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第八十話『青の残響』



 数年後――


     ◆


 駅のホーム。


     ◆


『――まもなく、

 一番線に電車が参ります』


     ◆


 いつものアナウンス。


 変わらない声。


 変わらない音。


     ◆


 カナタは静かに目を閉じる。


     ◆


 朝のホーム。


 柔らかな風。


 青く晴れた空。


     ◆


 世界は正常だった。


     ◆


 ノイズは無い。


 空が崩れる事もない。


 誰かが突然消える事もない。


     ◆


 全部、

 終わったのだ。


     ◆


 それでも。


 時々、

 胸の奥が痛んだ。


     ◆


 理由の分からない喪失感。


 夢を見ているみたいな感覚。


     ◆


 大切な何かを、

 忘れている気がする。


     ◆


 それが何なのか、


 思い出せない。


     ◆


 カナタは小さく息を吐き、

 ホームのベンチへ腰を下ろした。


     ◆


 その手には、

 一本のドリンク。


     ◆


 シュワシュワサイダー。


     ◆


 炭酸の音が、

 静かに耳へ残る。


     ◆


「……まだ、

 あったんだな」


 小さく笑う。


     ◆


 どこか懐かしかった。


 理由も分からないくらい、

 ひどく懐かしかった。


     ◆


 電車がホームへ滑り込む。


 ブレーキ音。


 開く扉。


     ◆


 カナタは電車に乗る。


     ◆


 一人の少女が、

 カナタの隣へ座った。


     ◆


 白いワンピース。


 柔らかな黒髪。


 夏の風に揺れる横顔。


     ◆


 カナタの呼吸が止まる。


     ◆


 少女は、

 缶ジュースを見つめながら小さく笑った。


     ◆


「……それ、

 美味しい?」


     ◆


 聞いた瞬間。


 胸の奥で、

 何かが揺れた。


     ◆


 遠い夏。


 夕暮れ。


 帰り道。


 屋上。


 歌。


     ◆


 名前の無い記憶達が、

 一瞬だけ胸を掠めていく。


     ◆


 でも。


 はっきりと掴めない。


     ◆


 カナタは少しだけ困ったように笑った。


     ◆


「……多分、

 好きだった」


     ◆


 少女は不思議そうに首を傾げる。


     ◆


 その仕草。


     ◆


 顎先へ、

 そっと触れる指。


     ◆


 カナタの瞳が揺れる。


     ◆


 何故だろう。


 胸が苦しい。


 懐かしい。


 泣きそうになる。


     ◆


 こんなに感情が揺さぶられていても、


 理由だけが分からない。


     ◆


 少女は、

 青空を見上げながら呟いた。


     ◆


「……なんか、

 初めてな気がしないね」


     ◆


 夏の風が吹く。


 電車の音が遠ざかる。


     ◆


 カナタは、

 ゆっくり笑った。


     ◆


 少しだけ。


 本当に少しだけ。


     ◆


「……うん」


     ◆


 その瞬間。


 風が揺れる。


     ◆


 どこか遠くで。


 微かにギターの音が聞こえた気がした。


     ◆


 Re:member――


     ◆


 君がここにいた事を。


     ◆


 青空の向こう。


 夏の光。


 変わらない電車の音。


     ◆


 そして。


 世界は今日も、

 静かに続いていく。


     ◆


 スマホの通知音が鳴る。


     ◆


 カナタは何気なく画面を開いた。


     ◆


【K】


【新しい投稿があります】


【君だけが、改変前の世界を覚えている】




END

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