回想、デビュー前・面接
本日2話目です、1個前のプロローグからお読みください。
◇
まず最初に思い出すのは、やはりデビューの時。
……いや、もっと前だな。
それは、俺がゆら先輩に誘われて、初めて事務所へ面接に行った時のことだった……。
◇
……あの時の俺は、少し自暴自棄になっていたんだろう。
ゆらさんから手渡されたこの紙……2期生募集オーディションのチラシ。
そこに書かれた電話番号に従い、電話をかける。
少し待つと、機械音声の案内が始まったので案内に従っていくと。
『担当の者に繋ぎます』という声のあとに、呼び出し音が続く。
……少し間が空いたせいで、急に頭が冷静になってしまう。
「……勢いで応募しようとしてるけど、本当に大丈夫なのか?」
そもそもAPは、あの『獅童ゆら』が所属しているVTuber事務所だ。
この紙には特に書いていなかったが、『男性不可』とかだったら笑い者だ。
……まぁ、そんな条件があったらゆらさん直々に渡すなんてありえないと思うけど。
その後、電話自体はすんなりと終わり、面接のため事務所へ来てくれということに。
あまりにもトントン拍子に進むものだから、正直拍子抜けしてしまった。
「そういえば……少なくとも電話対応してくれた人は、『男だ』って伝えた後も、俺の声を笑わなかったな……」
それだけでも、当時の俺にはとても衝撃的なことだった。
この声のせいで嫌な思いをしたことは、一度や二度じゃない。
だからこそ、『普通に接してもらえる』ということが、とても嬉しかったんだ。
◇
その後、面接のために事務所までやってきた俺は、なぜか受付のおばちゃんと仲良くなっていた。
「アナタ、今日は面接に来たんだって?」
「はい、運が良ければ今後もお世話になるかもしれません」
「イマドキの子にしちゃ礼儀正しい子だねぇ……!」
「そうですか?」
特別なことなんか何もしてないし、これくらいのことで礼儀正しいって言われると微妙なんだが……。
「そうよぉ! ウチの近所の子たちなんて、タメ口よ、タメ口!」
「あー……でも、小学生くらいなら……」
「それがなんと高校生なのよ! 中学生でも少しはですますくらい使えるのにねぇ……?」
それは確かに、なんとも言えないな……。
「それって、誰に対してもですか?」
「どうなのかしら……」
「おばちゃんが昔からその子と知り合いだったなら、気安い態度を取ってもいい相手と思われてるだけかも知れませんよ?」
「……そうね、そう言われてみたら確かにそうなのかも……ありがとうね!」
「いえ、今度その子とちゃんと話してみたらどうですか?」
「えぇ、そうしてみるわ! 面接頑張って!」
「ありがとうございます!」
そうして、俺は面接の会場である応接室へ向かう……。
「……あの、応接室ってどっちですか?」
「あらごめんなさい! そこを曲がってまっすぐよ!」
「ありがとうございます……」
今度こそ、おばちゃんと別れて応接室へと向かうのだった。
◇
それから応接室へと向かっている間に内部の様子を確認しておく。
もし受かったらここに来ることが多くなるだろうし、今のうちに覚えておきたいな……。
そうして歩いていると、何度か人とすれ違うものの、しっかりと会釈を交わす。
……うん、この事務所の空気……嫌いじゃないな。
以前の会社は…………………………やめよう、今から面接なのに暗くなってちゃ意味がない。
……しばらくすると、応接室と書かれたプレートが見えた。
「ふぅ……………………よし」
軽くノックを3回……中にいるであろう人からの許可を待つ。
「入っていいぞ」
「失礼します――」
そこには、凛とした女性がいた。
そして、彼女こそ——
「初めまして、アナザーパンデミックの社長、別所散華だ」
「は、はじめまして、俺は——」
「あぁいらんいらん、名前なんて知ってて面接してるんだしな」
「それはそうですね……」
言われてみればそりゃそうだ。
ついいつものクセで名乗るところだったな……いや、悪いことではないんだけど。
「まぁそんなことは別にいいか、座るといい」
「はい」
「で……お前、本当にVTuberになりたいか?」
散華社長は、余計な会話など必要ないとばかりに、本題から始めた。
突拍子のない問いかけに少し戸惑ったが……。
「はい、俺はここで……『自分の武器』を使いこなしたくて、ここに来ました」
「ほう……?」
……ゆらさんに言われた、俺の武器。
正直自分ではまだまだ半信半疑だ。
ずっと嫌ってきたこの声が……『武器』になるなんて。
「……ゆらさんが言ったんです、俺の声は武器になるって……俺は、まだそのことを信じ切れていません」
「コンプレックスだったからか」
……ゆらさんから聞いたのかな?
「はい……でも、俺の声を褒めてくれたのも、武器だと言ってくれたのもゆらさんだから……俺は、その言葉を信じたいです」
「お前が落ち込んでいたから適当に慰めただけかも知れんぞ?」
「……それならそれでいいんです」
……大事なのは、俺が自分の意志でここに来る決心をしたってことだと思うから。
「くっ……はっはっは!」
俺の答えがよほど面白かったのか、社長が突然笑い出す。
……ただ、その笑いは決して『嘲り』ではなくて——。
「——面白い、面白いぞお前!」
そう、楽しそうに笑っていた。
とはいえこの時の俺はまだまだ自分のことを信じきれていないから。
「……そうですか?」
こう返すのが、普通……いや?
多分今同じ状況になっても、こう返すな?
「……よし、合格! 採用通知は後で送るから、一応目を通しておけよ?」
「は?」
……は!?
「なんだ、合格したのに不満なのか?」
「え、いや……早くないですか?」
「私は自分の感覚を大事にしてきたからな、こういう時の勘はよく当たるんだ」
「……そう、ですか」
まぁ、社長がいいって言うんだし……いい、のか?
その後、あらためて配信経験の有無などを聞かれたんだけど。
……逆じゃない?
「そんなものは後からいくらでも聞けるだろうが、大事なのは本人のやる気と、私が気に入るかだけだ!」
「えぇ……」
それが横暴だと思えないのはきっと……ここに来るまでに見たスタッフの雰囲気が良いからだと。
……今の俺なら、そう思えた。
◇
……あらためて思い出したら酷すぎるな?
「……社長は、社長のままだったな」
そのおかげで今の俺があるんだから、感謝しないとな……。




