8枚目 ちじょ
鍵をかけられた部屋の中、俺は、マールさんのただならぬ雰囲気を感じて、身構えていた。
スイーツは、何事もなかったかのように、部屋の扉をすり抜けて来ていた。彼女はそのまま、適当な壁に背中から寄りかかると、ガラケーを弄っている。
マールさんは、俺のことをつま先から頭のてっぺんまでジロジロと、まるで値踏みするようにじっくり見てから……こう言った。
「ギルドカードを見せなさい」
目が座ってる。
逆らわない方が良さそうだ……
俺は素直に懐からカードを取り出した。
「はあ? レベル1? 29歳にもなってレベル1って……一体今まで何をやってたんだ?」
ずきんっ!
生前ヒキニートだった俺の心に痛恨の一撃だ!
まるで前世で、久しぶりに会った親戚に「この歳までバイトもしたことないの?」って言われた時のような強烈な一撃だ!
悪かったな! どうせ社会貢献もしないで毎日オナ……自宅警備してたよ!
だが、そうなってしまった理由を聞けば、誰しも納得するはずだ。いいか、そもそもあれは俺が十五の夏……
「まあ、いい。じゃあ、次。手を見せなさい」
「は、はい……」
威勢がいいのは心の中だけな、内弁慶の俺は素直に従った。
まあ、ここでヒッキーになった原因を話しても意味がないしな。
俺が素直に手を出すと、マールさんが両手で俺の手をふにふにと握って来る。
「あふん!」
つい、変な声が出てしまう。
マールさんの温かい手が心地よい……
マールさんに手を握られていると、何だか変な気持ちになってくる……
あ、よく考えたら、今、俺の手にマールさんの匂いとかが若干染み込んだんじゃないだろうか?
ふむ……今夜のお楽しみは捗りそうだ。
ナニが、とは聞いてはいけない。いいね?
そんな風に油断していたところ……
「やはり、君が犯人だな」
マールさんは勝ち誇ったようなドヤ顔で言った。
「い、い、一体何のことですか?」
「はあ……今更取り繕えると思ってるのか? まあ、いい……君の手の大きさが、倒された木に残っていた拳の跡とほぼ一致するんだ」
「うっ」
そういや、あの時、混乱してて素手で木を殴ったんだった……
「加えて言うと、木の切り口だ。初めは木を倒せるような大型モンスターの仕業かと思ったが、その割りには跡が小さい。だが、かと言って、冒険者の仕業なら切り口が雑だ。まるでレベル1の素人が無理やりやったような切り口……」
「ぎくっ」
「しかし、どうやったら、あんな力を出せるんだ? レベル1では到底あんなことができるとは思えない。魔法薬か、それとも魔法剣の類か……とにかく何かパワーアップする秘密があるはずだ……」
言って、マールさんは鋭い目つきで俺を見た。
それは、まるで全てを見透かされているように思えて……
これ、もしかしてバレちゃってるのか?
俺が勇者なこと、バレちゃってるのか?
助けを求めるように、無意識にスイーツの方を見る。
スイーツは、黙々とガラケーを弄っていた。
「お、俺、死刑になっちゃうんですか?」
無意識にそう呟いていた。
言ってから「しまった」と思ってマールさんを見やる。
マールさんは、目をきょとんとしていた。
「何を言ってるんだ? 私は個人的に、君のパワーアップの方法が知りたいだけだ……頼む。その方法を教えてくれ! この通りだ!」
何と、俺に頭を下げて頼んで来たのだ!
今まで高飛車な印象だった彼女からは信じられない行動だった。
あっけにとられて黙っていると、マールさんはそれを別の意図と受け取ったらしい。
「もし他言したくないと言うなら、他の人間には絶対言わない! 私にできることなら何でもやるから! この通りだ!」
「い、今……何でもって……」
ごくりっ……
「何でも」の言葉に、つい俺はマールさんの胸元を見て、固唾をのんだ。
改めて見ると、本当にでかい……
男だったら誰でも、その双球に触れることを夢見ることだろう……
ふむ……
少し考えてから、俺は尋ねた。
「お、教えたら、ほ、ほ、本当に何でもしてくれますか?」
つい、手をわきわきさせてしまう……
「ああ、約束しよう……私にできることなら!」
スイーツが、必死で両手でバツ印をつくって「教えるな!」とか「やめろ!」と叫んでいるが、知ったこっちゃない。
俺の下半身は、色んな意味で期待に膨らんでた!
我慢なんてできない!
俺は『自分のぱんつを被ると超人的な力を得ること』を伝えることにした。
いや、待て。
ちゃんと考えがあって、重要なことは言わないで済むはずなのだ。
例えば、本当のことを言ったとして、『俺のぱんつを被ると力を得る』なんて変態的な話、まともに信じるはずがないだろうが、信じたとしても確かめたくないだろう。
自分で言いたかないが、こんな俺のぱんつなんて、誰が頭に被るものか。
生理的に受けつけない。
となれば、半信半疑ながらも、話だけで納得せざるを得ない……
きっとマールさんは、顔を赤面させるだけで、ぱんつを試すことは躊躇する。
しかし、そこは先に「何でも」の約束の言質をとっているのだ!
俺の要求だけは、きっちり透してもらう!
ふっふっふ、完璧じゃないか!
俺は今日、大人の階段を昇る!
「実は……」
俺は、勇者うんぬんのことは省いて、「自分のぱんつを被ると超人的な力を得ること」だけをマールさんに伝えた。
さあ、マールさんや、赤面するがいい!
ぱんつを被ることを拒否するがいい!
だが、俺の要求は叶えてもらうよ? グフフフフ……
「わかった。じゃあ、君のぱんつを貸してくれ」
あるぇえ?
「えっと、俺の話聞いてました? ぱんつ頭に被らないといけないんですよ?」
「うむ、だから、本当かどうか試したいから、君のぱんつ被りたいと言ってる」
おかしい……
俺の耳がおかしくなったのかな?
何か、俺のぱんつ被りたいとか聞こえるんだが?
ちなみに、前世からのぱんつは、洗濯して干してあるので、今はいているのは、この街で買った新品ぱんつだ。
いやあ、この世界でもブリーフが売っててホント助かったよ!
などと言ってる場合じゃない!
「じょ、冗談ですよね?」
「本当にパワーアップするか確かめるには、実際頭に被らなければならないだろう?」
「そうですけど、あの……正気ですか? 俺のぱんつ、新品ですけど、臭いかもしれないですよ?」
「多少のリスクがあるのは承知の上だ」
ぱんつ被ることを『多少のリスク』と言いきっちゃったよ!
微塵も表情変えないし、毅然としているし、やべえ、プロだ、この人!
目的のためには手段を選ばない感じのプロだ!
プロの痴女だよ!
やばいよ、やばいよ!
これ、貞操の危機だ!
背筋がゾクっとした俺は、すぐに出入り口の扉に駆け寄った!
そのままドアノブに手をかける!
ガチャガチャガチャ!
そうだ、鍵かかってたんだ!
鍵を外そうとすると、足元に蹴りが飛んできた!
「痛っ」
すっ転ばされる俺。
違う! 蹴りじゃない。足払いだ、これ!
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
何だ? この人、戦闘もできるのか?
ただの受け付け嬢じゃなかったのか?
「生憎、私は最近まで冒険者をやっていたんだ……君のようなレベル1の素人が逃げられると思うなよ?」
マールさんはそう言うと、後ろから襲いかかって来た!
後ろから俺のズボンに手をかけると、一気に下ろそうとする!
やだ! 完全に痴女だ!
俺は必死でズボンを抑える!
「くぬぉ! 男だろ! 四の五の言わないでぱんつ見せろ! てか、脱げ! ぱんつ脱げ!」
「やだ! 変態! ちょ……やめ……ズボン引っ張らないで! 脱げちゃう!」
「だから、脱がしてるんだろうが! うぶな年頃でもあるまいに、オラァ! 大人しくやらせろ!」
「やだー! おーかーされるー!」
俺は、ぱんつを無理やり脱がされることに貞操の危機を感じた。
冷静に考えると、さっき「何でもする」のマールさんに期待してたことを逆の立場でやられている形だが……自分がやるのと、相手に無理やりされるのとでは大違いだ!
ハッキリ言って怖い!
自分より戦闘力が上の者に無理やりされるのってこんなにも怖いものなのか!
必死にぱんつを抑えて脱がされまいと抵抗するも、マールさんの方が力が強いらしく、じりじりと下げられていく……
もうだめだぁ! おしまいだぁ!
そう思った時だった。
バコンッ!
と凄い音と共に、部屋の扉が壊された!
「こらー! マールさん! 利用者さん無理やり部屋に連れ込んで、あまつさえ鍵かけて、一体何をやってんですかあ!」
アニエスさんだ!
彼女が鍵のかかった扉を壊して中に入って来たのだ!
「チッ!」
「た……助かった……」
しかし、俺達の光景を目の当たりにして、アニエスさんは硬直する。
そこには、俺のぱんつに手をかけ、今にも引ったくろうとするマールさんと、下半身がほぼ丸出しの俺がいたから。
うん、客観的に考えると、ひどい構図だ、これ。
「ギャアアアア!」
辺りにアニエスさんの絶叫が響いた。
こうして、『ドラゴン級ノメジハ変態淑女事件』は幕を閉じた……
ああ……実に、嫌な事件だったね……
まあ、『何でものする』約束は有耶無耶になって残念だったが、俺の貞操は守られたのだ、良かったということにしよう……
その後、マールさんは、減給および厳重注意。
そして何故か、俺もアニエスさんにこっぴどく叱られた。
「マールさんは、何でも本気にするんですから、変なこと吹き込まないでください!」
「はい、すみません……」
どうも、俺がマールさんに自分のぱんつを被らせようと、あれこれ吹き込んだことになっているらしい……
もちろん、誤解を解こうと必死になったが、俺が何を言っても取り合ってくれなかった……
何か、異常に信用がないんだが……やっぱ顔か……顔のせいなのか?
そんな訳で俺は、この界隈で『気に入った女性に自分のぱんつを被らせる変態ユータ』という、大変不名誉な噂が流されるようになり、女性冒険者からより一層避けられるようになった……
くっそ! いつか絶対ハーレムつくって見返してやる!
作者「やっと、タイトル回収の目処がたってきた……」
作者「ちなみに、前話(7枚目)のマールさんの台詞ちょこちょこ直しました。マールさんは、仕事とプライベートで丁寧語使い分けているとはいえ、口調が安定しない……」