表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/143

7. ガスパルの留守



 爽やかな澄んだ空気の中、静かに風が吹いた気がした。

 デールは木剣での素振りを止めて、「へぇ」と雲一つない空を見上げる。


「……ん?」


 動きやすい、男の子みたいなズボンにシャツを着たエリーゼは、不思議そうにデールを見て動きを止めた。


「どうかしたの?」


 首を傾げると、ポニーテールに結い上げた青い髪がしなやかに揺れる。


「いや、アンジェは面白い結界を張ると思ってさ」

「結界?」


 デールは頷く。


「なかなか高度なやつだ」

「きっと、父さまが出かけたからだわ」


 エリーゼは、チラリと家の方を見る。

 さっきまで、二階の窓から手を振っていたアンジェリーヌの姿はない。


 それを知ってか、デールはポイッと木剣を投げると草の上に倒れ、大の字になって伸びをした。悪魔に剣の稽古は必要ないが、律儀にエリーゼに付き合ってくれている。


「そろそろ休憩にしよっか?」

「ああ!」


 パッと目を輝かせたデールの視線は、おやつが入っているカゴだ。掛かった布の下から、ほんのり甘い香りがしている。

 エリーゼも、ちょこんとデールの隣に座った。

 無邪気におやつを頬張る姿を眺めつつ、デールの言った事に思いを巡らす。


(結界かぁ……)


 最近、ガスパルは家を空けることが増えた。

 学費を稼いでくれようとしてるのか、学校を探しているのかは分からない。聞いても濁されるし、子供のエリーゼがあまり突っ込むのは不自然だ。

 ただ……ガスパルが出した条件とはいえ、原因がエリーゼにあることは間違いないから、申し訳なく思っていた。



 ある程度、訓練のメニューを繰り返し、エリーゼとデールが慣れてきた頃。

 ガスパルは、暫く家を留守にすると言った。


「懐かしいお友達から連絡が来たのよ〜」と、ニコニコ送り出したアンジェリーヌは、きっと理由を知っている。

 が、聞いたところで無駄だ。笑顔で上手くはぐらかされるだろう。


「高度って、そんなに凄いものなの?」

「ああ。これが国全体に張られたら……その国は安泰だろうな」

「国って……。さすがに、そんな広範囲はねぇ」


 一瞬、アンジェリーヌなら出来てしまいそうな気がして、ブンブンと頭を振った。


「まあ、無理だろうけど」

「……うん」

「聖女でもあるまいし」

「そ、そうよねっ!」


 デールの言葉に少し胸を撫で下ろす。悪魔なら、そっち方面には詳しいだろう。


 万が一にも聖女の娘とか、高貴な血筋どころの騒ぎじゃない。ややこしい事に巻き込まれるに決まっている。

 エリーゼ……と言うより、根本的な前世の性格のせいか、見て見ぬ振りは出来ない。

 聖女ではないが、なまじ能力があり結果的に若くて命を落としたこともある。


 ――チクンと胸が疼いた。だが、何度繰り返しても同じ選択をするだろう。 


(いつかデールに話せたら……呆れられる気しかしないわ。でもまあ、今の私にはそんな力はないし。余計な心配ね)


 エリーゼも、パクリとクッキーを口に放り込む。


「で、この結界の何が凄いの?」

「ん? そうだな、まず魔物は入って来られない。あとは、黒魔法の所持者。結界を張った者への悪意は、それが生じた時点で自然と結界の外へ飛ばされる……。それ以外は出入り自由で普段通り、ってとこかな?」


(はい? 自然と……って何?)


「……それ、普通じゃないわよね?」

「だから、面白いって言ったろ」

「確かに、言ったけど……。ん? 黒魔法?」

「ああ」


 そもそも悪魔との契約は、悪魔が使う黒魔法によって成されるものの筈。黒魔術で贄を捧げ、契約した人間でも使うことは可能だが。

 どちらにせよ、結界に弾かれる対象なのではないかとエリーゼは思った。


 そんなエリーゼに、デールはニヤリと笑う。


(あ、これは……聞いてほしいのね)


「じゃあ何で、デールは()()()()()()?」

「それだけ、オレはすんごい悪魔ってこと!」


 ドーン!と胸を張る。


「私と契約しているからじゃないの?」


 何となく意地悪を言いたくなった。


「ま、まあ。それもあるけどなっ」

「でも、デールは凄い悪魔なんだ」

「そうだ!」


 ドヤ顔をするデールに、エリーゼは笑いを堪える。


(単純……。やっぱり、デールって可愛い!)


 しばらく、そんな他愛もないやり取りを続けた。

 カゴが空っぽになると、エリーゼは訓練を再開しようと立ち上がったが、デールは何か考えている様で動かない。

  

「だけど、この中じゃ……な」とデールはボソっと呟く。


「え、何?」

「いやさぁ。せっかくガスパルも居ないし、エリーゼにオレの力を試させたかったんだけどな」

「あ、前に言っていたやつ?」

「そっ。オレ自身が使うなら問題がないけど、人間のエリーゼが使うと……こいつが反応しそうだからな」


 何もない青空を、ちょっと不服そうなデールは顎で指す。


「そうかもしれないわね。でも……きっと、母さまも頑張って結界を張ってくれている筈だもの。また、折を見て教えてくれる?」

「まあ、そうだな」

「ふふっ、楽しみにしてるから!」

「よし、任せとけっ」


 満足そうに立ち上がったデールと、今度は次のメニューの打ち合いを開始した。

 

 手に響く衝撃を感じながら、目の前のデールを見てエリーゼはふと思う。


(そういえば。もしも、あの日にこの結界が張られていたら? ……デールと出会うこともなかったかもしれないわ)


 ただの偶然かもしれない。 

 ――でも。

 今世の人生は、今までとは何かが違う。そんな予感がしていた。

 


 






お読み下さり、ありがとうございました。

だいぶ期間が空いてしまいました。

すみませんm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ