9枚目 くっころ
『変態淑女事件』から一週間ぐらいが過ぎた。
俺は、ルーキーラビットやルーキーマウスを倒す日々を送っていた。
こいつら、討伐報酬自体はショボいが、その日の生活費ぐらいにはなった。
最近は、念のために狩り場でぱんつを被らない。
そもそもラビットやマウスぐらい、ぱんつ被らないでも倒せるし、ぱんつ被ってると、『ドラゴン級災害』の時のような騒ぎになって、どこから足がつくかわからない。
「やあ、ユータ、おはよう!」
「ひい!」
狩り場で修業をしていると、時折、マールさんに声をかけられた。
この人は、いつも突然声をかけてくる……
そしてその度に、トラウマになってる『変態淑女事件』を思い出し、小さな悲鳴を上げた。
「痴女こわい痴女こわい……」
「何をブツブツ言ってるんだ、君は……」
ぱんつ被ってなくて本当によかった。
もし被ってたら、この痴女に無理やり奪われていたかもしれない……
生前は、ネットの『痴女』とか『逆レ』とか、そういう単語に、ある種の興奮を覚えたものだが、今はそんなこと、とんでもないと思う。
そういうのを想像する度に、股間が……もとい、身が縮む思いがする。
完全にPTSD(心的外傷後ストレス障害)だ……
まあ、マールさんは、森の奥の方で修業しているらしく、いつも挨拶だけで行ってしまうんだけどね。
結構忙しいらしい。
休日は必ず修業しているようで、よくスレ違う。
アニエスさんが言うには、エルフは種族的に非力だから、ひと一倍頑張っているんだそうだ。ご苦労なことだ。
でも、俺は油断しない。
あの人は、まだ俺のぱんつを諦めたわけじゃない……
ついこの間だって、宿泊している馬小屋で寝ていたら……目が覚めたら、マールさんが俺のズボンに手をかけていた……
マールさんは挙動不審ながらも「お、おはよう!」とか言ってたけど、あの時は本当に怖かったなあ……
セキュリティーガバガバな馬小屋に寝泊まりするのはやめようかと、本気で考えたくらいだ。
金がないから、そんなわけにもいかないけど……
そうそう、ぱんつ能力についても、いくつか試してみた。
実験は、男子便所の中とか、マールさんが来なそうな所で、ひっそりと行った。
実験器具は、武器屋で買って来た金属製の棒。
この棒を素手で曲げられたら有効、ダメなら無効、という方法で行った。
あれこれ試してみたところ、俺のぱんつ能力は、装着してから30分~1時間くらいは有効ということがわかった。
どうも汚れ具合によって時間が延びるようだが、時計がないので正確なところはわからない。
また、一度穿いたものをストックしておいて、時間をおいてから装着した場合も、同じぐらいの時間分有効だった。
だから、これからは、いざという時のために、使用済みぱんつをいくつかストックしておこうと思う。
ああ、何が悲しうて、自分の使用済みぱんつを後生大事に持ってないといけないのか……
勇者候補達が、俺以外だれも異世界行きに同意しないわけだよ……
・・・・・・
その日、朝早く、前日討伐したラビットとマウスの報酬をもらおうと、俺はギルドに来ていた。
「本日は、どのようなご用件ですか?」
「あ、いっけね! 忘れ物しちゃった! 出直して来ます……」
今日の受け付け嬢がマールさんとわかるや否や、俺は踵を返す。
だが、そうはいくかとばかりに、マールさんは俺の腕を掴む。
「ほ・ん・じ・つ・は、どのようなご用件ですか!」
「離してください! アニエスさんの時にまた出直して来ますから!」
「いいじゃないですかー! お客様と私の仲でしょ?」
何でだろう、金髪巨乳美人にこんなこと言われたら嬉しい台詞のはずなのに、全く嬉しくない……
だが、どんなに振りほどこうにも、ガッチリ掴まれた腕は自由にならなかった。
俺は諦めて、しぶしぶ、討伐報酬受け取りの手続きをする。
「大体、職場とプライベートで、キャラ変わり過ぎでしょ」
「仕事は真面目に丁寧に、が私のモットーですから」
「その割りには、客に向かって平気で舌打ちとか、ぱんつ脱がそうとしますけどね……」
「ああん?」
「な、何でもないです……」
手続きは滞りなく終わった。
相変わらず、仕事だけはキッチリしている。
せめて、少しでもケチつけられたら、アニエスさんオンリーにする口実ができるんだが……
「あ、そうそう……」
マールさんが、何かを思い出したように、ぽんっと手を叩いてから、一枚の紙を出す。
『初級回復魔法講習会のお知らせ』
「これ、何ですか?」
「初心者の方全員にお渡ししているものです。教会が慈善で行っているもので、初級程度ですが、回復魔法があるとないとでは、冒険の安全性が大分違いますよ」
「へえ」
回復魔法か……
確かに役立ちそうだ。
そういや、剣と魔法の世界エクスカリブなのに、この世界に来てから剣ばかりで魔法なんて全く縁がなかったな。
こういうのは積極的に関わっていかないと向うからはやって来ないのかもしれん。
そう思った俺は、即座に申込みをした。
・・・・・・
さて、講習会の当日となった。
講習会は、教会の庭で行われる。
最初は座学で回復魔法の概要を教わり、それから実践という形らしい。
すっと、青空教室の教壇に、一人のシスターが立ちあがる。
紺色のシスター服に身を包んだ、優しげな表情の若い女性だ。
頭に被ったウィンプルで髪型はわからないが、ウィンプルからはみ出た銀髪はキレイな色の、なかなかの美人だ。
「講師のクレアと申します。本日は、こんな、お金にならない回復魔法講習会にお集まりくださってありがとうございます」
どっと笑いが起こる。
何か今、シスターが言っちゃいけない言葉を言ったような気がするが……
「皆さんの中でもしも将来、回復魔法で成功しましたら、その時は、どうぞいっぱい教会に寄付してくださいね? ああ、もちろん、今、誠意を見せていただけるのでしたら、有り金全部寄付して下ってもかまいませんよ?」
俺は若干ひいていたが、周りを見ると、皆笑っていた。
この世界では、これが普通なのか?
「あらあら、お金のことばかり話してごめんなさいね? 実は、こんな風にお金の話ばかりしていましたら、神父から、罰として本日の講師を言いつけられた次第でして……私、変わり者シスターとよく言われるんですよ」
よかった。
俺が変なんじゃなくて、このシスター・クレアがやっぱりおかしいんだ。
まあ、そんなこんなで座学が始まった。
何のことはない。「回復魔法は、治癒のイメージをもつことが大事」とか、「相手をいたわる気持ちをもつこと」とかそんな感じの話だった。
最後に、簡単な詠唱を教わると、いよいよ回復魔法の実践となった。
ふと、周りの生徒を見回していると、一人気になる人物を見つけた。
「はーい、では、二人一組のペアになって下さーい」
生前の世界では万年ぼっちだった俺にとって、『二人一組のペア』なんて不穏以外の何ものでもない言葉だったが、でも今は、そんなことはどうでもいいんだ。重要なことじゃない。
俺は、一人の金髪女性の前につかつかと歩いていく。
「あの……」
「何か?」
「何で、いるんですか?」
俺が話しかけた金髪の人、それは紛れもない、変態……もとい、ギルド職員のマールさんだった。
「いい機会だから、私も回復魔法を覚えたいと思ってたんだ」
「はあ……」
「折角だし、私のパートナーにならないか?」
「いや、何で俺が……」
この人、こんな教会に来てまで、ぱんつ脱げとか言い出さないだろうな……
「良いのかな? そんなこと言って……私は別に構わないけど、君、周りの状況見えてるか?」
マールさんは、にやりと笑ってそう言った。
見まわしてみると、講習会の参加者は、俺以外は皆、女性だった。
心なしか、皆、訝しげな……いや、明らかにこちらを警戒している目で俺を見ている。
ああ、これは、あれか……
「ぱんつ魔ユータのパートナーになりたがる子は、なかなかいないんじゃないかな?」
『ぱんつ魔ユータ』……
それは『女性に自分のぱんつを被らせたがる変態ユータ』という、根も葉もない噂だった……
「誰のせいだと思って……くっそ! ああ、いいですよ! お願いしますよ!」
俺が折れて、ペアになった。
それでちょうどペアが揃ったようで、シスター・クレアが、ぽんっと手を叩いて話し始める。
「はーい、では、ペアが揃ったところで、お互い相手の耳たぶに針で傷をつけて下さーい! その後、相手の傷をヒールの魔法で治して下さいねー! 小さい傷でいいですからねー、お金にならないこと頑張らないで下さいねー」
教会主催の割りに、過激なやり方だと思った。
まあ、この世界では、耳たぶの傷ぐらい、気にも留めないのか。
「「「癒しの力を! ヒール!」」」
ヒールの合唱が、木霊のようにいくつも聞こえた。
一回でヒールに成功する者、何度目かで成功する者、様々だった。
俺も最初は失敗したが、三度目くらいにはマールさんの傷を治すことができた。
よかった。異世界人の俺でも何とかなった。
こういうの、異世界ものラノベだと時々、異世界人の主人公だけ体の仕組みが違うとか、そもそもMPがないとかで、ひとり魔法が使えなかったりする設定があるから、ちょっと心配してたんだ。
うん、それに、俺よりむしろ……
「マールさんは、エルフなのに、魔法下手なんですね……」
「くっ……ヒール! ええい! 何故だ! ヒール!」
マールさんは一所懸命、ヒールを唱えるが一向に成功しない。
異世界ものテンプレに漏れず、この世界でもエルフは魔力に長けているそうだから、魔法のできないマールさんは、極めて落ちこぼれってことだろう。
マールさんは何度もヒールをかけ続け、途中、「血が止まった! 成功したぞ!」と騒いでいたが、シスターから「普通に自然治癒で血が止まっただけですから」と言われていた。
「この方、毎回、講習会に参加されているのですが、いつもこうなんですよ……それで機嫌が悪いと暴れますし」
シスターがそっと耳打ちしてくれた。
毎回参加して毎回失敗して暴れたりするから、ついには噂になってパートナーになってくれる人がいなくなっているらしい。
何か、マールさんに、妙に親近感が湧いた。
結局、その日は、マールさんの魔法は成功しなかった。
マールさんは、がっくりしていた。
教会からの帰り道、気まぐれにマールさんを慰めてみる。
「まあ、調子悪かったんですって、きっと!」
「やめろ。君に慰められると、何かムカつく……」
何か、睨まれた……
はいはい、ただしイケメンに限る、ですね……
「やはり、魔法はダメだ。私には剣しかないな……」
「マールさんは、以前は冒険者だったみたいですが、今はギルド職員なのに、剣の修業をしたり、魔法の講習会出たり……何でいまだに冒険者みたいなことしてるんですか?」
俺の問いに、マールさんは少し考えてから……やがて答える。
「それは……いつか、冒険者に復帰したいからだ……」
「それは何故? 何のために?」
「オーク共を根絶やしにしたい……具体的には、生きたままオーク共の股間にぶら下がってるモノを思いっきり……」
そこから繰り出される放送コードに引っかかりそうな過激な発言の数々に、俺はドン引きだ。
だが、オークに相当恨みを持っているのはわかった。
ふむ……
オークに恨み……金髪巨乳エルフ……冒険者引退……
これらの単語から連想されることは……
マールさんが「くっころ!」と言ってる様子が思い浮かぶ……
ふぅ……定番だが、そういうことか……
今夜は捗りそうだ……
ポカッ!
「おい、何か失礼なこと考えてないか?」
まだ何も言ってないのに、殴られた。
「言っとくが、冒険者やめたのは金銭的な問題からだし、オークは、あの豚面野郎が一番蹴りやすそうだからだ。別に、ゴブリンでも、コボルトでも、トロールでも、何でも構わないんだぞ」
見事に二足歩行のモンスターばっかじゃねーか!
何か、蹴るとか言ってるが、一体のどこを……いや、怖いから聞くのやめておこう……
「ていうか、本気で私を慰めたいのなら、君のぱんつを寄こせ。それでパワーアップして、私は冒険者に復帰する!」
「い、いやだなあ……マールさんったら、まだあんな嘘、本気にしてるんですか?」
「ふん。ギルド内では、荒唐無稽な話だと有耶無耶になったが、私を誤魔化せると思うなよ……」
あーあ、変な人に目をつけられちゃったなあ……
ふと、スイーツの方を見ると、彼女は冷やかな目で「だから、教えるなって言ったでしょ」と無言で伝えてるように見えた。
作者「何か……教会メインの話の予定だったのに、いつの間にか、マールさん掘り下げる話になってる……」
作者「丁寧過ぎると文章がくどくなる。省き過ぎると何言ってるのか伝われない。難しいもんだ……」
作者「関係ないけど、キーファ=魔王説とか好きなんですよ、自分。最新作も、勇者=竜王説が発売前に騒がれてたから気になってたけど……うん、まずありえないですね、こちらの説は……」




