第十一章:交差地点の曲がり角の、向こう側。
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「検査入院の結果ですが異常が見られないんですよ。
脳波も安定していますしてんかん特有の痙攣もありませんしね。
もしかすると精神的な要因が大きいかもしれないです。」
「…そうなんですか…」
病院の診察室。
「お兄さんのことでいろいろ大変な思いをしたから
心身ともにかなり疲れきっているのではないでしょうかね」
医者が僕の顔をちらりと見たので俯いてみせる。
「明人君、よく眠れてるかい?」
「…いえ…あまり…」
「じゃあよく眠れるお薬を出しておこうね。
眠れればそれだけでもずいぶんと体が楽になるから。」
「はい、お願いします。」
お母さんが僕の代わりに返事をした。
お兄ちゃんがいなくなってから持病の喘息は悪化するばかり。
そればかりか、今年の春ごろから突然気絶するという妙な症状が出始めていた。
それで今回いろいろと検査したわけだが…
結局のところ…というかやっぱり
答えは「お兄ちゃん」…。
お兄ちゃんさえ帰ってくれば絶対よくなるに違いないのに。
しかし…
今家にいるのは…お兄ちゃんの偽者…。
そうだ…あいつは絶対偽者だ…!!
あんなのお兄ちゃんじゃない!!
ああ…一体本物のお兄ちゃんはどこへ行ってしまったというのだろう…
お兄ちゃん……
-2-
「今日は部活ないの?」
「休みました。」
「珍しいね」
そういいながら羽鳥翼はノートパソコンのエンターキーをパチンと叩いた。
大学キャンパス内のベンチ。
山吹色のきらきらとした日の光が差し込む中
そっと目の前に立つイネ=ノの顔を見た。
「その後蠍君の様子はどう?」
「はい、少しずつですが覚醒しているようです。
ただやっかいな事にスコーピオンも同時に目覚めてしまったようで」
「そう…」
言いながらパソコンのキーボードをタイピングする。
「隣、いいですか?」
「どうぞ」
翼のとなりにそっと腰を下ろす。
「あとどれくらいで12人集まりそうですか?」
「うーん…そうだね…今までの潜伏期間は長かったけど一人目覚めるとみんな連動するからね。
そう遠くない未来に全員が目覚めると思うよ。
だから…安心して」
「はい。」
「そういえばそろそろなんじゃないかな?」
「え?…あ、はい…そうですね。」
「こっちでやり残したことはない?
僕ができる事ならなんでも協力するよ?」
「…そうですね…特にこれといって…先日は横浜にも連れて行ってもらいましたし…。
とても楽しかったです。」
「それは良かった。」
いいながらノートパソコンの画面を閉じると
イネ=ノに目で合図する。
それに気づいてイネ=ノも後ろを振り向いた。
「ああ…入間君。」
少々沈んだ顔でバイオリンケースを肩に引っ掛け真っ白いスーツの入間が
少し離れたところに立っていた。
「じゃあ…私はそろそろ…。彼が何か話しがあるようなので」
「そう…。じゃあ…イネ=ノ、元気で。」
「…はい。」
ベンチからゆっくりと立ち上がると入間の横に立った。
二人そろって眼鏡の白人に向かって一瞥すると
背を向けてゆっくりと歩き出した。
「どうしたの?」
「あの…イネ=ノ様…お聞きしたいことが…。」
「うん」
「明人君の事なのですが…」
「明人君?うん、何?」
「明人君と会って少し話しをしたのですが…
イネ=ノ様…わざと明人君に冷たく接してませんか?」
「………」
「明人君はイネ=ノ様が射川竹人本人ではないと感づいていますよ。」
「そう」
「なぜですか?明人君の精神状態をご存知でしょ?
これ以上悪化すると…最悪命にかかわります…。
ですから…どうか…」
「僕は射川竹人ではないからね、彼として振舞うには限界があるんだよ」
「ですが…。明人君から聞きました。
ピアノをめちゃくちゃに弾いたって。
イネ=ノ様のお力ならそんなことをする必要はないでしょう…
なのに何故…」
「明人君に気づかせるためだよ。」
「え?」
「入間君だね?明人君に覚醒の問いを掛けたのは。
だから明人君がすべてを知るのは時間の問題。
すぐに僕が射川竹人君本人だってばれる。
だったら最初から演じる必要はないと思ったんだよ。
明人君に恥をかかせたくないというのもあるしね。」
「…イネ=ノ様…」
「それに、近いうちに射川竹人本人も戻ってくるからね」
「え?!」
「だからね、僕の役目もそろそろ終わる。
唯一明人君にできることといえば明人君を夢幻空間に誘導するくらいだね。」
「?!」
「申し訳ないけど、指輪を持たない入間君じゃ少し力が足らなくてね。
だから明人君が眠るたびに夢幻空間に誘導してあげてるんだよ。
それくらいなら僕にでもできる。」
「…そうだったのですか…」
「精神的にぼろぼろだから正直どうかなとは思ったんだけどね。
でも最後まで夢をみてしまえば明人君だって真相が分るわけだし…。」
「イネ=ノ様…ご存知なんですね?」
「そういう事だね」
「…すみません…。イネ=ノ様のお気持ちも察しず…僕は…」
「いいんだよ。入間君はこのままで。
あとは、もうすぐ竹人君が帰ってくるから支えてあげてくれるかな?」
「はい。」
顔を上げてまっすぐにイネ=ノ様の瞳を見た。
ガラスのようなラベンダー色の瞳…。
そう錯覚してしまうほどに
イネ=ノ様の茶色い瞳は神々しさを含んでいた。
ああ…やっぱりイネ=ノ様だ…。
「明人君も竹人君が帰ってくれば徐々に回復してくると思う。」
「イネ=ノ様…」
「さて、と。申し訳なかったね?」
「え?」
「部活をさぼらせてしまったようで」
「いえいえ、とんでもないです。自分で勝手にしたことですから
イネ=ノ様は何も悪くないです。
ただ…イネ=ノ様とゆっくりお話がしたくて」
「君もなかなかいい勘してるね。」
「え?」
「さてと、帰ろうか」
「…はい。」




