第十八章:小さな真実
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そこは一面真っ白。
冷たい空気が包み込む濃霧の世界…。
観月紫苑はやっとの事で自分が今目を開いているのだと言う事に気が付く。
が、しかし…一切の深い白しかなく自分の方向感覚が完全に麻痺し
おかしくなりそうになる。
湿度のせいだろうか?
若干息苦しさもある。
冷たい地面に正座を崩したような格好で座り込み、
ただただひたすらに辺りを見回してはため息をつく事を繰り返す。
体が動かないのだ。
体に力が入らない。
かろうじて座っていられるといった感じだ…。
そっと自分の手をみる。
すると肌色の手のひらがふわりと姿を現す。
よかった…かなりの近距離なら見えるんだ。
ん?
そこでやっと自分の異変に気が付く。
この衣装…。
からし色の着物のような衣装には見覚えがあった。
そう…キク=カが着ていた衣装だ…。
と、何かの気配を感じて顔を上げる。
人の影…。
霧の向こうにかすかに見えるが…顔までは分らない。
誰?
そういおうとしたが…
言葉がでない…!?
あれ!?
あ…あー…あー……
!?
言葉が発せない?!
なんで?!
喋れない??
喋れないことに焦っていると
人の影はまた霧に包まれて消えてしまった。
一体なんだったんだろう…。
それにしても…
一体ここはどこなんだろう…。
-2-
今日は「スコーピオン」?
朝一番に確認するのは紫苑の顔色。
この前と同じように一人静かに小説を読んでいる。
「おはよ!」
そこへ野田がやって来て紫苑に挨拶した。
「あ!野田、おはよ~」
あれ?
突然にこりと笑顔を作る紫苑。
スコーピオンじゃないのか?
キク=カ?
いや…紫苑?
ああ…もう!!
訳わかんねー!!
ついイラついて乱暴に鞄を机の上にたたきつけると
周りの生徒たちが驚いてこちらを振り向いたが俺は何事もなかったかのように
黙って鞄の中から教材を取り出しそれを机の中にしまった。
鞄をロッカーにしまったところで教室内を見回す。
紫苑に野田、射川に美月…みな揃っている…。
紫苑は野田とくっちゃべってる。
射川は一人頬杖をついてぼんやりとしている。
美月は他の女子たちと楽しくおしゃべり…。
ふん。
鼻を鳴らして席についた。
あ、そういえば入間先輩あの後どうなったんだろう?
アポロンを探すって言ってたけど…。
美月に昨日確認したからアポロンがこの学校内にいる事はほぼ間違いない。
しらみつぶしに教室を一つずつ覗いていけば見つけられそうな気もする。
俺の視線に気付き美月がこちらを見たが
何事もなかったかのようにまた女子たちの話の中に視線を向けなおした。
ほーんと、訳わかんねーの。
「おい、日向。」
「あ?」
突然頭上から声が降ってきたので顔を上げると
そこには福嶋の顔がドアップ。
「おいおい、ちけーよ!!」
そういいながら福嶋の顔を手で押す。
「で?なに?」
「昨日の数学の宿題全部問題解けた?」
「あん?」
「この方程式がさ…どうしても解けなくって…お前数学得意だっただろ?
どう?」
「ああ…あの最後の面倒くさい奴ね。」
机の中から数学のノートを取り出し福嶋に見せた。
「日向君!」
突然女子生徒に呼ばれ驚いて顔を上げる。
「お客さんよ。」
女子生徒が手のひらを差し出して示した方向に
見覚えのない女子生徒が一人立っていた。
?
誰?
「福嶋、わりー。ちょっと行って来る」
「おう」
そういいながらも福嶋の視線はノートに釘付けだ。
廊下に出る。
「今日は、貴方が日向君ね?」
にこやかに微笑む女子生徒。
くるん、とカールしたツインテールが印象的だ。
「あんた誰?」
すると突然むっとした顔を作って見せた。
「あのねぇ…年上に対して何?その口の利き方!
私2年なんだけど?」
そういいながら胸に付いた校内バッジを指差して見せた。
校内バッジを縁取るカラーの色で学年が分るようになっている。
確かに、彼女のバッジの学年カラーは2年のものだ。
名札には「七瀬愛理」とある。
「はぁ…すいません。で?なんの用っすか?」
「ほっんとに貴方って変わってないわね!ま、いいわ。
入間先輩から伝言預かってきたんだけど!」
「え?入間先輩?!」
って事はこの人…
思わずその女子生徒の左手の小指に指輪を探した。
「あ…!!」
底には赤紫色の小石が付いた指輪が…。
石に色がある!!…と言う事はこの人は…
「あんた…12星座守護神?」
と、突然頭をぺチンとはたかれて驚く。
「だ~か~ら!!年上に対して“あんた”はないでしょって言ってんの!!
そんな言葉遣いで良く入試通ったわね!!」
女から叩かれたのなんて生まれて初めてだ。
驚いてただただ目を見開いては目の前の女子生徒の瞳を見つめるしかなかった。
「七瀬先輩ってよびなさい。分った?」
「はぁ…」
「で、本題に入るわよ。
入間先輩がね、彼と接触できたんですって。
とにかく蠍座とアルテミスには近づくなって言ってたわ。
放課後またゆっくり話そうって。
食堂で待ち合わせよ?
じゃ伝えたからね?」
そう言って俺に背を向けさっさと歩いて言ってしまった。
な…
なんだ…!?あの女!?
たしかに…俺の言葉遣いがなってなかったのはアレだけど…
だからって…初対面の人間の頭いきなりはたくなんて…
ツワモノだ…。
思わず息を飲んだ。
-3-
「良かった。七瀬さんからの伝言ちゃんと伝わったみたいだね。」
放課後、食堂に行くと入間先輩と朝の女…七瀬先輩がお茶を飲みながらまったりしているところだった。
「だから言ったじゃないですか!ちゃんと伝えたって!」
そういいながら愛理は頬をぷく~っと膨らませて見せた。
「うん、そうだね。さ、日向君も掛けて?」
そういわれ向かいの椅子に座るように促されたので
そこに腰を下ろした。
と同時に七瀬が立ち上がりお茶を淹れに行った。
別にいらねーのに…。
「ねぇ…メアド交換しない?」
「え?」
「今日は七瀬さんに伝言頼んだけど
毎回頼むのも申し訳ないし
そのうち紫苑君たちにもばれてしまうからね…。
かといって僕は君の教室には行けないし。」
「なんでですか?」
「僕は紫苑君やアルテミスに顔が割れてるから。
僕と日向君が連絡を取り合ってると知ったら怪しまれるだろ?
七瀬さんなら紫苑君とはほとんど面識ないしね。」
「はい、お茶どうぞ」
テーブルの上にぽんと、お茶を出される。
「あ、どうも…」
軽く一瞥した。
すると七瀬先輩も入間先輩の隣に座り直した。
「さ!携帯だして!!皆でメアド交換しましょ!」
そういいながら七瀬先輩も鞄からスマホを取り出した。
内心、げ!っと思った。
入間先輩はともかくなんでこいつにまで俺のメアド教えなくちゃ
いけねーんだよ…。
なんだかあとあとこき使われそうだ…。
入間先輩も携帯を取り出したので
仕方がなく自分も携帯を取り出し、皆で携帯のメアドを交換しあった。
「よし…っと。
これで何かあったら連絡取り合えるね。」
入間先輩は満足げな表情を作ったあと携帯をズボンのポケットに押し込んだ。
「はい…。あ、あの…七瀬先輩」
「ん?なに?」
「先輩は何座守護神なんですか?」
「私?私は牡牛座守護神よ♪
冬の星座見たことある?
オリオン座に熱い視線を送っているのが牡牛座よ?」
「はぁ…」
なんだろう…なんかこの人といると疲れる。
牡牛座守護神ね…暴れ牛ってところだろうか?
思わず心の中で苦笑いする。
「ちょっと~、私の事牛みたいとか思ってないでしょうね?」
「ええ?!ちが…違います違います!!」
慌てて否定したが先輩の勘のよさに思わず驚く。
「まぁまぁ、二人とも!ちょっと落ち着いて!!」
入間先輩が俺らの間に割ってはいる。
「本題に入るよ、いいかい日向君。」
「はい。」
「昼休みにね、1年B組で彼を見つけたよ。
一目で分った。
アルテミスそっくりだったよ。
一卵性の双子なんだね。
彼のここでの名前は“佐藤聖”(さとうひじり)。
どうやら力が使えるみたいだね。
遠めで見ていたんだけどすぐに気付かれて
テレパシーを送ってきたよ。」
「はぁ?」
思わず声を上げる。
「てれぱしぃ?」
思わず入間先輩の言葉を繰り返す。
「うん。挨拶された。
それから…これ以上関わるなって警告も受けたよ…。
僕は星座守護神ではないし
星座守護神ですら彼の力には及ばない…。
下手な事はできないね…。
アポロンはね、アルテミスの双子の兄で、
よく言えばとても妹思いっていうか…。
だからそのアルテミスに何かあったら彼は許さないだろうね…。
今回の件も多分そういうことだと思うんだけど…。
相当怒ってるみたいだったけど、本当に心当たりない?」
「…は…い。命を狙われるまでのような事は…たぶん…。
たしかに言葉遣いや素振りも荒いしところはあったけど…
でもそれだけで?って思うんですが…。」
「だよね…」
入間先輩も困ったようにため息をついて見せた。
「とりあえず少し様子を見よう。
あとなるべく紫苑君、アルテミスには関わらないようにね。
じゃ、七瀬さんそろそろうちら部活行かないと」
「はい。」
愛理も入間につられて立ち上がると
自分と先輩の分のカップを片付けた。
「じゃ何かあったら携帯にメールして」
「あ、はい。」
入間先輩は軽く微笑むと真っ白いスーツの背中を見せ
愛理とともに食堂を後にした。
ふぅ、と一つため息をつく。
結局状況は大して変わらない、か。
得たものといえば入間先輩と七瀬愛理のメアドくらい…。
まぁ…仲間ができたってことでいいのかな?
とりあえずここはよしとしておいた方が、いいのだろうか?




