表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/102

第53話 子猫だって活躍したい

翌朝。

例の賊どもが群れをなして押し寄せ、ジャパン村に圧力をかけてきた。

連中は村からやや離れた位置に布陣しつつ、いつでも攻められる構えを見せている。


対する村の兵力は70人がやっと。

しかも少年や老人まで合わせてだから、戦力差には絶望的な隔たりがある。

誰もが木の柵に身を隠し、胸に悲壮な決意を抱きつつ、防衛に専心している。


……女将以外は。



「ハンッ なんだいあのチンケな敵は? 頭数だけ揃えた雑軍じゃないか。はぁ~あ。見てるだけでアクビがでるようだよ」



重量感のある薙刀を棒キレの様に振り回しつつ、女将がぼやく。

この落ち着きぶりや口の悪さは、嫌でも女傭兵を想像してしまう。

清楚さや気品、大人の色気なんかはとうに消えている。

体つきも若干逞しくなり、ゴリラ感が絶賛増量中だ。

もったいない。



「なぁオッサン。オレらの布陣はこのままで良いのか?」


「問題ない。連中は数をたのみ、策をろうしてはおらん。正面の敵を打ち破れば勝利となろう」


「ふぅん。じゃあこのままでいっか」



敵方は陣形も無い500人の集団。

それが小高い丘を挟んで待機していた。


こちらは防衛設備として、家屋や柵を利用する。

当然村人たちは物陰に隠れて迎撃体勢をとる。

そして賊と村の中間地点、かなり突出した位置にオレら3人が居座っている。

本来ならオレとオッサンだけで十分だが、女将が闘うと言い張って聞かなかった。


睨み合うことしばし。

拮抗は敵の大音声だいおんじょうにて破られた。

その男はこれまた偉そうであり、上等そうな皮製品を身にまとっている。

恐らく頭目ってやつだと思う。



「テメェら! 昨日はうちのモンが世話になったな! ショバ代を払わねぇどころか歯向かいやがって! ちゃんと死ぬ覚悟は出来てるんだろうなぁ!」


「格好付けて村に居座りやがって、悪い事は言わねぇからとっとと消えな!」


「女とガキは置いてけよ! オレらがたっぷり可愛がってやるからよぉ?」



ゲラゲラゲラ。

聞くに耐えない雑言と哄笑こうしょうがうっとうしい。

どうしてこういう手合いってのは、金と女にしか興味が無いんだろう。

何というか、道端のアリさんを愛でるようなヤツは居ないのか?

……居なさそうだな、うん。


それはそうと、気になる言葉があった。

ショバ代……つまりは例の金貨だろうが、何を根拠に要求してるんだろう。

つい経緯が気になってしまう。



「女将、ショバ代って言ってるが、ありゃ何の話だ?」


「先日、アタイの店に突然イチャモンをつけてきたのさ。商売を続けたきゃ金を払えってね。知らねぇっつうの。こちとらヒーヒー祖父さんよりも前の代から何百年もやってるってのによぉ」


「なんだそれ。急に金をせびり始めた理由がわかんねぇな」


「最近、奴らの手下が大勢増えたようでねぇ。それで調子に乗ってんのさ。なんだったか……森の牙とかいう山賊が加わったようだよ」


「森の牙……あっ」



思い出した。

レジーヌを拐おうとした連中がそんな名前だったっけ。

つまり、この騒動はオレらの不手際の遠因って事だ。

重ね重ねすんません。

賊騒動にしても、薙刀の件にしても。



「オッサン。こんな茶番早く終わらせよう。オレがやろうか?」


「いや、ワシが行く。上手くいけば戦う事なく散らせる事ができよう」


「ほんとか? だったら楽だけどさ」


「試してみる。そなたらはここで待て」



落ち着いた足取りでオッサンが丘を登る。

そして頂上に立つと腰の剣を抜き放ち、やはり大音声で返した。

さっきの賊の声とは違い、腹のそこまで響きそうな芯の通った声だ。



「我こそは、千本槍のグランド! 貴様らこそ命を捨てる覚悟はあるのか!」


「せ、千本槍だってぇ!?」



その一言で敵が浮き足立つ。

どうやらオッサンはタダの猫キチおじさんでは無いらしい。

その異名は効果抜群だ。

わずかに威圧しただけなのに、敵は離脱者を出しかねないほどに士気がガタ落ちした。



「力を守る為にではなく、私利私欲に使うれ者ども! 己の行いを恥じる事なく凶刃を振るうのであれば、例外なく首をはね飛ばすぞ!」


「ミャォオーーンッ!」



惜しい!

せっかくの決め台詞が、メイシンの雄叫びによって若干ホンワカしてしまう。

そもそも猫は置いてこいよこの野郎。



「やべぇよアイツ! なんで戦場に猫連れてんだよぉ!」


「強ぇからだ! オレらと戦うのに、ペットが居ても関係ないくらいに強ぇからだ!」


「化け物だ……千本槍はとんでもねぇ化け物ォォ!」



あ、いけそう。

子猫で失笑されるかと思ったが、むしろ良いアクセントになったらしい。

連中からはさっきまでの余裕が消え、まるで凍りついたかのような軍気だ。

本当に威圧しただけで追い払えるかもしれない。


だが、そこまで狙い通りに運ばなかった。

オッサンの作戦は思いもよらぬ切り口によって破られてしまう。



「バカどもが! 狼狽えるんじゃねぇ!」


「で、でも親分……敵はあの千本槍ですぜ?」


「そうっすよ。かつての大戦の時に手持ちの槍が折れ、それでも敵の槍を奪いながら暴れ続け、その数は一夜にして千本! そんな豪傑を相手に、オレらごときが束になっても敵いっこないっすよぉ!」


「目ン玉ひん剥いて良く見ろ! アイツは槍なんか持ってねぇだろッ!」


「ほんとだ……剣しかねぇぞ」


「勝てる、槍じゃなきゃ勝てるぞ!」


「テメェら、あの間抜けヤローの首を取ってこい! そしたら金貨20枚やるぞ!」


「ウォォオオーー!」



敵が物凄く雑な理屈で復活した。

確かに今は槍を持ってないけどさ、オッサンならいくらでも奪えるだろうに。

つうか得意武器が槍だけ、だなんて言ってないんだがなぁ。



「愚か者どもめ。メイシン、掴まれ」


「ミョアン!」



オッサンは頭に子猫を乗せ、抜き放った剣を顔の横に構えた。

切っ先が天を向く。

その磨き抜かれた刀身が、まるで宝石のように日差しを反射する。

あれがこれから真っ赤に染まるのかと思うと、賊どもに同情しないでもない。



「うぉぉおおーーッ!」


「金貨20! 金貨20!」



たった一人に数百の男が群れる。

金に目が眩んだのか、それとも場の空気に同調しただけなのか、誰もが狂気に染まった顔をしている。


迎え撃つオッサンは静かだ。

構えを崩さずに、無言でジッと待つ。

闘気と言うか、覇気のようなものが満ちていくのが分かる。

並の使い手であれば異様さに気づきそうだが……。



「死ねやぁぁーー!」



剣、槍、分銅。

不揃いな武器が乱雑に命を脅かしに来る。

間合いもバラバラ、しかも自然と時間差攻撃が成立してしまう。

装備の統一された騎士団相手とは勝手が違うだろう。

それでもオッサンは退かず、むしろ前のめりになった。


敵が間合いに入る。

すると中天にかかげた剣が、まるで音速を超えたかの様なはやさで動き出した。



「もはや一人も逃さん、死ねぃ!」



さすがは大陸に名を轟かせた男。

とんでもない剣技を見せる。

鉄製の武器も防具も構わず、間合いに入るもの『すべて』を両断していったのだ。

剣が舞う度に確実な死が配られる。

その運命は、槍でも盾でも鎧ですら防げない。


早くも前線の敵が怯みだすが、後続の連中に押されて逃げることができない。

そのまま進まざるを得ず、命の灯が消える。


10人、20人。

賊がなす術なく斬り倒されていく。

30人、40人。

オッサンの動きは一切鈍らない。

むしろ敵の士気が萎えたことで、掃討が捗っているようだ。



「ミャォオーーゥ! ミャンミャンミャン!」



頭上のメイシンも負けじと援護する。

だが、子猫だ。

どれだけ吠えようと、手を伸ばそうとも意味はない。

それでも敵が倒れる瞬間に叫ぶので、何となくアシスト出来ているような雰囲気となる。


ちなみに返り血だが、刀身は真っ赤に染まりつつも、オッサンの身体そのものは汚れていない。

つまりはメイシンも血を浴びていない。

その事実を見て取って、さすがに苦笑いしてしまった。

オッサンはそこまでの配慮が出来る程度には化け物だってことだ。

十分に人外。



「そうだメイシン、それで良い。気迫が無ければ何も始まらん!」


「フシャァアーーッ!」


「ヒィッ!」



敵は前進を続けるが、戦意は既に地へと落ちている。

とうとう子猫の威嚇ですら身を仰け反らせてしまうほどだ。

ここで新手を投入すれば簡単に崩せるだろう。

自分がその役目を担おうとしたんだが。



「オラァーーッ! 死にさらせゴミクズどもォ!」



いつの間にか女将が敵陣に躍り出ていた。

左方から一直線に突っ込み、薙刀で切り飛ばしていく。

股間のアレを。

アイツは他には目もくれず、一心不乱に急所のみを攻撃。

朱に染まる大地に量産されていく名状し難きもの。

単純な戦死体が並べられるよりも、よっぽど凄惨な光景だと思った。



「タマ置いてけやコラァーー!」


「やめ、やめてぇぇーー!」



飛ぶ、飛ぶ、さらに飛ぶ。

こうなると敵はいよいよ進退窮まった。

オッサンに両断されるか、女将によって長年の友とおさらばするかの2択だ。

どっちも選びたくは無いだろう。

すると当然だが、状況はこのようになる。



「逃げっ! 逃げろぉーー!」


「あぁーー! 死にたくねぇよぉーー!」


「戦え、卑怯者ども!」


「待てやボケカス! タマ寄越せオラァーー!」



自然と追撃戦の様相となった。

敵方にはもはや踏ん張って戦うヤツは居ない。

オッサンに斬られ、ネコに威嚇され、女将に斬り飛ばされるばかりとなる。

多勢を誇っていた賊たちを一掃し、あとは親玉を残すのみ。



「ま、待て! もう手出しはしねぇ。約束する。だから命だけは……」


「己が不利になれば許しを乞うか。どこまでも都合の良い話だ」


「アンタみたな外道を許しちゃあ、女将の名が廃るよ! 覚悟しな!」


「ヒッ!?」



一閃。

薙刀が振り払われると、遅れて親玉が倒れ伏した。

ドチャリという生々しい音を残して。

悪党の最期ってのはいつでも惨めなもんだと思う。

特に今回は輪をかけて酷い。



「者共、勝鬨かちどきをあげよ!」


「くだらない戦いは終わったよ、アタイらの勝利だ!」



村のあちこちから歓声があがった。

安全だと分かると方々の家が戸を開き、女子供が飛び出してきた。

それぞれの父親や恋人の所へ殺到する。

そして熱い抱擁。


降って湧いたような困難に負ける事なく、彼らは自分たちの村を、存在意義を守り抜く事ができた。

まぁ紆余曲折あったにせよ、これで結果的には良かったと思う。

有無を言わせぬ程の歓喜を眺めつつ。


さらに翌日。

戦の後にゆっくりと温泉に浸かり、秋の虫の鳴き声を聞きつつ安眠を貪ったオレたちは、昼を待たずに大森林へと戻る事にした。

帰りの足取りがすこぶる軽い。

これは温泉の効能かもしれないが、やはり隣村の悲劇を未然に防げた事が大きいのだろう。

レジーヌやシンシアはもちろん、オッサンですら機嫌が良さそうだった。

かく言うオレも心が軽い。

まるで胸の中に綿毛でも詰まっているようだ。



「いやぁ気分爽快! また明日から仕事に精を出せるな!」


「本当よね。村に戻ったら頑張るわよ!」


「ミヤァーーオウ!」



猫のメイシンでさえ誇らしげだ。

そんな凄まじい解放感、そして達成感とともに帰路に着いた。



後日。

女将から大荷物が届いた。

包みを解くと、中から氷像が現れた。

それは凍らせたミゲルだった。


……ああ、あの解放感の正体はこれか。


気づいた瞬間の落胆は結構キツいものがあったが、このまま放置するわけにもいかない。

僅かに迷いを覚えつつも解凍し、ひとまず村内の仕事に割り当てる事にした。



評価、感想にブクマよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ