第39話 エレナリオより使者来る
村に4人の来客がやって来た。
うち3人はちょっと見覚えがあり、残り1人は初めて見る顔だ。
そして、そいつが1番油断ならない気配を持っている。
この村には、謁見の間とかいう気の利いた場所が無い。
そもそもここは国じゃなくて村だからな。
だから賓客を迎える時でも食堂に通すことにしていて、今日だってその例に漏れない。
「姫様! ミゲルをはじめ、シゲル、モゲルがただいま帰還いたしましたッ!」
「大義でした。ご無事なようで何よりです」
「ご健勝なようで安堵しました! あれからお変わりありませんか? この小汚い物乞いのクソ野郎に、その、迫られたりはしませんでしたかッ!」
会話のやり取りでハッキリと思い出した。
こいつらは外に送り出した見習い騎士の連中だ。
苦労をすれば矯正されるかと思っていた人格だが、容易には変わらなかったらしい。
今にも襲いかからんとする狂犬のような剣幕に、オレは僅かなため息で答えた。
だが、誰よりも先に反応を示したのはレジーヌだった。
「ミゲル、控えなさい。ミノル様は今や内政筆頭、宰相と呼ぶべきお方です。無礼な振る舞いは許されません」
「宰相……ですと!? 正気にございますか! このような下賤なものに大役なぞ務まるはずが……」
「まぁまぁシゲルくん。そうカッカすんじゃないよ」
「私はミゲルだ! 気安く話しかけるな!」
外は未だに残暑が厳しい。
そんな中を遠国からやって来たのだから、気も短くなるだろう。
オレは人数分の氷布を用意し、彼らの首にかけてやった。
布の端っこに書かれた『ジャパン宿』の文字がなんともオシャレである。
「どうだ、涼しくなったろう?」
「クソッ、こんなもので機嫌を取ったつもりか!」
「あのさぁモゲルくん。今は来客中なんだよ、分かるよね?」
「私はミゲルだと何度言えば……」
『あんまりウルサイと、君も氷漬けにしちゃうよ?』
コッソリと耳打ちをし、その肩を叩いて念を押した。
オレが席に戻る頃には、すっかり静かになって、カタカタと震えるばかりになっている。
氷タオルがだいぶ効いたらしい。
「……フフッ」
すると、新顔の男が小さく笑った。
その声量は絶妙で、注意していないと聞き逃してしまう程さりげないものだった。
それでいて、己の存在感をアピールするには十分な程度ではあった。
……コイツは手強いかもな。
ハッキリ言ってオレは心理戦が苦手だ。
裏の裏の裏が表で逆とか、リアルタイムで考えながら話す事なんか、わざわざ試すまでもなく下手くそだ。
だから余分な駆け引きなんか捨てて、真っ正面から立ち向かう事にした。
「恥ずかしい所を見せたな。そんなに面白かったか?」
「いえいえ、こちらこそ無作法を。レジーヌ様にミノル様、申し遅れました。私はエレナリオより参りましたアンノンにございます。以後お見知りおきを」
「……ここはオレに任せてくれ、いいよな?」
「そうですか。では私は口をつぐむ事にしましょう」
改めてアンノンという男を観察してみた。
彼は椅子になど座らず、床の上に控えている。
膝を着き頭を垂れたまま、微動だにしない。
相当な長身なのだが、今の姿はその体躯を感じさせなかった。
もしかすると、必要以上に大きく見せないよう、細やかな工夫がされているのかもしれない。
外交のプロなんだろうと察しがつく。
「まどろっこしい話は抜きだ。用件を」
「我が王はレジーヌ姫、すなわちミレイア国との同盟を望まれております。友好の手始めに、私めを遣わされました」
「同盟……ねぇ。何やら勘違いしているようだが、ここはホンワカ開拓村だ。姫だのミレイアだの、見当もつかないが……」
「ご冗談を。私めはレジーヌ様とは面識がございます。もっとも……お声かけいただいたことはございませんが」
「そうなのか? 過去に会ったことが?」
「うーん。ごめんなさい、覚えてないわ。人と会う機会は多かったから……」
どうしよう……惚けるか、乗ってしまうべきか。
国の体を為す前は、派手な動きを控えたいんだが。
「本物かどうかはさておき……お前はどうやってこの村を知った? 色んな国が血眼になって姫様を捜してる中、どんな手段でここに辿り着いたんだ?」
「こちらの騎士の方々は、酒が入りますと頻繁に公言していたそうでございます。『我らはミレイア騎士団、大陸の端より再び世界を統一するのだ』などと、良く通る声にて」
「あのさぁ……お前らほんと何なの?」
今年1番の怒りをもってゲル3人衆を睨み付けた。
連中は視線を反らすばかりで、反省の色なんかは見えない。
特にミゲルなんかは露骨に唾でも吐きそうな顔だった。
後で覚えてろよ。
「ご安心を。この情報は、完璧なる統制をもってして流出を防いでおります。我が国の城下町であったことが幸いと言えましょう」
「ふぅん……それで?」
「こちらの願いは、友好関係を結ぶことにございます。姫君の所在は決して他国に気取られぬように致します」
脅しだ。
断ればこの村の事をバラすとほのめかしている。
もし他の国にも知られれば、戦争になるかもしれない。
その時はきっと、残りの3か国と同時にやり合う事になるだろう。
「アリア。オレたちが他の国々と戦争になったらどうなる?」
ーーお答えします。ミノル様はご無事でしょうが、それ以外のあらゆるものが蹂躙されましょう。
「守りきれねぇ……か」
改めてアンノンの顔をみる。
ソイツは目線をあげることなく、ただひたすらに床を見ていた。
仕草や表情からは何も読み取る事が出来ない。
「少し身内で話をさせてくれ。返事は追って伝える」
「ありがとうございます。これにて、両国の繁栄が約束されたも同然です」
「まだ答えは出してないぞ」
「これはとんだ失礼を。つい気が急いてしまいました」
僅かにアンノンの顔が上がる。
その一瞬だけ視線が重なった。
……ゾクリ。
にわかに強烈な悪寒。
まるで全ての思考を、感情の揺れ動きを見透かされたような気分になる。
それから相手は再び姿勢を正し、視線を床に落とした。
怪しい動きはない。
どうやら、何かを仕掛けたつもりもないようだ。
オレは微かな動揺を覚えつつ、厨房の方へと声をあげた。
「シンシア。コイツを空き家に案内してくれ。しばらくそこで待っててもらう」
「はぁい。わかりましたぁ!」
「じゃあそういうことだ。退屈だったら付近を散歩してても構わん」
「ご配慮、感謝致します」
アンノンは恭しくお辞儀をすると、無言のままシンシアの後について行く。
結局、アイツからは必要最低限の情報しか引き出せなかった。
外交のプロ。
再び言葉がよぎる。
腕っぷしだけじゃ生きていけない事を、何となくだが学んだ気がした。




