2.「私、何がしたいんだろう」
「ふざけるな! そもそも、先に婚約を申し込んできたのは向こうだろう!」
婚約解消について話すと、父は顔を真っ赤にして怒った。
「うちとの取引を増やしたい、息子と娘も年が近いからぜひにと、何度も頭を下げてきたのはレインズ子爵の方だ。それを今さら、商人の娘だからだと?」
「あなた、少し落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか!」
母になだめられても、父の怒りは収まらない。
その様子を見て、セシリアは少しだけほっとした。
両親は、自分を責めないのだ。
「お父様。もう、いいんです」
「よくない! セシリア、お前は何も悪くないんだぞ」
「でも……」
セシリアは俯いた。
「私が、貴族の妻に相応しくなかったのは本当ですから」
「そんなこと――」
「あなた」
母が父を制した。
「今日はもう休ませましょう」
母に促され、セシリアは自室へ戻った。
一人になって、ぼんやりと部屋を見回す。
棚には礼儀作法についての本が並んでいる。
オスカーの婚約者になってから買い集めたものだ。
その横には、刺繍道具。
刺繍はオスカーの母に勧められて始めた。
それからピアノ。
上流階級の娘なら弾けた方がいいと、父が誕生日に買ってくれたものだ。
「……あれ?」
セシリアは気づいた。
この部屋には、こんなにたくさんのものがあるのに。
自分が好きで選んだものが、ほとんどない。
『オスカー様のお好きなように』
いつもそう答えてきた。
では、オスカーがいなくなった今、自分はどうしたいのだろう。
「私……何がしたいんだろう」
考えても、何も浮かばなかった。
――翌朝。
食事の席でぼんやりしているセシリアに、母が言った。
「ねえ、セシリア。家にいても気が晴れないでしょうから、マーサのところへ行ってきたら?」
「叔母様のところへ?」
「ええ。しばらくマーサのところで過ごしてみたらどうかしら」
マーサは母の妹だ。
商家に生まれながら家業には加わらず、今は王都の庶民街で小さなパン屋を営んでいる。
幼い頃はよく母と店に遊びに行っていた。
けれど、オスカーと婚約してからは足が遠のいていた。彼が以前、『婚約者が下街にいるところを見られたくない』と言っていたからだ。
「……賑やかな下町にいた方が、気が紛れると思うわ」
「でも、急に行ったらご迷惑では……」
「マーサなら、『部屋なら空いてるから来れば?』って言うわよ」
母はくすりと笑った。
「今すぐ次のことを決めなくてもいいの。少し休んで、自分が何をしたいのか考えてきなさい」
「自分が、何をしたいのか……」
セシリアは小さく呟いた。
今はまだ、何も思い浮かばない。
それでも、ここではない場所へ行ってみるのは、少しだけいいことのように思えた。




