第53話 子猫だって活躍したい
翌朝。
例の賊どもが群れをなして押し寄せ、ジャパン村に圧力をかけてきた。
連中は村からやや離れた位置に布陣しつつ、いつでも攻められる構えを見せている。
対する村の兵力は70人がやっと。
しかも少年や老人まで合わせてだから、戦力差には絶望的な隔たりがある。
誰もが木の柵に身を隠し、胸に悲壮な決意を抱きつつ、防衛に専心している。
……女将以外は。
「ハンッ なんだいあのチンケな敵は? 頭数だけ揃えた雑軍じゃないか。はぁ~あ。見てるだけでアクビがでるようだよ」
重量感のある薙刀を棒キレの様に振り回しつつ、女将がぼやく。
この落ち着きぶりや口の悪さは、嫌でも女傭兵を想像してしまう。
清楚さや気品、大人の色気なんかはとうに消えている。
体つきも若干逞しくなり、ゴリラ感が絶賛増量中だ。
もったいない。
「なぁオッサン。オレらの布陣はこのままで良いのか?」
「問題ない。連中は数を恃み、策を弄してはおらん。正面の敵を打ち破れば勝利となろう」
「ふぅん。じゃあこのままでいっか」
敵方は陣形も無い500人の集団。
それが小高い丘を挟んで待機していた。
こちらは防衛設備として、家屋や柵を利用する。
当然村人たちは物陰に隠れて迎撃体勢をとる。
そして賊と村の中間地点、かなり突出した位置にオレら3人が居座っている。
本来ならオレとオッサンだけで十分だが、女将が闘うと言い張って聞かなかった。
睨み合うことしばし。
拮抗は敵の大音声にて破られた。
その男はこれまた偉そうであり、上等そうな皮製品を身にまとっている。
恐らく頭目ってやつだと思う。
「テメェら! 昨日はうちのモンが世話になったな! ショバ代を払わねぇどころか歯向かいやがって! ちゃんと死ぬ覚悟は出来てるんだろうなぁ!」
「格好付けて村に居座りやがって、悪い事は言わねぇからとっとと消えな!」
「女とガキは置いてけよ! オレらがたっぷり可愛がってやるからよぉ?」
ゲラゲラゲラ。
聞くに耐えない雑言と哄笑がうっとうしい。
どうしてこういう手合いってのは、金と女にしか興味が無いんだろう。
何というか、道端のアリさんを愛でるようなヤツは居ないのか?
……居なさそうだな、うん。
それはそうと、気になる言葉があった。
ショバ代……つまりは例の金貨だろうが、何を根拠に要求してるんだろう。
つい経緯が気になってしまう。
「女将、ショバ代って言ってるが、ありゃ何の話だ?」
「先日、アタイの店に突然イチャモンをつけてきたのさ。商売を続けたきゃ金を払えってね。知らねぇっつうの。こちとらヒーヒー祖父さんよりも前の代から何百年もやってるってのによぉ」
「なんだそれ。急に金をせびり始めた理由がわかんねぇな」
「最近、奴らの手下が大勢増えたようでねぇ。それで調子に乗ってんのさ。なんだったか……森の牙とかいう山賊が加わったようだよ」
「森の牙……あっ」
思い出した。
レジーヌを拐おうとした連中がそんな名前だったっけ。
つまり、この騒動はオレらの不手際の遠因って事だ。
重ね重ねすんません。
賊騒動にしても、薙刀の件にしても。
「オッサン。こんな茶番早く終わらせよう。オレがやろうか?」
「いや、ワシが行く。上手くいけば戦う事なく散らせる事ができよう」
「ほんとか? だったら楽だけどさ」
「試してみる。そなたらはここで待て」
落ち着いた足取りでオッサンが丘を登る。
そして頂上に立つと腰の剣を抜き放ち、やはり大音声で返した。
さっきの賊の声とは違い、腹のそこまで響きそうな芯の通った声だ。
「我こそは、千本槍のグランド! 貴様らこそ命を捨てる覚悟はあるのか!」
「せ、千本槍だってぇ!?」
その一言で敵が浮き足立つ。
どうやらオッサンはタダの猫キチおじさんでは無いらしい。
その異名は効果抜群だ。
わずかに威圧しただけなのに、敵は離脱者を出しかねないほどに士気がガタ落ちした。
「力を守る為にではなく、私利私欲に使う痴れ者ども! 己の行いを恥じる事なく凶刃を振るうのであれば、例外なく首をはね飛ばすぞ!」
「ミャォオーーンッ!」
惜しい!
せっかくの決め台詞が、メイシンの雄叫びによって若干ホンワカしてしまう。
そもそも猫は置いてこいよこの野郎。
「やべぇよアイツ! なんで戦場に猫連れてんだよぉ!」
「強ぇからだ! オレらと戦うのに、ペットが居ても関係ないくらいに強ぇからだ!」
「化け物だ……千本槍はとんでもねぇ化け物ォォ!」
あ、いけそう。
子猫で失笑されるかと思ったが、むしろ良いアクセントになったらしい。
連中からはさっきまでの余裕が消え、まるで凍りついたかのような軍気だ。
本当に威圧しただけで追い払えるかもしれない。
だが、そこまで狙い通りに運ばなかった。
オッサンの作戦は思いもよらぬ切り口によって破られてしまう。
「バカどもが! 狼狽えるんじゃねぇ!」
「で、でも親分……敵はあの千本槍ですぜ?」
「そうっすよ。かつての大戦の時に手持ちの槍が折れ、それでも敵の槍を奪いながら暴れ続け、その数は一夜にして千本! そんな豪傑を相手に、オレらごときが束になっても敵いっこないっすよぉ!」
「目ン玉ひん剥いて良く見ろ! アイツは槍なんか持ってねぇだろッ!」
「ほんとだ……剣しかねぇぞ」
「勝てる、槍じゃなきゃ勝てるぞ!」
「テメェら、あの間抜けヤローの首を取ってこい! そしたら金貨20枚やるぞ!」
「ウォォオオーー!」
敵が物凄く雑な理屈で復活した。
確かに今は槍を持ってないけどさ、オッサンならいくらでも奪えるだろうに。
つうか得意武器が槍だけ、だなんて言ってないんだがなぁ。
「愚か者どもめ。メイシン、掴まれ」
「ミョアン!」
オッサンは頭に子猫を乗せ、抜き放った剣を顔の横に構えた。
切っ先が天を向く。
その磨き抜かれた刀身が、まるで宝石のように日差しを反射する。
あれがこれから真っ赤に染まるのかと思うと、賊どもに同情しないでもない。
「うぉぉおおーーッ!」
「金貨20! 金貨20!」
たった一人に数百の男が群れる。
金に目が眩んだのか、それとも場の空気に同調しただけなのか、誰もが狂気に染まった顔をしている。
迎え撃つオッサンは静かだ。
構えを崩さずに、無言でジッと待つ。
闘気と言うか、覇気のようなものが満ちていくのが分かる。
並の使い手であれば異様さに気づきそうだが……。
「死ねやぁぁーー!」
剣、槍、分銅。
不揃いな武器が乱雑に命を脅かしに来る。
間合いもバラバラ、しかも自然と時間差攻撃が成立してしまう。
装備の統一された騎士団相手とは勝手が違うだろう。
それでもオッサンは退かず、むしろ前のめりになった。
敵が間合いに入る。
すると中天にかかげた剣が、まるで音速を超えたかの様な疾さで動き出した。
「もはや一人も逃さん、死ねぃ!」
さすがは大陸に名を轟かせた男。
とんでもない剣技を見せる。
鉄製の武器も防具も構わず、間合いに入るもの『すべて』を両断していったのだ。
剣が舞う度に確実な死が配られる。
その運命は、槍でも盾でも鎧ですら防げない。
早くも前線の敵が怯みだすが、後続の連中に押されて逃げることができない。
そのまま進まざるを得ず、命の灯が消える。
10人、20人。
賊がなす術なく斬り倒されていく。
30人、40人。
オッサンの動きは一切鈍らない。
むしろ敵の士気が萎えたことで、掃討が捗っているようだ。
「ミャォオーーゥ! ミャンミャンミャン!」
頭上のメイシンも負けじと援護する。
だが、子猫だ。
どれだけ吠えようと、手を伸ばそうとも意味はない。
それでも敵が倒れる瞬間に叫ぶので、何となくアシスト出来ているような雰囲気となる。
ちなみに返り血だが、刀身は真っ赤に染まりつつも、オッサンの身体そのものは汚れていない。
つまりはメイシンも血を浴びていない。
その事実を見て取って、さすがに苦笑いしてしまった。
オッサンはそこまでの配慮が出来る程度には化け物だってことだ。
十分に人外。
「そうだメイシン、それで良い。気迫が無ければ何も始まらん!」
「フシャァアーーッ!」
「ヒィッ!」
敵は前進を続けるが、戦意は既に地へと落ちている。
とうとう子猫の威嚇ですら身を仰け反らせてしまうほどだ。
ここで新手を投入すれば簡単に崩せるだろう。
自分がその役目を担おうとしたんだが。
「オラァーーッ! 死にさらせゴミクズどもォ!」
いつの間にか女将が敵陣に躍り出ていた。
左方から一直線に突っ込み、薙刀で切り飛ばしていく。
股間のアレを。
アイツは他には目もくれず、一心不乱に急所のみを攻撃。
朱に染まる大地に量産されていく名状し難きもの。
単純な戦死体が並べられるよりも、よっぽど凄惨な光景だと思った。
「タマ置いてけやコラァーー!」
「やめ、やめてぇぇーー!」
飛ぶ、飛ぶ、さらに飛ぶ。
こうなると敵はいよいよ進退窮まった。
オッサンに両断されるか、女将によって長年の友とおさらばするかの2択だ。
どっちも選びたくは無いだろう。
すると当然だが、状況はこのようになる。
「逃げっ! 逃げろぉーー!」
「あぁーー! 死にたくねぇよぉーー!」
「戦え、卑怯者ども!」
「待てやボケカス! タマ寄越せオラァーー!」
自然と追撃戦の様相となった。
敵方にはもはや踏ん張って戦うヤツは居ない。
オッサンに斬られ、ネコに威嚇され、女将に斬り飛ばされるばかりとなる。
多勢を誇っていた賊たちを一掃し、あとは親玉を残すのみ。
「ま、待て! もう手出しはしねぇ。約束する。だから命だけは……」
「己が不利になれば許しを乞うか。どこまでも都合の良い話だ」
「アンタみたな外道を許しちゃあ、女将の名が廃るよ! 覚悟しな!」
「ヒッ!?」
一閃。
薙刀が振り払われると、遅れて親玉が倒れ伏した。
ドチャリという生々しい音を残して。
悪党の最期ってのはいつでも惨めなもんだと思う。
特に今回は輪をかけて酷い。
「者共、勝鬨をあげよ!」
「くだらない戦いは終わったよ、アタイらの勝利だ!」
村のあちこちから歓声があがった。
安全だと分かると方々の家が戸を開き、女子供が飛び出してきた。
それぞれの父親や恋人の所へ殺到する。
そして熱い抱擁。
降って湧いたような困難に負ける事なく、彼らは自分たちの村を、存在意義を守り抜く事ができた。
まぁ紆余曲折あったにせよ、これで結果的には良かったと思う。
有無を言わせぬ程の歓喜を眺めつつ。
さらに翌日。
戦の後にゆっくりと温泉に浸かり、秋の虫の鳴き声を聞きつつ安眠を貪ったオレたちは、昼を待たずに大森林へと戻る事にした。
帰りの足取りがすこぶる軽い。
これは温泉の効能かもしれないが、やはり隣村の悲劇を未然に防げた事が大きいのだろう。
レジーヌやシンシアはもちろん、オッサンですら機嫌が良さそうだった。
かく言うオレも心が軽い。
まるで胸の中に綿毛でも詰まっているようだ。
「いやぁ気分爽快! また明日から仕事に精を出せるな!」
「本当よね。村に戻ったら頑張るわよ!」
「ミヤァーーオウ!」
猫のメイシンでさえ誇らしげだ。
そんな凄まじい解放感、そして達成感とともに帰路に着いた。
後日。
女将から大荷物が届いた。
包みを解くと、中から氷像が現れた。
それは凍らせたミゲルだった。
……ああ、あの解放感の正体はこれか。
気づいた瞬間の落胆は結構キツいものがあったが、このまま放置するわけにもいかない。
僅かに迷いを覚えつつも解凍し、ひとまず村内の仕事に割り当てる事にした。
評価、感想にブクマよろしくお願いします。




