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第63話 難解なる乙女心

エレナリオを救ってくだされと頭を下げたのは、他でもないエリオス王だ。

再びあげた頭に赤い線が二本バッチリと目立っている。

懲りないヤツだなぁと思いつつも、便宜上味方ではある。

見捨てるわけにはいかないし、この国が陥落するのは都合が悪いので、オッサンとオレの指揮の元に迎撃することとなった。


南から攻め寄せるアルフェリア軍はオレが担当。

そしてもう終わった。

ティッシュ箱のお化けみたいな連中だったが、ビックリするほどに弱かったな。

守りは硬いがそれだけであり、遅いし誘爆するし不細工だしと欠点だらけだ。

キャラデザからやり直せと思うばかり。



「アリア。城の様子はどうだ?」


「ヒゲが現地軍を率いて防衛中です。アシュレイル軍の猛攻を防ぎきっております」


「そうか。そっちも順調みたいだな。大森林の村は?」


「捜索範囲外のため、情報の取得ができません」


「マジかよ……これは早いところカタをつけた方が良いかもな」



村の防衛はトガリと新兵の50人だけだ。

あとはケルベロスとキングコーンが遊軍扱いとしている。

ゴルディナは治安が不安定すぎる事もあり、自国の防衛に専念させた。


大森林に向かう軍が無かったのでこのような布陣となったが、エレナリオの様子次第では帰還した方が良いかもしれない。

万が一別動隊が開拓村を襲ったとしたら、大きな被害を出してしまうだろう。



ーー間もなく接敵します。敵軍の側面にぶつかりますので、戦闘準備をお願いします。


「よし、削るだけ削ったら離脱するか」



深い森を抜け、広々とした草原に出た。

遠くには巨大な城塞都市のエレナリオがあり、その手前を300人程の軍勢が攻め寄せている。

城の守備隊は総勢2000強。

数の上では圧倒的に有利だが。



「マジかよ。一進一退……いや、少し押されてるな」



長梯子が防壁にかけられ、アシュレイル軍が果敢に攻めかかる。

味方は押し寄せる敵に対し弓矢を射かけるが、それは通用していないようだ。

やつらは鎧に矢が突き立っても怯みもしない。

それどころか、梯子の端に立って、城壁の守備隊に斬りかかっている。

オッサンの奮闘もあって突入を許してはいないが、味方の兵が徐々に打ち倒されていく。

戦線が崩壊するのも時間の問題かもしれない。



「ようし……ここは炎龍先生に暴れてもらって、と」


ーーミノル様はすでに大魔法を複数回放っており、総魔力量の過半数を消費しています。余力から考えて、接近戦での介入を強く推奨いたします。


「マジかよクソッ!」



派手な攻撃は中止だ。

城に向かって地道に駆けていく。

魔力を温存しながらの移動は、随分とノンビリしたものに感じられた。


遠い。

中々戦闘域にたどり着けない。

心に汗が流れるのを自覚した頃、状況が大きく動いた。



「全軍、退がれ!」



女の声だ。

威厳の中に若さと張りのあるものだった。

それが空耳で無いことは、指揮官然とした少女の姿が証明している。


それからすぐに敵が動く。

潮が引くように攻城部隊が梯子を降り、壁から大きく離れた。

そして、彼女は巨大な剣を抜き放ち、切っ先を城へと向けて叫んだ。

体つきに似合わないほどに大きな剣だと思った。



「敵将グランド! 巣に籠って戦うとは、武人の誇りを無くしたか! 潔くこのメイファンとの一騎討ちを受けよ!」


「メイファンって……。おいまさか!?」


ーーあのメスはヒゲのつがいです。敵として相対するとは、余程に尻が軽いのでしょう。


「ここでまさかのお嫁さんん!?」



戦場に不思議な静寂が訪れた。

城壁の兵はうろたえるばかり。

そして肝心のオッサンはというと。



「久しいなメイファン。少しは遣えるようになったか?」


「無駄口を叩くんじゃないよ! アタシ自らの手でブッ殺してやろうってんだ、慈悲深さに感謝しな!」



数年ぶりの夫婦の会話がコレか。

もっとこう、会いたかったとか、寂しかったとかあるだろうと。

この2人からは殺伐とした空気しか感じられなかった。


オッサンが城壁から飛んだ。

そのまま地面に着地し、メイファンと向き合う。

もちろん剣を抜いたままで。

オッサンの武器もそこそにゴツいが、対する大剣と比べると、随分慎ましいものに見えてしまう。



「アンタたち、手出しは無用だよ! コイツはアタシ1人で殺るんだからね!」


「ミノル殿、助力は無用だ! 静観していてもらうぞ!」



オッサンはオレの存在に気づいていた。

シッカリと釘を刺されてしまったので、とりあえず言われた通りにしておく。

だが成り行きが怪しくなれば、もちろん全力で介入するつもりだ。

正々堂々とか知らん。



「さて。どれほど成長したか、その腕でたしかめ……」


「死ねェ!」



オッサンが言い終わる前にメイファンが斬りかかった。

その刃は空を切り、地面を揺らすだけに終わる。

それにしても口上を述べてる間に攻撃するとは何てヤツだ。

正々堂々という言葉を教えてやりたくなるぞ。



「ふむ。確かに踏み込みも、太刀筋も大きく向上したか。喜ばしいことだ」


「テメェ! バカにすんじゃないよッ!」



酷く重たく、凶悪な風切り音が鳴り響く。

あの大剣は余程の重量があるんだろう。

それを苦もなく振り回すメイファンも大概だが、その猛攻を足さばきだけで回避するオッサンも化け物だと思う。



「中々の技だ。研ぎ澄まされている。後は殺気を抑えることだ。感情を前面に押し出しては、簡単に読みきられてしまうぞ」


「どの口が言うか、貴様ァ!」



咆哮ほうこうと共に巨大な剣が真横一文字に振り斬られた。

それには剣をあてがう事で防がれる。

だが、威力までは殺しきれなかったようで、大男のオッサンがかなりの距離を吹き飛ばされた。

丸腰だったら一刀両断だったろう。


オッサンの体勢がやや崩れる。

そこにメイファンが追撃し、連続して斬りかかる。

攻撃の鋭さが徐々に増し、オッサンも避ける事が難しくなっている。

ここまで反撃は無い。

防戦一方になるとは、メイファンとはそれほどに強いのだろうか。



「怒るなだと!? こっちが今まで、どんな想いで待ってたか! 知らなかったとでも言うつもりかい!」


「探すな、という書き置きを残したろう。ワシはそれに従ったまでだ」


「こんの朴念人ぼくねんじん! そういう時は探して欲しいに決まってんだろ! 何が悲しくて結婚初月に家出しなきゃなんねぇんだ!」


「何? では武者修行というのは?」


「アンタに止めて欲しかったからに決まってんだろ! 血相変えて探して欲しかったんだよぉ!」



その要望は難しい。

基本的にオッサンは深読みをしない。

だからその書き置きとやらも、額面通りに受け取られたはずだ。

そして間違いなく、本人の意思を尊重する。

構って欲しい嫁さんとしては物足りない話だろうな。


それにしても、会話と動きの解離がひどい。

痴話喧嘩しつつ刃を交えるとか、かなり上級レベルのコミュニケーションだと思う。

まぁ、この夫婦ならあり得なくもないのか。



「アタシが居ない間、浮気でもしてたんだろう! どんな小娘と遊んでやがった!」


「浮気だと? そのような事考えも……」


「ミョアーーン!」



ここでなぜか子猫のメイシンが登場だ。

オッサンの懐より顔を覗かせ、メイファンの顔を眺めると欠伸をし、そして再び元の場所へと潜り込む。

その瞬間ばかりは時が止まったようになり、あらゆるものが制止した。

それから一番始めに動き出したのはメイファンだ。

動いた、というよりは怒りに震えたという感じか。



「この、この……泥棒猫ォ! 人の亭主を寝盗りやがってぇえ!」


「泥棒猫って意味が違くないか!?」



魂が肉体を凌駕したのか、振り下ろした剣からは寒気を感じてしまった。

これほどに離れているのに伝わる闘気だ。

さすがのオッサンでも危険かもしれない。

……と思ったんだが。



「てやぁッ!」


「グアァ……ッ!」


「少しばかりすれ違いがあったようだ。時間のあるときにじっくり話すこととしよう」


「この……バケモノめ……」



一瞬の出来事だった。

メイファンが振り下ろすよりも速く、オッサンが相手の懐に潜り込み、一撃を食らわせたのだ。

剣の柄で腹を鋭く打ち付ける。

たったそれだけで相手は白目を剥き、その場に崩れ落ちた。

アッサリと勝ちやがって。

だが、話はここで終わらない。



「隊長をお助けしろ!」


「まとまってかかれ! 敵の手に渡すなァ!」



周りで成り行きを見守っていたアシュレイル軍が一斉に動き出した。

狙いはもちろんメイファンであり、迎え撃つのはオッサン1人しか居ない。

ここでオレも参戦。

敵前列の数人を吹っ飛ばし、その勢いを止める。

今ので少し怯んだのか、一瞬だけ士気が萎えた。



「オッサン、嫁さん連れて中へ……ッ!?」



その時だ。

南の空に異変が起こる。

空に向かって何本もの光の柱が伸びたのだ。

見間違えようもない、救難石が使われたようだ。



「あっちもピンチか! なぁ、ここを任せてもいいか!?」


「すまぬ、ワシ1人で離脱は叶わぬ!」


「ええぃクソが! やるしかねぇッ!」



火急の報せが幾筋も打ち上げられている。

その数の多さから、よほどの異常事態に違いなかった。

今すぐ助けに行きたい。

だが、オッサンたちを見殺しにも出来ない。


オレはジレンマに心を引き裂かれつつ、寄せる敵を撃退し続けた。

この遅れが致命的な結果を生まないことを願うばかりだ。

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