プロローグ
VRゲームデバイスが小型化し、玉石混合のVRゲームソフトが乱立してから久しい。初めは、ソファー型のデバイスに座り、頭部は仰々しいヘルメットで覆われ、肝心の肉体操作は手元のコントローラーで行うという今考えるとあまりにもお粗末なものであった。場所は取られ、極端に高額で、一般人には到底手が届く代物ではなかった。そのためゲーム好きであっても、有名動画配信者のプレイを画面越しに眺めることしかできなかったのである。
現代では、大学や専門学校にさえ、VRゲーム専攻科なるものが存在しており、敷居が低くなったことは言うべくもない。デバイスは年々進化していき、頭に円形の器具をはめるだけでVRの世界へ没入できるようになっている。
「趣味はなんですか」という問いに、「VRゲームです」と答えてもなんら違和感のない時代。ましてや、ゲームをしたことがない、などと言えば奇異の目で見られてしまう。これはそんな時代のお話。
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「我々はついに完成させました。消失した感覚をゲーム内で完全に代替し、感覚に障がいを抱えている人でもプレイできるデバイス。その名も新世代型フルダイブVR規格『ジェネシス』」
国内最大規模のゲームメーカー『GW〈Genesis of the World〉』の発表である。この発表の三週間前より、発表に向けた事前告知がされており、その内容は全国にリアルタイムで中継されており、現場には多くの記者が集まっている。
「これまでのデバイスとは何が違うんでしょうか?」
一人の記者が手を挙げ、質問をする。全国民が固唾を飲んで、代表者の返答を待つ。
「あなたは目が見えますか?」
質問に質問を返され、意表をつかれたのか記者は、「えっあっ、はい」と辿々しく応じる。
「では、目を瞑ってください。そのままで。……私の右手には何があるかわかりますか?」
代表者――GWの社長『大泉 柳』の言う通り目を瞑った記者は、当然の如く首を振る。
「このように、見えない者は見えない。聞こえない者は聞こえない。それがこれまでのVRデバイスのあたりまえでした。それゆえ、感覚に障がいを持つ者はVRゲームを最大限に楽しむことはできなかったと言えるでしょう。しかし『ジェネシス』を使えば、見えない者は色や光が、聞こえない者は音がわかるのです」
大泉の放つ、静かな、それでいてはっきりとした熱意に水を差すように別の記者が声を挙げる。
「つまり、障がい者向けのデバイスってことですよね。であれば、こんなに人を集めて大々的に発表なんかしなくても良かったのでは?」
大泉は再び、質問に質問で返す。
「あなたは、VRゲーム内で食事や何かしらのアイテムを口にしたことがありますか?」
記者のなんとか揚げ足を取ってやろうという目論見が透けて見えたのか、不躾な質問をする記者にでさえ、丁寧な口調を崩さない大泉。
「ありますけど、それが何か」
大泉の態度が気に食わないのか仏頂面で記者が返す。
「で、あれば分かるはずです。VRゲーム内での食事の如何ともし難い感覚が。見た目は豪華なのに、全く味がしない。明らかに口にしてはいけない様相にも関わらず、無味無臭」
一拍置いて、大泉が続ける。
「このVRゲーム最前線の時代においても、感覚の完全再現というのは未だ成し得なかったものなのです。しかし、今日、ここで我々が発表した『ジェネシス』は感覚の完全再現を実現化させました」
会場がざわめく。先ほどまで揚げ足を取ろうとしていた記者でさえ、その興奮によって口角が上がっていた。当然、会場のみならず全国で同様の反応が起きている。SNSでは「#ジェネシスやばい」「#ジェネシス買うしか」と中継の内容とそのコピー動画が拡散され続けている。
「そして、さらに重要な発表があります」
大泉の声を一言一句漏らさないよう、一瞬で会場からざわめきが引いていく。
「『ジェネシス』の発売に合わせ、ジェネシス専用ゲームソフト『ジェネシス・オブ・アイランドー天神七代記ー』を同時にリリースいたします」
GWは従来のVRデバイスにおいて最もヒット商品を手掛けている会社でもある。「とりあえず迷ったらGW」がゲーマー内では合言葉にもなっているほどに、どんなジャンルにおいても売上上位に必ず食い込んでいる。
そんなゲームメーカーが新商品をこれほどの規模で発表したのだ。期待するなという方が酷だろう。会場から生まれた熱狂は、瞬く間にSNSを通して全国に波及する。
「#GW新商品キター」「#GW有給とります」「#GW株やばい」「#GOI」
眼前のタイムラインは秒速で更新され、一時的にSNSのサーバーが落ちる事態にまで陥った。
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大泉による発表は約2時間にものぼったが、そのうち1秒たりとて無駄な時間はなかった。
すでにSNSユーザーからGOIと呼ばれている新作のジェネシス・オブ・アイランドー天神七代記ーは、近年では珍しい和風VRMMOである。その最大の特徴は〈Sensory of Trade System (STS) 〉、大泉が感覚トレードと呼ぶシステムだ。
人間の感覚は主に視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚の5つに分類され、ジェネシスはその全てを現実世界と同等以上に再現する力があるらしいが、GOIではあえてSTSによって制限をかけるというのだ。
アバター作成時、プレイヤーは五感からひとつを選択し、それを完全に消失させる。その対価として、残った感覚のひとつを極限まで補正・強化する。この選択は単なるステータス補正に留まらず、実際のプレイング……すなわち、プレイヤーがゲーム内をどう感知し、どう攻略するかに直結する。
大泉が言うには、味覚あるいは嗅覚を失った状態でプレイすると、料理アイテムの効果が減少・消失するというのだ。一方で、嗅覚がないからこそ、進める道もあり、消失・強化させる五感の選択によってプレイングに幅が生まれると語っていた。
失われた感覚は、ゲーム内のいかなる手段をもってしても取り戻すことはできないが、移動や会話といった通常の進行に支障をきたさない程度のシステムサポートが実装されるらしい。たとえば、聴覚を消失させた場合、プレイヤーやNPCとの会話では目の前にログとしてリアルタイムで表示されると言うのだ。
これこそが、本作が掲げる革新的システム――〈Sensory of Trade System 〉、通称『STS』だ。
さて、GOIの優れた部分はシステムに留まらず、ゲーム内の作り込みも相当なものだ。まず、舞台は世界が創世される前であり、冒険者となったプレイヤーたちがまだ生まれぬ世界を自らの手で切り拓いていく、というもの。
世界は合計で7つ存在し、最初の世界『コモリク』を攻略することで、次なる世界が生み出されていく。驚くべきは、最初の世界であるコモリクだけでも、1000万人が同時にプレイしても通常運転が可能ということだ。
プレイヤーがログイン時に決めるのは、アバターとSTSだけでなくランク――職業のようなもの、を決める必要がある。ランクは初級職が5、上級職が13あり、メインのランクとは別にサブランクも準備されている。
初級職は、武士、弓手、下忍、闘士、祈手からなり、さすがは和風VRMMOというだけあって、そのラインナップには徹底した「和」のこだわりが貫かれている。
これでは、外国人プレイヤーが参加しにくいのでは、と思ったが、そこは最新のAIが搭載されており当然の如くカバーされているらしい。むしろ、最近は過剰な近代化の弊害により、「昔ながら」「レトロ」「古風」といった言葉の定義さえ変質していた。今やその対象は、かつて世界を席巻した据え置き型ゲーム機やスマートフォンといった、前時代のデジタルデバイスへと移行している。
画面を指でなぞる、コントローラーを握る。そんな指先の感覚が「骨董品」として珍重される一方で、土の匂いや木々のさざめき、あるいは八百万の神々が宿るとされた真に古き良き日本の情緒は歴史の地層に深く埋もれ、人々の記憶から完全に消し去られようとしていた。
だからこそ、このゲームが提示する「和」は、皮肉にも現代人にとって、未知の異星を探索するかのような鮮烈な衝撃をもって迎えられたのだ。
こうして、新世代型フルダイブVR規格『ジェネシス』とジェネシス・オブ・アイランドー天神七代記ーは、2602年の秋に発売され、瞬く間に総プレイ人数は1000万人をゆうに超えた。
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そして、現在2603年の夏、第壱ノ世界『コモリク』――未だ攻略されておらず。
日本VR特務新聞社 記者 東堂 光一
初めまして、梵天丸と申します。お目を通していただき、誠にありがとうございます。
ここまでは【ジェネシス・オブ・アイランドー天神七代記ー視えない私の神攻略】のプロローグです。
舞台背景やゲーム設定の説明がメインになり、次の話から物語へと進んでいきます。
これから毎日20時に1話ずつ更新の予定です。
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