憑依魔法
クレスの剣から生じた炎の中から現れた二つの人影に目を丸くしていたリアラは、我に返るとクレスを質問攻めにし始めた。
混乱が出ているのか普段の殊勝な態度は崩れているが、不思議と違和感はなかった。こちらの方が素の性格なのかもしれない。
ともかく、ようやくリアラの言わんとすることを察したクレスは眼を瞬かせる。
「ああ、リアラは剣霊を見るの初めてだったか?」
「剣霊?」
鸚鵡返しするリアラに、クレスは頭を掻くと尋ねる。
「アンタは『憑依魔法』についてどれくらい知ってる?」
「えっと……石像とかゴーレムを動かしてる魔法のことですか? 無生物に命を吹き込む魔法、くらいにしか」
「あと、道具に魔力だとか魔法そのものを纏わせるのも含まれるな。まあこれは装魔だの纏魔だのと言うことが多いが……。基本的なところから説明した方がいいか?」
「はい、お願いします」
「まず、魂ってのはこの世界と重なって存在する霊界の存在だ。基本お互いに干渉することはないんだが、それをこっちの世界に呼び出して使役するのが憑依魔法。それで、さっきの二人はそれぞれ俺の剣に憑依させた魂を実体化させたものだ。まあ少しアレンジして、普段は剣に引っ込めてるけど」
「憑依魔法って、どうやるんですか?」
リアラが食いついてくるのはそう予想外の反応でもない。
滑らかに説明を続ける。
「向こうの霊と接触する『交霊』。次に『契約』。最後にその魂を器に憑依させて完了だ。このとき器にするのは何でも構わない。強さは術者の魔力の量と、契約する霊自身の格によって決まる。ただ……」
「ただ?」
「二つ、注意事項がある。一つは専門家の協力を仰ぐこと。魂には時々、悪意に満ちたものも存在する。いわゆる悪霊ってやつだ。神霊みたく下手な接触は厳禁なやつらも多い。そういうのから身を守るため、専門の知識を持つ者の協力が必要になる」
「もう一つは?」
「契約の条件についてだ。憑依魔法はこの手順を踏まないと完成しない。ただ、その場合によって適切な条件にしないと、以降の関係に支障をきたすことになる。いざってときに条件が足枷になったり、な」
「貴方はどんな条件で契約しているんですか?」
思いがけない質問に、少し目を瞬かせる。
「ん、俺か? 特に厳しい条件にするつもりもなかったからな。確か……『嘘をつかないこと』……らしい」
「らしい?」
クレスらしからぬ不確かな言い方を聞きとがめるリアラ。
「ああ、契約した時の記憶がどうも曖昧でな。確かにそんな感じで契約をしたことは覚えてるんだが……何か他に重要なことを忘れてるような気がする」
「うーん……」
少し何かを考えるリアラ。そして、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。
「貴方は、憑依魔法の専門的知識……持ってますよね?」
突然の確認系だった。
実際に図星だったが、何となく食い下がってみるクレス。
「俺が誰か師について、剣霊の契約を手伝ってもらったっていう可能性は?」
「それもあるかもしれませんが、でもクレスさんも専門知識を持ってると思います」
リアラの意外なごり押しに、クレスもすぐ折れた。
「まあ……一応、人並みには」
「ほら、やっぱり!」
「なんか確証でもあったのか?」
「いえ。ただ、クレスさんなら割と何でも出来そうな気がしたんです。先生みたいな説明とか、その……そう、洗練された立ち振る舞いとか」
唐突に絶賛されてしまった。
深入りすることではないが、ちょっと純粋過ぎやしないかと少し心配になるクレス。というか照れくさい。
「とんでもない過大評価だな。俺はそんな凄ぇ奴じゃねぇぞ?」
成り行きとはいえ酒場で大立ち回りを演じてしまったことが、恩人フィルターに拍車を掛けてしまったのだろうか。
「それで、私も憑依魔法を使えるようになりたいんですが……協力していただけますか?」
上目遣いで頼まれて、反射的に儀式の準備を始めそうになる。が、憑依魔法は初心者が簡単に使うにはかなり危険なものだ。理性を総動員して、簡単に引き受けるわけにはいかないという結論を引っ張り出したクレス。
「でも、アンタの魔力量が少なければ話にならねぇぞ」
「あぁ、それならきっと大丈夫です。実は昔、ある方にお墨付きをもらってるんです……ふわぁっ!?」
「……!」
言葉の途中で奇声を上げて跳び上がったリアラ。
見ると、その背後で少し眼を見開いているティルナの右手には淡い光の残滓が。魔力探査の魔法を使ったらしい。
他人事だとあまり表情を動かさないティルナのその反応を見ると、素質は十二分に備わっているようだ。
「とはいえ霊界にアクセスするには時間と準備に手間がかかる。また今度な」
結局、クレスは軽くかわすことにした。
「うぅ、なんだかはぐらかされた気分です……」
「それにしてもだいぶ話し込んじまったな。じゃあ、改めて一時解散ってことで。疲れてるんなら、先に寝てたらどうだ?」
話し始めた頃には南天に輝いていた月も、やや西へ傾きつつあった。