第75話 砦争奪戦
エレナリオとミレイア間の砦が陥落。
アシュレイルのレアル王は、馬上でその報せを聞いたが、思わず自身の耳を疑った。
彼の率いる300の騎兵たちも同じであった。
敵影の報せが届いてより、わずか3日後の出来事だ。
彼は急ぎ軍を編成し、少ない兵を連れて急行したのだが、それでも間に合わなかった。
陥落を報せる狼煙が上がったきり連絡は途絶えてしまっている。
「なんとも情けない。歯応えなきアルフェリアの兵どもよ」
レアルの口から恨み言が飛び出した。
それも無理はない。
本来なら連合して防衛に当たるのだが、アシュレイル軍は前の戦争により大がかりな再編が必要となり、一ヶ月前に全軍を引き上げさせた所だった。
その間はアルフェリアが守り、再びアシュレイル軍が戻ったら交代する。
そのような手筈であったのだ。
その結果が僅か数日での陥落である。
負けるにしても戦い様というものがあるだろうにと、レアルは苦々しく吐き捨てるのだった。
残りの拠点についてだが、そちらも同じく窮地に立たされている。
北東のものは、連日のように救援を乞う狼煙があげられていた。
こちらはディスティナ軍の猛攻にさらされており、各所に援軍を求めているが、出兵出来る拠点は周囲に存在しない。
「陛下、東の砦からも救援の報せが届いております!」
「よい。そちらは捨て置け」
「ハハッ!」
東の砦もしきりに救援の狼煙をあげていた。
こちらは敵数どころか、交戦中か否かすらも発信していない。
ただ延々と『救援求む』とだけ発するばかりだ。
それもそのはず。
『門が凍りついて身動きがとれない』などという伝達方法は、事前に決められていないからだ。
その為そこに残された兵たちは、ただひた向きに危急を報せたが、それが逆効果となってしまった。
ーーその情報だけでは動きようがない。状況を報せる狼煙が上がってから検討しよう。
と誰もが考えたからである。
「北西砦までひた駆ける! 遅れるな!」
レアルの号令のもと、アシュレイル軍が動き出した。
ひとまずは奪われた拠点を取り戻すつもりである。
この時は既にミレイア城までもが陥落していたのだが、レアルはまだそれを知らない。
アシュレイル軍が砦に近づくと、10倍以上の敵に迎えられた。
アンノン率いるエレナリオ軍である。
立て込もって守る気はないらしく、ほぼ全軍が砦の前に展開していた。
中央に1000、左右に700ずつが守りを固めている。
馬止めの柵を並べ、槍兵、弓兵の順に配置という構えだ。
騎兵500の所在はさらに後ろの空白地となる。
レアルからすれば多勢に無勢どころではないが、臆した様子はない。
ただつまらなそうに鼻で息を吐いただけだ。
「弱兵どもに教えてやれ! 我らアシュレイルこそが世界最強である事を!」
「オオーーッ!」
300もの喚声が、掲げられた槍を伝って空に響き渡った。
王の覇気は末端に至るまで浸透している。
副官が手勢の半数を率いて、敵の左軍に攻めかかった。
残り半数はレアルの指揮下である。
こちらは右軍へ突撃した。
対するエレナリオ軍は、多勢を傲ってはいない。
槍兵は穂先を揃えて迎撃の構えをみせる。
そして弓兵は相手を存分に引き付けてから、一斉に矢を放った。
1000を超える矢が陽の光を遮る。
だが、アシュレイルの騎兵は一気に速度を上げ、前進しながらそれを回避した。
矢を受けた者は若干名であり、それも手傷を負った程度に過ぎなかった。
「跳べぇッ!」
レアルが柵の前で叫んだ。
その瞬間、エレナリオ兵は信じられない光景を見た。
レアルは柵だけでなく、何段にも並んだ槍兵すらも、騎乗のまま飛び越えてしまったのだ。
それは後続の兵も同様であり、そして副官の隊も引けを取らない跳躍をみせた。
固い守りも内に入られれば脆くなる。
軽装の弓兵は右左軍ともに、成す術なく蹴散らされていった。
慌てて前衛の槍兵が救援に向かうが、駆け回る騎兵に追い付けない。
中央の軍は、味方への誤射を恐れて、牽制の矢すら射てていない。
騎馬隊も敵味方が入り乱れた中を突入することが出来ず、隙が生じるのを待つしかなかった。
レアルたちが一通り暴れまわると、砦の方へと抜けた。
それを待っていたのはエレナリオ騎兵隊だ。
劣性を挽回しようとして、大きく勢いを付けて突撃したのだが。
「弱者ごときが道を遮るな!」
レアルの巨大な剣を前にして、その騎馬突撃は『自殺』と同義になった。
一呼吸の間に5人、10人と両断されていき、戦場がより濃く朱に染まる。
右軍に回った騎兵隊は堪らず離脱。
どうにか逃げ出した頃には、既に半数以上が撃ち取られた後であった。
左軍に出撃したエレナリオ騎兵隊は敗走しないまでも、かなり押し負けていた。
防戦するのがやっとであり、レアルに襲いかかる事など不可能であった。
「まとまって敵の指揮官を討つ! オレに続けぇッ!」
レアルは相手の背腹を突こうと駆けだした。
目指すは中央部隊。
弓兵に守られた、騎乗の指揮官アンノンの首である。
馬止めの柵は砦側にはない。
前衛の槍兵は動きに惑わされ、右往左往するばかり。
このまま苦もなく、アンノンが討たれる事は明白だった。
だが、好事魔多し。
レアルは自身の強さを誇る余り、相手の企みに気づけない。
己の武力が敵を圧倒していると、信じて疑わなかったのである。
エレナリオ弓隊が突如2つに割れた。
乱れの無い動きから、『逃げた』のではなく『開いた』とするのが的確だ。
その瞬間、初めてレアルに悪寒が走る。
アンノンに至るまでの道は、まともな防衛陣など無い。
まさにガラ空きだ。
ただし、1門の大砲がある。
「者共! 大砲だ! 急ぎ散れ……」
「今です。放ちなさい!」
アンノンの方が一手早かった。
相手の回避行動を遮るように発射された砲弾が、アシュレイル軍に牙を向いた。
着弾した瞬間に魔法が発動。
ミノルが封じた炎龍により、巨大な火柱が生まれ、天を焦がさんほどに高々と燃え上がった。
「グワァァアッ!」
「ギャアアアーーッ!」
精強無比なるアシュレイル軍が大火に飲み込まれた。
レアル指揮下で難を逃れたのは僅かであり、副官の隊もこれには助ける手だてがない。
両軍ともに成り行きを見守るばかりであった。
身の毛もよだつ程の災厄をもたらした炎は、人と馬の垣根なく、骨すら残さず焼き付くした。
100を超える精兵が一瞬で焼失したのである。
ーー主人であるレアル王を除いては。
彼は生きていた。
それどころか、多少の火傷を負った程度であり、戦う余力すら残しているのだった。
「なんと……あの業火の中を生き延びましたか。噂以上の化け物ですね」
「ふぅ、ふぅ……。無策と見せかけて、あのような手を隠し持っていたとは。小賢しいヤツよ」
「ですがレアル殿。その強さの秘密、ようやく知ることが出来ました。我が兵たちの死も無駄とならずに済みそうです」
「フフ……知った所で何が出来ようか。オレを殺す事など、誰にも叶わん」
「引き上げます! 総員、手筈通り退きなさい!」
「何だと!?」
混乱を起こしたとは言え、今だに余力のあるエレナリオが退却を始めた。
アシュレイルが強いとは言えど、今や半数にまで減っている。
さらに言えば、指揮官であるレアルは負傷しているのだ。
総攻撃に移るチャンスと見るに十分な戦況だ。
だがアンノンは迷わず兵を退かせた。
まるで敵など居ないように、ゆったりとした動きで。
「陛下! 大事ありませんか!」
副官が馬を寄せ、すぐに防御陣を敷いた。
それをレアルは直ちに解除させた。
逃げる敵を前にして守りを厚くするなど、臆病者のすることである。
「オレの事は良い。急ぎ砦を占拠しろ」
「エレナリオに追い討ちをかけますか? 今なら多くを殺せます」
「やめておけ。向こうに備えがあれば、たちまち窮地に陥る。それよりも今は拠点を優先する」
「承知しました!」
副官の隊が砦に向かって疾走した。
王の周りに残るのは僅か10騎ばかり。
150もの損害を出したレアルは、自分の軽率さを悔やんだ。
無傷で勝ってもおかしくない相手に、半数もの兵を失ったのは大きい。
エレナリオ側は800程の大損害を出しているのだが、それは何の慰めにもなっていないようであった。
更には、砦の内部にも問題があった。
倉庫内の物資が全て焼かれていたのである。
多少の武器は無傷であったものの、それでは旨味が無さすぎる。
特に食料の焼失が痛手だ。
どれほど強い兵も、食わなくては戦えないのだ。
その報告の数々をレアルは苦い顔のままで聞いた。
目標の砦を奪還はしたが、ほとんど負けのような勝利であったからだ。
「陛下。これからいかがなさいますか?」
「オレは一度戻る。貴様はここを守れ。食料に困れば、付近の村から奪え」
「承知しました! 陛下がお戻りになるまで
、必ずや守りきってみせます!」
レアルは手下の言葉を聞き流しつつ、本拠地へ帰っていった。
領内の兵を率いるにも、彼自身の『補給』の為にも帰還する必要があるからだ。
替え馬に乗って進むが、どうにも居心地悪く感じる。
ーーまずは馬の手配からだ。
彼はそう呟きつつ、道を急ぐのだった。




