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 ◇


 ……その日は、日直の仕事でいつもより遅くなってしまった。

 もうひとりの日直は身体の弱い子だったので、自分で全部やるって引き受けたはずだ。


「やっべー、時間かかっちまった……母さん怒ってるかなぁ……」


 その時の俺は、日直で遅れたことを素直に伝えるのが気恥ずかしかったんだ。

 そもそも日直を真面目にやるっていうのが恥ずかしい、みたいな。

 しかも今回は相方の子を気遣って自分からやったから、余計に。

 子どもの頃の感覚って、今思うとよくわからないことが多いんだよな。

 

 ――あいつに会ったのは、そんな日のことだった。


 何かを必死に探している様子のそいつが、凄く気にかかって。


「……おい、何やってんだ?」

「……えっ?」


 つい、声をかけてしまった。

 ……自分だって帰るのが遅くなって怒られるかも~って時に、何やってんだろうな?


「……あっ、えっと……その、あの……」


 そいつは凄く……喋るのが苦手な様子だった。

 言葉はつっかえるし、ドモりすぎだし、声も小さくて。

 でも、そんな様子がなんだか妙に気になって……。

 

「……落ち着けって、ゆっくりでいいから」

「……っ、えっと、髪飾り……なくし、ちゃって……えっと……」


 ……いや、絶対こいつイジメられてんじゃん。

 別のクラスだから知らなかったけど、こんなことするやつ今どきいるんだな……。


「……俺も探してやるよ」

「えっ!? い、いいよ……め、迷惑……」

「気にすんな、今家に帰ったところで『あいつちゃんと見つけたかな』ってもやもやするくらいなら、さっさと見つけるぞ!」

「あ、ま、まってよ……」


 これが、あいつとの最初の出会いだった。

 ちなみに髪飾りは教室に置き忘れてただけで、別にイジメられてたわけじゃなかったらしい。

 ……このせいで家に帰るのがめちゃくちゃ遅くなって、母さんにめちゃくちゃ怒られたのは、内緒だ。


 ……

 …………

 ………………


 あれからも、顔を合わせれば話すし、何度も家に誘ったり、誘われたりした。

 話すようになってわかったけど、こいつは『頭で考えてるけど口に出せない』だけなんだって。

 相手が傷つかないように、言葉を選んでるんだと思うけど……そのせいで、誤解が起きやすい。

 ……イジメられてるって勝手に早とちりした俺のような場面を、何度か見てきたから。


「――くん、いつも……ごめん、ね……」

「あ? なにが?」

「わ、私の、せいで……――くん、みんなから……誘われ……なく、なって……」

「べ、別に? お前といっしょに遊んでるほうが楽しいからだしっ!」

「……そんなこと、言って、くれるの……――くんだけ、だよ……」


 そんな風に寂しそうに笑うあいつの笑顔が、やけに心に残っていた……。


 ……

 …………

 ………………


「――くん、話、って……?」

「……実は、引っ越すことになったんだ」

「えっ……」

「急に決まったらしくて、俺も飲み込めてないんだけど……お前には、言っておかないとって思って」

「そっ、あっ……うっ……ぁ……っ」


 俺の言葉がショックだったようで、いつも以上に言葉が出せないらしい。

 それでも俺は、こいつの言葉をしっかり聞かなきゃダメだと思ったから。


「……ゆっくりでいいから、な?」

「っ……わっ、私たち……また、会えるよね……?」

「……そう、だな……会いたいな……いや、会おう!」


 そうだ、なんか一生会えないみたいな空気だったけど。

 別に、大人になってから会ってもいいんだよな?


「う、うんっ……会いたい……!」

「なら約束な! いつかまた、会えるように!」

「やっ……やく、そく……!」


 そう言ったあいつの顔には涙が浮かんでいたけど……。

 これまでで、一番の笑顔でもあったんだ――。


 ◇


 ……そっか。

 俺のことを心配してくれる人は、昔からちゃんといたんだな……。


「元気にしてるかなぁ――あの()()()


 それが大きな勘違いだったと知るのは、もう少しあとの話――。

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