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◇
先生が部屋を去っていったあと、また訪問者を知らせる通知が。
今度は誰が……しえるじゃん。
しえるのリアルは以前事故で見たことあるからな……。
土下座姿しか記憶にないけど。
……い、いや、可愛いと思うよ?
なんでだろうなぁ……しえるは誰が見てもかわいい女の子のはずなんだけど……。
あんまりこう、異性として見えないっていうか……?
いや、自分でも何言ってるのかよくわかんないんだけどさ。
「なんか、しえるを見てると……安心するんだよな……?」
アイツの姉だか妹だかってわかったから、余計にかなぁ?
そうだそうだ、それを聞こうと思ってたんだった。
先生に聞こうと思ってたのに、あの流れになって聞けなかったんだよな。
そうこうしてるうちにしえるが到着し、ノックの音が部屋に響く。
「はーい、どうぞー」
「失礼、します……」
「失礼するなら帰ってー?」
「い、嫌、です……!」
「ごめんごめん、一度言ってみたかったからさ」
「ぷぅ……」
なんだろうな、こんな感じのやり取りが、凄く懐かしい……。
って、アイツ相手ならともかく、しえるにそれはダメだろ俺。
「ごめんしえる、つい……」
「別に、構い、ません……よ?」
「いやごめん、ついしえるをアイツと勘違いしてさ……しえるは女の子なんだから、ありえないだろ?」
「…………………………アイ、ツ?」
なんだその凄い間……。
俺なんかやっちゃいました……?
「それで聞きたかったんだけど、しえるって先生以外に――」
「兄も弟もいません」
「えっ」
えっ……と?
し、しえるにしては珍しく強めの言葉が……?
「ご、ごめんなしえる、やっぱアイツと間違えたの、そんなに怒――」
「ですから! わ、私が……その……」
……あれ?
しえるの様子を見て、俺はやっと……自分の勘違いに気付いた。
アイツは男だと思い込んでいたから、先生が違うなら、しえるの兄か弟だろうって。
……でも、しえるは『兄も弟もいない』と言った。
じゃあアイツは……?
「しえるが……アイツ、なのか?」
戸惑いを隠しきれないまま聞いた言葉に、ゆっくりと頷くしえる。
「で、でもあの頃はほら、男だった、よな……?」
「事情が、あって……男の子、として……育てられて……」
……あ。
そういえば先生が言っていたじゃないか。
『ウチはエリートな家だから』って。
だから変なやっかみが生まれると。
それから身を守るために、男として育てられたってことか……。
「なるほど……なるほどなぁ……?」
「あの、ごめん、なさい……黙ってて……」
「しえるが謝ることじゃないだろ? てか、俺こそごめん……あの頃のこと、そこまで覚えてるわけじゃないけど……男だと思ってたから……」
「ふふっ……お風呂、とか……一緒に、入りました、ね……?」
「マジか……」
まずい……今思い出すとまずそうなことがいっぱいありそうだ……。
い、いい思い出だけ、思い出したいな?
……人によっては、これもいい思い出になるかもしれないが……さすがにダメだろう。
「……また、一緒に、入り――」
「ません! 自分を大事にしてくれ……」
「ぷぅ……」
俺の言葉に、不満そうに頬を膨れさせる。
「そんなかわいい顔してもダメだぞ?」
「っ……か、かわ……っ!?」
「ん? どう見てもしえるはかわいいだろ……?」
「~~~~~~~っ!?」
「あの、それ俺の布団……」
恥ずかしいのか、俺の布団を奪い取り、身を隠すしえる。
……そういうとこがかわいいと思うんだけどなぁ?
◆
どうして? どうしてこうなったの?
マホロさんが私のことを思い出してくれて、嬉しかっただけなのに。
ずっと気付かれてなかったのはちょっと……かなり……めちゃくちゃ悲しかったけど、しょうがないと思う。
だって当時の私は『男の子』だったから、今の私を見て結びつかないのが当然だから。
……でも、少しくらい気付いてくれてもいいと、思うんだけどな……。
お兄ちゃんと話してるのを聞いて、『あぁ完全に勘違いされたままだ』ってわかってたから。
別にそこまで悲しくないもん……嘘、かなり悲しい。
でもこんなことそのまま伝えたら戸惑わせるし、気付かなくてごめんって言わせちゃう。
そんなの私は望んでないし、マホロさんはあの頃と変わらない……って、思い込んでたのは、私もなのかも。
マホロさんがあの頃とちっとも変わらないから、って……その結果が、倒れるまで続けた配信。
ちゃんと話を聞いていれば気付けたかもしれないのに、マホロさんに会えたことが嬉しくて。
私は……私だけは、マホロさんの様子がおかしいことに気付けたはずなのに。
あれから十年以上経ってるんだから、あの頃のままなわけがないのに。
……『月見里マホロ』は、『男なのにロリ声』なせいでからかわれ続けてきたと、知っていたのに。
私の思い出の中のマホロさんは……頼りになる男の子で、私を優しく待っていてくれる、男の子で。
声の違いなんて、子どもの頃には気付かない……なんなら自分が『男のフリ』をしていたせいで、余計に。
確かに他の子と比べたら高めの声だった気がするけれど、声変わりもしてないなら、それが当然で。
……だから、声変わりしてもそのままってどういうことなのか……女の私には理解できていなかった。
声なんて関係ないって、言うだけなら簡単だと思う。
でも……それでマホロさんは苦しんで、そのおかげでVTuberとして成功もしてる。
今は、楽しそうに……とても楽しそうに配信しているマホロさんを見て、止まってなんて、言えなくて。
マホロさんが倒れたのは、私のせい……そう言えたら、どれだけ良かったんだろう。
私は……私には、それを言う資格も、かわいいなんて言ってもらえる資格も、ないはずなのに。
「しえるはかわいいぞ?」
なんでこの人真顔でこんなこと言えるの!?
そういえばなんでこんなこと考え始めたのかって、マホロさんのせいだった!
顔が熱い……恥ずかしい……。
あまりのことにそのへんの布を掴んで被ってしまった。
なんでかわかんないけど、こうしてると落ち着く……。
「あの、それ俺の布団……」
ふとん?
…………………………?
あ、だからかぁ、なんかいい匂いするなぁって――。
「ぴゃっ……ぷしゅぅ……」
「しえるー!?」
その後、どうやって家まで帰ったか、よく思い出せなかった。
◇
突然倒れてしまったしえるをひとまずベッドに寝かせ……るのはまずいか?
いや、そんなこと言ってる場合じゃないか……そういえば先生の連絡先貰ってたっけ。
「しえるが倒れたので迎えに来てください……っと」
先生も忙しいだろうしすぐに返事は――
『おや、押し倒したのかい? やるねぇ色男』
「言ってる場合かこのバカ医者……!」
「バカとは酷い言い草だな」
「げぇっ!?」
そんな声がすると思えば、すでに部屋の前にいたらしい先生が。
「……ふむ、気絶しているだけだな? まったく、個室とはいえ節度を――」
「先生?」
「やれやれ……やっと両思いが叶ったのかと思ったんだがな?」
「……なんというか、まだ上手く飲み込めてないというか……」
アイツがしえるだったのはわかったけど……それでしえるへの見方が変わるかと言うと、ちょっとわからない。
以前より気安い感じで行けそう、くらいはわかるけど……。
異性としてとか、そういうのは……よく、わからない。
「時にマホロくん、君……交際経験は?」
「は? ないですけど……?」
「くっく……疑問に思いながらもすぐに答えてくれるのは好感が持てるぞ?」
「さいですか……それで、なんなんです?」
「いや、意味などないが」
「なんなんだよ!?」
「……今日の夕飯はナンにするか?」
「……残念ながら、まだ病院食ですよ」
ぐあーっ、ナンって聞いたらカレーが……腹が……!
「はっはっは、食欲があって結構なことだ……さて、この子のことは心配しなくていい、すぐに連れて行くからな」
「お願いします……」
「ではなマホロくん、お大事に」
「アンタのせいで変に疲れたわ……」
高笑いをしながらしえるをお姫様抱っこして、先生は部屋を出ていった。
「……なんか、色々ありすぎて疲れたな……」
そうして俺は、うっすらいい匂いのする布団を被り、眠りについた……。




