれ、やがて地面へと伝わっていく。

すると、地上の様子に変化がおきた。

致死性の霧が膨張をやめ、壁に阻まれたかのように侵食を止めた。

更にはその色味も薄くなり、禍々しい気配が和らいだのだ。



「私の力じゃ……これが限界かしら。完全に押さえ込む事はできないわ」


「すげぇ、上出来だ。お陰で化け物へと流れ行く魔力が随分と減った。助かったぞ」


「足手まといなんか、金輪際ごめんだもの。しっかり仕事させて貰うからね」


「でも、危なくなったらすぐに引き上げろよ。オレだってそうするつもりだ」


「ミノル殿。姫の安全は我らが命に変えても保証しよう。そなたは敵の掃討にのみ集中するのだ」


「オッサン……」



鋭い声の中に確かに含まれていた。

信頼の絆。

そして、それを感じさせたのは1人だけじゃなかった。



「安心しな。アタシらが居れば、万の軍勢だって蹴散らしてみせるよ」


「ミノル様ぁ! 砲弾もまだ残りがありますぅ! ワタクシにも、どうか、なにとぞ活躍の機会をぉぉお!」


「街の人たちの誘導はシンシアにお任せでっす! 裏道に超絶詳しいんで、コーリツ的に避難させてみせますよ!」


「……みんな。済まねぇ! お願いしても良いか!?」


「もちろん!」



頼もしい返事が返ってくる。

いくら強大な力を誇る転生者といえど、体はひとつだ。

こんな時はなおさら、仲間の有り難みというものを痛感させられる。



「ブッヒヒィイーーンッ!」


「すまんすまん、ヘラクレスも頑張ってくれるんだな? 一緒に頑張ろうな!」


「ブルルル……」


「よし! とっとと片付けるぞ!」



いななきと共に、太陽に向かって空を駆けた。

高度はグングンと上がり、すぐに大木の頭と同じくらいの位置となる。

集魔の法は依然弱まっている。

これくらいの効果であれば、多少は近づいても平気だろう。



「……よし。宿れ、雷虎!」



雷の大斧を右手に宿し、敵の幹にそれを叩きつけた。

その巨体は大きく揺れたが、傷を付けるまでには至らない。

全てが炎龍の時と同じだ。

魔力の壁を白く光らせてお終い。


空中で折り返す。

このまま馬の勢いも借りて、突撃を繰り返そうとした。

だが、敵もやられっぱなしじゃない。

無数の枝が触手のように伸び、こちらへと向かってきたのだ。


大きく高度を下げる事で回避したが、かなりのプレッシャーを感じた。

冷や汗が頬を伝う。

今の攻撃は、食らえば危険なものしか見えなかった。



ーーあの触手に捕まってはなりません。術ではなく、枝により直接魔力を吸い上げられてしまうでしょう。


「やっぱりか。あぶねぇ所だった」



先程とは反対側の街西部へとやってきた。

すると、上空では気づかなかったが、誰かが王城そばでうろついている。

いや、あれは違う。

とうやらたった一人で戦っているようなのだ。

その人物の姿に見覚えはない。

だからきっと、アシュレイル側の人間なんだろう。



「おいお前! ここは危険だぞ、早く逃げろ!」


「貴様はもしや……フン! そのような指図をオレが受けると思うか!」


「良いから逃げろ! 敵が狙ってるぞ!」



言い終える前に数本の枝が男に向かって伸ばされた。

魔力を存分にまとっているため、力も速さも凄まじい。

相手が並みの兵士だったなら万事休す。

どう低く見積もっても致命の攻撃であるのだが。



「オレを甘くみるなァァ!」



立派な大剣を横に一閃。

それだけで、全ての枝を弾き返してしまった。

力業のように思えるが、軌道を読みきらなければ一息での迎撃など出来ようもない。

相当な使い手である事は確実だった。



「強ぇ……。何モンだよ?」


「その質問は屈辱だ。まぁ、オレも貴様の顔など知らなかったのだから、おあいこだと言えよう」


「こんな状況だ。探り合いは止めようぜ。オレは開拓村のミノルだ。アンタは?」


「やはりな、魔人王ミノルであろう?」


「その名で呼ぶのは止めてくんねぇか」


「オレはアシュレイルが主、龍人王レアルだ。よく覚えておけ!」


「龍人王……だと!?」



……だっせぇ。

イイ歳したオジサンが龍人王ですってよ奥さん。

オレの『魔人王』と良い勝負すぎて、歓喜のあまり頭が痛くなる。

だがこの男、ネーミングセンスはさておき、腕は確かだ。



「なぁ龍人王。ここは一時休戦といかねぇか?」


「フン。良かろう。だがオレはいつでも貴様の首を狙っている。それを忘れん事だな、魔人王よ」


「その名で呼ぶなっつったろうが!」


「心を乱すな、来るぞ!」



巨木が不快な声をあけた。

威嚇の色を帯びたそれは、辺りを強く震わせ、肌に痺れをもたらす。

どうやらオレたちを敵と認めたらしい。


こうして、奇妙な共闘は幕を開けた。

お相手はアシュレイルの王レアル。

お互いが最大の敵であるにも関わらず、災厄クラスの化け物を討ち滅ぼすために、手を取り合って戦うことになるのだった。

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