第76話 都は冬の嵐
前王の遺児、レジーヌ姫が明日やってくる。
その報せは平原の火のように一瞬で広がり、都だけでなく近隣の村人たちまでもが慌ただしく動いた。
飾りがどうだ花はあるのか、大通りの掃除は誰がするのか等々としきりに話し合い、出迎えひとつでもやるべき事は多いらしい。
出来れば開拓村の残留組には半月くらい猶予を持って欲しい所だが、居ても立ってもいられぬ様子。
王都奪還の報告を届けたら、3日もしないうちに出立してしまったのだ。
だからあらゆる人たちがアチコチで奔走している。
大人も子供も、杖をついたお爺ちゃんまでもが大忙しだ。
それでも誰もが溌剌とした表情でいるのだから、レジーヌは愛されてるんだろう。
熱気に湧いているこの国において、暗い顔をしている人間は1人として居ないのだ。
……オレ以外は。
「豆ガチャ当たんねぇなーー」
手のひらには小豆が数粒ある。
アルフェリアが、それ以前はミレイアが後生大事に蓄えていたものだ。
大豆はやはりお預け。
字面は似ているのに完全に別物の『あずき』さんゲットである。
「いっそ小豆で味噌つくっちまうかなぁウフフ」
もちろん冗談だ。
オレが求めるのは、昔ながらの味噌なんだから。
田舎でお婆ちゃんがこねくり回してるような、ドギツイ程に塩辛いやつを求めているのだから。
ここまで我慢させられたのだから、代用品でお茶を濁すなどあり得ない。
純正品をもってして飢えを満たすべきなんである。
「良いよなぁ。街のみんなは夢が叶ってさ」
ーーミノル様は願い事の幅が限定的すぎます。多少の妥協を覚えることで、確かな幸福感を得ることができましょう。
「妥協ってなんだよ。アリアは知ってんのか?」
ーーたとえば、性欲の滾る老人がいたとします。彼は若く美しい女が大好きなのですが、当然ながら相手にされることはありません。
「前提条件この野郎……まぁいいか、続けろ」
ーーこのままでは激情ゆえに、何をしでかすか分からなくなります。それを未然に防ぐために、彼はハードルを下げたのです。交尾が叶わぬのなら、かの者たちの下着を拝借し、それを愛でれば良いと。これにて、彼は心の底から満たされたのです。
「今ので2つ学んだ。過ぎた願望は身を滅ぼすこと。それから、無駄話の罪深さについて、だ」
ーーなんと2つもですか。お役に立てたようで幸いです。
「皮肉だボケ」
今の話はきっと、オレへの当て付けだろう。
アリアなりの「忠告」だったと思う。
それでも素直に受け入れる気はない。
遠くでは相変わらず、活気の良い声が響いている。
悲願が叶い、我が世の春を謳歌する人々を眺めつつ、オレはオレで気持ちを固めるのだった。
必ずや大豆を手にいれてみせる……と。
それからは足を厨房へと向けた。
豆を手に入れたら料理、これは基本。
頼りのシンシアは都に居ないので、強力な助っ人を用意している。
「さてと。これから小豆を使った美味しい料理を作りまーす。シンシアがいないので料理担当のメイドさんをひとり借りてまーす」
「ええと、すみません。私は明日のお出迎えの作業があるので、少し忙しいのですが……」
「材料は小豆と砂糖に水。それからお米でーす」
「あの……聞いてますか?」
「では行きずりの名前も知らないメイドさん。お願いしまーす」
「あぁ、これ問答無用なやつですね」
「小豆には水をたっぷり入れて、砂糖もふんだんにいれまーす。そしたらしばらく煮たたせまーす」
「ええと、お水とお砂糖はどれくらいいれますか?」
「たくさんでーす。多いに越したことはありませーん」
「これは早くも危険な香りがしますね」
都勤めはさすがに手際が良い。
2つのカマドを使い、米と豆を同じタイムラインで対処するという、上級者テクニックを披露したのだ。
確かにこれだと効率が良い。
この革新的な手腕、メイドにしておくのは惜しい逸材かもしれない。
「ええと、灰汁をとらなきゃ……」
「米が出来ましたー。小豆は放置でいいでーす」
「でも灰汁をとらないと渋味がとれませんよ?」
「アク……? よく分からんから放置でいいでーす。お米をこねてくださーい」
「大丈夫なんですかね、これ」
炊きたてのお米が、調理台に広げられた。
それを一口大の団子のようにして、小さく固めていく。
粒感が無くなるようにネッチネッチと、こねくり回りながらだ。
当然だが火傷しそうな程に熱い。
仕方なしに、メイドさんは皮手袋を使用して作成していった。
「じゃあお米を豆の鍋にいれてくださーい。火も止めちゃっていいでーす」
「わかりました。止めます」
「これは余熱での料理ってやつだ。余熱まで計算して作れる人は料理上手なんだってさ」
「はぁ……そうですか」
投入し、よくかき混ぜたら完成。
ミノルさん監修によるお汁粉だ!
「じゃあさっそく食べてみるかい」
「では、いただきます」
小豆と汁をスプーンで掬って食べてみた。
口のなかに優しい甘味が広がる。
と思ったのも束の間で、すぐに耐えがたい渋味がジワジワと、さも心をいたぶるかのように押し寄せてきた。
とても食えたもんじゃない。
メイドさんも口に手を当ててむせている。
「渋すぎる。なんだコレ!」
「だから言ったじゃないですか! 灰汁をとらないとダメだって……」
「砂糖が足りないせいだ。じゃんじゃん入れよう」
「えぇ……?」
鍋の中で山のように砂糖を投入した。
意地の悪い渋さが取れるまでネットリと。
するとどうだろう。
汁に不思議なトロみまで出来て、料理の成功を確信した。
美味しい料理になった事で、小豆さんたちもどこか嬉しそうにツヤツヤと輝いている。
「じゃあもう一度食ってみるか……甘ッ!」
「これは、甘すぎますね。そして渋味もちゃんと残ってるから、もう何が何やら」
「お餅の方はどうかな」
「この丸めた米をそのように呼ぶのですか?」
「オレの国じゃそう呼んでる。ちなみに粒を残して、単に握っただけのものをオムスビと言う」
「そうなんですか。これがねぇ……」
米団子を食ってみる。
なんというか、ただの甘い米だ。
ちょっと弾力があるだけで、お餅のような食感は何も無い。
どうやらキネとウスを使わないと餅にはならないようだ。
次回以降は気を付ける事にしよう。
「忙しい中ありがとうな。おかけでお汁粉が完成したぞ!」
「はぁ……喜んでいただけたなら、何よりですが」
「明日の料理にスペシャルメニューとして出そう。きっと皆驚いて……」
「それだけは止めてください! 私クビになっちゃいます!」
「え、ダメなの? でもたくさん作っちゃったし」
「お願いします、どうかそればかりは!」
半泣きでメイドさんが止めるので、レジーヌたちに振る舞う事は断念した。
開拓村じゃ普通にやっていたことも、この都では通じないのかもしれない。
それが何とも寂しいと思う。
仕方ないので、鍋をかついで街に繰り出した。
頑張ってる人たちへのご褒美、炊き出しとして提供したのだ。
物珍しさからか、道行く人の大半が1杯手にとって、すべて平らげていく。
特に子供たちからは好評で、2杯目を食べる子まで現れた。
「お兄ちゃん! これ甘いね!」
「そうかいそうかい。美味しいか?」
「うーん……たぶん。甘いけどちょっと苦い!」
「まぁ、お汁粉ってのはそういうもんさ」
「オシルコっていうの? 変な名前ー!」
「そっか。変な名前かぁ。お汁粉好きかい?」
「えっとねぇ。ちょっと好きー」
子供は正直だ。
勢い良く2杯も食べていたが、それほど感銘を受けた訳じゃないらしい。
タダで食えるから、とりあえず貰ったという事だろう。
反響がイマイチなのは構わない。
オレのメインテーマ、奥の手はやはり味噌なのだから。
この世界に超絶旨い味噌を産み落として、食文化史を書き換えてやるのだ。
コンソメなんか差し置いて、味噌汁が食卓に並ぶ時代を作ってやる。
そんな野望を、鍋をかき回しつつ夢想した。
『これが全て無くなれば、願いが叶う』という、根拠のない願掛けも込めながら。




