第94話 人としての意地
レジーヌのお陰で、集魔の力は一時的に無効化できた。
だが、敵がこれまでに蓄えた魔力量は、これまで見たこと無いほどに膨大だ。
仮に消耗戦を挑もうものなら、こっちが先に干上がりかねない。
それほどにまで巨木は育ってしまっていた。
「レアル、オレは空から攻める。足元は頼んだぞ!」
「任せろ。しくじるなよ!」
「お前こそな!」
レアルは憎まれ口を返すなり、幹に切りかかった。
その体の隅々に、さらには剣の切っ先にまで魔力が宿っているのが見える。
およそ人間とは思えない程のエネルギーだ。
その力の源は胸元にあり、直感的に不吉なものを感じた。
「何だあれ。おっそろしくデカイ魔力の塊が見えるぞ」
ーーあれは魔緑石の反応にございます。
「おい待てよ。力の正体が魔緑石なのは良いが、どう見ても体と繋がっているぞ?」
ーー仰るとおり、体内に石が埋め込まれております。
肯定されて、かすかに悪寒が走った。
今の話を現代社会に例えれば、体内に車のエンジンを仕込んでいるようなものだ。
大きなエネルギーを操れる代償として、体にどれ程の悪影響を及ぼすか、考えるだけでも恐ろしい。
「自分の体を改造したって事か。よくもまぁ無事に動けるもんだな」
ーー無事ではありますが、健康ではありません。
「どういう事だ?」
ーーそれは当の本人が最も知っている事でしょう。
「魔人王! 何をボンヤリしている! 共闘の申し出は偽りだったか!?」
「あぁ、すまん! すぐにやるよ!」
怒られて当然の事をしてしまっていた。
詮索に気をとられて、消極的な動きを繰り返していたからだ。
レアルの身上については後回し。
今はこの怪物を討ち果たす事に集中しなくては。
「いくぞ! 雷虎、ヘラクレス!」
枝による迎撃を潜り抜けていく。
内側に潜り込んで斧を叩きつけるが、相変わらず壁に阻まれる。
だが幹と壁の距離が徐々に狭まっているように思えた。
このまま削り続ければ、活路が見いだせるかもしれない。
「総員、レアル様の援護! 一斉射撃だ!」
いつの間にか騎馬の一隊が近くまで接近していた。
あれはアシュレイル軍、レアルの手勢だろう。
程ほどに巨木から距離をとり、騎乗のまま弓矢を放ちだした。
普段見かけるものより大きな矢だった。
もちろんダメージを与える事はできないが、着実に相手の力を削いでくれるはずだ。
「射て、後先を考えるな! たとえ腕が折れ指がもげようと、歯で引いてでも射てぇ!」
「すげぇ気迫……心強いなっと」
三方からの攻撃に、敵は防御も反撃にも迷いが生じているようだ。
子供の癇癪のように枝を振り回し、空を、地面を襲う。
当たれば致命的だが、脅威を感じるのはそれだけだ。
後は着実に削っていくだけ。
「食らえぇ!」
「よしっ! 刃が届くようになったぞ!」
魔力による壁は無効化されつつあった。
だが、それでも両断とはいかない。
外皮は鋼鉄かと思うくらいに硬く、表面に傷を付けるのがやっとという有り様だ。
互いの攻撃がパターン化し、単調になっていく。
決着の見えない戦闘が焦りを生み、そして思考を鈍らせた。
だが、それがいけなかった。
「グアッ!?」
「レアル! 大丈夫か!?」
「ふ、不覚!」
突然地面から根っこが現れだ。
レアルの体は虜になり、大剣が手のひらから溢れ落ちだ。
カランと乾いた音が響く。
それからは魔力の吸引が待っていた。
みるみるうちに胸のまばゆい輝きが陰りだす。
「気をしっかり持て、今助けに行くぞ!」
オレは地面に向かって急降下した。
落下速度を味方につけ、突き出た根っこに斬りかかる。
これまでにない手応え。
僅かだが傷を付ける事に成功したらしい。
もう一度飛翔し、狙いを定めた。
次は切断してやる。
そう思ったのだが。
「ゴォオオオゥ!」
大木が体を揺らした。
全体を震わせるようにし、頂点の葉がカサカサと擦れる。
すると、数え切れないほどの実が落下し、地面に落ちた。
しかも一ヶ所に集中させてだ。
その動作はまるで、自身を陰にしてオレらから落下物を庇っているようにも見えた。
「ま、魔獣だ! 魔獣の木人鬼が出たぞ!」
アシュレイル軍が騒がしくなる。
彼らの指差す先には、自立して動き回る木々があった。
大きくはない。
だが数が異様だ。
数百、あるいはそれ以上か。
それらは一斉に東門の方へと殺到した。
レジーヌたちが陣取っている方へと。
「ヤバイ! どっちを助けりゃ良いんだ!?」
レアルか、レジーヌか。
窮地に囚われた豪傑か、それとも無力な友人か。
次に為すべき事を見失って混乱してしまった。
そんなオレの失態を知ってか知らずか、レアルが叫び声をあげた。
「全軍に命ず! 急ぎ東門へ急行し、現地兵と合流! そこで全ての脅威を排除しろ!」
「レアル様! 私はあなた様を独り置いては行けません!」
「復唱しろ! それともオレの命令がきけないのかッ!」
「……東門へ、急行します! 続けぇ!」
馬群が魔獣の後を追い討ちをかける形で進軍した。
さすがにアシュレイルは強く、並みの兵であってもかなりの健闘を見せている。
しばらくの間ならば、彼らに任せても良いかもしれない。
「よしヘラクレス。オレらはデカブツをやるぞ!」
「ブッヒヒィン!」
迷いなく駆け、再び激しく根を斬りつけた。
傷口が更に広がって千切れかけ、魔力の管が剥き出しになるが、まだ獲物を放そうとしなかった。
そこでレアルが動く。
今ので自由になった片手を伸ばし、中空を漂わせる。
伸ばされた先にあったのは剣ではない。
備え付けられた大砲の発射レバーだった。
「化け物め、人間の力を侮るなよ!」
勢いよくレバーが引き倒され、轟音とともに炎弾が射出された。
それは幹の下部に直撃し、大きな爆炎をもたらした。
耳障りな絶叫とともに巨木の全身が揺れる。
「おい、無事か!」
自由になったレアルの元へと駆けつけた。
彼は相当に消耗していそうだった。
膝を着いてままで、自分の足で立ち上がることが出来ていない。
「オレの心配は、いらん。それよりもだ。突破口を作ってやったぞ」
「突破口は……これか!」
燻り続ける着弾箇所は、皮がやぶけ、魔力の管が剥き出しになっていた。
根っこは地中に退散したらしい。
直接ダメージを与えるとしたら、そこからやるしかない。
すぐに穿たれた穴に手を当てて、魔力を流し込んだ。
「暴れまわれ、炎龍!」
すると、幹内部を流れる魔力の動きが変わった。
同程度の力で押し返すようにして、魔法の発動に抵抗している。
発信元は人型のシワだ。
すぐに押し合いとなる。
オレが放った赤い色を帯びた力は、魔力管を伝って昇ろうとするが、濃紫の壁がそれを阻む。
全力で押す。
腹の底から絞り出すように注入する。
だが相手も一歩すら譲らなかった。
「クソッ! 魔力が足りねぇ!」
「魔人王、ならばこれを使え!」
レアルがオレに向かって投げつけたのは、魔緑石だった。
色味が濃い。
まだかなりの力が残されている。
「いいのかよ。これが無いとお前は……」
「気遣っている場合か! 存分に射て!」
「……わかった。食い破れ、炎龍ッ!」
受け取った魔緑石を穴に押し当て、再び魔法を唱えた。
すると、今度は勝手が違う。
瞬く間に端まで力が届き、大木の頭を突き破った。
そこから2匹の炎龍が現れ、空で折り返し、再度攻撃に移った。
敵は内部を大いに掻き乱されたせいか、何ら抵抗が出来ていない。
やがて引火。
木の葉が、枝が、外皮に炎が燃え移っていく。
それからすぐに、その巨体の全てが炎によって焼き尽くされてしまった。
本体は勢いよく燃え上がり、火の粉が青空を焦がすようだった。
割れた石畳の隙間から黒煙が立ち上る。
辺りからは魔力の反応はない。
今ので絶命してくれたようだ。
「よし、次はレジーヌたち……」
顔を向けようとして、世界が揺れた。
目が回る。
突然上下の感覚すら失ってしまい、体が地面に投げ出されてしまった。
「な、なんだこれ。どうしちまったんだ」
ーーお答えします。急激に魔力を使いすぎました。一時的な魔力枯渇となっております。しばらく安静になさってください。
「こ、これが、そうなのか」
体内ジャイロセンサーは狂ったコンパスのように、脳へと誤信号を送り続ける。
不快感が込み上げてくる。
それからすぐに胃の中のものが吐き出された。
目を開けてなんかいられない。
いっそ頭と体を切り離してしまいたい程だ。
「貴様はそこで寝ておれ!」
誰かが駆け去る音が聞こえた。
そうレジーヌ。
東門の救援に向かわなくちゃいけない。
意識こそあるものの、体は全く言うことを聞かなかった。
ただひたすら胃液が逆流するのに耐えるばかりだった。




