第57話 地底の国
暗闇だ。
私が落とされたのは暗闇の世界だ。
やはりあのまま死んでしまったのだろうか。
「何はともあれ、どこかへ行かねば……寒くて叶わん」
足元は小川のようで、くるぶしまでが水に浸かっている気配がある。
だが濡れているのは全身であり、服がまとわりつき、動きにくい。
それが容赦なく体温を奪っていく。
死霊になった身でも冷えに悩まされるとは、なんとも煩わしい事だ。
川より出でて、手探りで進む。
すると、手には確かな固さが伝わってきた。
面積が広い。
恐らく壁だろう。
「これに沿って行けば、どこかしらに着くだろうか」
目視不可。
頼るべき同行者はいない。
土地勘も地図もないので、もはや運に頼しかなかった。
ひとまずは水の流れる方へと歩いてみる。
するとどうだろう。
道の先はいくらか明るく、草地のようなものが見えるではないか。
「光か。これはありがたいぞ」
辿り着いた場所は空洞だった。
四方が固い土に囲まれ、天からは一筋の光が降り注いでいる。
下も赤茶色の地表がむき出しとなっていて、光が当たる場所にのみ草花が生えていた。
辺りに目を凝らしてみるが、どうやら同じ光景が続いているらしい。
「まるで洞穴のようだ。もしかすると……いまだ地中に居るのか?」
ひとまずは光で暖をとる。
それは仄かに暖かく、体の強張りを徐々に解してくれた。
服も脱ぎ、水を絞る。
これで凍える事からは逃れられそうだ。
しかし、あくまでも急場を凌いだに過ぎない。
どうやって安全を確保するか。
ここが地の底だと言うなら、脱出するにはどうするか。
当座の食料は見つかるのか。
課題は山積みであった。
「おや? あれはもしかして……」
暗がりに目が慣れたところで、一本のツルハシを見つけた。
手に取ると、僅かながら馴染む気がする。
これは地上で借り受けた物なのかもしれない。
丸腰よりはマシ。
引き続き借りていく事にしよう。
そして、体が程良く暖まった頃、再び探索に乗り出した。
どういう訳か、私は命があったらしい。
そして大ケガどころか骨折すらしていない。
せいぜい擦り傷がある程度。
どれ程の幸運に助けられたのかは知るよしも無いが、命があるのであれば生きなくてはならぬ。
次は空腹を満たすため、動くこととなる。
空洞は思いの外広く、そして起伏が激しい。
ほんの100歩進むだけでも、歩きにくさから疲れが生じ始める。
所々に突起した岩が視界を塞ぐ。
そのため全容を確認出来たわけではないが、おおよそ不毛の地であることは想像に難くない。
「一面が茶色の世界か。気が狂いそうになるな……」
まばらに草花があるばかり。
木の実や果実に期待はしたが、そこまで幸運には恵まれなかったらしい。
他に口に出来るものといえば何であろうか。
小動物の類となるのか。
「キュウン! キュウゥーン!」
「む? 何かいるのか……?」
私は天に見放されていなかったらしい。
近くから動物の鳴き声が聞こえてきたのだ。
獰猛で無ければ、狩る事も可能だろう。
ひとまず岩陰から覗き見た。
「あれはウサギ? そしてトカゲだな」
「キュゥウー! ギュゥゥウ!」
「フシュルルル……」
赤いまだら模様のあるトカゲ……火炎トカゲが数匹のウサギを壁際に追い詰めている。
これから捕食する気なのだろう。
厄介なトカゲはこちらに背を向けている。
気づかれぬうちに、後ろを通りすぎるのが無難であろう。
気配を殺しつつ歩を進めるが、それはすぐに失敗してしまう。
「キュィィ! キュイィ!」
ウサギが私を見て大きく鳴いた。
異変を察知したトカゲが振り返り、私と視線が重なる。
そしてすぐに威嚇。
尻尾を掲げ、頭を左右にふり、こちらとの距離を計っているようだ。
鋭いツメと牙も見せびらかされ、カチカチと固い音をかき鳴らしている。
ーー気づかれたか。それにしても、大人しく食われておればよいものを。
忌々しき獣よ。
内心舌打ちをするが、今はそれどころではない。
戦闘開始だ。
火炎トカゲは高く跳躍し、前足の鋭いツメで私を斬りつけようとした。
それに対し、横に跳ぶことでどうにか避ける。
手の甲を僅かに斬られた。
だがカスリ傷で済んだ。
「この畜生風情が! 食らえ!」
トカゲの背にツルハシを打ち付けた。
尾の長い絶叫が響き渡る。
だが絶命にはほど遠い。
余力は十分にあるらしく、激しい抵抗をみせた。
「抵抗するな、早く死んでしまえ!」
3度打ち付けると、ようやく動きを止めた。
どうにか勝てたようである。
だが、その代償も大きかった。
「あ、アツい!? アツいッ!」
右手がまるで燃え上がったかのように、強烈な熱を持ち始めた。
気が遠くなるような痛み。
いっそ手首から先を切り落としたくなるほどだ。
膝を折り、突っ伏すことでどうにか耐える。
手元に薬などない。
今はこうして波が引くのを待つしかなかった。
「キュウゥン……」
いつの間にかウサギどもがやってきた。
うち1匹が患部を舐める。
今さら何を心配しようというのか。
そもそも貴様らが私を巻き込んだ結果ではないか。
そう思うと、腹の中は怒りで煮えた。
「私に触るな!」
「ギャウン!」
怒りに任せてウサギを殴り飛ばした。
丸い体は想定以上に転がっていく。
だが、ヤツらは逃げない。
このような仕打ちを受けたにも関わらず、再び私の元へと戻ってきたのだ。
その露骨な媚び方が気にくわない。
それが弱者で無価値な者がするので、尚更腹が立つ。
「ひと思いに殺してやろう……か!?」
そのとき、ふと気づく。
手の痛みがすっかり消えていたのだ。
さすがに傷は完治していないが、少なくとも痛みは残っていない。
指を動かすと突っ張ったようなぎこちなさは有るものの、十分過ぎる程に復調していた。
「これは、貴様の仕業か?」
「キュイッキュ!」
「……偶然か。それとも、このウサギには不思議な力があるのか」
「キュイッキュウ!」
分からぬ。
こやつらは何かを伝えよう、意思疎通をしようという気持ちは感じ取れるのだが、肝心の言葉は一切通用しない。
だが、もしかしたら解毒なりの力を持っているのかもしれん。
だとしたら今後の探索に役立つと言えよう。
完全なる無能者では無いようだ。
「貴様ら。私に付いて来るか?」
「キュイッキュ!」
「私を王として崇め、絶対なる忠誠を誓うか?」
「キュイッキュウウ!」
「やはりわからん。まぁ、そうであるなら付いてこい。咎めはせぬ」
「キュイッキューー!」
こうして私は、地の底で王となった。
自分以外は獣4匹という国である。
これにはもはや嗤うしかないが、不思議と嫌な気持ちは起きなかった。
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