28.いくらでも胸を貸してやる
おにぎりころろの店内に戻る。ふぅと息をつく。
さっきは目の前で正解を見せつけられて混乱したけれど……でも、不思議とすぐに気持ちは落ち着いた。
それもこれも、聡が見ていてくれたから。聡が助けてくれたから。聡が見てくれていたのなら、もうそれで充分だ。
俊介との付き合いは、うまくいかなかった。でも、それがすべてじゃない。大丈夫。
「結心?」
奥の和室から、シャルルが障子の隙間からひょっこりと覗き込んでいる。心配そうな顔をしていた。
「なんでもない、すぐ戻るよ」
えへへ、と結心は笑う。しかしシャルルはじっと押し黙ったあと、障子の隙間を広げて姿をあらわした。
そして、両手をぱっと広げる。ふわふわで、もこもこの丸い手だ。
「三謝祭が終わったら、いくらでも胸を貸してやる」
「やだ、聞こえてたの? 地獄耳ね」
否定も肯定もせず、シャルルは両手を広げたまま立っていた。
「ありがとう。でも大丈夫」
「結心には聡がいるものな。それに、もう自分で自分の気持ちを整理できる。私の役目は終わったのかもしれないな」
そう言うと、少し視線を下げて手をおろした。その姿に哀愁を感じてしまう。やっぱり、気弱になっているような……。
「ヘンなこと言わないで。シャルルのことはこれからも頼らせてよ」
「まだまだ子どもだな、結心は」
「悪うございました」
ふふっと笑いあうだけで、俊介への暗い気持ちは消化されていく。今、好きな人たちに愛されたのなら、それでじゅうぶん幸せだ。
それからほどなくして、商品がすべて完売した。空を見上げると、太陽は一番高い位置にある。
「盛り上がりましたねー!」
泉羽は興奮冷めやらぬ様子で頬を染めている。
聡もそれに呼応するように、めずらしく早口になる。
「普段お会いしないようなお客様にもたくさん来ていただけて良かったですね!」
「子連れで入っていいお店かわからなくていつも素通りしていたんです、って方もいました。外から見ると、敷居が高そうに見えるのかな」
理子の従妹の声は重要だろうと思って伝える。
「僕のところにも、犬の散歩中に寄りたいけど犬を連れて入れないから……って方が。盲導犬以外を店内に入れるのは難しいけど、気軽にお茶を買ってもらえる仕組みを作れば……」
泉羽と聡は、お互いに見聞きしたことをフィードバックしあっている。普段、お店に来てくれない人の声は届かないから、貴重な機会となったことだろう。
結心は大輝とともに、もくもくと後片付け。それはいつものこと。しかし、普段は先陣切って話し始めるはずの朋子が、じっと地面を見つめて動かずにいたことに結心は不審に思う。
「お母さん?」
結心の声に、朋子ははっと顔をあげる。ずいぶん疲れているようだ。日差しも強い中で立ちっぱなししゃべりっぱなしだったから、疲労も溜まっているのだろう。先日もめまいを起こしたというのに、気遣いが足りなかった。
「中で休んだら? こっちはわたしがやるから」
「ああ、うん。そうする」
力のない笑みを浮かべると、朋子は店に戻っていった。いつもなら「平気よ!」って強がるのに。
「もう少し、お母さんを休ませればよかったな……」
しかし、朋子目当ての客が多くいる以上、なかなか言うタイミングもなかった。
「わたしたちも、なにも気付かずごめんなさい」
しゅんとした様子で泉羽が言う。しまった、余計なことを言って水を差してしまった。
「いえいえ、もう年だって自分でも言っていたので……」
みんな、自分の店のことで忙しい。普段は元気いっぱいな朋子のことを気にとめていられるほどの余裕はない。
とりあえず、夕方まで店で休んでもらって……と考えていると。
「結心!」
ここにいるはずのない声がした。シャルルだ。
視線を店に向けると、小さなぬいぐるみが重い引き戸を必死でこじ開けていた。
シャルルは、人間が土足で歩く場所に立つことはない。足が汚れるから。でも今は、足が汚れるのも構わず必死に引き戸を押している。そして、声をあげている。それだけで、なにかとんでもないことが起こったと肌で感じた。
シャルルの次の言葉を聞くのが怖い。ロクなことじゃないってわかる。でも言葉は容赦なく結心の耳に届く。
「朋子が倒れた!」




