2. 変化
クラス編成は、残念ながら四人が一緒になることはなかった。
エリーゼはアルと同じクラスだったが、デールとブランシュはそれぞれ分かれてしまった。数少ない女生徒や、平民同士はバラけさせられたようだ。
一年生では学校に慣れることを目的に、三年になれば進路によってまた編成が変わる。
二年生ではまわりに目を向けながら、自分と向き合い進路を決めろということなのだろう。
ちなみに寮の方は大きく変わっていない。卒業した三年生が使っていた部屋に、新一年生が入っただけだった。
「エリーゼ、話がある」
班ごとにする、馬の世話を先に終えた制服姿のアルが、厩舎の外でエリーゼを待っていた。
二年生になると乗馬も本格的になり、馬たちの管理も授業の一環となっている。着替え等もあるので、終わった班から各自休憩に入っていいことになっていた。
「ん、何?」
エリーゼたちの班はちょうど解散したところだ。エリーゼは重たい木桶を置いてアルを見上げた。アルの身長は羨ましいほどに、どんどん伸びていく。
「今じゃなくていいんだが……いや、今の方が邪魔が入らないか」
ぼそっと呟いたアルは、エリーゼの手を取って校舎とは反対方向に向かう。
「ちょっ、まだ手も洗ってないのよ」
「大丈夫」
「は?」
突然、汚れた手を繋いだアルに「汚れちゃうよ」と伝えたのに、むしろギュッと強く握られる。
新学期が始まってまだ数日。手紙でやり取りした内容は、直接話してはいない。きっとその件だろうとエリーゼは思う。
(話せることは限られているんだけど……)
眠らされて知らないことになっているのだから、適当に濁すしかないのだ。
アルは周囲に人の気配が無くなると、短い呪文を唱える。エリーゼの汚れは、洗い流されたかのように一瞬で綺麗になった。便利な魔法だとエリーゼは感心した。
「じゃあ、行こう」と、アルは前にルークが発動させたような魔法陣を展開させる。
(は!?)
エリーゼが返事するより早く、騎士学校の敷地から見知らぬ室内へと移動していた。
以前の闘技場とはまるで違う場所。
独特な形状の室内は書斎のような実験室のような、不思議な空間だった。積み上げられた本は魔法書ばかり。
「ここって……まさか」
「ああ、魔塔に繋がっている俺の部屋」
「ちょ! 一般人が入っちゃまずい場所でしょ!?」
どの人生でも魔法と縁遠かったエリーゼにしてみたら興味はあるが。魔塔に勝手に入ったことがバレたら、大変な問題になることぐらい分かる。魔塔は国で認められた魔法使いの機密機関のような場所なのだから。
「正確には魔塔の中じゃないから問題ない。闘技場のように俺が個人的に作った場所だから」
アルはこともなげに言った。
ルークに教えてもらったらしいが、魔塔内でも作れる者はごく限られているらしい。
「なんだ」とエリーゼはホッとする。
(もしかして、また聖石も使われてたりして)
エリーゼはチラリと手首を見るが――今回は戦いではないしデールを呼ぶ必要もないだろう。
「ねえ、もう手を離してもいいんじゃない?」
転移するために繋がれていたのかと思ったが、なかなか離してくれない。
(あれ?)
ルークには、エリーゼ一人で転移させられたと思い出す。
「いやだ」とアルは駄々っ子のような返事をすると、グッとエリーゼを引き寄せ腕の中に抱え込んだ。
咄嗟に押し返そうとするが、アルの力は強く抗えない。
(――っ!?)
尋常じゃないアルの心臓の音が聞こえてくる。
「……あの時、ひどく後悔したんだ」
この状況に戸惑い、アルの言う『あの時』を理解するのに少し時間がかかった。
「えっと……攫われた時のこと?」
こくりと小さく頷くのを頭上で感じた。一緒にいたラインハルトならまだしも、なぜアルが後悔するのかよく分からないが。
「あれは誰のせいでもなかったし……。私も油断しちゃったから。でも、こうして何ともなかったら。心配してくれてありがとう」
エリーゼは素直に感謝した。
(だからっ――お願いだから、もう離してほしいっ!)
アルに負けないくらい、エリーゼの心臓の音も大きくなっている。
「エリーゼに会えない時間……考えたんだ」
(ん?)
「もうエリーゼの隣は誰にも譲らないって」
(……んん?)
「これから、遠慮なくエリーゼを守るから」
「まも、る?」
騎士を目指す者に言う言葉だろうかと、エリーゼは首を傾げる。ガッチリホールドされ動けないが。
「だから、ずっと――隣にいることを許してほしい。友達として」
(仲間として、背中をあずけられる存在でありたいってことよね?)
「あ、うん。友達だもの……もちろんよ。前にも言ったでしょ。私もアルに何かあったら、ちゃんと守るわ」
「……ありがとう」
アルは腕を緩める。
(やっと離してくれるのね)
ホッとしたエリーゼの両肩に手を乗せ、そっと体を離したアルは笑みを浮かべ、エリーゼの額にチュッと唇を落とした。
「―――!!? いっ、今の!?」
バッと後方へ飛び退いたエリーゼは両手で額を抑える。
「友達としての、約束」
「と、友達はキスしない……」
「いや、するだろ。額くらい」
アルは自然に言った。照れたり、感情が露わになるとアルは顔が赤くなる。今はそれが無かった。
(本当に、友達として……なのよね?)
「じゃあ、そろそろ戻ろうか」と、アルは手を出した。
「あ、うん。転移には手を繋ぐの?」
「俺はルーク……先生ほどじゃないからな」
「そうなの?」
「ああ」
いまいち信用できないでいるエリーゼの手を、アルはまたしっかりと繋ぐ。
ろくに話なんてしていない気がしたが、エリーゼはアルに促されるまま、休憩時間が終わる前に学校へと戻った。
――そして。
この日を境に、デール並みに距離感バグを起こし出したアルの約束を受け入れてしまったことを、エリーゼは激しく後悔することになる。




