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聖母マリアはそこにいた。

 思わず、俺はベッドを拳で叩きつけた。

 ガンッ。そんな音がした。


 いや、待て。いくら木のベッドとはいえ藁を敷いているのだ、なぜそんな音が出る。

 答えに辿り着く前に、答えからやって来た。

 微かににベッドが浮いたかと思うと、そこで寝ている俺などお構いなしに傾き始めた。


「ちょ、はあ?」


 そういえば。このベッドの下は地下へと続く穴があったな。そう思いつくも時すでに遅い。傾くベッドに放り投げられた俺は床に強かに腰を打った。


「いってぇ……」

「何してるのよ。重いじゃない」


 穴から這い出てきたであろう秋葉楓が、冷ややかな目で俺を見下ろしながらそう言った。


 なぜこいつはこうも俺に突っかかってくるのだろうか。もともとそういう性格だというのならまだしも、大河内に突っかかっていかないところを見るとそうではないのだろう。あるいは、大河内に並々ならぬ恩義を感じているとか、何か弱みのようなものを握られているとかなら、大河内に突っかかっていかない理由としてはまあ納得できなくもないが。こいつはそんなタマではないだろう。会って一日も経たない俺が言うことではないが。


「出てくるなら出てくると――」

「合図出したじゃない」


 合図?あれが合図だというのか?一度ではなくせめてニ、三度叩くのが礼儀というものだろう。国際的には四回が標準なのだというのに。


「次からは数を増やしてください」


 不遜に言い返す。今の俺は苛立ちが募っているのだ。さっきのようにへりくだるつもりなど毛頭……。


「いいのかしら。あなたにこっちの言葉教えるの私なんだけど」

「すいませんでした」


 俺の決心なんてこんなものだ。怒るよりも相手の話に頷く方が消費エネルギーは少ないから仕方がない。それだとただの面倒くさがりだと言う奴もいるだろうが、想像してくれ、あれこれ突っかかってくる奴にまじめに怒っていたら話が進まない。それどころか、往々にして変な方向に転がっていくというものだ。sれなら頷いて聞き流している方が何倍も効率的だろう。


「次はないからね?」


 秋葉楓はそう言い残して部屋を出て行った。

 扉が閉まるのを待って頭を上げると、俺は小さくため息を吐いた。


 しかし、大河内の奴め。仏のような顔をして内心は悪魔だな。俺と秋葉楓の相性が悪いことなど一目瞭然だろうに。もしかしたら、喧嘩するほど仲がいいを真面目に信じているとでも言うのだろうか。だとしたらお人好しも過ぎて甚だ迷惑だな。

 大河内に悪態を吐きながら傾いたベッドを元に直して再びそこに寝転がる。とはいえ、


「誰か通るたびに俺は起き上がらなければならないのか。安眠妨害も甚だしいな」


 俺はベッドから起き上がると、腕を組んで考える。ベッドを動かすことはできない。何の理由があってか、開閉する床とベッドがくっついているのだ。それならどうするか。


 さして考えることなどなかった。


 要するに二択なのだ。ベッドで寝るのか、他所で寝るのか。選択肢はその二つだけなのだ。

 悩んだ末に、俺は後者を選んだ。頻度がどの程度かは分からないが、時折安眠を妨害されるよりなら、固くてもゆっくり眠れる方がいい。それに、固さなど工夫のしようでどうとでもなるのだ。


 場所は床でいいだろう。どうせ何かを敷く予定なのだ、汚れる心配などあるまい。後は何を敷くかだが……。


 俺はベッドの藁を掴んだ。これならば丁度いいだろう。というより、これぐらいしか使えそうなのはない。


 いざ藁を手に取ろう。そう思って藁を掴んだ手を軽く引いた時だった。

 ブチッ。そんな音を立てて、無慈悲にも藁は千切れた。


「は?」


 もう一度。しかし今度も千切れるばかりである。お目当ての藁は一ミリとも動く気配はない。

 ああ、そうなのか。そういうことなのか。


 どうやったのかは分からないが、藁はしっかりとベッドに固定されていた。恐らく穴への出入り口を開閉するとき、傾くベッドから藁がずり落ちないようにという工夫なのだろう。この時ばかりは何と恨めしいことか。


 藁がダメだった以上、もう俺にアテなどない。いっそ床に寝ようか。いや、できればそれは遠慮したい。それならベッドだろうか。


 その時だった。俺に天啓が舞い降りた。

 いるじゃないか。頼れる人物が。聖母マリアがすぐそこに!


 扉を開けて慈愛の笑みを浮かべながらキッチンに立つマリアに尋ねたところ、問題は思ったよりも簡単に解決した。


「それなら大丈夫よ。大河内君たちは夜になると自分の泊まっている宿に帰るからこっちに来ることはないわ。ゆっくりお休みなさい」

「宿ですか?」

「そうよ。ゲンゴロウさんの世話になるわけにはいかないって宿に泊まってるのよ」


 なるほど。なんて日本人らしい謙虚な精神だろうか。奴にも見習ってほしいものだ。いや、あいつも宿に泊まっているのなら見習っているのか?まあ、ともあれ麗しき大和魂に乾杯。生憎と俺はそんな精神などつゆほども持ち合わせてはないが。


 しかし、そうと分かれば問題はない。俺はマリアに一礼すると、喧騒に背を向けて暗い室内へと戻った。


 再び、ベッドに横になって人心地着く。それなりに量を敷いてあるのか、藁のベッドも悪くはない。藁を剥き出しにしておくくらいなら布か何かでくるめばいいのではとも思うが、言っても詮無いことだろう。


 ぼんやりと、頭の中を目まぐるしく回るあれこれに思いを馳せていると、次第に現実が遠ざかっていくような気がして、その妙な心地よさに俺は身を預けた。


 この先どうなるのか。帰ったところでどうなっているのか。何一つ分からない。分かりやしない。が、矢鱈に不安を掻き立てても仕方があるまい。なるようになるのだ。なるようにしかならないのだ。今はしばしおとずれたこのわずかばかりの平穏に身を委ねようではないか。


 そんなことを思いながら、俺はそっと意識を手放した。

誰が見ているのか分からないですけども、見ていてくれている方、昨日は更新できずにすみませんでした。

というわけで更新させてもらいます。

次回は月曜日に投下します。時間は未定。少し文量を多くしたい(願望)。

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