6. 巡る疑問
『アルもなかなかの役者だな』
枝に座るデールは、スカートからのぞかせた足をプラプラさせる。
少し離れた木の上から、衣装室を覗いていた。
もちろん目的はアルの着替えではなく、王妃が衣装室へ向かったと耳にしたからだ。
王宮内をうろついても、さすがに国王や王妃に遭遇することは無かった。当たり前だが。
この国の民ではあっても、平民で、なおかつ王都に出たことのないエリーゼは初めて王妃を目にする。
窓に向かって立つアルの表情はよく見えるが、残念ながら王妃は後ろ姿しか見えない。
デールが言うように、アルは王妃を恐れてはいないのだろう。
むしろ応接室で露わにした感情を、必死で押し殺しているのかもしれない。
アルは剣術も魔法の才能もある。その上、金の瞳という、立場を大逆転させるカードも隠し持っているのだ。
(でも、隠す理由は何かしら?)
アルの立場が確立されたら、側室である母親の待遇も良くなる筈だ。
エリーゼは、アルの真意を探すかのようにジッと見詰めた。
(それにしても。なんで王妃自ら、衣装室にわざわざ足を運んだのかしら?)
そんな親子のような関係性ではないだろうと、エリーゼは首を傾げた。
王妃に仕えるのは、地位も高く選ばれた優秀な者だけ。指示さえ出しておけば事足りるはずだ。
(これも罠……? それとも毒の効き具合を確かめるため?)
疑問ばかりが頭を巡る。
王妃はスッと立ち上がり、アルの前に立つ。閉じた扇を、突然アルの顎下にピタリと当てた。
「立場はわかっていますよね? 式では決して目立たず、クリストファーの邪魔にならないようになさい」
命令のような言動。
「……はい」と、アルが返事をすると王妃は扇を離す。
王妃付きの使用人たちは、ただ傍観している。
きっとこんなやり取りは、今日に始まったことではないのだろう。
「身体の弱い貴方のために、式典が終わったら、直ぐにでも療養地に戻れるよう手配はしておきます。ソフィア様もその方が安心でしょう?」
半ば脅迫のような意味をこめた言葉に「ご配慮感謝いたします」とアルは頭を下げた。
王妃は満足したのかアルに背を向け、窓の外を眺める。
「正しき判断は長生きができるものよ。肝に銘じておきなさい」
当事者のアルより、見ているエリーゼの方が怒りを覚える光景だったが……。
(――あれは、どういうこと?)
窓を向いている王妃の表情は、発する言葉とは真逆。とても辛そうに見えた。
デールも気付いたのか『ふーん』と呟く。
だが、それも一瞬のことで、王妃はすぐにパッと扇を広げ、使用人の方に向き直り衣装室を出て行った。
(派手なメイクで分かりにくいけど……)
側室の母親より、本来の姿のアルは王妃に似ている気がした――。
◇◇◇◇◇
「エリーゼ、ちょっと別行動してみないか」
王妃の姿が見えなくなると、デールはグーッと伸びをしながら提案してきた。
「別にいいけど?」
ひと通り王宮内を見て回ったが、式典までこれといった問題は無さそうだった。デールの場合、離れていてもエリーゼの状況は常にわかる。
「もうすぐ神殿の奴らが到着する頃だろ。オレはそっちを覗いてくる」
ルークの魔道具では潜入に限界がある。デールだけなら余裕でどこにでも行けるだろう。
「あ! もしかして例の聖女が気になるの?」
「は、まさか。あんなのは聖女じゃない」
「でも神殿が認めたのよ?」
「能力なら、アンジェリーヌの方が全然上だ。まあ、光属性は今の時代、希少な属性だしな」
ボワイエ伯爵家の件が脳裏をよぎる。
「でも……それだけで認められないでしょう?」
「まあ、他にも多少はあるだろうけどな。治癒なんてのは殆ど神官がしているだろ?」
「確かに、そうね」
エリーゼに転生する前に、神官としてその仕事をしてきた。
「待って……。じゃあ、母さまは?」
「当然知っているさ。だから、結界まで張っているんだろ。まあ、今の聖女なんてもんは人間が作り上げた役職だ。ある程度の能力があると、祭り上げられる。――たまに、厄介な奴もいるけどな」
急に苦虫を噛み潰したような顔をしたデールに、エリーゼはプッと笑ってしまう。
どうやらデールの目的は別らしい。
「でも、油断しないでよね」
相手は神殿の人間なのだ。聖石のように悪魔だからこそ危ないものがあるかもしれない。そんなエリーゼの言わんとすることに、デールは素直に頷いた。
『それにもう――オレに神聖力は効かない』
エリーゼに聞こえない声で、デールは呟いた。
◇◇◇◇◇
「ここで何をしている!」
大量の薔薇が植えられた庭園で、エリーゼは背後から声をかけられた。
振り向けば、高貴な服を身にまとい、一目で王子とわかる出立ちの人物がそこにいた。
「大変申し訳ございません。庭師を探しており、迷ってしまいました!」
エリーゼは頭を下げる。
「顔を上げよ。……ふむ、見たことのないメイドだな」
どことなく、アルと似ているクリストファー第二王子。
「もしかして、離宮からか?」
一瞬迷いはしたが、エリーゼは「はい」と答えた。
「式典の準備のため、配属が変わったばかりです。届いた花が足らず、庭師に手配をしてもらうよう探しております」
「そうか。庭師は今の時間、温室の方だ」
「教えていただき、ありがとうございます」
会話をしつつ、護衛をつけていないことを不思議に思っていると、クリストファーはまた尋ねてきた。
「兄上の体調はどうだ?」と。




