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10・《これで、計画は完璧に実行できる》

 翌日、午前中。社会科資料室。

 埃と、黴と、太陽が嫌う臭いの混じった部屋が彼ら《郷土史研究会》の部室だ。

 部活自体は有名無実。部員も僅か三名。活動と言えば、年に一度、文化祭の日に研究発表をする程度。

 部室としても、倉庫としてもほとんど使われない部屋は、地球儀や地図、各種歴史資料、何に使うのかよく分からない模型などが雑多に積み上げられていた。

 最上()階にあるため日当たりだけは良いが、今の季節では不快感しか無い。


 ただ、人通りも無く、秘密の話をするにはうってつけの場所だった。

 特に今日は土曜日。運動部はともかく、文化系で活動している部活は皆無と言っても良い。


「久々の《活動》だけど、気持ちの準備は大丈夫?」

 部屋の一番奥。長机の上座に腰かけた太陽が《部員》達に向かい、確認を取る。

「問題無いわ。私はいつかいつかと楽しみに待っていたもの」

「うん。お兄が決めた事なら、文句は無い」

 机を挟み、向かい合う二人が返答する。

 一人は高嶺千晶(たかねちあき)。日本人らしくない顔の彫りの深さ、おっとりとした口調が特徴的な《ヒトゴロシ》なる蔑称を持つ三年生。

 もう一人は、櫻井月花さくらいげっか。一言一言を区切るように、言葉を選びながら話す少女は、太陽の妹。


 彼ら郷土史研究会の三人が集まった理由はたった一つ。

 間黒修光を破滅させるため。

 既に電話や口頭で他の二人には事情を説明している。間黒の悪行、傲慢さ、犠牲になった生徒のこと。

 ただし、高嶺には太陽の胸に宿る形容しがたい感情は説明していなかった。

 私情で動いていると思われたくなかった。末藤剛毅や村松紗耶香の為ではない。あくまでも純粋に、間黒と言う《癌》を排除するための行動と言う事にしておきたかった。


「間黒先生、ね。受け持たれた事は無いけれど、悪い噂ばかり聞くわ」

 上品や可憐と言う言葉そのままの仕草と特徴で高嶺が間黒への評価を囁く。

 しかし仕草や声色とは裏腹に彼女の瞳は、


「それで、殺すの?」

 恍惚の色を放っていた。


「どうしていつもいつも物騒な発想に行きつくんですか。だから変なあだ名をつけられるんですよ」

「ふふっ。あら、私は別に構わないのよ」

 呆れ顔の太陽に、《ヒトゴロシ》が上品な微笑みで返す。

 平常運転、と呟く妹の声で太陽はさらに頭痛を覚えた。


「とにかく。殺しませんし、拉致も監禁も半殺しも無いです」

「あらあら、残念。それで、私はどうすればいいの?」

「先輩はとりあえず間黒の家を見ておいてください。多分、侵入(はい)ってもらう事になると思うので」

「ふふっ。腕が鳴るわ。あなたといると退屈しなくていいもの」

 太陽の予想通り、高嶺は二つ返事での了承。外面に反して、彼女は常に刺激に飢えていた。

 高嶺が笑顔のままポキポキと指を鳴らす。彼女の上品な口調とは正反対だが、どこか似合っているように思えた。


《ヒトゴロシ》の異名を持つ高嶺千晶の特技は泥棒である。

 どこで彼女が技術を学んだのかは太陽は知らない。聞くつもりも無い。

 ただ、現実として彼女にとっては鍵開けだろうが《財布のすり取り》だろうが赤子の手を捻るような物だと言う事だ。


「それじゃ、よろしくお願いしますね。後、月花は」

「大丈夫。昨日、言われたようにするから。週明けには完成すると思う」

 妹の仕事に関しては心配いらないだろう。

 無言で頷く太陽。


「具体的な動きを説明しますね。先輩には、月花が作った《プログラム》を間黒の自宅のパソコンにインストールして貰います。その際、絶対に物を盗んだり動かしたりしないでください」

 警察が本気を出せば、高校生ではかなわない。太陽がこの持論を覆す事は無い。

 しかし、逆を言えば警察が本気を出さない限り、無能な置物以下だと言っても良い。

 事件性が無いと判断された失踪事件に人手が割かれる事は無いし、軽犯罪で大規模な捜査が行われる事も無い。せいぜいパトロールの量が少しだけ増えるだけだ。


「気付かれなければ、被害届は出されない。被害届が出されなければ警察は動かない。ばれなければ犯罪では無い。分かってるわ」

 ふふふ、と穏やかな笑い声を洩らす高嶺。

 太陽たちは知っている。


 見つからなければ犯罪ではない。犯罪でなければ警察は動かない。


「それが、例え殺人であっても」

 呑気とも言える口調で呟く高嶺の声は、背筋の凍るものが込められていた。


「けど、それだけ? つまらないわ」

「そうですか。なら、一つ聞いていいですか?」

 あくまでも事務的な口調の太陽が、無言で頷く高嶺を確認して言葉を続ける。


「先輩ってスリ取ることが得意なのは知っていますけど、《入れ替える》事はできますか?」

「入れ替える?」

「そう、例えば」

 太陽がズボンのポケットから携帯電話を取り出す。

「僕の携帯電話を先輩のモノと入れ替えたりって事です。もちろん、僕に気付かれないように、です」

 スリの達人は現金だけ抜いて財布を戻したりなどおよそ人間業とは思えない事ができると言う。

 高嶺がそこまでの域に達しているとは思えなかったが、一応聞いてみることにした。


「ふふふ。無理に決まってるじゃない」

 案の定、否定の返事。それでも、高嶺は立ち上がった。

「でも、一応試してみるわ。ケータイをしまってもらえる?」

 月花の後ろを通り過ぎ、太陽の元へ足を進めてくる。

 ポケットに突っ込んだ太陽の掌は、じんわりと汗で滲んでいた。彼女が、真っ直ぐ見据えていたからだ。それも、殺気さえ感じる瞳で。

 もともと無口な月花はもとより、太陽も口をつぐむ。


 静寂が狭い室内を覆った。


 太陽の背中を冷や汗が伝う。緊張感が場を支配する。


 ゆっくりと、高嶺の姿が太陽へと近づき、そして――


「あら。やっぱり無理ね」


 あっけらかんと高嶺が宣言した。


「これだけ引っ張ってそれですか」

「警戒しすぎだもの。無理に決まっているわ」

 彼女の言う通りではあった。

 太陽は、ポケットと中身の携帯電話に全神経を集中させていた。彼の警戒にも拘らず入れ替える事ができればもはや人間業どころか、人間ですら無い。

 深く、溜息を突く太陽。心底楽しそうに微笑みかける高嶺。無表情な月花。

 張り詰めていた空気は既に緩みきっていた。

「ところで――」

 笑顔のまま、高嶺が口を開く。


「――《コレ》は何でしょう?」


「え?」

「……!」

 緩んでいた空気が、一気に再び張り詰める。太陽、そして月花が息を飲む。

 

 彼らの視界に、信じられない物が映ったからだ。


 高嶺が二本の指でつまんでいるのは、飾り気のない携帯電話だった。

 高校に入って買ったばかりの、真新しいがやや旧型の携帯電話(ガラケー)

 兄妹には、見覚えがあった。太陽の物と同機種別色のものだからではない。

「月花……!」

「うん」

 太陽の呼びかけに、月花がスカートのポケットに手を突っ込む。同時に、妹の顔色が変わった。

 妹が取り出したのは、スマートフォン。


 高嶺千晶の携帯電話だった。


「ふふふ。びっくりした?」

 悪戯っぽく笑う高嶺。

「びっくりどころじゃないですよ。どうやったんですか……」

「難しい事じゃないの。目先を変えれば成功率は上がる。手品の基本ね」

 確かに、太陽たちの神経は全て彼と、彼のポケットに注がれていた。その隙をついて月花の携帯電話を入れ替えた。

 口にするのは容易いが、実行にできるの者はどれだけいるかは疑問だ。

 高嶺は掛け値なし、誇張無し、純粋完璧な人外だった。


「それで、私が相手のポケットの中身を入れ替えることができればどうなるの?」

「間黒を百%追いつめれるって言うだけですよ。って言うか、とんでもない人に関わってたんだな、僕」

「ふふふ。逃がさないわよ。こんなに面白い事を考える人なんて、どこにもいないもの」、 

 心底楽しそうな表情で高嶺が太陽の耳に口を近付け、囁く。月花が睨んだ気がしたが気にしている場合では無い。

 近づかれた不快感を抑え、太陽は前向きに考えることにした。


――これで、計画は完璧に実行できる。


 二人のクラスメイトの笑顔を取り戻す事ができる。


 決意を新たにする太陽。

 彼のポケットの中身が、月花の携帯電話と入れ替わっている事に気付くのは数分後の事だった。

先輩ぱねぇ。

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