表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/102

第55話 向き不向き

会議室の中は複雑な感情が渦巻いている。

怒りだったり呆れだったりと方向性の違いはあるが、全てがマイナス方面のものだった。

出席者の誰もが渋い顔をしている。

この施設は出来たばかりなので、木々のかぐわしい香りが鼻を愉しませてくれるが、塲の空気を改善するまでには至っていない。



「そんじゃ話しますか。ミゲルの処遇についてだ」



これまでに散々煮え湯をラッパ飲みさせられてきたが、とうとう我慢の限界を迎えてしまった。

国家機密を他国に漏らすし、仕事はサボるし偉そうに振る舞うしで、ミゲルの評判はすこぶる悪い。


当人はというと、部屋の隅で引き続き凍りついてもらってる。

本来なら自身に弁明の塲を与えるべきだろうが、誰もがそれを認めなかった。

『アイツに言葉は通じないし、聞く耳だって持ってない』という意見で満場一致したからだ。


仮に論戦になったとしても、ミゲルは頻繁に謎理論を展開するから話にならない。

そしてこちらが対応に悩んでいると『論破した』という態度を取るから、無意味に不快な気持ちにさせられるし、議論も進まなくなるからだ。



「ええと、最初の議題についてだが……」


「ミノル、輪切りにしましょ」


「チンポロですよチンポロの刑。慈悲は要りません」


「早い早い。刑罰はもう少し話を掘り下げてからだ」



特に女性陣からの苦情が酷い。

レジーヌは連日のように付きまとわれ、シンシアも上から目線で迫られているが、他にも数えきれない程の被害者が居る。

対象者に既婚未婚の隔てもない。

更にはネムリータやジャンヌなどの少女までも口説いていたというから、早急に手を打つ必要がある。


男性陣からの評判は良いのかというと、これまた悪い。

見習いながらも騎士という身分を振りかざし、一般労働者を奴隷のように扱ってるようだ。

雑用ひとつにしても逐一人を使おうとする。

それに対して文句を言おうものなら『下賎のものが逆らうな』と剣を抜いて脅すそうだ。

無法者じゃん。



「オッサン。最近の様子は?」


「数日前から調練に現れなくなった。体調を崩したと聞いていたが、仮病だったようだ」


「トガリ。一緒に調練をしてみてどう思った?」


「はぃぃ! 何と言いますか、それほど、さほど熱心な言動はありませんでしたぁ! 目を盗んでは勝手に休んでおりましたしぃぃ!」


「そうかい……。レジーヌ、どう思う?」


「輪切りよ、輪切り」


「いや刑罰じゃなくてさ。ミゲルはお前直属の配下だろ? ここまで聞いてどう思ったか……」


「輪切りがダメならミンチ肉でも良いわ」


「もういいや。オッサン、アンタはどう思う?」


「セップクというものをこの目で1度見てみたい」


「うん。冷静になるまで質問するのは止めとくから」



有能なら肩を持つこともあるだろうが、それもダメ。

無能、というか怠け者なのだ。

どんな仕事もロクに手をつけずに、知らんフリをして放置するばかり。

特別強いという話すら聞かない。

オッサンが言うには中の下くらいだという。


そしてとうとう義務のトレーニングまでサボり始めたのだ。

……どう考えても見所がない。

議論なんかやめて、一秒でも早く追放してやりたいくらいだ。



「一応親しいヤツにも聞いてみるか。お前……コゲル君だっけ?」


「いえ、僕はシゲルです。隣のはモゲル」


「お前らは同期なんだよな。昔からこうなのか?」


「いえ、ここまで酷くなかったです。少し会話が噛み合わないというか、夢見がちな所はありましたが……」


「夢……ねぇ。レジーヌと結ばれるとか言ってたっけな。それについてはどう思う?」


「何の前触れもなく公言しだしたんですよ。確かに姫様はお美しく聡明なので、僕たちにとって憧れの方ではあるんですが……結ばれようだなんて畏れ多いというもんです」


「わかんねぇ。どうやって恋人宣言に辿り着いたんだ……」



頭を散々に捻って考えてみるが、その思考回路は理解不能だ。

それは誰もが同じらしい。

親しくしているシゲルでさえ言葉がなかったくらいだ。

そうして隙間時間が生まれると、今度はモゲルが口を開いた。



「あのぅ、僕も確信はないんですけど、憶測で話しても良いですか?」


「構わんぞ。言うだけ言ってみてくれ」


「僕たちは、手柄を立てると貴族様にしてもらえるらしいんですよ。もちろん簡単にじゃないですけど」


「まぁ働きしだいだろうがな。それで?」


「ミゲルですがね、妄想をどんどん膨らませてたらしくて、話を聞く度に中身が壮大になっていったんですよ。最初の目標は子爵だったのに、男爵伯爵って感じで。最近は王様になるとか喚いてましたけども」


「逞しい想像力だな。じゃあレジーヌと結ばれるたいのも、国王になるために必要だから?」


「さぁ。姫様と添い遂げたいから王様になるのか、それとも王様になるために姫様と……なのかは分からないです」


「どっちにしても過ぎた夢だと思うがなぁ」


「でもこの前、騎士になったらカップル成立だって自分で言ってましたよね」


「そう考えると、だいぶハードルが下がったもんだ。そして、アイツの狙いは王位よりもレジーヌそのものって事になりそうだな」


「もしかして、あんなに偉そうにしてたのって……既に貴族になったつもりだったんじゃ?」


「アイツならあり得る。なにせ『未来の国王様』だもんな。周りの人間すべてが家来に見えたろうよ」



増長するにしても、普通は大手柄のひとつもあげてからだろうに。

いまだ見習い。

手柄どころか、迷惑ばかりかける男。

こんなザマでは貴族様になる前に全てが頓挫するんだが。

散々妄想はするくせに、まともな筋道については一顧だにしないらしい。



「じゃあさ、鍛冶屋に剣の発注を頼んでたのも、妄想の結果か?」


「えっ! そんな事があったのですか!」


「ついさっきな。名剣を打てと脅してたぞ」


「……あんだけ止めたのに。あの野郎」


「シゲル。何か知ってんのか?」


「例の一家がやってきた時です。ミゲルが言ってました。今持っている剣は自分に相応しくないナマクラだと。新調するのに調度良い機会だ、とも」


「実力に見合ってるじゃねぇか。そんで、お前は止めてくれたんだよな?」


「もちろんですよ。バカな真似はよせと、僕ら2人で止めました。その時はアイツも納得してくれたようなんですが……」


「口先だけだな。本心は逆だったって訳だ」



2ゲルがため息をつく。

それは本当に深い所から出てきたもので、ウッカリ魂が飛び出てしまうんじゃないかと思えるほどだ。

その態度にこれまでの苦労が忍ばれる。

彼らはミゲルと立場が近い分、他の人たちとは違う想いがあるんだろう。


もう議論は良いか。

慈悲は無用。

嘆願のひとつすら無かったし、厳罰をもって臨むとしよう。



「ミゲルの沙汰は騎士の権限を剥奪。武器の携帯を禁止。今後は施設労働者として働いてもらう」


「えっ。甘すぎません? 首も股間もつながったままですか?」


「そうだ。確かにアイツはろくでなしだが、命を取るほどの失態はおかしていない。大きいものでも国家機密を酒の席で漏らしたくらいだ」


「それはもう死罪相当だと思うんですがねぇ……」


「今のところ大抵が未遂で終わってる。本当に悪事を実行した時に、追放や死刑も考えよう」


「でも、女グセの悪さをどうにかして欲しいわ。ほんとアチコチに手を出そうとしてるのよ?」


「そんな時の為の『救難石』だ。オレかオッサンが助けにいくから、何かあったら躊躇なく使え」


「うん、まぁ、良いけどさぁ……」



辛気くさい話はこれで終わり。

後は事務的な内容になって、それがまとまると解散した。

いまだに氷像のままのミゲルは、明日の朝に解放されてから知ることになる。

自分の愚かさの代償について。



「さてと。オレもそろそろ帰ろうかな」



全員が立ち去った後の会議室はガランとしている。

窓からは夕日が差し込み、秋の虫が鳴く。

その光景が不思議と寂しさを感じさせ、仕事が片付いたのに心は重く、なかなか席を立てないでいた。



「今日は早めに寝ようかな。変に気疲れしたし」


ーーミノル様。大気が不安定な為、今晩は冷え込みます。風邪を引かぬようご注意ください。


「何だよ、気遣ってくれるのか? ありがとさん」



思いがけず優しい言葉を投げ掛けられ、わずかに心が暖まる。

そして、ささやかな一言でここまで感じ入るんだから、オレはお偉いさんには向いてない気がする。


群れを統率するため、時には非情な決断をするのがリーダーである……って漫画に描いてあったっけ。

うーん、オレに適正は無さげ。

いっそ南国の孤島にでも引っ越して、ひとりノンビリと暮らしていこうかな。

そんな日々もきっと悪く無いだろう。



「お疲れさん、今日のオレ……」



考え事をしているうちに、夜はすっかり更けていた。

灯りを消してベッドに潜り込む。

相当に疲れているから寝付くのも早いだろう。

こんな事を考えてる間に、夢の世界へ足を踏み入れている。

足を踏み入れて、踏み入れて、踏みフミフミ……。



「……寒ィ!」


ーー昨日よりも気温が14.8℃下回っております。風邪を引かぬようくれぐれもご注意を。


「そんなにかよ? その割に忠告弱くなかったか!?」


ーーともかく、暖かくなさいませ。更に冷え込む可能性もございます。


「んな事言ったってさぁ。予備の寝具なんかねぇよ」



所有物の少ない部屋を漁るが、気の利いたアイテムなんか見つからなかった。

せいぜい夏物の服があるくらいだ。

暖を取るにはこれを重ね着するしかない。

薄地の布とにらめっこしていると、ドアがノックされた。


コンコン。

来客だ。

こんな夜更けに誰だろうか。



「はいよ、どちらさん?」


「ミノル、寒いと思って持ってきたわよ」


「ミノルさまぁ! こちらもどうぞ!」



真夜中の来訪者はレジーヌとシンシアだった。

2人とも両手に抱えた毛布をオレに預けてくれた。

鼻に甘い香りが漂う。

たぶん女の子の匂いってやつだ。



「じゃ、じゃあね。風邪ひかないでよ?」


「そいじゃオヤスミなさ~い」


「お、おい待てよ。お前らはどうやって寝る気だ!?」



最近は物が充実してきたとは言え、不足している品もまだまだ多い。

特に寝具は後回しになっているので、各人に予備の支給なんかされていない。

つまりこの毛布は普段使いの物となる訳だ。



「わ、私たちは良いの! ミノルほど大事な役目はないし、ちょっとくらい風邪引いても問題ないもの!」


「いやいや、その理屈はおかしいだろ。2人に寒い想いをさせてまで安眠なんかしたくねぇよ」


「ほぉ~お? ではこのワタクシの名案に乗っていただけますぅ?」



…………

……



断っておけば良かった。

寝具ごと2人を追い返すべきだった。

そんな後悔も『今さら』という程に、状況は固まりきっていた。


シンシアの名案とは、3人で川の字になって寝ること。

オレ真ん中。

右レジーヌに左シンシア。

毛布も3枚がけだし暖かいしグッスリ眠れる……訳ないだろッ!



「寝れないよぉー、ミノルさんはこんな環境じゃ眠くなんないよぉお!」


「あ、やっぱり。じゃあ1発スッキリしてからにしますか? ねぇ姫さま」


「ちょっと、何で私にふるの!?」


「そりゃあ初めては姫さまに譲ろうと……。あ、でも、それは多少ヤリ慣れてからの方が良いですかね。先に私と2、3発ヤッてから……」


「ダメよシンシア! たぶん、きっとダメよそれは!」


「眠いよぉーでも寝れないぃーー!」



右からは微かな体温。

手のひらにはレジーヌの指先が触れている。

左からはガッツリ体温。

二の腕がやわっこいものに挟まれてるし、左手はももに挟まれてるし。


いやほんと眠れないよ。

ミノルさんはこれでも男の子なんですよ!

オオカミさんになったらどうするんですか!



ーーこれは興味深い。どちらが先に身籠るかの競争ですね。


「味方がいないよぉ、相談相手がセルフだけだよぉー!」



延々寝れない。

結局朝まで起きてた。

あれからどうしたかと言うと、もちろん童貞のままだ。

清らかさを流れで手放してはいけない。


こんなオレを笑うやつは手を挙げろ。

異世界転移するほどに、全力でブン殴ってやる。

面白いなと思ったら、評価に感想ブクマをお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ