第71話 米食は基本
米が食いたい。
日本人たるミノルさんは米が食いたい。
今現在、目の前にはこんがりパンだのトロトロシチューだの一枚肉なんかが並んでるが、そんな物はどうでも良い。
この体が求めてるのは、田舎風西洋料理なんかじゃあない。
ツヤッツヤで椀のなかでヒョッコリと背を伸ばしている、銀シャリさんなのである。
「お米食べたい。炊いて」
「ミノル、どうしたの急に?」
「ムショーにお米が食べたい。炊いて」
「すいません。ライスなんか常備してないですよぉ」
「お米! お米! お米食べたい! 用意してくれないと次の戦争に参加しないぞ!」
「ええ……?」
オレの要求は極めて正当かつ筋の通ったものであるにも関わらず、シンシアは困惑するばかりだった。
レジーヌもそれと変わらない顔をしている。
確かに急な要求だし、我ながら横暴だという自覚はほんのりある。
それでも一歩も譲る気はない。
供出されなきゃ戦わない。
これはいわゆるハンガーストライキというヤツだ。
「そもそもライスってどこに売ってるの? 私は知らないのだけど」
「イネから取れるんですよね。確かジャパン村にあったような……」
「じゃあ買ってくる」
「ミノルさまぁ。食べかけの料理はどうするんです?」
「米と一緒に食うから、片付けないで」
「……なんだか急な話ですねぇ。どうしたんでしょ」
「ミノルって、時々衝動的に何かを始めるわよね」
文字通りひとっ飛びで買い付けてきた。
精米10キロで銅貨6枚という破格の安さでだ。
ちなみに小麦は同じ量で銀貨1枚必要で、米の倍くらいの値段となっている。
これはアジアの主食が舐められてますわ。
本来ならお得感を感じるところ、何故かやり場のない怒りが押し寄せてくる。
その憤りは山盛りご飯で晴らすことに決め、とりあえず炊飯を始める事にした。
「よっしシンシア。米炊くぞ、米」
「はい。よろしくでっすー」
シンシアを厨房へと引っ張りだして調理をしてもらう。
食事を中断させて悪いとは思うが、それはそれで好都合。
炊きたての白米を分け与える事で、その旨さを彼女にアピールするチャンスなのだから。
「じゃあまずは、お米を洗いまーす」
「洗うって……タワシで擦るんですか?」
「そんな訳ないだろ。鍋に米いれて、水タップリ入れてくれ」
「はぁい。お水はこれくらいですか?」
「うん、そんなもんだ。それでここから……」
「ここから?」
あれ、どうするんだろ。
正直言って米の研ぎ方は良く知らない。
必死に脳内の引き出しをあちこち開くが、無駄にイメージが散らかっただけだ。
思い出そうにも光景は霞がかっていて、肝心の部分がモザイク越しのようにボンヤリとしか思い出せないのだ。
確か……頻繁に腕を回していたような気がする。
「かき、かき混ぜよう。手を使って鍋の中のものをかき回すんだ」
「ええと……こうですか?」
「おお。良い感じ、それっぽい!」
「本当なんですかねぇ……」
しばらく攪拌させていると、水が白く濁りだす。
これは流石に知ってるぞ。
水を入れ変えなきゃいけないサインだ。
米粒をこぼさないよう、丁寧に水を捨てさせる。
それを何度か繰り返すうちに水が濁らなくなった。
洗う作業はこれで終わりだ。
「そんじゃあ、つぎは水で浸して火にかけまーす」
「お水ですね。どれくらい入れます?」
「えっ。どうしよう……」
当たり前だが、炊飯ジャーなんか無い。
そして鍋にも都合のよい目盛りや仕切りも無い。
判断に迷った結果、こうなった。
「目一杯、鍋のギリギリまで入れよう」
「わかりました。入れまぁす。火加減はどうです?」
「もちろん最初から全力。火力マックスで」
「はーい、強火でぇ」
「そうだ。塩ふっとこう。そうすると、米同士がくっつかずに離れがよくなる」
「塩ふりまぁす」
薪により鍋が火にかけられた。
胴の部分にまで炎の先が届き、大いに熱せられている。
このまま何分待てば良いか分からんが、早くも待ち遠しくて仕方がない。
「初めチョロチョロ、中でパパ。赤子が泣いても家焼くな」
「なんです? 今のは」
「お米を炊くときの魔法の言葉だ。これを唱えると美味しく出来るんだ」
「へぇ、そんな言葉が……って、ああ! 大変!」
その時鍋が吹き零れた。
蓋は苦しみもがく様に暴れ、その隙間から大量に湯が流れ落ちていく。
「み、ミノルさま! これ火を弱めた方が……」
「違うぞ! 祈りが足りないからだ!」
「祈りですか! 料理に祈りが要るんですか!?」
「良いから続け! はじめチョロチョロ中がパパ!」
「は、ハジメチョロチョロ、ナカがパパ!」
オレたちはその場で跪き、懸命に祈りを捧げた。
口からはあの呪文を口ずさみながら。
鍋の怒りは中々収まらず、ひたすらにガタガタと揺れる。
オレは叫んだ。
日頃は神頼みなんかしない自分が、確かにすがった。
悪魔が相手でも構わない。
どうか、どうにか美味い米を食わせてくれ……!
するとどうだろう。
まるで祈りが届いたかのように、鍋は静かになった。
今は僅かに湯気が吐き出されるだけだ。
「……静かになりましたねぇ」
「よし。火を止めよう」
鍋を熱源から遠ざけ、流しの上に置いた。
そして蓋を開けるとモウモウと湯気が飛び出すが、それには構わず中を掬う。
……ビッチャビチャだ。
何が悪かったのか知らんが、辛うじて米粒の原型を留めてるだけで、芯の無い仕上がりとなった。
というかお粥だコレ!
「ミノルさまぁ。どうですか?」
「シンシア君、よくやってくれた。成功だぞ」
「ええ、これ出来てます!? その割にガッカリしてませんか?」
「んな事ないって、作ってくれてありがとうな」
「いえいえ、それは構いませんが……」
「最後にもう1回塩ふっとこう」
「またですか。どんだけ塩好きなんですかねぇ」
出来たら温かいうちに食べる。
これは料理愛好家の中では常識だ。
オレは鍋を片手に食堂へと向かうが、当然だが誰もいない。
買い付けに調理と大分時間を食ったからだ。
オレたちの食べ残しの皿だけが、所在無さげに寂しそうにただずんでいた。
「じゃあ、食べよう」
「そうしますか。こっちはもう冷めちゃってますねぇ」
「シンシアは米どれくらい食べる?」
「私ですか? アハハ。パンでいいですぅ」
「遠慮するなよ。この量を1人で食うのは……」
「アハハ、パンでいいですぅー」
食い気味の拒否だ。
シンシアはパン派なのかもしれない。
こうして、大量に作られたお粥はオレだけで完食した。
なにせ米を粗末に扱うと目が潰れるって言うからな、おっかねえ。
余談だが、後日シンシアが炊飯に再挑戦してくれた。
『水を少なくして炊けばいいんじゃん?』という神がかり的な閃きの元、見事に大成功させてしまったのだ。
ふっくらとしつつも微かに芯が残り、噛めば噛むほどお米の甘味が口に広がるという、非の打ち所のない仕上がりだった。
これにはミノルさんも大興奮。
シンシアのことを『もう教える事は何もない』と褒め称えた。
彼女はそれに対して笑顔で答えた。
笑い声が妙に乾いていた気がするが、空耳というヤツだろう。
オレとしては美味い米が食えればそれで良いのだ。
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