4. 潜入
『ねえ……』
『なんだ?』
『その姿、反則じゃない?』
『似合ってるだろ?』
じとりとした目で言うエリーゼに、デールは小首を傾げフッ……っと色っぽい笑みを見せる。
(……くっ!)
エリーゼは不本意ながらドキッとし、顔を赤らめた。
『に、似合ってるけど……何でデールまでメイドの姿なのよ!』
『メイドの方が何かと動きやすいからだろ?』
『それは確かにそうだけど……』
『ほら、前から来るぞ』
王宮の廊下でしずしずと歩く二人のメイドの脇を、ワゴンを押した同僚が通り過ぎる。
『……毒か』
『え!?』
『まあ、あれくらいなら問題ないだろう。アルも気付くだろうしな』
『そう……まさか、飲んだりしないわよね』
エリーゼの心配をよそに、デールは不敵に笑った。
◇◇◇◇◇
アルが自国の式典出席のため、数日間の休みを取った。
生徒に詳しい話は聞かされないが、エリーゼとデールはルークに呼び出され、内容を教えてもらったのだ――実際には、ルークからある事を依頼されたのだが。
「どうして、すんなり受けたの?」
『べつに〜』
いつもの夜の癒しの一時。
屋根の上でコテンと寝転がった、フェレットデールの眉間あたりを指先で優しく撫でる。デールは気持ち良さそうに目を閉じ、鼻先を上げた。
(絶対に何か隠しているわね)
デールはエリーゼと共に呼び出される前に、ルークと話をつけているようだった。
時たま、エリーゼにはよく分からない空気感がデールとルークの間で流れる。デールがルークを遠くの国に飛ばした、あの一件の後から……。
『ルークがオレたちに依頼するなんて、よほど心配なんだろ』
「……そうよね」
エリーゼは、ルークから渡された華奢なペンダントを月明かりに照らす。
いくつかの魔法が付与された魔道具。
デールを見ながら「ま、必要ないだろうけど」と意味深長なことを言いつつも、二人に渡した。
ルークの依頼は、エリーゼとデールで王宮に潜入しアルを見守ってほしいということだった。
何かあれば自分を呼んでほしいと。特に大きな危険があるわけでは無いらしいが、念のためだと言う。
招待状も無いのに、公国の魔術師が勝手に他国へついて行くわけにはいかないだろうと、ルークは肩を竦めた。
つまり、ルークはユリウスに許可を取れなかった――いや、取らなかったのかもしれない。
ルークとアルは師弟関係だと言っていた。師が弟子を心配するのは当たり前だ。
(でも、そこまでして……心配なことって?)
事情はよく分からないが、潜入はアルにも秘密。
しばらくエリーゼとデールの姿が、学校内で見えなくとも大丈夫なよう、ルークがうまくやってくれるという話だった。
――以前、本来の姿をエリーゼに見せたアル。
王子として留学した時点で、子供の頃より境遇が良い方へ変わったのだと思っていたが、違ったのだろうか。
(友達として、私に出来ることがあるなら)
エリーゼは一肌脱ぐ覚悟を決めた。
用事があるのか、アルは遠回りしてから王都に向かうらしい。
アルを乗せた馬車が王宮に到着するのに合わせ、デールとエリーゼは、王宮の使用人として潜入することにした。
◇◇◇◇◇
――そして、潜入日。
まさか、ルークの寄越したペンダント型の魔道具が、どちらもメイド姿に変えるものだとは思わなかった。
魔道具を発動すると、瞳や髪色が変わり、服装もメイドのお仕着せに変わったのだ。
美少女すぎるデールに、認識阻害があって良かったと心底思う。普通にこんなメイドがいたら、目立ってしょうがないだろう。
(完全に負けたわ……。そもそも、デールは侍従姿でよかったんじゃないかしら? いや、魔道具を使う必要なんてないでしょう! あっ)
ルークの一言を思い出す。
依頼しておきながら、余計なイタズラ心を込めたアイテム。デールは知っていて使ったのだ。
結果、エリーゼが女性として妙な敗北感を味合わされただけ。
(誰得よ……)
考えるのがバカらしくなり、潜入に集中することにした。
エリーゼとデールは廊下の柱の陰に隠れ、空になったワゴンを押したメイドが部屋から出て来るのを待つ。
案の定、すぐにメイドは出てきた。
アルは、メイドが部屋に残るのを嫌がったのだろう。
メイドに声を掛け、茶器の回収は自分たちがメイド長に支持されたと伝え、ワゴンを受け取りそのメイドには違う仕事に行ってもらった。
エリーゼとデールは応接室らしき扉の前で、ワゴンを横にとめ待機する。
警備の者は廊下に一人居るだけだ。
どうやらアルは自分の住まう宮ではなく、国王に謁見する為に待たされているところらしい。
『中の様子見るか?』
『見たいけど、まだ入れないわ』
『大丈夫だ』
そうデールは言うと、細く長い指を絡ませるようにエリーゼの手を握った。
すると、目の前の廊下が、アルの居る部屋の中の景色に変わる。
デールの見えているものの共有。何度か体験したが、不思議で仕方ない。
『――え? あれはアルなの?』
『ああ』
デールは驚きもしないようだが、エリーゼは数日前に会った時と別人のようなアルの姿に目を見開いた。
スラリとした身長は変わらない。
けれど、細身でもしっかりとついていた筋肉に、血色の良かった顔はどこにいってしまったのだろうか。
青白く猫背気味で、とてもじゃないが剣を持ったら倒れそうな風貌のアルがそこに居た。
エリーゼの知っているアルとは、正直別人だった。
『あれも魔道具で?』
『だろうな』
誰も居ない部屋の中なのに、アルは具合の悪そうな演技をしているみたいだ。
立っていた窓辺から、徐にお茶の用意されたテーブルについた。
ポットからティーカップに自分でお茶を注ぎ、それを口元に持って行くが……一瞬だけアルの動きが止まる。
『まさか、あれ……』
『飲むつもりだろうな。当然知っていて』
デールの言葉にエリーゼは息を呑む。
思わず部屋の中に向かいそうになるエリーゼを、デールが制止した。エリーゼはハッとする。
(きっと意味があるんだ……)
アルは、お茶を口にする前に「またこれか」と確かに言ったのだ。
そして、アルは毒入りのお茶を一気に飲み干した。




