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第58話 ラビニア領

≪カズヤ≫


「エリカ」


「なに?」


「貴族様と会話したことあるか?」


「あるわけないじゃない。それがどうしたの?カズヤ」


「これから例の領主のお姫様と会って、話をするかもしれないだろ」


「ええ」


「貴族様とどんな言葉で話せばいいんだ?」


「どんな、って?」


「ほら、畏まり候とか、あそばせ給うとか、そういうのがあるじゃん」


「そ、そう言えばそうね・・・。ソフィアさんに聞いてみたら?」


「もちろん、まっ先に聞いてみた」


「なんだって?」


「『いつも通り普通に話せば良いわよ。ヘンな事聞くのね』って言ってた」


「なら、それで良いんじゃないの?」


「イヤイヤイヤ、よく考えろよ。あのソフィア様だぞ?相手が貴族だろうが、王様だろうが、魔王だろうが、いつもの調子でやるに決まってる。むしろ跪いて四つん這いになった魔王の背中に、風の女王ソフィア様が足を乗せている姿しか思い浮かばない。俺達がソフィの言葉を真に受けて普通に話したらアウトだと思うぞ?」


「それもそうね・・・。それじゃあ、時代劇の御殿様と農民みたいな感じかしら?」


「ふむ・・・、それじゃあ、練習してみるか。俺が農民でエリカが殿様役な」


「う、うん。やってみる。く、くるしゅうない、面をあげい!」


「ははーっ!」


「農民カズヤ、今日は何の用じゃ!」


「エリカ様、年貢がキツ過ぎて生きていけません。お腹がすいて死にそうでございまする。お米をくださいませ」


「ご飯が無いなら、お餅を食べれば良いじゃない!」


「うーん・・・、ナンか違う気がする・・・」


「そうね・・・」


「もう一回。エリカ様、花柄模様のパンツを盗んだのは俺じゃございやせん。いったい何の証拠があるのでございましょうか。濡れ衣でござんす!」


「ええい、嘘を申すな。この桜吹雪が目に入らぬか!」


「エリカ様、もうちっとスカートを捲り上げてもらわないと見えません」


「そ、そう?このくらい?」


「もう十センチ、おっと、今日は桜柄じゃなくて水玉ですね。いや、いっその事、もっと勢いをつけてガバっとヤっちゃった方が粋じゃないですか?」


「しょうがないワネ・・・、ってナニやらすのよ!」


 顔を真っ赤にしたエリカがスカートの裾を抑えている。

 俺は下着如きでドキドキするほど初心じゃないが、恥らうエリカの姿にはグっとくるものがある。

 これはこれで、青い春的なナニかがこみ上げてくるような。


「ちょっと、ちょっと、お二人さん。夫婦漫才みたいで面白いからこのまま見ていたい気もするけれど、話が進まないからそろそろ良いかしら」


 焚き火に薪を放り込みながらエリカとダベっていたら、ユカリが割って入って来た。

 

「えっ、ヤダ、夫婦だなんて」


「ハイハイ、ゴチソウサマ。以前聞いた事があるのですが、貴族といってもピンキリで、ほとんどは二つか三つの村や集落を抱える程度だそうです。私達の感覚だとちょっと大きな村の村長さん、町長さん、あるいは中小企業の社長さんくらいでしょうか。目上の人に接するように丁寧に話せば問題ないそうですよ」


 ユカリが外套のフードを外すと長い黒髪が溢れ落ちた。

 吐いた白い息が風に吹き流されて行く。


「ふむ、社長さんか・・・。シャチョー、取引先の担当者がアホ過ぎてやってらんねーっスよ!ドカーンといっちゃっていいっスかねぇ!こんな感じで良いのか?」


「それが丁寧?良いワケないじゃない。カズヤ、向こう側で勤めているとき、ホントにそんな口調でやってたの?」


「いきなりダメ出しか・・・。社長、この後、良いお店見つけてあるんで期待しといてください。社長好みのおっぱいが大きくて、ちょっとタレ目の女の子押さえてありますから。いやいや~、お礼なんてトンデモナイ。そんかわし、例の入札の件たのんまス。社長の鶴の一声でガツンとキメちゃいましょう」


「ダメに決まってるでしょ。アンタ、ホントにそんな事やってたの?」


「現場系の会社なんてだいたいこんなモンだよ」


 季節は冬の真っ只中。

 元の世界に照らせば、正月松の内。

 本来なら暖かい屋敷の中で皆を相手におしゃべりしながらダラダラ飲み食いしているハズ。

 それなのに、雪混じりの風が吹き抜ける寒空の下、焚き火に手をかざして震えている。

 目的地であるラビニア男爵領のお姫様の住む街までは残り半日程の距離。

 旅の途中、休憩地点として倉庫の片隅、もしくは庭先をお借りしたいと立ち寄った農場らしき建物。

 だが、出入り口の扉は破壊され中は好き放題に荒らされている。

 左手には、かつて倉庫だったと思われる焼け跡が残っている。

 例の武装集団の仕業であろうか。

 この辺の住人は逃げ出したようで周囲に人影は無い。

 無人となった屋敷を無断拝借し、庭先で焚き火を囲み、暖を取っている。


「ソフィアさん達はまだかな?」


 エリカが丘の向こうをぼんやりと眺めながら呟く。


「そろそろ帰ってくる頃だろ・・・、ほら、噂をすればナンとやら、あれがそうじゃないか?」


 道のずっと向こうから黒い塊が高速で近づいて来る。

 コートニー軍という愚連隊が支配する街に何の準備も無しに駆けつけ、無双して目に付くもの全てを蹴散らす程俺達は愚か者ではないので、シリウスに二人乗りしたソフィとアリスが高速偵察に出ていた。

 それにしても・・・、改めて見ると、シリウスの速さはちょっと異常。

 もしかしたら時速百キロ以上出ているのではなかろうか。

 見えたと思ったら、もう目の前にいる。

 ファンタジーの謎世界を差し引いても凄くヘン。


「ただいま、カズヤ!寒い、寒い、さむーーーい!」


「おかえり、アリス・・・って、わっ!コラ!冷たっ!うひひひっ!ヤメて!」


 ほっぺたを真っ赤にして髪の毛に霜を張りつかせたアリスが、シリウスから降りた勢いそのまま転がるように抱き付いてくる。

 俺の上着と腹の間に冷えた手を突っ込んで暖を取ろうとしてきたので、身もだえしながら引き剥がした。


「だから速度を落として、って言ったのに・・・」


 アリスの後から歩いて来るソフィの長い金髪は、風呂上りにドライヤーを正面からあて続けたかのように髪の毛を後ろにたなびかせたまま凍り付いていた。

 ソフィの長い耳も霜焼けで赤くなっている。


「おかえり、ソフィ。どうだった?わっ、アリス、俺の上着に鼻水こすり付けるなよ!」


 焚き火に近寄りライオン丸状態の凍った髪の毛を溶かしながら手櫛で整えているソフィ。

 火の傍に掛けておいたヤカンからコップにお茶を注いで渡す。


「駐留軍の士気は低いわね。外壁の門番はろくに荷を見もしないで袖の下を受け取っているだけだし、壁の外側で待機している兵隊達も焚き火を囲んで笑っているだけだったわ。領主館を見張っている兵隊はそこまでひどくないと思うけれど」


「街の中までは入れそう?」


「それくらいなら大丈夫だと思う。数は少ないけれど、普通に商人とか旅行者が出入りしていたから。何か聞かれたら故郷に帰る途中、たまたま立ち寄っただけとか、適当に答えておけば良いでしょう」


 湯気の立つお茶を少しずつ飲んでは垂れてきた鼻水をすするソフィ。

 たとえハナ垂れでもソフィはソフィ、何をやっても美人。


「じゃあ、とりあえず街の中に入って様子を探ってみようか。とにかく、この手紙とお使いの話だけで領主館に特攻するのは無茶だよ」


「そうね」


「ところでさ・・・、ラビニア領でもやっぱりソフィは有名人?」


「有名人って・・・、そんなこと無いわよ。どういう意味?」


「いや、ソフィはそう言うだろうケドさ・・・」














 うむ、予想通りである。

 やっぱりソフィは目立っていた。

 ラビニア領主街の北風だけが通り抜けていた出入り門。

 人が逃げ出すばかりの羅生門だったのが、今や浅草雷門並に人で賑わう観光名所。

 単に美人とおしゃべりしたかっただけの門番に長々と話しかけられている間に、ソフィの美貌に見惚れた旅人が足を止め、その旅人が呆けて見ているモノはいったい何だろうと注意を向けた巡回途中の兵隊、その人垣の向こうに何があるのだろうと立ち止まってつま先立ちで首を伸ばす商人。

 人が人を呼ぶとはまさにこの事。

 凄腕の冒険者だとか、王国内随一の風魔法の使い手だとか、そんな事知らなくても、ソフィは無駄に人目を惹く美人なのだ。

 しかも本人はその状況が当然すぎて特別なものだと自覚できない。

 知的なクールビューティーなのにその部分だけおバカさん。

 そこが可愛いとも言えるが、ソフィに密かな潜入作戦とか絶対無理。

 メタルナントカのこちら蛇さんみたいにダンボール箱かぶって隠れるなんて彼女の美学が許さない。

 そもそも、顔を隠してコソコソするのが嫌いな性分だから。

 この程度、百パーセント予想の範囲内だったので、風の女王ソフィア様とマラガの聖女アリスを囮役として先行させ、俺達はその横を特に呼び止められる事も無く、涼しい顔をして通り抜けた。

 これでしばらくの間、俺達は自由に街の中の様子を探れる。

 ソフィとアリスには人目を惹きつけたまま街の中を歩いてもらい、陽が暮れたのちに使いの男から紹介された街の片隅にある家で落ち合う事になっている。

 そこは領主館で働く小間使いの実家だが、今は一家総出で逃げ出してしまったので自由に使って良いそうだ。


 さらに俺とコジロウ、サナエさんの甲部隊と薔薇組の乙部隊に分かれて街の中を散策する。

 薔薇組とも別行動、彼女達は自分が平均値よりも見た目が良い事を理解しているが、地味に抑えようとした結果、黒い外套でフードを目深に下げた怪しい四人組が出来上がってしまった。

 無自覚な小悪魔マコトちゃん率いる顔を隠した謎の四人組。

 魔女の黒ミサか、闇の宗教団体か、はたまたダークサイドに堕ちたジェダイの集団か、とにかく怪しすぎる。

 逆に悪目立ちしてしまった。

 真っ黒い外套を脱がせ、普段の格好に戻す。

 これならちょっと派手な女の子だらけの冒険者パーティで通るので、こっちの方がまだマシ。

 サナエさんは言動がちょっとおかしい時があるが常識的な美人なので服装を地味に抑えるという意味を知っている。

 脱ぐとエロい系のヒトなので、寒色系の上着を重ね着して身体の線を消せば何処かの美人女給かお手伝いさんくらいには落ち着く。


 マコトちゃん達には街の中に散らばるコートニー軍の規模と配置状況を調べに行ってもらい、俺達は領主館の周囲を探りに行く。








 そしらぬ顔をして街の中心地を通り抜け領主館へと向かう。

 賑やかだったマラガとは違い、正月だというのに街の中はひっそりとしている。

 たまに笑い声が聞こえてきたかと思えば、昼間から居酒屋でくだを巻いている駐留軍の兵隊達だった。


「カズヤ、腹減った」


 俺の後を黙って付いて来るだけの存在から声が聞こえた。


「コジロウ・・・、珍しく静かにしてると思ったら・・・、この状況でそういうコト言うか」


「だって、もうとっくにお昼過ぎてるしさ、ほら、ちょうどそこに食堂があるし」


「お前は小学生か!って・・・それも良いかもな」


「お、カズヤもやっぱしおなか空いていたんじゃん」


「やかましいわ、たわけ者が、お前と一緒にすな。情報収集ってヤツだよ。ほら、ゲームだと新しい街に入ったら酒場で情報集めるのが基本だろ」


「おおっ、ファンタジーっぽいな。俺達、冒険者っぽいな」


「コジロウがそう言うと、途端に緊張感が無くなるな・・・。まあ良い、そこの店に入るか」


 両開きの扉を開けて食堂に入る。

 それまでボソボソと話していた十人程の客達の話し声がぴたりと止み俺達に視線が集中したが、ほんの僅かの間見たら興味を失くしたようで元のざわめきに戻っていった。

 手近なテーブルに俺とサナエさんとコジロウが腰を下ろす。


「いらっしゃい、注文は?」


 厨房から出てきたオヤジがぶっきらぼうに尋ねてくる。


「メニューは?」


「あそこにある」


 アゴで示した先の壁にヘタな字で書き殴られたお品書きが張り付けてある。


「ふむ、何も無いんだな」


 突然足を組んだコジロウが店のオヤジに無礼な態度で対応した。

 おい、どうしたんだコジロウ。

 腹が減り過ぎて頭おかしくなったか?


「最近、治安が悪くて商人が寄り付かなくてな」


 ムスっとしたオヤジが口をヘの字に曲げる。

 怒らせてどうするよ。


「できるモノを十人前。それと同じ物をこちらの少年にも・・・げふっ!」


 空気を読まずにボケはじめたコジロウを殴り飛ばす。


「ナニ考えてんだ。いきなり哀の戦士ごっこはじめんな!」


「いやぁ、この店のさびれた様子見てたら思いついちゃってさ、つい・・・」


「すいません、今のは忘れてください。こいつバカなんで。えーと・・・」


 こめかみに怒りマークを浮かべた店のオヤジの眼に急かされながらメニューを見直す。

 オヤジの書き文字が達筆すぎて解読できない。

 こっちの世界の言葉の読み書きはかなり真面目に勉強してきたんだが難しい言葉だったり、ちょっと癖字過ぎるともう分からない。

 余計な事したコジロウは後でコロス。


「煮込み野菜の汁、鳥の窯焼き肉、それと軽めのお酒をお願いします」


 焦っていたらサナエさんが涼やかにフォローしてくれた。


「うちには麦酒しかないよ」


「それでけっこうです」


 お澄まし顔でサナエさんが答える。

 俺を一睨みして厨房へ下がるオヤジ。


「・・・」


「・・・」


「カズヤ」


「なんだ?」


「情報収集は?」


「コジロウが場を乱したから落ち着くのを待ってるんだよ」


「そうか」


「・・・」


「・・・」


「カズヤ」


「なんだよ」


「もう良いんじゃないか?」


「まだだろ」


「あそこのお兄さんに話しかけてみたら?」


「そう思うならコジロウが行ってこいよ」


「カズヤ」


「しつこいな」


「ホントはどうやって話しかけたら分からなくて悩んでいるんだっギャヒ!」


 得意顔のコジロウに図星を刺されたので椅子ごと蹴り倒した。

 ここは冷静に情報を集めて計画的に行動を起こそうと思っていたのだが、はて、食堂に入ったのは良いが見も知らぬヒトにどうやって話しかけたら良いのだろう?

 俺は極端な対人恐怖症というワケではないが、会ったばかりの赤の他人にフレンドリーに話しかけられる程ツラの皮は厚くない。

 聞きたい話題を自然に引っ張り出すのはかなりハードルが高い。

 『すいません。領主館を占拠しているシグナスの普段の行動を教えてください』

 『コートニー軍の具体的な戦力はどれくらいですか?魔境レベル?それとも近場の巡回レベル?』

 『領主館の警備が薄くなるのはどんな時ですか?』

 いきなりこんな事聞かれたら怪しまれるどころか警備兵に通報されてしまうかもしれない。

 会話の糸口が見つからない。

 どうしよう?

 ん?さっきオヤジが注文を取りに来た時に、いろいろ話しかければ良かったんじゃないのか?

 そう思ったが、コジロウがアホな事やって怒らせてしまったのでもう遅い。

 あちらの客、こちらの客と話しかけ易そうなヒトをチラチラ見て物色していたら、カズヤパーティのお色気調査官サナエさんが動いた。


「あの、すいません」


「なにか?」


 隣のテーブルに座っている労働者らしき三人組が顔を上げる。


「領主様のお屋敷へはどの道を行けば良いでしょうか?」


「あんた達、どういうヒト?領主に何の用だ?」


 男達の顔つきが険しくなる。


「私達、楽団員でございまして、あちらこちら旅をしながら小銭を稼がせていただいております。新年のお祭りを飾る賑やかしの一端になればと思い、この街にお邪魔させていただきました。先ずは領主様に御挨拶して、広場の片隅の使用許可を頂きたいと思った次第でございます。こちらは私の夫、あれは荷物持ちの使用人、他の仲間達は道具の手入れや食料の補充などで散らばっております」


 立て板に水とばかり、上から下へと嘘八百がスラスラ流れ落ちて行く。

 さすがエロくのいちサナエさん。

 それにしても、旅の楽団設定ですか?


「そうかい、わざわざ足を運んでくれたのはありがたいが、ここには長居せず余所の街に移ったほうが良いと思うがな」


「それはどういう事でございましょうか?」


「あんた、街の中を歩いて様子がおかしいと思わなかったかね」


 アゴ髭を生やした男が飲み干したコップをテーブルの上に置く。


「年明けの領主様の御膝元の街にしては、その・・・、雰囲気が殺伐としているというか、随分寂しいような気がいたしましたが・・・」


「気を使って言葉を選ばんでもいいよ。ついこの間まで、ならず者の集団に街が襲われとってね、それを隣町の領主に助けて貰ったのは良いんだが、今度はそいつらが街に居座って好き放題に暴れておる。あんたはなかなかの美人さんだが、旦那の腕っぷしはそれほどじゃなさそうだ。兵隊に絡まれないうちに街から出て行ったほうが良いよ」


「そうなんですか。お気遣いありがとうございます。でも、夫はこう見えて夜は凄いんですよ。こちらの領主様はその事について抗議なさらないのでしょうか?」


 ナニを言ってるの?サナエさん。

 男達が俺の下半身をジロジロ見てるじゃないか。


「凄い?そいつが?どこが?どんなふうに?ヒトは見かけによらんものだな・・・。ゴホン・・・、あいつ等は言っても聞きやしないさ。それに領主様と言っても今この街を治めていらっしゃるのは、まだ歳若いお嬢様だからなあ・・・」


 そろそろ俺の股間から視線を外してくれないだろうか。


「フフフ・・・、私など大海の中で荒波に翻弄される小舟のようなものでございます。お嬢様?女性の方が後を継がれたのですか?」


「なんと!荒波とは!俺も若い頃は足腰立たなくなるまで責め抜いたモンだが・・・。ここ数年のうちに領主一族に不幸がたて続きに起きてな、たった一人残ったのがミーアお嬢様だ。いや、今じゃ、ミーア男爵様か?そのミーア様には大きな顔で威張り散らしているシグナスとの縁談話の噂が流れている。いったいどういう事なのやら。前のお館様は話の分かる方でいらっしゃったし、後を継ぐはずだった御長男は熱心に領地を見回られていて暮らしやすい街だった。だが、コートニー領のバカ息子が婿入りする事になればこの先どうなるのか全く分からんね」


 あのさ、分かりにくいから話題を統一しようぜ。

 それで良く会話が成立するな。


「ホホホ、主人のハナシはこのへんで・・・。それにしても困りましたねぇ。ここに来る前に通って来た街の商会から領主様宛の手紙や荷物も預かっておりますので、せめてそれだけでもお届けしたいのですが・・・」


「お屋敷にはシグナスが居座っていて、警備と称してお屋敷で働く者以外の出入りを制限しておる。こうなってしまう前は、お嬢様がよく街に下りて来て気さくに声を掛けてくださったが、今ではすっかり見かけんようになってしまった。お元気でいてくだされば良いのだが、シグナスに閉じ込められて外に出してもらえないという噂もある。お屋敷で働いていた若い娘達は皆逃げ出してしまって残っているのは爺婆ばかりだ。あんた達も迂闊に近寄らんほうが良いよ。昔からの御用商人が細々と今でも食料や日用品を運んで出入りしとるから、頼んで代わりに届けてもらったらどうだ?」


 男の口から出る言葉で紡いだ糸が俺には見える。

 そしてそれを自由自在に引き出し、手繰り寄せるサナエさん。

 恐るべし、万能受付嬢サナエさん。

 下ネタで俺の下半身をイジルのは程々にしてくれ。


「信用問題ですので、できれば直接お渡ししたいのですが」


 自然な演技で頬に手を当てて困り顔をするサナエさん。

 サナエさんにかかったら、やってない浮気までペラペラ喋ってしまいそう。


「御用商人に事情を話せば取り次いでもらえるかもしれんが、お嬢様に直接会うのは難しいと思うがな」


「その商人の方はどちらに?」


「ここから道沿いに行けば御屋敷を囲む塀が見える。その南側に大きな倉庫と馬舎がくっ付いている建物がある。行けばすぐに分かるよ。そう言えばあんた達、楽団とか言ってたな。何か一曲やってもらえんか」


「かしこまりました。あなた、用意してくださいな」


「えっ?俺?」


「ほら早く」


 思わず素が出てしまい自分の顔を指さして呆けていたら、サナエさんに肘で小突かれた。


「あ、ああ、ちょっとお待ちを・・・」


 サナエさんの流れる様な対話術にうっかり立場を忘れて聞き入ってしまった。

 今の俺は旅の弾弦楽士設定。

 慌てて愛用のリュートを取り出す為に店の外に出る。

 俺が謎のアイテム倉庫から何かを取り出そうとすると、謎異世界効果でほんの僅かの間ではあるが、俺の姿が消えてしまう。

 この状態はこっちの世界のヒトにとっても珍しい現象らしいので、余計な騒ぎを起こさないように外に荷物が置いてあるフリをして、いったん店の外に出て人気の無い事を確認してから取り出し、また店の中へ戻った。


「お待たせしました」


「こほん、それではお耳汚しではございますが、『越冬つばめ』を・・・」


 えっ?

 そういう選曲?

 それを弾いてしまう俺も俺だが、堂に入った様子で朗々とこぶしを効かせながら歌うサナエさん。

 途中即興で三味線っぽく弦を弾いて盛り上げる。

 歌い終えたサナエさんが軽くおじぎをすると、静かに聞き入っていた食堂の男達から拍手が上がる。


「良かったよ。商人を訪ねるときは南坑道のギグから紹介されたと言ってくれ。こんな有様の街じゃいきなり余所者が飛び込んでも相手にしてくれんから。旦那と仲良くな、それじゃあ」


 そう言って席を立ち、俺達のテーブルの空いた皿へ小銭を投げ入れて店を出て行った。

 喜んでいただけたが、これじゃあ旅の楽団員というよりは流しの演歌歌手だ。

 裏寂れた田舎町の場末感がハンパない。


「カズヤ、なんだかオレ悲しくなっちゃった」


「コジロウ、お前が雰囲気に流されてどうするよ」


 雰囲気に当てられたコジロウが鼻をグズグズさせている。

 向かいの席からはサナエさんがしてやったりの得意満面で俺を見ている。

 むう、このままじゃパーティリーダーとして俺の立つ瀬が無い。

 俺もちょっとで良いから何か成果を上げておきたい。

 鳥の骨にこびり付いた肉を前歯でこそげ落としながら考える。

 これまでの話の流れからすると、店に荒くれ者の兵隊がやってきて好き勝手する定番の展開が起きてもおかしくない。

 窮地に陥った店のオヤジを都合よく助ける事ができれば恩の押し売りができる。

 ここは謎異世界の謎食堂、俺にワンチャンあって良いはずだ。

 その時、扉の軋んだ音がする。

 絶妙のタイミングで戸を押し開けて現れたのは薄汚れた三人組の兵隊。

 イベント、キター!


「何か食べるものを・・・」


「テメェら二度とウチに来るなっつったろ!」


 厨房の奥から怒鳴り声が響く。


「え?何にを言って・・・、俺達は初めて・・・」


「うるせぇ、出てけ!」


 突き出し!押し出し!向こう投げ!


 油で汚れたエプロンを引っ掛けたままのオヤジが厨房から飛び出して来るや否や、戸惑う兵隊達に鉄拳の連打を浴びせた。

 圧倒的な力量差の前になす術も無く店の外へ放り出される一平卒。

 そして、あまりに予想外の出来事に只々見送るだけの俺。

 安全弁から吹き出す蒸気のような鼻息をまき散らし厨房に戻るオヤジ。

 口を挟む事も手を出す事も出来なかった。


 おっと、これではイカン。

 店のオヤジの強さに度肝を抜かれたが、気を取り直し、急いで兵隊を追って外に飛び出す。


「大丈夫ですか?さあ、肩を貸しましょう」


 道の上に死屍累々と横たわる敗残兵に手を差し出し助け起こす。


「イテテテ、なんなんだよあのオヤジ、どうして俺達が・・・、あの、あんたは?」


「風の向くまま気の向くままに世界を旅する音楽家です。お気になさらず。ささ、遠慮せずにどうぞ」


 ここから俺のターン。

 捨てられた子犬のように怯えて心のガードがガラ空きになった今こそ、付け入るチャンス。

 容赦なく相手の懐に飛び込む。


「音楽家?いや・・・、ありがとう」


 倒れそうに揺らぐ兵隊に肩を貸し、建物の影に置いてある木箱の上に座らせる。


「災難でしたね。皆さんはコートニー領から来た兵隊さんですか?私もこの街に来たばかりなので詳しい事は分かりませんが、先程、店に居たヒトから聞いた噂話では他人の土地に居座って、好き放題に暴れているらしいじゃありませんか。街の人から恨まれるのも仕方のない事なのではないですか?」


「ち、違う!い、いや・・・違わなくはないが、その・・・」


「あなた、皆さんにこれを・・・」


「こちらは妻のサナエです。暖かいお茶で体を温めてください、干した果物もございますので、どうぞ摘まんでください」


 スーパー事務員のサナエさん【結婚(仮)】が何処からともなく用意してきたお茶請けセットをお盆に乗せて差し出す。

 暖かいお茶で警戒心を溶かす。


「あ、ああ、すまない。その、助けに来たクセに、この街で好き勝手に暴れて住民に迷惑をかけているヤツ等がいるのは間違いない。だが、俺達はやってないんだ」


「と、言いますと?同じ領地軍の仲間ですよね?仮にあなたが何もしていなくても無関係とは言えないでしょう」


 心のATフィールドを切り裂いて内側に踏み込む。

 これが弱り目に祟り目というものか。

 あれ?

 ひょっとして、俺、悪の調査員か洗脳伝道師?

 ま、いいか。


「確かにそうだ。そうなんだが・・・、悪さをしているのは領主のバカ息子・・・、つまりシグナスの直属部隊というか取り巻きなんだ。俺達はそんな事していない。メシを食いに店に入ればちゃんと金は払うし、乱暴もしない。あいつ等が無茶言って、言う通りにしないとすぐに暴れるから、俺達までそんな目で見られて・・・」


「なるほど、シグナスの取り巻きですか・・・」


「だいたい、こっちに来るのだって嫌だったんだ。俺達だって家族で宵越し祭りを祝って過ごしたかった。だけど、隣領の街が盗賊の集団に襲われてるから助けに行くって領主様に言われて集められたんだ。今季の収穫も終わってるし、困ってるなら仕方ねぇ、しょうがねぇって、ここまで来たんだが、なんか様子がおかしいんだ」


「集められたというと専業の兵隊さんではないんですね?」


「違う、違う。兵役は終わってるが、俺達はただの農民だ」


「様子がおかしいとは?こうやってラビニア領を占領している事がですか?」


「もちろんそれもそうだが、この街に来る途中盗賊の集団を見つけたんで、さあいよいよだっつって覚悟を決めたんだが、『お前達は前に出なくて良い。後ろで叫んで追い立てるだけで良い。絶対に手を出すな』って言われたんだ。なんかヘンだなって思ったんだけど、そりゃケガしなくていいやって思って、言われた通りにしてたんだ。でもよ、シグナスの取り巻き部隊が近づいただけで盗賊達は散り散りに逃げ出して行くのさ。所詮、食い詰め者の集まりだからまともにぶつからないで、逃げ切ったらまた何処かに集まって農場を襲うんだろうなあ、って思ってたんだけど、それっきり居なくなっちまったんだ。俺達、ここに来てから一度もまともに戦闘なんかしてないんだよ。なんかオカシイだろ?」


「そのシグナスの取り巻き部隊ってのは?人数は?それなりに強いんですか?」


「数は二十人くらいかな・・・、特別強いって事はないな、分家の次男、三男とか、仕事もせんとブラブラしてシグナスに尻尾振ってる連中とか、そんな奴等ばっかりだ。自分より立場の弱い奴しか相手にしないからホントの腕前は大した事ないと思うけどな」


「直属部隊ってのはそれだけ?街の中にはガラの悪い連中がもっとゴロゴロしてたように見えましたけれど」


「ああ、そいつら傭兵?って言うのか?冒険者崩れの連中をシグナスがどっかから連れて来たんだ。初めはそんなに居なかったんだが、この街に到着したらいつの間にか増えていたんだよな。こう言っちゃナンだが、ウチの領主様は普通の田舎貴族なのに外面だけは立派に見せようとして、あちこちの商人から借金していて首が回らなくなってるって噂だ。それなのに余所の兵隊雇ってまで隣の領地を助けるだなんて、そんな優しい領主様には見えないが・・・。とにかく、シグナスの取り巻きと雇われ者は、目についた宿や屋敷を強引に召し上げて寝泊まりしてんだ。だけど俺達はそんな事できねえ。となりの領地だから、嫁いできた親戚もいるし、顔見知りのやつだっている。余計な迷惑かけないように街の空き地にテント張ったり、使ってない倉庫なんかをちゃんと頼んでから使わせてもらってんだ。それなのに、俺達の行く先々であいつ等が馬鹿やってるから・・・」


「なるほどねぇ・・・、シグナスの腰巾着と傭兵か・・・」


「もう盗賊の集団は居なくなったんだ。俺達は必要ないはずだ。はやく家に帰りたいよ。そう言えば、いつまでもこんな所で座り込んでいたら隊長に怒られちまう。もう戻らなきゃ。ハハ・・・」


 一通り不満を吐き出した兵隊達が三人顔を見合わせて力無く笑う。

 完全に心を折られ、優しい飼い主を探す仔犬状態。

 今ならキャッチセールスで誘い込まれた街角の薄暗い喫茶店の中、話し上手のお姉さんに青い海とイルカの複製絵画を分割払いで買わされてしまいそう。


「まだふら付いているじゃありませんか。送って行きましょう。遠慮なんかしなくていいんですよ。これから行く場所はシグナスの取り巻きがいない皆さんだけの部隊なんですよね?ぜひ隊長さんに挨拶させてください。気晴らしに何曲かやらせてください。さあ、行きましょう」


 この際だ、本隊まで案内してもらおう。


「さすがです盟主様、容赦なく弱みに付け込む冷徹さ、サナエ感服致しました」


 そんなに褒めるな、照れるじゃないか。













≪ソフィ≫


「ああ、疲れた・・・」


 待ち合わせの民家に辿り着いた頃には、すっかり陽が暮れてしまっていた。

 エリカ達は居たが、カズヤはまだ来ていないようだ。


「ソフィのせいだよね」


 溜息をつきながらアリスが手近な椅子に腰を下ろす。


「後半はアリスだって見られていたじゃない」


 外套に積もった雪を払い落として椅子の背に掛ける。

 田舎町だからなのか、門番の長々とした問いかけに答えていたら、いつの間にか人だかりが出来てしまっていた。

 門を離れてからも遠巻きにチラチラ見られ、建物の影や窓の隙間からコソコソ覗き見された。

 敵意は感じられず好奇心だけのようだったから放置していたが、居心地の悪さが肌に染みた。

 そんなにエルフの女と教会の治療師が珍しいのかしら?

 敢えて隠れるつもりは無かったけれども、もう少し静かに街の様子を観察してから領館へ行きたかった。

 周りからひたひたと押し寄せる好奇の眼を黙って耐え凌いでいたら、妙に気疲れして肩が凝った。


「ソフィが美人すぎるから」


 アリスの尖らせた口から言葉がこぼれる。


「そんな事あるわけないじゃない。田舎だし、町が襲われたばかりだから余所者に警戒してるだけよ」


「ホントにそう思ってるところがソフィだよね」


「ナニよ、それ」


 そんな状況だったから開き直って一直線に領主館へ向かった。

 とは言え、領主館を占拠するシグナスが素直に会わせてくれるとは思っていない。

 その時は手紙の署名部分だけを見せて領主直々に招かれたと言って押し通るか、やりたくはないけれど、王都にいる師匠の名前を出して退かせようかどうしようか考えあぐねていた。

 しかし、領主館の門衛と短いやりとりがあっただけで、驚く程あっさり奥の間へ通されミーアとの面会を許された。

 以前ここに来てから五年は経つだろうか。

 その時から代わっていない家宰の後に続いて、エントランスホールから奥へ伸びる長い廊下を歩く。

 淀みなく歩を進める足取りはしっかりしていて引退の時を感じさせないが、丁寧に刈り揃えられた頭の髪の毛は大部分が白くなっていた。

 使用人の姿は見えず館の中はひっそりしている。

 長年使えてきた家宰が最後の砦となってミーアを守っているのだろう。

 邸内のそこかしこに立っている兵隊が不躾な視線を浴びせてくる。

 街の通りで見かけた兵隊とは剣呑さが違う。

 シグナスの直属部隊なのだろうけれど、その中に装備、佇まいが違う兵隊が何人か混じっていた。

 様子からして冒険者崩れか兵役上がりの傭兵だろうと思われた。

 突き当りの部屋のドアを開け中に入る。

 部屋の正面の椅子にはぎこちなく微笑みを浮かべたミーア。

 そして右側の壁際の長椅子に二人の男が座っていた。

 大股を開いて格好だけは偉そうにしている男が、おそらくシグナスだろう。

 もう一人はゆったりと背もたれに体を預けたまま静かにこちらを見ている。

 シグナスの腹心?

 いえ、シグナスの遊び仲間とはちょっと毛色が違う。

 傭兵部隊の親玉だろうか?

 前に進み出てきたミーアと抱き合いひとまずの無事を喜ぶ。

 最後に会ってから五年しか経っていないのに、大人の女性と呼ばれる程成長したミーアには子供の頃の面影はもう残っていなかった。

 事実上軟禁された監視の中、それでもミーアは女領主として気丈に振る舞っていた。

 度重なる不幸と難事が早急に大人になる事を強いたのだろう。

 乱暴されてはいないようだが、心労のせいで顔色が悪く、腕も細く、健康とは言えなかった。

 しみじみと再会を喜び合っている所、無粋にもシグナスが口を挟んできた。

 ご覧の通り、ラビニア領及び領主館はコートニー軍による盤石の警備で守られている。

 コートニー家とラビニア家の絆を深める為に、結婚の準備が粛々と進められている。

 ミーア様たっての願いで直接会う事を許したが、今後は控えて頂きたい。

 御高名なソフィア殿とはいえ所詮は冒険者風情。

 両家の政に余計な口を挟まないで欲しい。

 だが、遠い所からせっかくお越し頂いたので、婚儀の日までのんびり滞在し、我々の結婚を祝ってからお帰りすれば宜しかろう。

 初めから用意されていた原稿を読み上げるかのような抑揚のない物言いだった。

 落ち着いた風体を装っているが、私が反抗的な物言いをする度に膝の揺れが大きくなり、椅子から腰が浮き上がりそうになった。

 今にも鎖を引き千切って噛みつこうとする躾の行き届かない飼い犬のようだ。

 風評通り直情的で総合的な利を計算できない人物。

 この抑えの効かないお坊ちゃまに、少しずつ相手を崖際に追い込んでいくような作戦指揮が執れるとは思えない。

 先程から黙ってシグナスの隣に座っている男がお目付け役だろうか。

 私の横にも黙って耐えているアリスがいる。

 暴走しないように握った手のひらが熱い。

 このまま感情任せに二人を切り捨ててミーアを連れ出せたら、どんなにすっきりする事だろう。

 この様子だと、私がここに来た本当の目的を知っているに違いないが、目の前で脱出計画を語り合うわけにもいかない。

 今日のところは、ミーアの無事を確認できただけで良しとして、すがるような彼女の表情に後ろ髪を引かれながら領主館を後にした。


「カズヤは?」


 先に到着して暖炉の前に陣取っていたエリカ達に尋ねる。


「まだ戻ってこない。途中で別れてからそれっきり」


「そう・・・、遅いわね、どうしたのかしら」


 それからしばらくの間、暖炉に薪をくべたり湯を沸かしたり、何をするともなくカズヤの戻りを待った。


「皆さんお待たせ。いやぁ外は雪が積もり始めちゃってるよ」


「お帰りカズヤ、あっ!お酒飲んでる!ずるい、待ってたのに!」


 肩の雪を払いながら入って来たカズヤに飛びついたアリスが鼻を鳴らしている。


「いや、俺達だけ飲んで楽しんできたワケじゃないから」


「カズヤ、お疲れ。どうだった?」


「うん、いろいろと収穫はあった。ソフィ達は?メシ食いながら話そうか。途中の店でおみやげ買ってきたから」


 テーブルの上いっぱいに広げられた即席の地図。

 それを皆で囲んで見下ろしている。

 カズヤが煮込み汁に浸したパンを頬張りながら話す。

 窓の外は雪が降り続いている。

 手に持ったコップから立ち上った湯気が天井に消えていく。


「外壁沿いのここら辺にまとまってるのが徴兵組の本隊。ちなみに隊長のデニスさんは五児のパパ。そして奥さんのお腹にいる六人目の事を嬉しそうに話していた。ひょっとしたら、死亡フラグが立ってるかも。あちこちに散らばってるのを合わせれば三百とちょっとくらいの人数。宿や民家を強制徴用している奴等が傭兵部隊。ここと、ここと、この辺、だいたい百人くらい。初めのうちはそんなに大勢いなかったけど、いつのまにか増えてたとか、なんか見た事があるような気がするとか言うから、やっぱしこいつ等が襲撃役だな」


「死亡フラグ?何のコト?でも、二百人くらいの武装集団って言ってたわよね?」


 パンを片手に、もう片方の手にペンを持ったカズヤがあれこれ書き込んでいく。


「俺達のいた世界の・・・、何て言うか、ジンクス?凶兆みたいなものかな?気にしないでいいよ。武装集団なんだけど、街の人に聞くと五十人って言うヒトもいれば、三百人って言うヒトもいるんだ。これは俺の推測だけれども、数人単位の小分けした部隊で入れ替わり立ち代わりで襲って来たらしいから不安とか恐怖心とかで誰も正確な数は分からなかったんだと思う。そもそも、襲撃者をまとめて一列に並べて端から数えたワケじゃないしね」


「それもそうね・・・」


「そんで、シグナスの傍にいつもくっ付いているヤツが相当ヤバイ奴らしい。街の人に対する傭兵部隊の横暴に抗議しに行った徴兵組のヒトが何人かいたらしいんだけど、何の警告もなしにその場で切り殺されたって」


「そいつなら私も領館で見たわ」


 領館の中、作り笑顔のミーアと大股で反り返るシグナス、最後まで一言も話さずに黙って見ているだけだった男を思い出す。


「無表情で何の前触れも無かったってさ。気づいたら隣のヒトの胸に剣が生えていて、一言も発しないまま棒のように倒れていたって」


「めちゃくちゃね・・・。たぶん、その男が本当の指揮官だわ」


「そんなワケで、街の中で悪さしているのは外様の傭兵部隊。そして徴兵組と傭兵部隊はすげー仲悪い」


「今日だけでよくそこまで調べたわね」


「うん、徴兵組の皆さんと飲んで食って仲良くなってきた。おっと、それから領主館に顔パスで出入りできるのは商人のノクト爺さん。跡取りの息子夫婦は余所へ逃がして、毎日食料品やら何やらを頑張って運んでいる。当然、シグナス達のことは嫌っているから、いろいろと協力してくれるかも。ソフィの方は?領館の中はどんな感じだった?」


 警備兵の巡回経路、傭兵部隊のたまり場、部隊の規模、コートニー軍の内情までホントに良く調べてある。

 これまで、いろんな冒険者達を見てきた。

 剣の腕前に秀でた者、素早い身のこなしで相手をかく乱する者、遠距離から先制する者、仲間を鼓舞する指揮官、策を巡らせる参謀役。

 カズヤはどの型にもはまらない。

 どれもソツなくこなす気がするけど、器用貧乏とは違うと思う。

 なんだろう?人柄かな?

 頼りになるって言うよりは、傍にいると安心する?いないと寂しい?

 ソラリス神の祝福を授かってはいるが、英雄なんて柄じゃないなぁ。

 『俺がみんなを守る!』なんて叫んで飛び出したら笑っちゃいそう。







≪カズヤ≫


「ソフィ?どうした?」


「え?あ、ごめんなさい。ちょっと考え事してただけ。領館の守りは堅いわね。たぶん傭兵部隊の中でも腕の立つのが館の中に居座ってる。ずっとシグナスに傍で見張られていたから、ミーアと踏み込んだ事は離せなかったけど、私達が本当は何をしにここに来たのか気づかれてるわね」


「ふーん、まあ、あのお使いの男じゃ行って帰ってくるだけで精いっぱいだろうから仕方ないな。手紙の文面、丸ごと暗唱されても驚きゃしないよ。そんな事より腕が立つってのはどの位?ボリス教官やクリスさん位?」


「まさか、そこまでじゃないわ。見ただけで判断するのは良くないけれど、私達なら油断さえしなければ大丈夫だと思う。だけれども、ミーアを連れて連中を強行突破するのはちょっと無理ね。閉じ込められているだけで乱暴はされてなかったけれど、痩せ細っていて逃げ切るまで走り続ける体力が無いの」


「そっか・・・。ところで、改めて質問。俺はこの世界の常識がイマイチだから、そこんところを踏まえて答えて欲しいんだが。シグナス、否、コートニー家はラビニア家と縁組して実質支配したい。ラビニア家の有力者は事故か他殺か知らないが、ミーア様だけを残して居なくなってしまった。邪魔する者は誰もいない」


「ええ、そうね」


「じゃあ、何故、まだ結婚していない?」


「それは・・・、ミーアが抵抗しているからじゃないの?」


 ふと気づいたが、ソフィは貴族のお嬢様をとってもナチュラルに呼び捨て状態だ。

 俺の読みは間違っていない。

 さすが風の女王ソフィア様。


「いや、俺が聞いたミーアさんの性格と街の様子から感じ取った限りじゃそうでもない。ミーアさんは街の住民を人質に取られた状態だ。領館の外に連れ出して、民家の二、三軒を手下に襲わせるのを見せれば拒否できないだろう。このまま時間だけが過ぎれば、王家の介入があるだろうし、他家の横槍が入るかもしれないから、コートニー家としては今すぐにでも婚姻を済ませたい。かなり焦っていると思う。街の広場に皆を集めて『私達、結婚します』と宣言すれば既成事実は成立するはずだ。お嬢様は邪魔になったら殺してしまえばいい。何故そうしない?」


 この異世界、結婚した事実を皆に報告する披露宴は存在するが、神様の前で永遠の愛を誓う必要は無い。

 街の教会を披露宴の会場として使う事もあるが、『昔から教会にお世話になってるし、他に手頃なパーティ会場もないし、みんなを集めるのに都合がいいからココで済ましちゃおう』程度の理由でしかない。

 その土地の領主、又は商工会に届け出る義務はあるが、税金徴収の為に記録しているにすぎない。


「住民の理解を得たいから?他家に対して外聞が悪いから?いえ、町を占領している状態で、それは今更よね・・・」


 ソフィが顎に人差し指を当てて首を傾ける。

 とても可愛い。


「だろ?」


「あのね・・・、たぶん、たぶんだけれど・・・」


「うん、いいよ、言ってみて」


 遠慮がちに手を挙げたアリスに先を促す。


「私のいた国・・・、カタロニアの事なんだけど、貴族の結婚は皇家の許可が必要だったの。貴族が勝手に血縁関係を作って必要以上に勢力を大きくするといけないから。たぶん・・・、バルト王国も同じような決まりがあるんだと思う」


 アリスの言葉に同意したソフィが頷いている。


「ふむふむ、今は王家の了解待ちって事は、許可を得たら王家からの介入も無し?」


「ううん、たぶん王宮から貴族の縁組を監視する担当文官が婚儀の立会人として派遣されてくるだろうから最低限の体裁は整える必要はあると思う」


「なるほど・・・、じゃあタイムリミットは王家からの使者が到着するまでか・・・。それがいつなのか知りたいな」


 うーん、この間もそうだったけれど、アリスは異世界の法律というか、貴族関係にやけに詳しいな。

 こういうもんなのか?

 カタロニアの国民性か?


「そうね・・・」


「もう一つ、何でそんなにコートニー家はラビニア領が欲しい?」


「え?だって、それは・・・、土地が広くなるし、住民が増えれば税も多く取れるし、ここには鉱山もあるっていうし・・・」


 ソフィが目を丸くして『何でそんな事聞くの?』って顔してる。


「うん、確かに領地が広がって、鉱山も手に入って、人も増えるから税収は増えるかもしれない。でもさ、土地が広がって人も増えた分だけ維持費が増えるんだよ。常備軍も増やさなきゃいけないし、街道整備にもお金がかかる。それに農場や商店が愚連隊に荒らされてるから復興にも時間とお金がかかる。総収入が増えても、そこから得られる経常利益の比率は変わらないんだ。粗利益が増えても、それ以上に損失分が増えたら意味がないんだよ。もちろん全体の牌が増えれば取り分も増えるけど、ラビニア領だってそれほどの黒字体質じゃなかったはずだ」


「カズヤ、ちょっと途中からナニ言ってるのか分からない・・・」


「あの・・・、ワタシ達も・・・」


 おずおずと薔薇組が手を挙げる。

 え?エリカ達まで?何でこの程度の損益計算が分からないの?


「えーと・・・、売上予算が増えるって事は、固定費も変動費も増えるから、損益分岐点も上がるって事・・・、トントンの会計収支の商店同士が合体してもトントンの商会ができるだけで、リストラとかそういった経営改善をしないと・・・」


「トントン?」


「いや、つまりだな、うーん・・・、仮にだな、五人家族がいたとしよう。食べ盛り育ち盛りの子供ばかりなので、借金するほどではありませんが、家計はいつもプラスマイナスゼロでお父さんのお小遣いはありません。ところがある日突然、お父さんの給料が二倍になりました」


「おおっ!」


 薔薇組が声を揃えてわざとらしく驚く。

 お前ら、バラエティの雛壇芸人か。

 うん、嫌いじゃないよ、そういうノリ。


「しかし、父親を失くした友人家族の面倒を見る事になったので養育費、その他の支出も二倍になりました。さて、そこで問題です。お父さんのお小遣いは増えたでしょうか?ハイ、エリカさん!答えは?」


「え?え?えーと、えーと・・・、増え・・・・」


「増え・・・?」


「ない?」


 エリカが先生の反応を伺うように自信無さ気に答える。


「そう、増えないんだ!ゼロにゼロを足してもゼロなんだよ!これくらい即答してくれよ!」


「可哀そう・・・」


 そっと目尻を抑えポツリと一言漏らすアリス。

 いや、薔薇組に合わせて演技過剰だから、そうでないなら天然すぎて天使すぎる。


「そう、お父さんは可哀そう・・・じゃなくてだな、短期的に見れば、ラビニア領に重税を課して搾り取れるかも知れないが、長期的に見ると生活苦で外に人が流れ出すし、住民が反抗的になって暴動が起きるかもしれない。強引な縁組で仲の悪い領主から反発を受けるかも知れない。今の状況はどう取り繕っても自国内での反乱だよ。アホのシグナスはともかく、お父さんのコートニー家当主には、ぎりぎりの綱渡りをしているのが分かっているはずだ。ラビニア領にそれだけ大きなリスクと引き換えにするような旨味は見当たらない」


「言われてみれば、そうね・・・」


 腕を組んだソフィが斜め上を見上げながら考える。


「コートニー家は元から借金が積み重なってるって話だ。さらに今回の軍事行動でお金が出て行く。徴兵組は手弁当状態だが、傭兵はそうじゃない。百人雇うにしたって、いったい幾らかかる?エリカなら、いくらで引き受ける?戦争だぞ?給料一ヶ月分か?自分も殺されちゃうかもしれないんだぞ?給料二ヶ月分か?俺達が知らない何か特別な理由があると思うんだ。ラビニア家の領主館の地下に徳川埋蔵金が埋まってるとか・・・」


「トクガワ?」


「俺達の世界にいた偉い人。ん?埋蔵金?それならアリかも・・・」


「カズヤ、さすがにラビニア家に大量の金塊を溜めこめる程の経済的な余裕は無かったわよ」


「いや、埋蔵金ってのはモノの例えで・・・。まあ、いいや。それより明日からだけど、ソフィとアリスにはシリウスで偵察に出てもらいたい。王都から来る担当文官がいつ到着するのかだいたいで良いから知りたい。正当な仕事で来るんだし、雪路だから最短距離の街道を使うはずだ。シリウスで王都に向かって半日かっ飛ばせば、普通の馬の三日分?くらいはかせげる。半日の間に出会えば到着は三日以内だし、出会わなければ三日以上って事だ。担当文官って、見ればわかる・・・よな?」


「まあ、たった一人って事は無いでしょうし、この時期だから旅人も少ないし目立つから分かると思うわ。でも、またシリウスの上で凍らなきゃいけないのね・・・」


「風邪ひかないようにモコモコに重ね着して行ってくれ」


「しょうがないわね」


 肩を竦めて答えるソフィからアリスに目を移す。


「うん、大丈夫。シリウスも任せろって言ってる」


 ちょっと嫌そうなソフィと対照的に、はりきっているアリスがシリウスの頭を撫でながら答える。

 のっそり頭を上げたシリウスの眼にはやる気が見て取れるが、程々にしておいてくれよ。

 音速を出して、衝撃波で周囲の木をなぎ倒すんじゃないぞ。

 アリスがやれと言えば、出来そうな気がして怖い。

 それにしても、シリウスと普通にお話できるのね、アリスさん。


「カズヤはどうするの?」


「おれはちょっと気になる事があるから、独りで動いて調べてみる。確か、ラビニア家の次男は落盤事故で死んだって言ってたよな・・・」


「ねえ、ワタシ達は?」


 薔薇組が餌を待つ仔犬のように見上げてくる。


「エリカ達は・・・、そうだなあ・・・、うーん、誰か楽器弾ければ良いんだけど・・・」


「私できます」


 黒髪ロング正統派和風美少女のユカリが手を挙げた。


「え?何を?」


「これです。たまたまマラガの雑貨屋で中古を見かけて懐かしく思い買ってしまいました。子供の頃の習い事ですが、いつかカズヤさんと一緒に演奏して楽しみたいと思って、昔を思い出しながら密かに練習していました。うふふ」


 ユカリがアイテムボックスから取り出したヴァイオリンを構える。


「ええっ、ユカリってば、いつの間に!」


 ユカリに顔を向けたエリカが驚いている。


「あ、それなら、私も」


「ええっ、ユキコも!」


 反対側に高速で首を回すエリカ。


「私はこれだ」


 宝塚的美少女のユキコがドカンと取り出したのはコントラバス。


「私も親から花嫁修業だと言われて習わされていた。時代遅れの思想だと思っていたが、カズヤと演奏できるなら悪くないと思って、こっそり準備していた」


 花嫁修業といったらお琴かお華だと思うが、コントラバス?


「もしやと思うが、この流れだと誰かピアノを?」


「アタシ、子供の頃習ってた。今も出来るかなあ?」


 意外にも赤毛ポニーテール活発系美少女のナオミがピアノ。


「まさか、ナオミまで・・・」


 エリカ、口を開きすぎだ。

 顎が外れるぞ。


「でも、ピアノが無いしね。何処かにアップライトでも転がってれば良いんだけど。あはは」


 むう、そこまで都合良く無かったか。

 しかし、さすがお嬢様学校だ。

 習い事の範囲が俺の想像を超えている。


「よし、良い意味で想定外だ。マコトちゃん、エリカ、ナオミは合唱隊、コジロウは雑用係。サナエさん、いや、サナエP、こいつらを任せる。旅の楽団設定でどこまで食い込めるかワカランが、これだけ綺麗どころが揃っていれば傭兵部隊の注意を引けるだろう。今の所は相手の手の内だ。とにかく引っ掻き回して奴等の予定を崩そう」


 いざとなりゃ、シリウスの背中にミーア様を縄で縛り付けて強行突破すりゃいい。

 絶対反対されるから、最後まで口には出さないが。


「畏まりました、盟主様。歌って踊れる立派な異世界アイドルに一晩で育て上げてみせます」


 目が怖いぞ、サナエさん。

 人格崩壊しない程度にお願いします。


「そんな、ワタシがセンターだなんて、ちょっと恥ずかしいケド・・・」


「何を言ってる、エリカ。センターはマコトちゃん一択しかないだろうが」


「ええっ!」


「エリカ、センターが欲しければ実力で掴みとれ。よし、こんなところか・・・。それより、ソフィ、お使いの男はどうした?」


「ここに来る前に休憩変わりに使った農場で別れて、それっきりよ」


「ふーん・・・、領館の中でも接触無し?」


「ええ、でも、一応シグナスにはバレてないと思って行動してるから、当然でしょ?何か気になる事でも?」


「なんとなくだけど・・・、あのさ、もしそいつが・・・」


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