32. とりあえず一件落着
エリーゼは、重い瞼を開いた。
今は夜のようだが真っ暗ではない。壁に取り付けられたライトの優しい光で、エリーゼは広い部屋に居るのだとわかる。
高い天井に、軽くてあたたかな布団。自分がどこに寝ているのかは分からないが、起き上がる気力は無かった。
安全な場所であるという安心感のせいかもしれない。
モゾッとエリーゼはベッドの中で小さく動く。
二度寝しようとするが、頭は完全に冴えてしまっていて無理そうだ。
目を閉じても、地下牢での出来事が鮮明に思い浮かんでくる。
(デールは私の態度に騙されてくれたかしら……)
騙すといっても嘘は通じないから、話を逸らしただけだ。
デールが思いつめながらも、何かを伝えようとしていた。
本当は知りたかったが、エリーゼは頭痛に襲われ――デールは自分に痛みを移した。迷いもせずに。
悪魔でも感じる痛みなのか少しだけ顔を顰めたが、デールはエリーゼの心配だけをしていた。
(人間界に与える加護……?)
そう考えた瞬間、またもズキリと頭が痛む。
エリーゼは、掛け布団を引き上げ顔まで被る。
(私の過去に触れると……激しい頭痛が起こるのをデールは分かっていたみたいだ。いや……頭痛とは限らないけれど、私に何らかの影響が及ぶと知っていたのかも)
いつも話題をはぐらかし、口を閉ざす理由はそこにあったのだ。デールに不都合というより、エリーゼに与える影響を考慮して。
(全部が全部そうではないと思うけど……)
デールは、エリーゼの過去を知っているのだろう。その上で、エリーゼのそばにいて何かから守ろうとしている。
そんな感じがしたのだ。
悪魔が何故――とも思うが、契約が関係しているのかもしれないと考えれば、納得できなくもない。
ただ、デールの新たな姿は悪魔とは違う気がした。
頭痛を取ってもらったあと、デールのあの姿を見たら苦しくなった。泣きたいくらいに、何かが込み上げてきたのだ。
(私はたぶん、前世でもデールに会っている。でも――きっと、まだ知ったらいけないのね)
デールは時を待っているようだった。
悶々とする感情をどうにかしたくて、眠らせてほしいと誤魔化した。
とてもじゃないが、助けにやってきた人たちの前で一芝居うてると思えなかったから。
エリーゼが布団の中でじっと目を閉じていると、小さく扉がノックされ誰かが部屋に入ってきた。
ノックはただの礼儀で、エリーゼの返事を期待したわけではないらしい。
その証拠に、ベッドの近くにある椅子に座り、声をかけずにただエリーゼの方を見ているようだった。
(え……だれ?)
起きるタイミングを逃してしまい、なんとなく寝たふりを続ける。
どうせなら、声をかけてくれたら良かったのにとエリーゼは思う。
(……しかたない)
いつまでも寝た振りを続けるわけにはいかないので、寝返りをするタイミングでパチッと目を開けた。
「起きたか……」と、安堵する声の主はユリウスだった。
「……え?」
エリーゼはガバッと起き上がり、部屋の中をキョロキョロと見回す。
ベッドも驚くほど立派なつくりで、布団がふかふかなのも当然だった。
「どうして」とエリーゼは口の中で呟く。
「ここは私の邸だ。……腹は空いていないか?」
「お腹……」と言ったところで、くうぅ〜っと腹の虫が鳴いた。エリーゼは恥ずかしさで赤面する。部屋が暗くて良かったと思った。
「軽いスープでも持って来させよう」
クスッと笑ったユリウスは、立ち上がると扉の向こうに待機していた誰かに指示を出す。
戻ってまた椅子に腰をおろすと、エリーゼをじっと見てから口を開く。
「エリーゼは、丸三日も眠り続けていたんだ」
「へっ! 三日もですか!?」
部屋の真ん中にある豪奢なソファにある小さな膝掛けと、テーブルの上の書類の山。ユリウスがこの部屋で寝泊まりしたのが窺えた。
(誰も止めなかったの!?)
どれだけ眠らせたのかと、恨めしく手首を睨む。
「我が国で、またもエリーゼを危険に晒してしまった。本当に申し訳ない」とユリウスは徐に謝罪した。
「い、いえっ! ユリウス先生のせいではありませんから」
エリーゼは慌てて頭を下げるのをやめてもらう。
相変わらず先生呼びをしているが、ユリウスは簡単に頭を下げていい立場の人ではない。
まして、平民に。そのうえ、看病させるなんて畏れ多いことこの上ない。
「私、悪運強いので大丈夫です。それに……」
今回の件は、イングリッドと伯爵家の過去が原因ではあるが、悪魔の目的はデールはだった。
そしてエリーゼ自身も関係している――決して言えないが。
「あの時、誰が私を助け出してくれたのですか?」
デールは助けが複数人いそうな口ぶりをしていた。
「ああ。ルークが先にアルフォンスたちを連れ向かったが――」
「あの。先にとは?」
「当然、騎士団を連れ私も向かった」
眠っていて良かったと心底思う。
エリーゼとイングリッドは地下牢で離れて倒れているのを発見された。
「イングリッドは、逆恨みから禁術を使ってエリーゼを連れ去り、生贄にして悪魔を召喚しようとした様だ。
けれど黒魔術は失敗し、イングリッドはその反動をもろに受け気絶していた。呪いの痣がくっきりと顔に出ていた状態でな。証拠は全て揃っていた。言い逃れはできまい」
(呪いの痣?……そんなのあったかしら?)
イングリッドを気絶させたのはエリーゼだ。疑問に思ったが訊けなかった。
エリーゼは強い薬を嗅がされ眠らされていて何も知らないことになっている。だからこそ、デールは長めにエリーゼを眠らせたのだと理解した。
「そうでしたか……」
「これはこの国を揺るがす事態だからな。今回の件は公王陛下より箝口令が敷かれた」
伯爵家の先祖が行ってきたことは、決して公にはできないだろう。
「つまり、この件の話はこれで終わりと?」
「そうだ」
静かに言ったユリウスは、エリーゼをしばらく眺めてからとんでもないことを言い出す。
「それより。しばらく、寮ではなくこの邸から学校へ通うか? 距離はあるが転移してしまえば、ここは寮より快適だぞ。なんならルークに迎えに来させるが?」
ルークは魔塔の魔術師でしかも教師。雑な扱い過ぎるが、喜んでやって来そうな予感がしてならない。
「え、遠慮します!」
全力で辞退すると「冗談だ」とユリウスはククッと笑った。




