第72話 あなたが戦う理由
明日はとうとう決戦の日だ。
実はこれまでの間、ノーマッドを『ウサギ送りの刑』に処すか『犬字の呪い』をかけるかなどと大激論がかわされていた。
その結果、ひとまずは保留。
ミレイア攻めで戦果をあげたら身分は保証し、無ければ爵位を剥奪することとした。
しかもその沙汰は、あくまでもこれまで働いた罪の分についての判決だ。
今後レジーヌに無闇に近づいたなら『首ポロンの刑』が待っている。
女性陣の中でもメイファンのキレっぷりが凄まじく、指導にかこつけて乱暴しようものなら、あの暴れん坊が辺りを朱に染めるだろう。
もちろんオレだって許す気はない。
パワハラやセクハラの類いは即処罰する。
ミノルさんはコンプライアンスのコミットメントをオミットしていく訳よ。
意味はよく知らんけど、そういうスタンスなのさ。
「それにしても、眠れん。全然眠くならねぇ」
ーーミノル様。心が昂っておられますか。
「そうだなぁ。こんな経験はセンター試験以来だな」
ーー昂りを抑えるには、疲労するまで女を抱くに限り……。
「ここは散歩がいいな、夜の散歩とか好き」
ーーなるほど。これから手を付ける相手を吟味するために家々を回るので……。
「さぁ行こうやれ行こう。秋の虫がオレを呼んでるぞ!」
ドアの向こうは静かだった。
晩秋ということもあり、虫の鳴き声もかなり遠い。
その儚さを耳にしながら眺める月は、何とも風流だと思った。
坂を登って崖の方へと向かう。
特別意味はない。
何となく見晴らしの良い場所を求めただけだ。
するとそこには既に先客がいて、高台に独り座っていた。
「レジーヌ、不用心だな」
オレの声にずいぶん驚いたのか、弾かれたようにして振り返った。
「……ミノルか。ビックリしたぁ」
「あぁ、悪い。驚かすつもりは無かったんだ」
隣に腰を降ろし、彼女と同じ景色を眺めた。
月明かりで見える物は少なく、暗くて重たい森と、遠くにディスティナの篝火があるだけだった。
「眠れないのか?」
中々口を開こうとしないレジーヌに聞いた。
眠れないから夜歩きをしてるんだろうに、我ながら間抜けな質問だと思う。
「……うん。なんだか緊張しちゃって。自分が戦いに行く訳じゃ無いのにね」
「戦力はこっちの方が上だ。よほどの事が無い限り、負けたりはしないぞ?」
「もちろん、ミノルやグランドを信じてるわ。でもね、やっぱり不安なの」
「不安……ねぇ」
それはオレ自身感じてはいる。
大陸西部の兵の質は、東部の比じゃないほどに良い。
これまで4ヵ国並立でいられたのも、アシュレイルとアルフェリアが全面戦争を避けるために、緩衝材として東部国の独立が認められていたに過ぎない。
国力はともかく、兵力は全く釣り合っていなかった。
だから、余り油断していると返り討ちに遭う可能性だってある。
オレが調子に乗って攻め立てて、魔力枯渇起こして殺される……というパターンも有りうる。
圧倒的有利とはいえ過信は禁物なのだ。
「それにしてもなー。なんだか夢みたい」
「何がだよ?」
「だってそうでしょ。あなたに出会ってなかったら、私たちはどうなってたか。あの時は山賊に拐われる寸前だったのよ?」
「言われてみりゃそうだったな。ピンチなんてもんじゃなかった」
「それなのにさぁ。いつの間にか村が出来て、色んな国をやっつけたかと思ったら、もう故郷に帰るなんて話になってるんだから……。夢物語みたいなものでしょ?」
「でも、現実だ」
「そうよね」
お互い顔を見ずに答えた。
何故かは分からないが、妙に気恥ずかしくて。
秋の虫はやっぱり遠い。
それがまた、オレたちの空気を不思議なものに染めていた。
「ところで、ミノルはさ。どうして戦ってくれるの?」
「今更な話だな」
「ごめんね。この前『米が無きゃ戦わない』とか言ってたから」
「あぁその事か。もちろん冗談だ。オレは大豆を、そしてお味噌さんを手に入れるまでは戦い続けるからな」
「そうよね。最初に宣言してたもんね」
今の声は少しだけ聞き取りにくかった。
周りに邪魔な物音なんかほとんど無いのに。
「あのさ。もし嫌だったら断ってくれていいし、というか、話半分に聞いて欲しいんだけど……」
「うん、何?」
「どう伝えればいいのかな。えーっと……ミノルは、これ聞いたらどう感じるかなって思って」
「うん、だから何が?」
この時になってようやくレジーヌの顔を見たが、相手はオレを見ようとはしない。
彼女はずっと自分の膝に向かって話しかけている。
「うーん、ごめん! やっぱり何でもない!」
「ハァ!?」
「明日からがんばってね! おやすみ!」
「おい、待てよ!」
……行ってしまった。
物凄く意味深な言葉を残して。
人が眠れないっていうのに、すんごい謎かけをして去っていった。
これは何という拷問だろう。
「まったくよぉ。姫さんの気まぐれにも困りましたねぇっと」
ーー気になるなら追いかければ宜しいかと。今ならまだ間に合います。
「本人がためらってたろ。無理矢理引き留めるのも悪いじゃん」
ーー力づくで聞き出す事は容易いのですが。
「あり得ねぇ。誰がそんな胸クソ悪いことするかよ」
ーー理解が及びません。力あるものが力無きものを支配し、全てを独占する。あなた様にはそれが出来るにも関わらず、見向きもされません。何故なのでしょう。
「何故なのって……そんなのつまらねぇからだ。1人で良いとこ取りして、悲鳴や恨み言聞きながら暮らすなんてさ。行く先々の誰もが笑顔で居てくれた方がずっと気持ち良いだろ」
ーーやはり、理解が及びません。最も優秀な個体が多くを、いえ、独占をすべきなのです。
「あーはいはい。そういう考えもありますよねー」
寝転がって空を見ると、雲の隙間から星空が見えた。
地球で言う『天の川』に似た煌めきが広がっている。
山奥のキャンプ場で見たときと同じ感動が押し寄せてくる。
無欲をひけらかすつもりは無いが、こういう無形の宝物を見てると、それだけで満たされた。
金銀財宝に、美女だらけのハーレム、そして大豪邸に地平線まで広がる庭。
どれもかしこも重たいと思う。
こうやって大自然と向き合える環境さえあれば良い。
「いや、今のは言い過ぎたか」
西の空に一際大きく、そして赤く輝く星を見つけた。
それが余りにも綺麗で、つい手を伸ばしてみた。
もちろん摘まもうとした指は空を切る。
当たり前だ。
転生者としてどれほど強くなろうとも、星なんか手に入らない。
そんな子供でも知ってそうな事を再確認しつつ、眠れるまで星を眺め続けた。




