第62話 最高峰の兵器
大地震でも起きたかのような振動が、北を目指して移動していた。
草原を疾駆する騎馬隊や整然と歩む槍隊も美しいが、この部隊の壮大さはどうか。
ーーアルフェリア軍所属、機工師団。
大陸でも最高峰の技術力を誇るかの国自慢の軍隊だ。
その兵器たるや一言で言えば巨大。
現代日本人が目の当たりにしたならば『コンテナが歩いているようだ』と評しただろう。
直方体の鉄の箱に対し、やはり鉄製の逞しい足が4本生えている。
総重量として何トンあるだろうか、ともかく圧巻な大きさだ。
それが総勢50機。
歴戦の兵士であっても、これらを前にしては身がすくむことだろう。
「前衛。異変がないか報告しろ」
「第1小隊、異常なし!」
「第2小隊、異常なし!」
「第3小隊、異常なし!」
指揮官の男は箱の中で報告を聞いた。
そこが兵器の操縦席である。
防御力を高めるために、その場所でさえ鉄板で覆われており、外を見るための窓は極めて小さい。
そのため、外界の様子を知るには、細やかな伝達を必要としているのだ。
「くくく……何とも気楽。全ての戦がこうであれば良いのだがなぁ」
指揮官はもちろん、所属の兵士全てが勝った気でいた。
この兵器は、それほどに万能感を与えてくれる乗り物であった。
彼らが敵と出会ったならどうなるか。
歩兵騎兵ともに踏み潰せば良い。
ただ集団になって駆け回るだけで、並の軍隊など壊滅できるのだ。
さらには雄壮なる城壁も、これに体当たりでもされたならば脆くも崩れ去るだろう。
攻城兵機としての力も秘めているので、武功を立てるには十分すぎる状況である。
そして何より命を落とす心配がない。
これには指揮官も頬が緩む。
「第1小隊より報告! 前方にランドドラゴンが布陣、その数2体!」
「ふん、生意気な。発砲を許可する、ただちに殲滅せよ!」
「第一小隊、射撃態勢!」
「撃てェ!」
箱の全面下部より、数えきれないほどの礫が飛んだ。
これは魔力の込められた石であり、凄まじいほどに硬度を跳ね上げたものである。
そんな物が高速でぶつけられたらどうなるか。
最上位に位置する竜種でさえ、抵抗する間もなく蜂の巣となってしまう。
硬い鱗は剣を弾き、彷徨は地を揺らし、鋭い牙は鋼鉄をも噛み砕く……それが竜種だ。
そんな恐るべき魔獣、さらに2体が、抵抗らしい動きを見せる前に絶命した。
大魔獣ケルベロスをも凌ぐ、災厄クラスの獣が瞬殺である。
一行の気が緩んだとて、誰が叱責できようか。
動力である魔力が切れる事意外、弱点らしい弱点の無い、大陸屈指の巨大兵器。
それはやがて、エレナリオの国境を越えた。
「第一小隊より報告。間もなく森に入ります!」
「周囲に気を配りつつ、陣形をそのままに進め!」
「ハハッ!」
鬱蒼と繁る森ですら彼らを阻む事はできない。
大木も雑草も区別なく、すべてが倒され踏み固められる。
安住の地を奪われた獣が、鳥が一斉に逃げていく。
もちろん指揮官はそんなものには歯牙にもかけない。
気がかりなのは戦場への遅参だ。
どれほど強さを誇ったとしても、終戦してから現れたのでは無意味である。
武功をあげるどころか責任を問われかねない。
なので周囲への警戒はそこそこに、進軍速度を優先させたのだ。
森をひたすらに進む。
一応街道として整備はされているが、機工師団にとっては無いも同然である。
ーー視界の通らないことが厄介だ。
道より外れれば深き森。
その不気味さに何となく居心地が悪くなった頃、隊員の一人が声を上げた。
「前方に敵……か?」
「どうした! 明確に言え!」
「ハハッ。道に男が1人突っ立っております!」
「男だと? 構わん、踏み潰せ!」
「ハッ。行軍を続けます!」
このとき、指揮官の男は突如不安に襲われた。
生身の人間であれば、機工兵と戦うことなど不可能である。
なのに逃げもせず、街道に陣取ったまま動こうとしないのはなぜか。
ーーゾワリ!
指揮官の背に悪寒が走る。
そして歴戦の兵士らしく、迅速に命令を下した。
「止まれ! 全軍止まれェ!」
懇願にも似た指示が飛ぶと、全員が速度を緩め、そして止まった。
相当な制動距離を進み、ようやくの停止。
例の男との距離を計らせる。
おおよそ至近距離だ。
指揮官もその頃にはようやくその姿を確認し、それから驚愕した。
かなり若い。
いや、若さよりも幼さの方が目立つ。
華奢であり、武装すらしていない、そこらの村人のような姿だ。
そんな男が1人だけで、まるで進軍を阻むようにして街道に立っている。
腕組みをし、気だるげに首を少し傾けている。
ーー狂人か?
最初に浮かんだ言葉がそれだったが、素早く打ち消した。
そして、全員に指示を出す。
「全軍発砲! 全力攻撃だ!」
「ぜ、全力にございますか!?」
「馬鹿者、こやつは新興国の首領だ! 侮れば手痛い反撃を食らうぞ!」
「そ、総員、全力攻撃ィ!」
「射線に気を付けろ、同士討ちだけはするなよ!」
さすがに訓練された兵士たちだ。
予想外の命令にも関わらず素早く適応し、50近い砲を1人に向けた。
そして瞬く間に放出される、無数の礫。
大木を穿ち、大地に穴を空け、わずかな時間で周囲を破壊し尽くした。
男の姿はない。
ーーきっと跡形もなく消し飛んだのだろう。
誰もがそう確信したのだが。
「左だ! ボヤボヤするな!」
指揮官は見逃さなかった。
土煙に紛れて、部隊の左側へ駆ける男の姿を。
こうなると全員で攻撃はできない。
右側に位置している第三小隊が参戦すれば、第一第三の部隊に被弾させてしまうからだ。
ーー小細工を弄しおって。
かすかに舌打ちをするが、大きな問題は起きていない。
所詮は小さな体を活かしただけの撹乱戦法ではないか。
王者たる我らの取るべき策はひとつ。
惑わされることなく、圧倒的な力と物量にて、淡々と勝ちを納めれば良い。
だが、物事とは簡単には運ばないようである。
「敵、見失いました!」
「馬鹿者! 早く見つけ出せ!」
「視界不良! 索敵できません!」
ここで戦略が一気に不利へと傾いた。
物量で押し勝とうしたが、それが煙幕となってしまった。
守りを重視した作りのせいで、ただでさえ視界の確保が難しい中でだ。
指揮官は己の焦りを悔やんだ。
攻撃に移る前に、隊を3つ、せめて2つに分けるべきであった。
一丸となれば攻撃力はあるものの、一度敵を見失うと対処が難しくなる。
まさに今がそうである。
「散開しろ! 敵を懐にいれるな!」
次の指令を出した瞬間だ。
彼の機体が風に煽られて大きく揺れた。
不吉な予感を感じ、そちらのほうに機体を向けると、思わず絶句した。
第三小隊の半数が破壊されていたのだ。
火を吹き出しているあたりから、爆発させられたようだ。
その爆風が隣の機体に襲いかかり、次々と誘爆していく。
わずかに設けた窓から爆風が入り込み、動力炉に届き、引火しているようである。
もちろん乗組員は耐えられる訳もない。
援護する暇すら無く、第三小隊は全滅してしまった。
その光景を現実として受け入れるのに時を要したが、すぐさま我に返った。
そして、全滅の危機が迫っていることを確信する。
もはや打つべき手段は限られていた。
「総員、一斉射撃だ! 損害を出してでも仕留めろ!」
それはもはや作戦とは呼べない。
味方を撃ち殺してでも敵を殺せとの命令だった。
足元の青年は、今や第一第三小隊の間にいる。
よって、味方からの攻撃で破損する機体が出始めた。
それでも青年を仕留めるどころか、傷ひとつ負わせていないようである。
そのようにして苦戦が続くと、事態が動いた。
もちろん、アルフェリアにとって悪い方に、である。
ーー駆けろ、雷虎ォ!
くぐもった声が聞こえるなり、鋭い光の筋が駆け抜けた。
それはまるで稲妻であり、槍で敵を討つような軌道で機工兵の機体を貫いた。
すると第一、第三小隊も燃え始め、そして火に飲まれていった。
「そんな……機工師団が……! こんな事が、有り得る訳がない!」
なかば戸惑い気味の怒声が中で反響した。
だがそれも、あの言葉によって打ち消されてしまう。
ーー駆けろ、雷虎ォ!
次の瞬間、指揮官の視界は白く染まり、そして赤に塗り替えられた。
機体の中は炎に包まれ、それが彼の体を焼き尽くしてしまった。
「ば、ばかな……」
それがアルフェリア軍最強部隊、機工師団長の最後の言葉となる。
あの青年が何者で、そしてこれからどこへ行くのか。
死に逝く彼に、それらを知る術など一切なかった。
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