第64話 仮面男子
村に突然敵が押し寄せてきた。
アルフェリアの旗を掲げた騎馬隊だ。
総勢300と400とも聞いてるけど、正確な数は分からない。
でも重要のことは、敵の戦力じゃない。
ともかく時間を稼ぐことが最優先だ。
ミノルには救難石を使うことで知らせたつもりだけど、上手く伝わったかどうかはわからない。
この光がしっかり届いている事を祈るばかりだ。
「ひ、姫様ぁ! ここは危険でございます! どうぞ奥にお逃げくださいぃ!」
トガリが青い顔のままで言う。
でも、そんな余裕がこの場にあるのか。
守りに残された兵士たちは皆若く、まだ大した訓練を受けていない、素人同然の集団なのだ。
防備も間に合わせの壁しかなく、誰もが不安そうに怯えきっている。
ここで奮起させる人が居なくては戦線が崩壊してしまうだろう。
私は守備の兵士たちに告げた。
「守備兵の皆様。私はここより一歩も退がりません」
「えええ! お言葉ではございますがぁ! ここは危険、極めて危険な死地にございましてぇ! 御身の安全のためにもぉ、村の奥に、奥の方に!」
「私を危険に晒したくなくば守り通しなさい。ここの突破を許してしまえば、無辜の民が徒らに傷つけられる事になります。そのような悲劇を、これまで苦痛に耐え忍んできた民を、二度と辛い目に遭わせてはなりません!」
「姫様……」
少しは効果があっただろうか。
僅かにだけれど、兵士たちの顔に生気が戻る。
これで戦う気になってくれたと思いたい。
「敵、来ます! 騎馬隊です!」
「うひっ! 皆さぁん、矢をつがえてぇぇ! つがえて待機ですよぉ!」
トガリの指示で、防壁の兵が弓矢を構える。
近づいたところを一斉に撃ち込む気なのだろう。
でもその目論見も、ただの一声で破られてしまう。
敵の指揮官のものによってだ。
「ヒヨッコどもが! 死にたくなけりゃ邪魔すんじゃねぇ!」
「ヒィィッ!?」
どうにか保っていた士気が著しく下降してしまった。
つがえた矢が外れて、足元に落とす兵が続出した。
それを戻そうにも指先が震えて上手くいかないようだ。
戦いが始まる前から、既に勝敗が決したような空気が流れる。
そして、無傷のままでの接近を許してしまった。
最前列の男。
口を歪めて嫌らしく笑う中年の男。
見覚えがあるどころか、忘れようもないその人物は。
「ブレイド! どうしてあなたがここに!?」
「どうもこうもあるか。オレはアルフェリオに匿われてたんだよ。だいぶ肩身が狭かったぜぇ? 中々襲うチャンスに恵めれなくってよ、こちとら無駄飯食いの烙印を押されちまう所だった」
「裏切りもの……よく私の前に姿を現せたわね! 死をもって償ってもらうわよ!」
「ハハッ! 相変わらず勇ましい嬢ちゃんだ。どこまでその強がりが保つかなぁ!?」
ブレイドが合図をすると騎兵が駆け始めた。
ひとつの大木に綱を巻きつけて、2騎で挟むようにして運んでいる。
あれに勢いを乗せたまま門に打ち付けようというのだろう。
ここの防壁は壁そのものは石でできているけど、門などの可動部は木製だ。
恐らく破るのは簡単なハズだ。
気持ちが逸る。
鼓動が高まり、手に汗が染み渡る。
それでも待った。
もう少し、あともう少し……。
敵が眼前に迫った頃、私も合図を出した。
「今よ! ジャンヌちゃんお願い!」
「コンちゃん、ケルルちゃん、いっくよーー!」
森の茂みから2体の魔獣が飛び出した。
ケルベロスと大狐だ。
これには騎兵も驚き、馬は竿立ち、にわかに隊列が乱れた。
そこへケルベロスが2騎3騎と食い破る。
大狐も紫の炎で次々と焼き尽くしていく。
前線に小さくない混乱が生じ始めた。
「みんな、弓で援護を!」
「は、はいぃ!」
ポツリポツリと矢が飛んでいく。
攻撃というにはお粗末すぎるが、それでも無いよりはマシだ。
いくつかの矢が馬を掠め、それに怒って暴れ、転倒したりしている。
それで隊が乱れるのだから効果があると言っていい。
それまでの敗戦の空気は一変し、勝機が見出せた。
このまま戦えば守り通せる。
そう考えてしまったのは、私がやはり素人のせいだろう。
「出やがったな、化け物め! 狙うはガキ一匹、他のモンには構うな!」
ブレイドの周りの集団だけが突然向きを変え、疾駆しはじめた。
そして大狐に向かって大量の槍が投げつけられた。
軌道はやや高い。
背中にまたがるジャンヌちゃんに向けて飛ばされたようだ。
大狐は体を急旋回させて、槍の全てを燃やした。
でもその反動でジャンヌちゃんが地面に投げ出されてしまう。
その隙を見逃すブレイドではない。
一連の出来事を見透かしていたかのように馬を走らせ、いち早く彼女の元へたどり着いた。
そして馬上に乗せて虜にしてしまった。
「ジャンヌちゃん!」
「このガキの命が惜しけりゃ抵抗をやめろ! 犬ッコロどももだ!」
「グゥゥゥ」
「コロ……コロコロロロ」
「ハン! 化け物風情が躾だけは一丁前かよ。気色悪ィ」
反撃の動きがピタリと止んでしまった。
頼りの魔獣たちは遠巻きになるばかり。
彼女の安全が戻らない限り、彼らは助けてくれそうにない。
少なくとも、刃が首筋に当てられている間は。
「門を開けろ! さもないとガキをブッ殺すぞ!」
「やれるものならやってみなさい! そんな事したら、ケルベロスたちが黙って無いわよ!」
「ほおぉ? 姫さんよぉ、アンタはボンヤリ見てられんのかい? ガキが無残にも殺され、オレたちも後を追って食い殺される姿をよぉ。オレたちが何百人くたばろうとも、死んだ人間は生き返らねぇんだぜ?」
「くぅ……、卑怯者! そんな幼い子供を人質に取るだなんて、騎士の矜持はどこへやったの!」
「バァーカ! 誇りで飯が食えるか、贅沢できるか女遊びが出来るかってのボケが! 面白おかしく生きてくのに要らねえモンだろ!」
「何て男なの……騎士どころか、もはや人ですら無いわ!」
「んで、どうすんだよ。降るのか、見捨てるのか早く選べ」
突きつけられたナイフがギラリと日差しを跳ね返す。
こんな状況にも関わらず、ジャンヌちゃんが気絶してて良かった、なんて考えていた。
彼女が恐怖を感じていない事が救いのような気がして。
「わかったわ。交換よ! 私が代わりに人質になるから、その子を解放しなさい!」
「おおそうかい。そりゃ手間が省けて助かるねぇ」
「姫様ぁ! そればかりはいけませんん! 絶対になりませんよぉお!」
「お願いトガリ。もうこれ以上私のせいで傷つくのを見ていられないの! 門を開けてちょうだい!」
「ダメですぅぅ、いくらご命令でもそればかりはダメですぅぅ!」
「テメェら早くしろ。何なら、このガキをふた目と見れねえ顔に切り刻んでやろうか?」
「待って、やめて!」
「アーッハッハ! 喜べ、飛び切りの美人にしてやるよぉ!」
「やめてぇーー!」
そのときだ。
体に振動が感じられた。
はじめは小さく、やがて大きく。
それはこちらに向かって居るようだ。
「もしかして、援軍? ディスティナから? それともエレナリオ!?」
音の鳴る方を見た。
けど、それらしい軍隊はひとつも見えなかった。
強いて言えば、白い絨毯のようなものが動いているだけだ。
その塊がこちらの方へと向かっている。
これには私たちはもちろん、アルフェリオ軍の兵も唖然としてしまう。
ブレイドなどは振り上げたナイフを下げる事すら忘れてしまったかのようだ。
「一体何なんだ、ありゃあ……」
「おい! あれはウサギだ! とんでもねえ数のウサギだぞ!」
「何だと! そんなもんがどうして!」
敵味方混じって情報が飛び交う。
最初は半信半疑だったが、やがてそれが正しいものだと見える。
数え切れない程の白いウサギが群れを成して、こちらに向かってきている。
そして絨毯の上に立つようにしてやってくる1人の男。
彼が群れを支配しているのだろうか。
「モキュタ、第3・4隊を率いて後続の兵を襲え! 深追いはせずに散らすだけでいいぞ!」
「キュッキュゥー!」
「キュロウは第2隊とともに門の守備だ、1兵たりとも通すなよ!」
「キュイッキュゥ!」
「残りは私に従え! 目指すは敵の指揮官だ! かかれぇーーッ!」
「ギュィィイイーー!」
その様はまるで雪崩のようだ。
全てを飲み込んでしまいそうな気がして、恐怖に身が震えた。
それでも、見境なしに襲うという訳では無いようだ。
ウサギたちは明確な立場を示すように、アルフェリア軍に襲いかかったのだ。
噛みついたり引っ掻いたりはしない。
一様に目を妖しく光らせ、それで敵兵を惑わし始めた。
恐らく精神魔法か何かだろう。
それを無防備に受けてしまった人や馬は、心を大きく掻き乱され、同士討ちや逃亡を始めた。
「テメェら、慌てんじゃねぇ! 気を強くもてば……!」
「ブレイド、覚悟ォ!」
「ぐわっ! 何しやがる!」
男がブレイドに攻撃を仕掛けた。
剣でも槍でもなく、ツルハシでだ。
頭に向かって振り下ろされた打撃は防がれるが、その次の瞬間にはジャンヌちゃんを見事に奪い返していた。
なんて鮮やかな手並みだろう。
「し、しまった! ガキが!」
「もはや貴様に勝ち目はない! 観念して投降しろ、ブレイド!」
「何でオレの名前を知っている? お前は何者なんだ?」
「名乗るつもりはない。貴様が知る必要も無い」
「妙な身なりをしてるが。その声は……もしかしてミゲル……」
「クッ! みんな、やれ!」
「ギュィィイイ!」
ツルハシ男の側にいたウサギたちが、目をギラリと光らせた。
それでブレイドは気を失い、馬に倒れこむ。
すかさずその体を拘束し、ウサギたちの背に乗せた。
残りの騎兵も翻弄され、逃げるか仲間と相打ちになるかして、結局は潰走してしまう。
ジャンヌちゃんの身柄も無事、男の手によってケルベロスに返される。
彼は唐突に現れたかと思えば、何一つ苦戦することなく全てを解決してしまった。
これと同じ芸当を出来る人間が果たして何人居ることだろう。
ミノルとグランド以外に、私は知らない。
身元不明の人ではあるけども、悪人でない事は理解出来る。
とりあえず彼の側まで赴いてお礼を言うことにした。
「あの、どこのどなたかは存じませんが、助けていただいてありがとうございました!」
彼は仮面のようなもので顔を隠していた。
ウサギの体毛で作ったらしい、フサフサと柔らかそうなものだ。
だから、今どんな表情をしているのかが見えない。
返事もすぐに発せられず、僅かな時間だけ静寂が訪れた。
つい不思議に思い、彼の顔を覗き込もうとするが、相手は身を翻してしまった。
「礼など無用です。私はこの男に私怨があった故に、参戦したまでです」
「私怨……ですか。一体それはどのような?」
「詮索はご勘弁いただきたい。それから、この男を私に預けていただけますかな?」
「え、ええ。あなたが管理してくれるのなら、安心です」
「ありがとうございます。ではレジーヌ姫、お健やかに」
「あの、お名前を……!」
彼は答えてくれなかった。
そして何か指示のようなものを示し、それから全体が動き出した。
整然とした動きで大軍が去っていく。
ウサギに乗った青年は一度も振り返る事なく、そのまま草原の方へと消えた。
「何でだろう。初めて会った気がしないのは……」
何度も頭の中で記憶を呼び覚まそうとするけども、結局分からず仕舞いだった。
ツルハシ、フカフカの仮面、ウサギを従えた半裸の青年。
これだけの情報が揃っていても、やはりピンと来るものはない。
というか、要素だけを考えれば変質者枠の人だと思える。
それでも嫌悪感を感じなかったのは、きっと彼が清廉な人物であるからだろう。
志は高く、清い魂の持ち主だと思う。
戦功をあげたにも関わらず、全く驕る事なく、見返りもロクに求めずに去ってしまったのだから。
ミノルが戻り次第、改めてお礼をする相談をすることにしよう。
彼が何者かは知らないけども、誰かに聞けばきっと分かるはずだ。
そんな事を、気絶したままのジャンヌちゃんの顔を拭いつつ、ボンヤリと考えていた。
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