第44話 クリス、ベネット、マーク
入口の垂れ幕からわずかに光が差し込むだけの薄暗いテントの中、手足を縄で縛られ、麻袋で頭を覆われ、視界を奪われた男が、木の椅子に座らされている。
「知らないってば!本当だよ!」
「ウソをお言いじゃないよ!」
激高した赤毛ポニーテール、緋牡丹のナオミが椅子ごと男を蹴り飛ばす。
「ヒッ!」
「こいつ、邪魔なだけだから、殺しちゃった方が早いんじゃない?」
腕を組み不運な男の前に仁王立ちするゆるふわセミロング、紅孔雀のエリカが冷たく言い放つ。
「そうね」
漆黒の長髪を揺らしながら進み出た黒揚羽のユカリの手の平に、魔力の炎が湧き上がる。
「お、おい。ナニ言ってんだよ。ウソだろ?な?」
「お黙りっ!」
「ヒィッ!」
叱責を受けた男が、縛られ拘束されたまま、必死で距離を取ろうともがいている。
「まあ、待て」
それまで影の中に身を潜め、事の成り行きを見守っていた男が声をだした。
「盟主様が直々に尋問されます。総員姿勢を正せ、傾聴せよ!」
脇に控えた秘書官風の女性、摩利支天のサナエの声が凛と響く。
床に蹴り飛ばされ恐怖に震える哀れなコジロウを優しく助け起こす。
「ケンカ腰では、余計に口を閉ざしてしまうだけだ。大丈夫か?今、縄を解いてやるからな」
「カ、カズヤ・・・。怖かった・・・、俺、怖かったんだよ」
腕を伸ばし鼻水を垂らしながらすがり付いてくる。
「分かってる。さあ、椅子に座れ。どうだ?何か思い出したか?」
腰を落とし、肩に手を掛けて、視線の高さを同じにする。
「何かって?」
「何かさ。あれだけじゃ無いだろ?よく考えてみたらどうだ?ほら、喉が渇いただろう?水を飲ませてやるからな」
水の入ったコップを口元に近づける。
「そんな事言われても、何も・・・」
「おっと、手が滑った」
力の抜けた手から滑り落ちたコップが、音を立てて跳ね上がり足元に水をまき散らす。
「あ、ああ・・・」
希望から絶望へ、コジロウの表情が一瞬で切り替わる。
「おいおい、言葉は慎重に選んで口に出してくれよな。つい、手が滑ってしまったじゃないか。そろそろ吐いて楽になったらどうだ?おっと、気を付けて答えろよ、今度は足が滑ってお前の腹にめり込んでしまうかもしれん。本当は知っているんだろ?味噌の秘密を・・・」
肩を抱いて耳元に口を近づけて囁く。
周囲が固唾を飲んで見守る中、男が口を開けようとしたその時、不意にテントの幕が上がり午後の強い光が差し込み、視界がホワイトアウトする。
「カズヤ、クリスが探しているよ。・・・何やってるの?」
片手で垂れ幕を捲り上げたまま、アリスが聞いてくる。
頭の周りに『?』を浮かべ、きょとりと不思議そうな顔をするアリスが可愛い。
「良い尋問官と悪い尋問官の取り調べゴッコで遊んでいるんだ」
『?』の数を増やしたアリスが首を傾げる。
最初に暴力的な強面の人物が出て来て脅し、しばらくしたら穏やかな人物が現れ優しく諭すという、警察物で良くある取り調べスタイルは良く分からないようだ。
だが、こめかみに指をあてて『う~ん』と考えるアリスマジ天使のキュートさが増し増しになった。
「ゴッコ!?ゴッコじゃな無いよな!?今のは拷問だよな!」
おもちゃにされたコジロウが食って掛かって来る。
「やかましい、黙っとれ!」
俺も薔薇組も、諦めかけていた味噌作りに、ほんのわずかな可能性の光が見えて、ヘンなスイッチが入ってしまった。
無ければ無いで、どうにかなっていたものだが、何とかなるかも、と思い始めると、居ても立っても居られなくなる。
いつの間にか、緋牡丹のナオミとか、黒揚羽のユカリとか、妙に似合いすぎる二つ名が付いちゃってるし。
昭和八十年代、割れた窓ガラスから通る風が心地よく、壁に奇妙奇天烈な読み方をする難読漢字が缶スプレーでデザインされた仁義なきナントカハイスクール物語になってしまいそうだ。
・・・と、まあ、おふざけはこの位にしておいて。
「なあ、コジロウ。ここは謎理論の謎魔法がまかり通る謎異世界だ。隠さなくても良いんだぞ?味噌屋の息子として、空中にフワフワ浮かぶ味噌菌が見えたり、掴んだりできるんじゃないのか?そんな事くらいで、今更、誰も驚きゃしないさ、言っちまえよ」
薄暗いテントから、ぞろぞろと這い出し、草むらの上に車座になり、あらためて問い詰める。
「それ、どっかのマンガの話だよな?そんな物見えるワケ無いだろ?俺も読んでたけどさ。味噌菌って何だよ?」
肝心な所で役に立たないヤツめ。
ここらで一発覚醒して、都合よく真の力を発揮してみたらどうなんだ。
ごっこじゃなく、マジで生命の危機に追い込んでみるべきか?
「そもそも実家が味噌屋なんだから、赤味噌や白味噌の一つや二つささっと作れるだろ?」
「無茶言うなよ、カズヤ。医者の息子に生まれたからって、何も勉強してないのに治療できる訳無いだろ?それと同じだよ」
くっ、いかにも正論だが、コジロウに言われると妙にムカつく。
「だけど、家の手伝いとかするだろ?」
「しないって。そもそも専門の職人さんが社員として働いているんだから、俺が手を出したら邪魔になるだけだってば」
「社員?」
「ああ、今どき、家族だけでこじんまりやってる味噌屋なんてないってば」
「どの位いたの?」
ちょっと俺の想像とは違うぞ。
片田舎の古い蔵の中、家族総出で味噌をこねくり回しているのを思い描いていたのだが・・・。
「五十人くらいかなあ?」
「コジロウ、お前、まさか、ひょっとして・・・、イイトコのボンボンか?」
「そんなんじゃないってば」
「子供の頃、ゲーム機持ってたか?」
「うん、携帯用と据え置き、合わせて五台持ってた、すごいっしょ」
アホのコジロウが自慢げにニコニコしながら言う。
馬鹿め、そういう答えをして、持たざる者がどういう感情を抱くのか予想できない所がボンボンだと言うのだ。
「決まりだな・・・」
「決まりね・・・」
「有罪!」
「ええっ!?」
「裁きを申し渡す!その方、五分間の馬場馬の刑に処す!神妙にいたせ!者共、押さえつけろ!」
「おい!待て、待てってば!」
薔薇の腐女子がコジロウに群がり手足を押さえつける。
女の子にもみくちゃにされ、ジタバタもがくコジロウの口元が微妙にほころんでいる。
こいつ・・・、口先だけ、嫌がっているが、薔薇の女子に羽交い絞めされて喜んでやがる。
俺には分かる。
あの顔は、女の子の甘い香りと腕に押し付けられたおっぱいの感触を楽しんでいる表情だ。
情状酌量の余地なし。
ためらい無くコジロウの両足を脇に抱えて、股間に右足を置き、大きく息を吸い込み、足を振動させる。
「ババババババババババ!」
地方によっては電気アンマとか言うらしいが、俺の住んでいた地域では『馬場馬』と呼ばれていた。
世紀末拳闘伝説の『アタタタタ』の様に、高速で叫び続けるのが作法だが、なかなか難しい。
「カズヤ!いつまで遊んでんだ!早く来い!」
おっといかん。
そう言えば、クリスさんが俺の事を探しているって、アリスが言っていたっけか。
身もだえして喜ぶコジロウに、つい、我を忘れ夢中になってしまった。
涎を垂らし、新しい快感に酔いしれるコジロウを放り出して、クリスさんの元へと向かう。
この前線基地に来てから、早朝クリスさん達と山に登って、こそこそゴブリンの様子を探る。
帰ってきたら、クリス先生直々の御指導による戦闘訓練を行うのが日課となっている。
今日も今日とて、黙々と山に入る。
木の葉の間を通り抜ける風の音、遠くで聞こえる鳥の声。
沈黙が重い。
まるで、僧侶が山奥で無言の修行をしているようだ。
音を立てないように注意深く木の枝を掻き分け、岩肌の突起を掴んで体を持ち上げる。
静寂の中、藪の下を匍匐前進で這い進む。
クリスさんとベネットさん、二人の間でしか通じない謎のジェスチャーが交わされる。
山の中をウロウロするゴブリンに気付かれないように隠密行動するのは納得できるが、明らかに周囲に何もいない状況の中でも無言なのは如何なモノなのか?
そっと静かに耳打ちくらいしても良いんではないの?
指を右や左に指して、ツンツンするくらいなら、俺にだって分かる。
だが、ゴリラの様に胸をドカドカ叩いたり、妙な顔芸は何なのだろう?
俺には、バカ殿の『アイーン』にしか見えないやり取りもある。
クリスさんは『うむ』と頷き、すべて承知と先に歩を進める。
今のはナニを伝えてきたの?
ベネットさんだけが先行して周囲の様子を探りに行ったので、クリスさんにヒソヒソ聞いてみた。
「あのサインは、初めから打ち合わせしてあるの?」
「まさか、まあ、パーティ組んで長いからな、そのくらい分かるさ」
「ほー。そういうモノですか」
当然とばかりに言うクリスさんに感心する。
ベネットさんが戻って来て、やはり無言で左肩、右肩、股間に手を動かす。
野球の盗塁サインか?ヒットエンドランか?
クリスさんが頷き鞘から剣を抜き出して、戦闘態勢を取る。
え?近くにゴブリンでもいたの?強襲するの?
あれで良く分かるな。
二人の阿吽の呼吸に感心しながらも、気を引き締め直して、俺も腰の剣に手を添える。
「バカ、何やってんだ。下に小川が流れていたから、そこで一休みするぞ」
ベネットさんが先に歩き出したクリスさんの上着の裾を捕まえて引き戻す。
「・・・」
俺は、顔の上にありったけの不信の表情を浮かべて、クリスさんを見つめる。
黙って気まずそうに顔を逸らすベテラン冒険者。
「おい、ベネット。今のは何だ?そりゃねぇだろ、いつも思ってたんだが、お前のジェスチャーは余計なモノが多すぎる。最後のコレはナンだ?」
クリスさんが腰を落とし、股を開き、股間にぽんぽん手を当てながら問い詰める。
「クリス、俺もな、前から思ってたんだが、お前の察しが悪いんだよ。いいか、これが谷、これが谷間を流れる小川だ」
ベネットさんも股の間で手をヒラヒラさせ始めた。
静かな山の中、二人して奇怪なダンスを踊り出す。
ナンなの、このヒトたち?
『母さん、アレ持ってきてくれ』
『はい』
渡された耳かきをそっと机の上に置き、黙って台所にお茶を淹れに行く父親を思い出す。
俺は、異世界のトップチームの評価を心の中で静かに下方修正した。
探索を再開したが、二人のジェスチャーが複雑さを増していて、ワケわかんなくなっている。
もはやバラエティー番組のジェスチャークイズである。
散々やりとりした挙句、顔を寄せ合い、ボソボソ話して確認している。
「あの~、とりあえず周囲に敵はいないようだから、最初っから小さな声で話してみたらどうですかね?」
「カズヤ、お前は黙ってろ」
怒られた。
どうやら、幾多の困難を乗り越えてきた戦友の間に微妙な亀裂が入ってしまったようだ。
気まずい雰囲気が流れる中、山を歩き続け、そのうち、俺を間に挟んで伝言ゲームするようになってしまった。
誰か、このヒト達、どうにかしてくれないかな?
行く先にゴブリンの小集団を発見する。
強襲するのか、それとも、やり過ごすのか?
先頭のベネットさんが中間の俺に向かって、ソウル兄弟的なダンスを踊り指示を出してくる。
それはランニング男ですか?
うんざりしながら、しんがりのクリスさんに向けて、俺も謎舞踊を中継する。
そして、クリスさんが総武線四十八人組的に演舞する。
それ恋する幸運の焼き菓子ですよね?
僕も踊れます。
もはや意味不明である。
ナニやってんの?このヒトたち?
「おい、カズヤ、今のはどういう意味だ?」
業を煮やしたクリスさんが、声に出して俺に言う。
高校野球の伝令係りのように、ベネットさんに駆け寄る。
「クリスさんが、今のは『どういう意味だ』と聞いています」
「『後ろに回り込んで、襲いかかる』って意味だ。って言っとけ」
ベネットさんが、イライラしながら俺に答える。
「『後ろに回り込んでから、襲いかかる』そうです」
クリスさんとベネットさんの間を卓球のラリーの如くメッセンジャーとして往復するうちに、二人の距離がだんだんと近くなってきて、すでに俺は前と後ろに体を回転させるだけになってしまった。
さすがにバカらしくなったので。
「あのー、もう、普通に話しませんか?」
「おい、ベネット。お前のせいでカズヤが、こんな事言い出したぞ」
「ああ?俺のせいか?クリスがモゾモゾ、クネクネするからだろ?いったい何のマネだ?背中でも痒いのか?」
「お前こそ無駄にニョロニョロ動きやがって、膀胱はち切れそうなのか?それともデカイ方か?遠慮せずにそこの木の影でやってこいよ」
「モゾモゾ、クネクネだと?」
「ニョロニョロだって?」
とうとう、大声でケンカし始めてしまった。
・・・。
分かった。
この人達、アホなんだ。
当然の如く、騒ぎを聞きつけたゴブリン達に気付かれる。
ゴブリンの一団が奇声を上げながら、武器を振りかざしてこちらに向かって来る。
「ちっ、見つかっちまった」
「当たり前でしょ。アホですか、あんたら」
打ち合わせも何も無く、目の前の集団に突撃する。
二人はアホだが、やっぱり強かった。
襲いかかる無数の刃を流れる様に躱し、次々と切り捨てて行く。
今、剣を引き抜いた相手が地に倒れる頃には、次の相手に止めを刺していた。
俺は、脇から逃げ出したゴブリンを側面から叩くだけだった。
やはり強い。
アホだから強いのか?
アホじゃなければ強く成れないのか?
道中いがみ合う二人の間に挟まれながら山を下りる。
夕食まではクリス先生を相手に、剣のお稽古である。
思い返すと、ボリス教官は正面から堂々と受けて立ち、相手を跳ね返すタイプの剣士であったと思う。
今、正面に立つクリスさんは、一見隙だらけであるが、そのクセ、右から打ち込もうと考えた瞬間に、クリスさんの何かが変わり、そっち側はダメだと分かる。
『何か』と言うのは、視線や重心、剣の握り、体の向き、何となく感じる気配。
そういったクリスさんの全体的な雰囲気が変わるのが分かるのだ。
俺は一ミリたりとも動いてはいないし、もちろん視線も固定したままだ。
クリスさんも微動だにしていないが、攻めようとすると、雰囲気だけで潰される。
動きを読まれると言うよりも、行く先を封じられて身動きが取れない。
強引に行ってもするりと躱され、いつの間にか後ろを取られている。
身体強化による背面取り、バックスタブでもない。
むしろ、動作は緩慢と言っても良いくらいだ。
俺の眼はヌルリと躱すクリスさんの動きを捉え、反応しているのだが、詰将棋のように、誘導され、いつの間にか追い込まれている。
うーん、どぎゃんしたらよかと?
「カズヤ、打って来ないと稽古にならんぞ」
人差し指と親指だけで剣の柄を摘まみ、プラプラさせながら『ここに来い』と挑発してくる。
そうは言うが、打たせてくれないクセに。
いったん距離を取ってクリスさんのペースを崩すかな?
「カズヤ、逃げるのはダメだからな」
くっ・・・、逃げるだなんて・・・、仕切り直すだけのつもりだったのに。
「そろそろ待ちくたびれたから、こっちから行くぞ」
まずい。
そう思った時には目の前にいた。
何だろう?単純に速いだけでは無く、俺のちょっとした呼吸の合間、気持ちの隙を盗んでくるのだ。
必死で身体を捻り、剣を軌道上に置いてガードする。
守りを固めてカウターを狙うという消極的な作戦が嫌いなクリスさんの御指導で盾は装備していない。
身体を軽くし、相手より先に動き、攻撃される前に倒してしまえばいい。
おっしゃる事はごもっともですが、それは熟練者だからこそ成し得る技だと思うんですよね。
降り注ぐ連打を、ドタバタあがいて凌ぎ続ける。
俺が対応できる程度には、手加減してくれているのが分かる。
そうでなければ、初撃で地面に転がされていただろう。
ここは御言葉に甘えて、わずかに出来た動きの隙間に剣を打ち込む。
・・・と、空いた俺の左側にクリスさんの剣が高速で飛んでくる。
わざと隙を見せて、そっち側に俺を誘ったのは分かっていた。
だが、あえて誘いに乗って踏み込み、剣を捨て、そのままの勢いで、抱き着くようにクリスさんの懐に飛び込む。
相討ち覚悟で上着の襟を掴んで密着してしまえば、華麗なクリスさんの動きを封じ込められる。
悪くても、ボクシングのクリンチ状態。
上手く行けば、投げる事も出来たはず。
それなのに、地面に転がされていたのは、俺の方だった。
「今のは・・・、出足払い?」
「出足払い?何の事か分からねェが、お前が突っ込んで来る時、浮いている右足が見えたからよ、思わず引っ掛けちまった」
『思わず』か・・・。
身体の力を抜いて大の字で土に身を任せる。
レベルが違いすぎて、にんともかんとも・・・。
そのまま寝転がり、休憩を取っている俺達に、ソフィ率いる薔薇組が近づいて来る。
あっちは、あっちでソフィア先生から戦闘訓練を受けていたようだ。
「カズヤ、どう?少しはクリスと打ち合えるようになった?」
疲れ果て大の字で寝そべる俺の上にソフィの影が差す。
差し出されたソフィの手を取って体を起こす。
「ご覧の通り、まるで歯が立たないでござる」
「それは仕方ないわ、経験が違うもの。でも、そんなに悪くは無いわよ」
「そうかな?そんなら、もうちょっとがんばってみるかな」
「そうね。次は彼女達の相手をしてくれる?」
太陽を背に受けて微笑むソフィのお願いに、否も応も無い。
並んで待ち構える薔薇の女子との総当たり戦。
クリスさんとやった後だから、余計に彼女達の動きがドタバタしている様に見える。
動きが遅いし、剣の縦振り、横振り、一つ一つの動作に隙間が有る。
技が繋がっていないのがはっきり分かる。
突き出してきた剣を軽く内側から叩く。
それほど力を入れずとも、大きく外側に逸れて正面ががら空きになる。
腕を上げて上段から打ち下ろす・・・フリをする。
慌てて盾を前に持ってくるが、その盾が視界を遮り俺の動きが見えなくなる。
剣を突き出したまま残っている右手を掴み、足を掛けて引き倒す。
クリスさんは、そうさせてくれないんだよなあ。
フェイントを掛けたり、組み合ったり、わざと剣を落としてみたりする。
ほとんど俺の思う通りに動いてくれる。
たぶん、クリスさんからは、こんなふうに俺の事が見えているんだろうなあ。
「やめて!エリカ、戻って」
少し打ち合って、ベンチへ呼び戻されミーティング、ソフィア監督から指示を受けて、次の選手が俺の前に立つ。
対俺用にどんな秘密の作戦を授かってくるのか知らないが、だんだんやり辛くなってきた。
スキルの多用は俺に見切られていると学習したようで、だいぶ前から使わなくなってきている。
だからといって、突然、素の攻撃力が上がるわけでも無いので、俺の優位は変わらないのだが、ちと手こずる様になってきた。
次に出てきた槍職のナオミが刃先だけでなく、大陸の棒術使いのように、体を回転させて反対側の柄の部分を使いだした。
なんかマズイぞ?
「アニキ、兄貴、向こうはソフィア監督から指導を受けてきてますよ。こっちも何かないんですか?」
柔らかい草の上に片肘を付いて横になり、ほとんど居眠りしているカズヤチームの駄目監督を揺り起こす。
「ああ?ん~、そうだなあ」
クリスさんが興味無さそうに、鼻をほじりながら座り直す。
あんた、今は俺の専属コーチなんだからしっかりしてくれよ。
「う~ん、カズヤ、あのな・・・」
「はい」
「あの女の子達の中で、誰が好みだ?」
「は?」
このオッサン、ナニ言い出すんだ?
「あの大人しそうな髪の長いメイジか?それとも、勝気な赤毛のポニーテールか?」
「俺はもちろん、マコトちゃんです」
俺の推しメンはマコトちゃん一択である。
「ふむ・・・、あのショートカットの女の子か。カズヤ、お前、おっぱいの小さいのが好きなのか?」
「いえ、胸の大きさに拘りはないッス」
「ふむ、そうか・・・。俺もあっち側が良いなあ・・・」
なんと!
のっそり起き上がると、ソフィアチームの方へ行ってしまったではありませんか!
しまった!このヒト、アホだったの忘れてた!
「クリスさんのバカ!くそう!やってやる!やってやるぞ!ぜってぇ負けねぇからな!」
無情にも異世界で孤立した俺は、次々と襲いかかる薔薇の女子を泣きながら倒し続ける。
果てしないローテーションをさばき続け、今日の夕飯は何かなあ?などと考え始めた頃、向こう側の作戦タイムがやけに長い。
なんだかクリスさんと薔薇の女子がもめている。
ナニやってんだ?
円陣から離れたエリカがテントの中に入り、しばらくしてから出てくると俺の前にネクストチャレンジャーとして現れた。
あれ?いつものハーフプレートを外している。
重い装備が嫌いなクリスさんの入れ知恵か?
何か様子がおかしいな?
エリカが顔を赤くして、妙にモジモジしている。
「エリカ、どうかしたか?顔が赤いぞ?」
「う、うるさい!さっさとやるわよ!負けないからね!」
ナンなんだ?
クリスさんから、秘策を授かってきたらしいが?
状況が良く分からないまま、振り下ろしてきたエリカの剣をいつもの様に受け流す。
何か仕込まれてきたか?
一応、用心して距離を取りつつ、奇襲に備える。
あっ!
警戒しながら打ち合ううちに、大きな変化に気が付いた。
エリカの胸が大きく揺れているではありませんか!
もちろん動きやすい上着は着ているのだが、エリカが動く度に、その布地の下で程よい大きさのおっぱいが跳ね上がるのが、がっつり分かるではありませんか!
こいつ・・・、ブラジャー外してきやがった!
この異世界にも、ブラジャーは存在する。
元の現代世界のように、ワイヤーで吊って、寄せて上げて、無いモノを有るように見せる錬金術的なモノではないが、ある程度、形を整え、肌が擦れるのを防ぐ為のシュミーズだか、ペチコートだか、男性には判別できない種類の下着は有る。
それを外してきやがった!
俺を倒す為にここまでするとは、エリカの覚悟に鬼気迫るものがある。
その心意気に免じて、全力でお相手しなければいけませんね!
薔薇の女子を相手にするいつもの訓練に若干マンネリ化を感じていたところだったが、たった一つのささやかな変化で、こうも大きくやる気が出るなんて!
おお!跳ねる跳ねる!
おお!揺れる揺れる!
右に剣を逸らす。
横揺れ。
上に剣を跳ね上げる。
縦揺れ。
こんな楽しい訓練は初めてだ。
ありがとうクリスさん。
しかも、組み合う度にエリカの顔が恥じらいで赤く染まっていく。
ここは楽園ですか?
はずむおっぱいに気を取られて全てを見失っていた俺は、当然の事ながら、歓喜の中で倒されていた。
我が人生に悔いは無し。
「カズヤのバカっ!」
初めて俺に勝ったエリカが半泣きで走り去って行く。
ちょっと待った。
俺のせいか?
さんざん楽しませてはもらったが、アホのクリスさんの提案に乗ったのはエリカのはずだ。
俺に八つ当たりするくらいなら、そんな胡散臭い捨て身のネタに走らなきゃいいのに。
残りの薔薇メンバーが、何か言いたそうに俺をジト目で見てくる。
マコトちゃんも睨んでくるし・・・。
「お、俺は、わ、悪くないゾ?」
「ギルティ!」
クリスさんのバカっ!
「カズヤ、女はやっぱり、おっぱいのデカイのが良いよな」
「フッ、相変わらずクリスはバカだな。カズヤ、女はケツが全てだって言ってやれ」
「ベネット、今、何て言った?」
「プリっと上を向いたケツが最高だと言ったんだ。ああ、それとクリスの趣味が悪いとも言った気がするな」
夕食の最中も俺を挟んでケンカしている。
そして、その内容が実にくだらない。
「いい加減、仲直りしてくださいよ。それと、クリスさん、言っときますケド、俺を見捨てて薔薇チームに走ったのは忘れてませんからね」
「だけどよう、カズヤとあの子達じゃ差が有り過ぎて、助言も何も無いだろ、退屈でさ。それに教えるなら女の子の方が楽しいしな」
このアホクリス、ぶっちゃけ過ぎだろ。
「だから言ったろ?クリスはバカなんだ。カズヤもタイヘンだな。こんなバカを師匠にしなきゃならないなんて」
横からベネットさんが、茶々を入れてくるが、俺も全く同じ意見だ。
I think so too.
「ベネットは黙ってろ」
「お前こそ、適当なこと言ってんじゃねぇ」
椅子を蹴り倒し、立ち上がってガンを飛ばし合う。
だからそういう事は、どっか俺のいない遠い場所でやってくれないかな。
「あー、もう!いい加減にしなさいよ!」
お、見かねたドロシーさんが近づいてきた。
「いつも、いつもくだらない事でケンカして!カズヤが困ってるじゃないの!」
いつもか・・・。
「ドロシー、男のケンカに口を挟むんじゃねぇ」
「あら、そう。じゃあ・・・、マーク!マーク!ちょっと、こいつらどうにかして!」
「え?お、おい・・・。ドロシー、マークはやめろよ・・・」
ん?どういうワケか二人が妙に怯えだしたな。
何でだ?
こちらに穏やかな笑みをたたえたマークさんがやってくると、静かに二人の肩をぽんぽん叩いて、外に連れ出して行った。
その後、マークさんに何を言われたのか、何をされたのか分からないが、牙を抜かれた獣のようにおとなしくなった二人がいた。
恐るべし!
狂犬のマーク改め、微笑みのマークさん!




