18
◇
……その日は、日直の仕事でいつもより遅くなってしまった。
もうひとりの日直は身体の弱い子だったので、自分で全部やるって引き受けたはずだ。
「やっべー、時間かかっちまった……母さん怒ってるかなぁ……」
その時の俺は、日直で遅れたことを素直に伝えるのが気恥ずかしかったんだ。
そもそも日直を真面目にやるっていうのが恥ずかしい、みたいな。
しかも今回は相方の子を気遣って自分からやったから、余計に。
子どもの頃の感覚って、今思うとよくわからないことが多いんだよな。
――あいつに会ったのは、そんな日のことだった。
何かを必死に探している様子のそいつが、凄く気にかかって。
「……おい、何やってんだ?」
「……えっ?」
つい、声をかけてしまった。
……自分だって帰るのが遅くなって怒られるかも~って時に、何やってんだろうな?
「……あっ、えっと……その、あの……」
そいつは凄く……喋るのが苦手な様子だった。
言葉はつっかえるし、ドモりすぎだし、声も小さくて。
でも、そんな様子がなんだか妙に気になって……。
「……落ち着けって、ゆっくりでいいから」
「……っ、えっと、髪飾り……なくし、ちゃって……えっと……」
……いや、絶対こいつイジメられてんじゃん。
別のクラスだから知らなかったけど、こんなことするやつ今どきいるんだな……。
「……俺も探してやるよ」
「えっ!? い、いいよ……め、迷惑……」
「気にすんな、今家に帰ったところで『あいつちゃんと見つけたかな』ってもやもやするくらいなら、さっさと見つけるぞ!」
「あ、ま、まってよ……」
これが、あいつとの最初の出会いだった。
ちなみに髪飾りは教室に置き忘れてただけで、別にイジメられてたわけじゃなかったらしい。
……このせいで家に帰るのがめちゃくちゃ遅くなって、母さんにめちゃくちゃ怒られたのは、内緒だ。
……
…………
………………
あれからも、顔を合わせれば話すし、何度も家に誘ったり、誘われたりした。
話すようになってわかったけど、こいつは『頭で考えてるけど口に出せない』だけなんだって。
相手が傷つかないように、言葉を選んでるんだと思うけど……そのせいで、誤解が起きやすい。
……イジメられてるって勝手に早とちりした俺のような場面を、何度か見てきたから。
「――くん、いつも……ごめん、ね……」
「あ? なにが?」
「わ、私の、せいで……――くん、みんなから……誘われ……なく、なって……」
「べ、別に? お前といっしょに遊んでるほうが楽しいからだしっ!」
「……そんなこと、言って、くれるの……――くんだけ、だよ……」
そんな風に寂しそうに笑うあいつの笑顔が、やけに心に残っていた……。
……
…………
………………
「――くん、話、って……?」
「……実は、引っ越すことになったんだ」
「えっ……」
「急に決まったらしくて、俺も飲み込めてないんだけど……お前には、言っておかないとって思って」
「そっ、あっ……うっ……ぁ……っ」
俺の言葉がショックだったようで、いつも以上に言葉が出せないらしい。
それでも俺は、こいつの言葉をしっかり聞かなきゃダメだと思ったから。
「……ゆっくりでいいから、な?」
「っ……わっ、私たち……また、会えるよね……?」
「……そう、だな……会いたいな……いや、会おう!」
そうだ、なんか一生会えないみたいな空気だったけど。
別に、大人になってから会ってもいいんだよな?
「う、うんっ……会いたい……!」
「なら約束な! いつかまた、会えるように!」
「やっ……やく、そく……!」
そう言ったあいつの顔には涙が浮かんでいたけど……。
これまでで、一番の笑顔でもあったんだ――。
◇
……そっか。
俺のことを心配してくれる人は、昔からちゃんといたんだな……。
「元気にしてるかなぁ――あの男の子」
それが大きな勘違いだったと知るのは、もう少しあとの話――。




