第55話 向き不向き
会議室の中は複雑な感情が渦巻いている。
怒りだったり呆れだったりと方向性の違いはあるが、全てがマイナス方面のものだった。
出席者の誰もが渋い顔をしている。
この施設は出来たばかりなので、木々の芳しい香りが鼻を愉しませてくれるが、塲の空気を改善するまでには至っていない。
「そんじゃ話しますか。ミゲルの処遇についてだ」
これまでに散々煮え湯をラッパ飲みさせられてきたが、とうとう我慢の限界を迎えてしまった。
国家機密を他国に漏らすし、仕事はサボるし偉そうに振る舞うしで、ミゲルの評判はすこぶる悪い。
当人はというと、部屋の隅で引き続き凍りついてもらってる。
本来なら自身に弁明の塲を与えるべきだろうが、誰もがそれを認めなかった。
『アイツに言葉は通じないし、聞く耳だって持ってない』という意見で満場一致したからだ。
仮に論戦になったとしても、ミゲルは頻繁に謎理論を展開するから話にならない。
そしてこちらが対応に悩んでいると『論破した』という態度を取るから、無意味に不快な気持ちにさせられるし、議論も進まなくなるからだ。
「ええと、最初の議題についてだが……」
「ミノル、輪切りにしましょ」
「チンポロですよチンポロの刑。慈悲は要りません」
「早い早い。刑罰はもう少し話を掘り下げてからだ」
特に女性陣からの苦情が酷い。
レジーヌは連日のように付きまとわれ、シンシアも上から目線で迫られているが、他にも数えきれない程の被害者が居る。
対象者に既婚未婚の隔てもない。
更にはネムリータやジャンヌなどの少女までも口説いていたというから、早急に手を打つ必要がある。
男性陣からの評判は良いのかというと、これまた悪い。
見習いながらも騎士という身分を振りかざし、一般労働者を奴隷のように扱ってるようだ。
雑用ひとつにしても逐一人を使おうとする。
それに対して文句を言おうものなら『下賎のものが逆らうな』と剣を抜いて脅すそうだ。
無法者じゃん。
「オッサン。最近の様子は?」
「数日前から調練に現れなくなった。体調を崩したと聞いていたが、仮病だったようだ」
「トガリ。一緒に調練をしてみてどう思った?」
「はぃぃ! 何と言いますか、それほど、さほど熱心な言動はありませんでしたぁ! 目を盗んでは勝手に休んでおりましたしぃぃ!」
「そうかい……。レジーヌ、どう思う?」
「輪切りよ、輪切り」
「いや刑罰じゃなくてさ。ミゲルはお前直属の配下だろ? ここまで聞いてどう思ったか……」
「輪切りがダメならミンチ肉でも良いわ」
「もういいや。オッサン、アンタはどう思う?」
「セップクというものをこの目で1度見てみたい」
「うん。冷静になるまで質問するのは止めとくから」
有能なら肩を持つこともあるだろうが、それもダメ。
無能、というか怠け者なのだ。
どんな仕事もロクに手をつけずに、知らんフリをして放置するばかり。
特別強いという話すら聞かない。
オッサンが言うには中の下くらいだという。
そしてとうとう義務のトレーニングまでサボり始めたのだ。
……どう考えても見所がない。
議論なんかやめて、一秒でも早く追放してやりたいくらいだ。
「一応親しいヤツにも聞いてみるか。お前……コゲル君だっけ?」
「いえ、僕はシゲルです。隣のはモゲル」
「お前らは同期なんだよな。昔からこうなのか?」
「いえ、ここまで酷くなかったです。少し会話が噛み合わないというか、夢見がちな所はありましたが……」
「夢……ねぇ。レジーヌと結ばれるとか言ってたっけな。それについてはどう思う?」
「何の前触れもなく公言しだしたんですよ。確かに姫様はお美しく聡明なので、僕たちにとって憧れの方ではあるんですが……結ばれようだなんて畏れ多いというもんです」
「わかんねぇ。どうやって恋人宣言に辿り着いたんだ……」
頭を散々に捻って考えてみるが、その思考回路は理解不能だ。
それは誰もが同じらしい。
親しくしているシゲルでさえ言葉がなかったくらいだ。
そうして隙間時間が生まれると、今度はモゲルが口を開いた。
「あのぅ、僕も確信はないんですけど、憶測で話しても良いですか?」
「構わんぞ。言うだけ言ってみてくれ」
「僕たちは、手柄を立てると貴族様にしてもらえるらしいんですよ。もちろん簡単にじゃないですけど」
「まぁ働きしだいだろうがな。それで?」
「ミゲルですがね、妄想をどんどん膨らませてたらしくて、話を聞く度に中身が壮大になっていったんですよ。最初の目標は子爵だったのに、男爵伯爵って感じで。最近は王様になるとか喚いてましたけども」
「逞しい想像力だな。じゃあレジーヌと結ばれるたいのも、国王になるために必要だから?」
「さぁ。姫様と添い遂げたいから王様になるのか、それとも王様になるために姫様と……なのかは分からないです」
「どっちにしても過ぎた夢だと思うがなぁ」
「でもこの前、騎士になったらカップル成立だって自分で言ってましたよね」
「そう考えると、だいぶハードルが下がったもんだ。そして、アイツの狙いは王位よりもレジーヌそのものって事になりそうだな」
「もしかして、あんなに偉そうにしてたのって……既に貴族になったつもりだったんじゃ?」
「アイツならあり得る。なにせ『未来の国王様』だもんな。周りの人間すべてが家来に見えたろうよ」
増長するにしても、普通は大手柄のひとつもあげてからだろうに。
いまだ見習い。
手柄どころか、迷惑ばかりかける男。
こんなザマでは貴族様になる前に全てが頓挫するんだが。
散々妄想はするくせに、まともな筋道については一顧だにしないらしい。
「じゃあさ、鍛冶屋に剣の発注を頼んでたのも、妄想の結果か?」
「えっ! そんな事があったのですか!」
「ついさっきな。名剣を打てと脅してたぞ」
「……あんだけ止めたのに。あの野郎」
「シゲル。何か知ってんのか?」
「例の一家がやってきた時です。ミゲルが言ってました。今持っている剣は自分に相応しくないナマクラだと。新調するのに調度良い機会だ、とも」
「実力に見合ってるじゃねぇか。そんで、お前は止めてくれたんだよな?」
「もちろんですよ。バカな真似はよせと、僕ら2人で止めました。その時はアイツも納得してくれたようなんですが……」
「口先だけだな。本心は逆だったって訳だ」
2ゲルがため息をつく。
それは本当に深い所から出てきたもので、ウッカリ魂が飛び出てしまうんじゃないかと思えるほどだ。
その態度にこれまでの苦労が忍ばれる。
彼らはミゲルと立場が近い分、他の人たちとは違う想いがあるんだろう。
もう議論は良いか。
慈悲は無用。
嘆願のひとつすら無かったし、厳罰をもって臨むとしよう。
「ミゲルの沙汰は騎士の権限を剥奪。武器の携帯を禁止。今後は施設労働者として働いてもらう」
「えっ。甘すぎません? 首も股間もつながったままですか?」
「そうだ。確かにアイツはろくでなしだが、命を取るほどの失態はおかしていない。大きいものでも国家機密を酒の席で漏らしたくらいだ」
「それはもう死罪相当だと思うんですがねぇ……」
「今のところ大抵が未遂で終わってる。本当に悪事を実行した時に、追放や死刑も考えよう」
「でも、女グセの悪さをどうにかして欲しいわ。ほんとアチコチに手を出そうとしてるのよ?」
「そんな時の為の『救難石』だ。オレかオッサンが助けにいくから、何かあったら躊躇なく使え」
「うん、まぁ、良いけどさぁ……」
辛気くさい話はこれで終わり。
後は事務的な内容になって、それがまとまると解散した。
いまだに氷像のままのミゲルは、明日の朝に解放されてから知ることになる。
自分の愚かさの代償について。
「さてと。オレもそろそろ帰ろうかな」
全員が立ち去った後の会議室はガランとしている。
窓からは夕日が差し込み、秋の虫が鳴く。
その光景が不思議と寂しさを感じさせ、仕事が片付いたのに心は重く、なかなか席を立てないでいた。
「今日は早めに寝ようかな。変に気疲れしたし」
ーーミノル様。大気が不安定な為、今晩は冷え込みます。風邪を引かぬようご注意ください。
「何だよ、気遣ってくれるのか? ありがとさん」
思いがけず優しい言葉を投げ掛けられ、わずかに心が暖まる。
そして、ささやかな一言でここまで感じ入るんだから、オレはお偉いさんには向いてない気がする。
群れを統率するため、時には非情な決断をするのがリーダーである……って漫画に描いてあったっけ。
うーん、オレに適正は無さげ。
いっそ南国の孤島にでも引っ越して、ひとりノンビリと暮らしていこうかな。
そんな日々もきっと悪く無いだろう。
「お疲れさん、今日のオレ……」
考え事をしているうちに、夜はすっかり更けていた。
灯りを消してベッドに潜り込む。
相当に疲れているから寝付くのも早いだろう。
こんな事を考えてる間に、夢の世界へ足を踏み入れている。
足を踏み入れて、踏み入れて、踏みフミフミ……。
「……寒ィ!」
ーー昨日よりも気温が14.8℃下回っております。風邪を引かぬようくれぐれもご注意を。
「そんなにかよ? その割に忠告弱くなかったか!?」
ーーともかく、暖かくなさいませ。更に冷え込む可能性もございます。
「んな事言ったってさぁ。予備の寝具なんかねぇよ」
所有物の少ない部屋を漁るが、気の利いたアイテムなんか見つからなかった。
せいぜい夏物の服があるくらいだ。
暖を取るにはこれを重ね着するしかない。
薄地の布とにらめっこしていると、ドアがノックされた。
コンコン。
来客だ。
こんな夜更けに誰だろうか。
「はいよ、どちらさん?」
「ミノル、寒いと思って持ってきたわよ」
「ミノルさまぁ! こちらもどうぞ!」
真夜中の来訪者はレジーヌとシンシアだった。
2人とも両手に抱えた毛布をオレに預けてくれた。
鼻に甘い香りが漂う。
たぶん女の子の匂いってやつだ。
「じゃ、じゃあね。風邪ひかないでよ?」
「そいじゃオヤスミなさ~い」
「お、おい待てよ。お前らはどうやって寝る気だ!?」
最近は物が充実してきたとは言え、不足している品もまだまだ多い。
特に寝具は後回しになっているので、各人に予備の支給なんかされていない。
つまりこの毛布は普段使いの物となる訳だ。
「わ、私たちは良いの! ミノルほど大事な役目はないし、ちょっとくらい風邪引いても問題ないもの!」
「いやいや、その理屈はおかしいだろ。2人に寒い想いをさせてまで安眠なんかしたくねぇよ」
「ほぉ~お? ではこのワタクシの名案に乗っていただけますぅ?」
…………
……
断っておけば良かった。
寝具ごと2人を追い返すべきだった。
そんな後悔も『今さら』という程に、状況は固まりきっていた。
シンシアの名案とは、3人で川の字になって寝ること。
オレ真ん中。
右レジーヌに左シンシア。
毛布も3枚がけだし暖かいしグッスリ眠れる……訳ないだろッ!
「寝れないよぉー、ミノルさんはこんな環境じゃ眠くなんないよぉお!」
「あ、やっぱり。じゃあ1発スッキリしてからにしますか? ねぇ姫さま」
「ちょっと、何で私にふるの!?」
「そりゃあ初めては姫さまに譲ろうと……。あ、でも、それは多少ヤリ慣れてからの方が良いですかね。先に私と2、3発ヤッてから……」
「ダメよシンシア! たぶん、きっとダメよそれは!」
「眠いよぉーでも寝れないぃーー!」
右からは微かな体温。
手のひらにはレジーヌの指先が触れている。
左からはガッツリ体温。
二の腕がやわっこいものに挟まれてるし、左手は腿に挟まれてるし。
いやほんと眠れないよ。
ミノルさんはこれでも男の子なんですよ!
オオカミさんになったらどうするんですか!
ーーこれは興味深い。どちらが先に身籠るかの競争ですね。
「味方がいないよぉ、相談相手がセルフだけだよぉー!」
延々寝れない。
結局朝まで起きてた。
あれからどうしたかと言うと、もちろん童貞のままだ。
清らかさを流れで手放してはいけない。
こんなオレを笑うやつは手を挙げろ。
異世界転移するほどに、全力でブン殴ってやる。
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