10枚目 おかねをだいじに
「あ、ぱんつ魔ユータだ!」
出会いがしらに、子供にそう言われた。
何人かが俺を指さして笑っている。
ここは教会の庭先。
だから、多分この子達は教会か、孤児院の子達なんだろう。
子供にからかわれても腹は立たないというか、何とも思わない。
何と言うか、それより、こんな教会の子供にまで噂が広がって……この噂どんだけ広がってるんだろと、鬱になる……
「こらっ!」
子供たちの後ろにいた人物が叱りつける。
シスター・クレアだ。
「人を悪く言ってはいけません! そういう悪い子は、勇者になってしまいますよ!」
「ゆ、勇者! ギャアア! ヤダァ!」
勇者が、鬼か悪魔のように言われているが……こうかは、ばつぐんだ!
何か、『勇者になる』と聞いて、子供がギャアギャア泣き始めてるし……
そう、この世界では、勇者は大犯罪者なのだ……
「クレアおばさんのバーカ! 勇者になんてならないもん!」
「お、おば……おばさん?」
「逃げろー!」
子供達はそう言って、一目散にその場から逃げ出した。
シスター・クレアはというと、口をわなわなと震わせて、険しい表情で固まっている。
えーと……これ、やっぱ俺がフォローしなきゃいけないんだよな……
「え、えーと、その、何と言うか……シスター・クレアはまだ若いのに、ヒドイ子達ですね……」
「オホホホ、気にしてませんから。私、お金にならないことには興味ありませんので!」
そう言って、顔ヒクヒクさせてますから、シスター……
「それより、いつもすみませんねぇ、お庭貸していただいて……」
「いえいえ、構いませんよ」
回復魔法の講習会でこの教会を知ってから、もう一週間くらいだろうか、俺は毎日のように教会に通い続けていた。
といっても、宗教に目覚めたわけでもないし、別段、大した用事はない。
洗濯ものを干させてもらっているのだ。
特に、ぱんつを干すのはここでしかできないと思っている。
俺が泊まっている馬小屋にも、洗濯ものを干せるスペースはあるが、いかんせん馬ばかりで人がいない。誰も見ていないから、洗濯ものを盗ろうと思えば、盗れてしまうのだ。
でも、普通は、男物の洗濯ものなんて価値はない。
だから、人目がないことなんて気にも留めないんだが……俺の場合、そうもいかない。
俺のぱんつは、盗むほどの価値がある。
まあ、厳密に言うと、使用済みのぱんつが価値があるのであって、洗濯済みのぱんつに価値はないが……
今のところ、その価値をわかっているのは、精霊スイーツ以外には、マールさんだけだが……マールさんをそこまで信用してないわけじゃないが、あの人は、俺の寝込みを襲うような行動力があるから、何するか予想できない。
だが、教会に干せば、他の人の衣類に紛れることができるし、そもそも教会に盗みに入るなんて罰当たりなことしないだろう。
まあ、使用済みぱんつしか被った時の効果がないんだから、そもそも洗わなきゃいいじゃん、という考え方もあるが、正直、臭いキツ過ぎると被りたくなくなるんだよ……
それに毎日穿く分のぱんつは、せめて洗濯したものを使いたい……
そんなわけで、俺は洗濯をする時には、毎回わざわざ教会を訪れていた。
お陰で、教会で洗濯ものを干している間は、安心して狩りに専念できる。
相変わらずルーキーマウスとかの報酬で生活をするという、その日暮らしの毎日だが、ヒキニートやってた頃より毎日が充実している。
毎日が楽しい!
生きるのって素晴らしい!
「わかってるとは思うけど……この街に定住するとか考えないでよ?」
スイーツが眉間にシワを寄せて俺に言った。
「貴方は勇者なんだから、世界を旅して魔王を倒さないといけないんだから、それを忘れないで」
「言われないでもわかってるよ……うるさいなあ」
「最初は、強くなるまで仕方ないかな、と大目に見て来たけど、もう二週間近くずっと、この街に居座ってるから、段々心配になって来たわ……」
「はいはい」
「いい? ここは『初心者の街ノメジハ』なんだから、初心者脱却して早く次の街に行きなさい! わかった?」
ホント口うるさいな、こいつ。
前世の世界で、あれこれうるさく俺に言って来た親戚のおばちゃんを連想させられる……
見た目が沙織先輩だから、今まで女子高生と話している気分だったが、考えてみれば精霊だし、実は、オバサンとか、婆さんと言っていい年齢なんじゃないだろうか?
「ところで、ユータさん、回復魔法の方の修行はしてますか?」
唐突に、シスター・クレアが尋ねて来た。
いや、彼女にしてみれば唐突じゃないのか。俺とスイーツのやりとりが見えないのだから。
「講習会のものは、あくまでも回復魔法の習得のきっかけに過ぎませんから、最終的には自分で修練を積んでものにしないと実戦では使い物になりませんよ?」
「そうなんですか?」
「ええ。何なら、料金を支払っていただければ、個人授業して差し上げてもいいのですよ? 日数も、料金割増である程度、短縮できます。どうですか?」
正直、返答に困ってしまう。
妙齢のシスターと個人授業という響きは、何だか甘美なものに聞こえるが、講習会の内容だって『耳たぶを針で刺して回復魔法で治す』っていう過激なものだったし、何だかもっと過激なことやらされそうな予感がする……
しかし、このシスターは、講習会の時もそうだったけど、金のことばっかだな……聖職者がそれでいいんだろうか?
でも、人に評判を聞いてみると、『清楚で慈愛に満ちたシスター』と、評判は良いらしい。
何で、こんなカネカネ言ってるシスター・クレアが清楚で慈愛なんだろう?
確かに美人だし、子供の面倒見もいいから、悪い人ではないが……
気になるが、でも、まさか、本人に聞くわけにもいかない。
というわけで、困った時のアニエもん……じゃなかった、アニエスさんに聞いてみた。
「助けて、アニエもん!」
「ア、アニエもん?」
「あ、ごめんなさい。何でもないです……」
やべえ、調子に乗って声に出てしまった……
「それで何でしたっけ……シスター・クレアが何故、シスターなのにお金にうるさいのかという質問でしたか?」
「あ、そうです。それでいて評判もいいみたいだし……それが不思議で……」
「まあ、確かに、聖典にも『神に仕える者、金銭に仕える者になるなかれ』とありますから、シスター・クレアの行いを非難する方もいらっしゃいます」
あ、やっぱりこの世界でも聖職者がカネカネ言うのはタブーなのか。
「でも、私は、彼女は尊敬できる人物だと思っています」
「どうしてまた?」
「これは私がそう思ってるだけなので、そういうつもりで聞いて欲しいのですが……教会が、シスター・クレアみたいな方を求めてるからです」
何で教会が必要としてんだ?
さっき、シスターがカネカネ言っちゃダメって話だったのに。
「教会は、どこも結構カツカツなんですよ、金銭的に……」
寄付だけで生活していくのは、よっぽど大変らしい。
だから、それ以外でどうにか収入を得なければならない。
「教会という場には、奉仕の精神に溢れた人達が集まるものですから、皆さん、採算度外視で働いてしまいます。でも、そうなると、どうしてもお金が足りなくなってしまう……だから、クレアさんは自ら憎まれ役を買って出てるんだと思いますよ。そういう意味で、彼女は教会に必要な人物なのです」
ふーむ、何か、予想以上に真面目な話になってしまった……
何か落ちをつけようと、面白い事を言おうと思って……
「そう言えば、教会のシスターって、ぱんつを穿いてな……」
「誰か、助けてくれ!」
突然、冒険者ギルドに、屈強な男達が飛び込んで来てそう言った!
男達は三人。一人の男が青い顔をして、二人の男に肩を担がれている。
アニエスさんは、男達に駆け寄ると、叫ぶような大きな声を出す。
「どうされたんですか!」
「ビッグヴァイパーにやられた! 猛毒を喰らってる! だれか、解毒魔法を仕えるやつはいないか? 俺達は誰も覚えていないんだ!」
「教会に、心当たりの人物を呼びに行きます! 誰か、状況を説明できる方、ご同行をお願いします!」
「お、俺が行く!」
男のうちの一人がそう言うと、青い顔をした男をソファに座らせてから、アニエスさんを一緒に行ってしまった。
俺が、突然のことに呆然としていると、
「おい、あんた! 布か何かもってないか?」
「布?」
「止血したいんだ!」
もう一人の無事だった男がそう言った。
ああ! 「男が」「男が」と紛らわしいから、仮にこうしよう。
毒にかかった男を、モブA(毒)。
教会に行った男を、モブB(行)。
俺に話しかけた男を、モブC(残)、とする。
男の名前なんて覚えたくないからこれで十分。
そもそも自己紹介なかったけどな。
さて、話を戻そう。
ビッグヴァイパーというのは、大きな毒蛇らしい。
その毒の牙で咬まれると、毒によって傷口の血が固まらなくなり、解毒剤を使わない限り際限なく出血するようになってしまう。
モブ男達は、ここに来るまで何度も止血を試みたが、思うようにいかず、止血に使ってた布が血を吸わなくなってしまったそうだ。
で、布?
布と言われても、俺が持ってるのは……
そう思って、鞄から緊急用にストックしておいた、自分の使用済みぱんつを手にとってみる。
不潔だし、これを渡すわけにはいかないよな……そう考えたところだった。
「ありがてえ!」
「あ、ちょ……」
モブC(残)は、俺が何か言う前に、まるで引ったくるように、ぱんつを取ると、確認もしないで、モブA(毒)の傷口に当てる。
あーもう、滅茶苦茶だよ……
どーすんだよ、これ……
何で確認しないんだよ……形状見ればいっぱつで気付くだろ……
細菌感染とかしたら、俺知らないからな……
いや、そうも言ってられないか……
ぱんつを渡してしまったことには変わらない。
事実を伝えなければ……
そう思ったところだった……
「う、ううん……」
モブA(毒)が目を覚ましたのだ!
モブA(毒)は半身を起こすとキョロキョロと辺りを見回す。
「おい! 大丈夫か?」
「俺は……ビッグヴァイパーに咬まれて、それから……どうしたんだ?」
「猛毒にかかったんだよ! で、その治療のために、ノメジハの街に戻った!」
「そうだったのか……」
気のせいか、モブA(毒)の顔色がさっきより良くなってるような?
あれ?
これ、もしかして……
俺の視線は、モブA(毒)の止血に使われたぱんつに注がれた。
うわ……確認してえ……傷口がどうなってんのかを。
確認したいけど、下手なこと言いだすと、ぱんつのことがバレる危険性あるよな、これ……
もうマールさんの時みたいに、面倒なことになるのはごめんだ……
でも、どうしよう?
俺がそうやって考えあぐねていると、程なくして、アニエスさんと共に、シスター・クレアがやって来た。
アニエスさんの言ってた『心当たりのある人』ってシスター・クレアだったのか。
シスター・クレアが、モブA(毒)の治療にとりかかる。
「これは……ぱんつ?」
シスター・クレアは、俺のぱんつを取り上げて、まじまじと見ていたが、関係ないかとばかりに、ぽいっと横に放った。
俺は、こっそりそれを拾い、鞄の中にしまった。
「え……血が止まって……いえ、それどころか、傷口が塞がってる!」
シスター・クレアは驚きの声を上げた!
ああ、やっぱり……
俺は、さっき鞄にしまったぱんつをちらりと見た。
「これ、完治してます……治療の必要はもうないですよ」
「マジかよ! ジャック! お前、自力で毒をどうにかしやがったのか!」
「そう、なのか? 実感ないが……」
キョトンとしているモブA(毒)を「やったぜ!」とか言って仲間のモブ男達が叩いて笑い合っている。
「でも、おかしいですよ……ビッグヴァイパーの毒は、そう簡単に自然治癒は……」
シスター・クレアはそこまで言いかけて、喜び合っているモブ男達を見て……言葉を止めた。
「いいえ……水を差すようなことを言ってはいけませんね……むしろ、助かったことを神に感謝せねばなりませんね」
シスター・クレアはそれから、手を合わせて何か祈ると、「ふう」と溜め息をついた。
「あーあ、報酬をもらいそびれてしまいました」
その言葉とは裏腹に、シスター・クレアは、満面の笑顔だった……
作者「何か……前回に引き続き、クレアさんメインの話をしようとしたら、今度はモブ男達に話題とられてるし……」
クレア「あのう、もしかして……わざとやってませんか?」
作者「えっ」
クレア「わざと、なんですね……ヒドイです……」
作者「いえいえ、そんなそんな、まさかまさか! クレアさんは、好きなゲームキャラクターから名前を拝借してるぐらい好きなんですよ! ありえない!」
クレア「そ、そうですか……」
作者「まあ、そのキャラも終始脇役なんですが。可愛いのに、妙にキャラ立っているのに。後に出たディレクターズカット版という名のリメイク版でも、プレイヤーキャラになれないぐらい不遇な扱いで……しかも何故か、ぽっと出のクレアさんの父親がプレイヤーキャラになってるし、意味わかんないし……でも、そういう不遇キャラだから好きなんです」
クレア「えっ」




