第54話 根っからの職人気質
村の人口がとうとう1000人を突破した。
こりゃメデタイね。
もちろん野放図に移民を受け入れたのではなく、オッサンがスパイや重犯罪者などを弾いての結果だ。
だから新顔に変なヤツは混ざっていない。
おかげで仕事が進むし、少数ながら騎士団まで設立できた。
もちろん団長はオッサン。
ようやく本来の仕事を与えられそうだ。
高台に登って、集落の方を向く。
すると目に映るのは、遠くまで切り開かれた開拓地だった。
練兵場にワンニャンランドを始め、倉庫群や大食堂が続く。
その奥にはようやくできた会議場に執務室。
広大な農園を挟んで、居住エリアに各種生産施設となる。
「すげぇよ。小屋1軒からここまで広げたんだよなぁ」
ーー大陸の半分も解放し、拠点もこれ程までに拡大いたしました。驚異的な早さにございます。
「そうだよなぁ。まだ1年経ってねぇんだぞ。すげぇよな!」
異世界に降り立った頃は春真っ盛りの季節だったな。
そして暑い日々を過ごし、酷暑が落ち着いたと思ったらもう長袖のシーズンだ。
耳にリーンリーンという、秋の虫の音が届いている。
レジーヌの『豊穣の加護』のおかげで年中あらゆる食材を食えるので、季節を感じるには虫の便りが欠かせない。
あとは気温の変化くらいか。
「さてと、新しい施設の様子でも見に行くかね」
ーーそれはもしや、鍛冶塲にございましょうか。
「そうそう。待ちに待ったものがようやく出来たからな」
先日、ジャパン村よりある一家が越してきた。
30歳くらいの夫婦に子供が2人という、特に珍しくない家族構成だが、素晴らしい能力を持っていた。
なんと彼らは鉄が打てるんだ!
しかも金型まで持参していたから、これ幸いと急ぎ鍛冶場を建てた。
鉱山の開発はしていないので、鉱石は輸入することになるが、それでも完成品を買うより遥かに安く済む。
これには元からの住民も諸手を挙げて歓迎し、一家はちょっとした有名人になっている。
だから何か不都合はないかと、毎日のように目を光らせる必要があった。
鍛冶屋は住宅街の隅にあり、そばには小川が流れ、その向こう側は森となっている。
もう少し下流に行くと洗濯場があるけども、他に余計な施設は無い。
静かで落ち着ける環境だと言える。
この気配りも、作業に集中してもらう為だったが……。
「貴様ァ! 出来ないとはどういう事だ! 私の命が聞けぬと言うのか!」
怒声に驚いて木々から鳥が逃げていく。
早速鍛冶塲で揉め事が起きているらしい。
件の一家はまだ村に馴染んでいないため、不都合があればすぐに立ち去ってしまうだろう。
ここは急いで仲裁に入るべきだ。
「おい! 何があった……!」
家の中は一触即発の状況だった。
炉の前で座ったままで睨み付ける男。
奥には女と子供2人が震えて固まっている。
そして剣を抜き放ち、喚いてるのはミゲルだった。
その姿にはさすがに我を失いそうになるほど腹が立ったが、何よりも確認が先だ。
「何やってんだよミゲル! その剣をしまえ!」
「黙れ黙れ下層民め! 今は取り込み中だ、引っ込んでいろ!」
切っ先がオレの胸元に向きを変えた。
もちろんその程度で怯む訳がない。
ミゲルが顔の筋肉をフル活用して睨むが、完全に空回りだ。
恐怖の代わりに怒りのゲェジがみるみる上昇していくのが解る。
……とことん邪魔にしかならんヤツだ、いっそ首をへし折ってやろうか。
心の天秤がユラユラと揺れる。
そして、秤が安定しきる前に、鍛冶屋の男が静かに言った。
「ミゲル様。何度もお伝えしましたように、ご要望の品を作ることはできません」
「なぜだ! 例の宝剣はお前が打ったと聞いた! 飾りの宝石は無理だとしても、同じ切れ味の物を作る事はできよう!」
「あれほどの品となると、こちらも命がけで魂を込めて生み出すのです。ゆえに私は人を見て打ちます。あなた様では到底足りませぬ、お引き取りを」
男はそれきり背を向けた。
もう話は終わりだ、とでも言うように。
ミゲルの剣が小刻みに震えだし、怒りの色に十分染まると、いきなり向きを変えた。
標的が男に切り替わった事は確実だ。
「鍛冶屋の分際で、下賎な男の分際で、騎士たる私に逆らうと……」
「いい加減にしろよボケ」
「うあっ……!」
今回も凍蛇で氷柱にして黙らせた。
ごめんよ蛇さん、こんな出番しか用意できなくってさ。
そして本当に謝るべきは家主たちにだ。
特に子供は怯えてるだろうから、早く安心させる必要がある。
「ほんとうに済まん。もうキツく叱っておくから、気を悪くしないでくれ」
「我らは正義がここにあると信じておりました。故にはるばるやって参ったのです。剣は所詮人殺しの道具。せめて心清き者にお渡ししたかったのですが……見込み違いだったのでしょうか?」
「違う違う、コイツだけちょっと……いや、とんでもなく頭がおかしいんだよ! 他のみんなは清く正しく美しい心を持ってるぞ! だからさ、こらからもどうか力を貸してくれよ!」
「……承知しました。あなた様には恩義があります。少なくとも、それを返すまでは留まることにしましょう」
「そうか、ありがとう。それ以降も残ってもらえるよう、住み良い暮らしを提供していくつもりだ」
「期待しております」
鍛冶屋の男はそれきり作業に没頭しはじめた。
鉄製のアイロン台みたいな物を前に、金槌を振るいだす。
カキンッ、カキンッ!
甲高い音が一定のリズムで鳴る。
オレはこういう仕事に詳しくないけども、彼の手際の良さやブレない動きから、熟練工であることを何となく理解した。
その証拠に、見たこともない器具が所狭しと並んでいる。
金槌だって複数個ある。
工程によって使い分けてるのか、金属の磨り減り加減にだいぶバラつきがある。
「お、早速作ってくれたのか。針をこんなにたくさん」
「裁縫所の方から頼まれまして。質よりも量を優先との事でした」
質を度外視で作ったようだが、オレにはすべてが立派な品に見えた。
50本もの均一な作品が木箱にしまわれている。
これで品質を優先したらどれほどの物が出来るんだろうか。
「アンタすげぇな。尚更手放したくなくなったぞ」
「お世辞を申されますな。まだまだ未熟者にございます」
「本心だよ」
本当に心から出た言葉だ。
腕が良く、勤勉だし。
何と言ってもおかしな言動をしない所が気に入った。
ここの主要メンバーはどこかしら狂ってるからな。
猫キチに建築オタク、病的ストーカーに究極ドジ、そしてメイド淫。
彼のような生真面目なヤツが1人居るだけで、村の空気は大分変わる……。
……おや?
寸分違わぬ針の山から、ひとつだけ仲間はずれを見つけた。
先っぽがわずかに曲がっているのだ。
まるで綺麗に整えた髪からアホ毛を見つけた時のような、何とも言えないホッコリ感に包まれた。
「1本だけ曲がってんのあったな。品質重視だと全部真っ直ぐに……」
「何ですと!?」
男が突然叫び、その場で立ち上がった。
鎚もなげうっての取り乱しようだ。
そのままオレから木箱を奪い、両目を見開いて針を漁り出す。
そして問題の物を見つけると、指先で摘まんでかかげ、繁々と眺めた。
針の角度を散々に変え、伸ばした指に沿わせたり、陽にかざしてみたりと忙しい。
「な、何と言うことだ……。こんな失敗作を生み出してしまうとは……!」
「失敗って言うほどじゃないだろ。それくらいの曲がり方なら使うのに問題はない……」
「切腹つかまつる。介錯をお願いしたい」
「ハァ!?」
男が焦茶色の作務衣を勢い良く脱ぎながら言った。
すると現れたのは、純白の衣装だ。
上下ともに飾り気のない、刺繍ひとつない白一色のみの服。
これはもしかしなくても死装束だろう。
「いやいやいや、おかしいおかしい! なんで腹切らなきゃなんねぇの!?」
「このような駄作を意図せず作りだしてしまいました。恥などという言葉では到底片付けられませぬ!」
「あのさ、質より量を取ったんだろ? だったら1つくらい失敗作があっても良いじゃねぇか!」
「失態を演じるにしても限度というものがあり申す! さぁ、けじめをつけます故に介錯を!」
「ちょっと奥さん! ヤバイって! 旦那さんの暴走を止めてくれよ!」
オレが言ってダメなら家族の説得しかない。
こういう時は嫁さんに任せるのが一番だろう。
……だが、彼女は動かない。
止めるどころか、子供をそれぞれの腕で抱き抱え、強い眼差しで夫の背中を見つめている。
すっげぇ嫌な予感がするんだが。
「あなた……。この子達は、私が命に換えても育て上げます。どうぞ立派なご最期を……」
「いやいや最期じゃなくて! これから始まんの! 楽しくワイワイ仲良くやってくの!」
「さらばだ、妻よ。次の世でも会わん」
「たとえ死によって分かたれようとも、魂はいつもお側に……」
「ずっと居れるんだよぉ! 腹切り止めりゃ良いんだよぉーーッ」
オレの懇願は良く響いたと思うが、肝心の夫婦の心には届かない。
必死に頼むこと8回。
それでようやく思い止まってくれた。
どこぞの賢人は3回のお願いで聞き入れてくれたっていうのに……ジャパン民族は頑固なもんだよ。
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